東京高等裁判所 昭和59年(ネ)1517号 判決 1992年12月18日
凡例
本判決において、各被控訴人及び各死亡被害児は、別紙当事者目録中の各被控訴人氏名の上部に付した番号及び別紙死亡被害児一覧表中の各氏名の上部欄に付した番号のとおり、それぞれ固有番号を付して特定するものとし、具体的には、①被害児とその家族を一まとめにし、それぞれの家族に番号を一番から六三番(ただし、四九番は欠番)まで付し、さらに、②被害児には枝番号の一、その父親には枝番号の二、その母親には枝番号の三、その他の家族にはそれぞれ枝番号四、五……を付して特定する。なお、事実摘示及び理由中において別紙として引用する横書の表中では、算用数字をもって右番号を表示することがある。
また、主文以下においては、「控訴人(附帯被控訴人)」を「控訴人」と、「被控訴人(附帯控訴人)」を「被控訴人」と表示する。
当事者目録別紙のとおり
主文
一1 控訴人の被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)に対する本件控訴をいずれも棄却する。
2 原判決主文第二項中、被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)の国家賠償法に基づく各請求のうち別紙取消一覧表の同人らに対応する「金額」欄記載の各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。
3 控訴人は、被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)に対し、それぞれ別紙認容金額一覧表(一)の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金員を支払え。
4 被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)の当審において拡張したその余の請求及びその余の附帯控訴をいずれも棄却する。
二1 原判決主文第一項中、被控訴人古川博史(五六の一)、同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)の各勝訴部分をいずれも取り消す。
2 右被控訴人らの右取消部分に係る各請求(当審における請求拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。
3 右被控訴人らの附帯控訴をいずれも棄却する。
三1 原判決主文第一項中、番号一ないし一四、一六ないし三三、三五ないし四八、五〇ないし五五及び五七ないし六三(枝番をすべて含む。)の被控訴人ら(以下主文において「被控訴人吉原充外一五一名」という。)の各勝訴部分をいずれも取り消し、かつ、原判決主文第二項中、右被控訴人らのうち別紙取消一覧表記載の者らの国家賠償法に基づく各請求のうち同人らに対応する同表の「金額」欄記載の各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。
2 控訴人は、被控訴人吉原充外一五一名に対し、それぞれ別紙認容金額一覧表(二)の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金員及びこれに対する同人らに対応する同表の「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人吉原充外一五一名の当審において拡張したその余の請求をいずれも棄却する。
4 控訴人のその余の控訴及び被控訴人吉原充外一五一名のその余の附帯控訴をいずれも棄却する。
四 別紙「仮執行に基づく給付の返還額一覧表」記載の被控訴人らは、控訴人に対し、それぞれ右表の同人らに対応する「返還額」欄記載の各金員及びこれに対する昭和五九年五月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じ、控訴人と被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)との間においては、右被控訴人らに生じた費用を三分し、その二を控訴人の負担とし、控訴人と被控訴人古川博史(五六の一)、同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)との間においては、控訴人に生じた費用を六二分し、その一を右被控訴人らの負担とし、控訴人と被控訴人吉原充外一五一名との間においては、右被控訴人らに生じた費用を三分し、その二を控訴人の負担とし、その余は各自の負担とする。
《目次》
事実
第一節当事者の求めた裁判
第一本件控訴
第二附帯控訴
第二節主張
第一当審における請求の拡張等に伴う付加、訂正等
第二因果関係について
(控訴人)
一ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係
1 脳炎・脳症の意義
2 脳炎・脳症の発症機序
二予防接種とその後に発生した疾病との因果関係を認定するための要件について
(被控訴人ら)
一ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係
1 救済措置における因果関係の肯定
2 ワクチンによる副反応の定型化の困難性
3 副反応の追跡調査の不備
4 ポリオ生ワクチン接種後の脳炎・脳症の発症
5 白木博士の合理的理論
二因果関係判定の要件についての控訴人の主張に対する反論
第三安全配慮義務違反による債務不履行責任について
(被控訴人ら)
一予防接種と控訴人国の安全配慮義務
二予防接種の副反応の危険及び禁忌事項についての周知義務とその懈怠
第四国家賠償法上の請求について
一過失について
1 厚生大臣の過失について
(被控訴人ら)
(一) 種痘の強制接種を行った過失
(1) 初めに
(2) 痘そうの流行の経緯と痘そうの予防対策
(3) 種痘の免疫効果と副反応
(4) 乳幼児に対する強制接種の意義と必要性
(5) 結論
(6) 控訴人の主張に対する反論
(二) 種痘の若年接種を実施させた厚生大臣の過失について
(三) 腸チフス・パラチフスワクチン(以下「腸パラワクチン」という。)の強制定期接種を実施させた過失
(四) 百日せきワクチンの若年接種を実施させた過失について
(五) 百日せきワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの規定量を誤った過失について
(六) インフルエンザの一律勧奨接種を実施させた過失について
(七) インフルエンザワクチンの乳幼児接種を実施させた過失
(八) 禁忌該当者の識別を誤った過失について
(1) 集団予防体制の持つ問題点について
(2) 不充分な禁忌を設定した控訴人国の過失
(3) 禁忌該当者に接種を実施させないための十分な措置を講じなかった過失
(控訴人)
(一) 種痘の強制接種を行った過失について
(1) 痘そうの予防対策における種痘の役割について
(2) 乳幼児に対する定期種痘
(3) 我が国の定期接種の廃止時期の妥当性について
(4) 初種痘年齢を早期に引き上げなかった措置の妥当性
(二) 腸パラワクチンの強制定期接種を実施させた過失について
(1) 腸パラワクチンの有効性と必要性
(2) 腸パラワクチンの一律定期接種の必要性
(3) 一〇歳以下の小児に対する腸パラワクチン接種の必要性
(4) 腸パラワクチン定期接種廃止時期の相当性
(三) 百日せきワクチン接種の過失について
(1) 百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチン採用の経緯
(2) 百日せきワクチンの若年接種実施の経緯
(3) 百日せきワクチン接種年齢の定めの合理性
(4) 被控訴人らの主張に対する反論
(四) 百日せきワクチン及び混合ワクチンの規定量を誤った過失について
(1) 右過失と本件各健康被害との因果関係
(2) 百日せきワクチンの接種量・菌量に関する規定と改正経緯
(3) 百日せきワクチンの菌量及び力価並びに副反応
(4) 我が国における百日せきワクチン及び百日せき混合ワクチン接種量の規定の相当性について
(5) 被控訴人らの主張に対する反論
(五) インフルエンザ予防接種実施の過失について
(1) インフルエンザ予防接種の必要性と有効性
(2) 我が国におけるインフルエンザ予防接種政策の相当性
(3) 乳幼児接種の実施に過失がないことについて
(4) 結論
(六) 禁忌者に接種した過失について
(1) 集団予防接種体制について
――禁忌との関連において
(2) 禁忌事項設定に不明確及び過誤のないこと
(3) 禁忌該当の判断と予診体制
2 接種担当者の過失について
(被控訴人ら)
(一) 禁忌推定による過失責任
(1) 禁忌者の推定と立証責任
(2) 過失の推定
(3) 本件における禁忌看過の過失の主張
(二) 接種担当者に過失がなかったとの主張に対する反論
(1) 田渕豊英(三〇の一)
(2) 池本智彦(四二の一)
(3) 高橋真一(四六の一)
(4) 秋田恒希(六〇の一)
(三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張
(四) ワクチン過量接種の過失及び複数ワクチン同時接種の過失
(1) 被害児河又典子(三四の一)につき過量接種を行った過失
(2) 複数ワクチン同時接種を行った過失について
(控訴人)
(一) 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決について
(二) 接種担当者に禁忌看過に関し過失がないことについて
(1) 被害児田渕豊英(三〇の一)
(2) 被害児池本智彦(四二の一)
(3) 被害児高橋真一(四六の一)
(4) 被害児秋田恒希(六〇の一)
(三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張に対する反論
(四) ワクチン過量接種の過失及び複数同時接種の過失について
(1) 被害児河又典子(三四の一)につき、過量接種の過失の不存在
(2) 被害児梶山桂子(一五の一)につき、ワクチンの複数同時接種を行った過失の不存在
3 接種担当者の過失についての控訴人国の帰責事由
(被控訴人ら)
(一) 本件接種担当者の過失と控訴人国の賠償責任
(二) 法の定める期間後にされた接種についての控訴人国の責任
(三) 勧奨接種を受けた者についての控訴人国の責任
(1) 監督者としての控訴人国の責任
(2) 費用負担者としての控訴人国の責任
(控訴人)
(一) 法六条の二所定の予防接種について
(二) 法の定める期間後にされた接種について
(1) 国の機関委任事務に該当しないことについて
(2) 監督責任について
(3) 国家賠償法三条について
(三) 勧奨接種について
(1) 監督責任について
(2) 国家賠償法三条の責任について
4 実施主体の過失による国家賠償責任について
(控訴人)
第五損失補償請求について
一国賠償請求に損失補償請求を併合することの可否
(控訴人)
(被控訴人ら)
1 時期に遅れた主張
2 併合審理の適法性
二損失補償請求権の存否
(控訴人)
1 憲法一三条、一四条一項、二五条と損失補償請求権
2 憲法二九条三項と損失補償請求権
(一) 初めに
(二) 憲法二九条三項の要件
(三) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の限界
(四) 生命・身体被害と憲法二九条三項
(1) 生命・身体被害に関する憲法二九条三項の類推適用の困難性
(2) 本件予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用の困難性
(3) 本件予防接種禍と正当な補償
(4) その他の問題点
(五) いわゆる手続的類推適用説について
3 もちろん解釈説について
4 本件救済制度と損失補償請求
(一) 本件救済制度と損失補償請求の可否
(二) 給付に関する処分と損失補償請求との関係
(三) 本件救済制度による被害者救済の相当性
5 消滅時効及び除斥期間
(一) 会計法三〇条の五年の時効期間の経過
(二) 民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効期間の経過
(三) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間
(四) 民法七二四条後段の類推適用による二〇年の除斥期間
(五) 時効援用権の濫用について
(被控訴人ら)
1 生命・健康に対する特別の犠牲と憲法二九条三項の類推適用
2 控訴人の主張に対する反論
(一) 生命・健康被害に対する憲法二九条三項の類推適用
(二) 予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用
(三) 「特別犠牲」、「正当補償」の観念の多義性と裁判規範としての適応性
(四) 勧奨接種と特別の犠牲
(五) 生命・健康被害の補償と慰謝料・弁護士費用
(1) 慰謝料
(2) 弁護士費用
(六) 本件救済制度との関係
(七) 本件救済制度による給付の相当性
3 損失補償請求と消滅時効・除斥期間
(一) 時期に遅れた主張
(二) 会計法三〇条の五年の時効期間について
(三) 民法七二四条前段の類推適用による三年の清滅時効期間について
(四) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間について
(五) 二〇年の除斥期間の主張について
(六) 権利濫用
第六損益相殺について
(被控訴人ら)
一障害基礎年金について
二第三者からの見舞金について
三「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
第三節証拠関係
(別紙)
仮執行に基づく支払額一覧表(1)〜(8)請求金額一覧表
死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)〜(3)
死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)〜(4)
Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)〜(3)
Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)〜(3)
Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表
Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表
Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表
Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表
給付一覧表(1)〜(26)
接種及び予診の状況
禁忌該当の事由
本件救済制度一覧表
予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表(1)、(2)
国の給付と損失額との比較表(1)、(3)
理由
第一請求原因一(当事者)と同二(事故の発生)等について
第二因果関係について
1 因果関係を認めるための要件
2 ポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係について
第三損失補償請求について
一損失補償請求の訴えの適法性の有無
二損失補償請求権の存否
第四禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について
一禁忌該当者であることの推定について
1
2
(一) 被害児田渕豊英(三〇)
(二) 被害児池本智彦(四二)
(三) 被害児高橋真一(四六)
(四) 被害児秋田恒希(六〇)
(五) 結論
二厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について
1
2
(一) 予防接種実施の法的形態等
(二) 予防接種の副作用の危険性について
(三) 禁忌の意味と禁忌についての規定の変遷
(四) 禁忌規定遵守の効果について
(五) 予診等の体制
(六) 勧奨接種の体制について
(七) 禁忌識別のための予診の対象事項とその性質
(八) 我が国における予防接種の実施体制と運用の実際
(1) 個別接種と集団接種
(2) 集団接種の運用体制
(3) 集団接種の運用の実態
ア 昭和二〇年代から昭和三三年の旧実施規則制定ころまで
イ 昭和三三年の旧実施規則制定ころから昭和四五年ころまで
ウ 昭和四五年ころ以降
エ
(4) 渋谷区予防接種センターの運用について
(九) 予防接種の副反応事故を巡る厚生省の姿勢
(一〇) 接種を担当する医師等の状況と厚生省の施策
(十一) 一般国民に対する周知の態勢について
3
4
第五被害児古川(五六)を除くその余の被害児及びその両親の被った損害について
一
二1
2
(一) 死亡した各被害児の損害について
(1) 得べかりし利益の喪失
(2) 介護費
(3) 慰謝料
(4) 結論
(二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
(2) 結論
(三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
(2) 介護費
(3) 慰謝料
(4) 結論
(四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
(2) 結論
(五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
(2) 介助費
(3) 慰謝料
(4) 結論
(六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
(2) 結論
(七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各生存被害児(Cランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
(2) 介助費
(3) 慰謝料
(4) 結論
(八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
(2) 結論
第六控訴人の抗弁について
一違法性阻却事由について
二損害賠償請求権の時効及び除斥期間について
1 三年の消滅時効(民法七二四条前段)
2 除斥期間(民法七二四条後段)
三損益相殺について
1 抗弁第三項について
2 抗弁第四項1について
(一) 障害基礎年金について
(二) 地方自治体単独給付分について
(三) 「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
(四) その他
3 抗弁第四項2及び第五項について
第七結論
一各人の認容総額について
1 損益相殺後の損害額について
2 弁護士費用
3 相続関係について
4 結論
二結論
(別紙)
当審提出の書証成立関係一覧表
現在の状況一覧表(1)〜(35)
死亡被害児損害額計算票
死亡被害児両親損害額計算票
生存被害児(Aランク)損害額計算票
生存被害児(Aランク)両親損害額一覧表(1)〜(3)
生存被害児(Bランク)損害額計算票
生存被害児(Bランク)両親損害額一覧表
生存被害児(Cランク)損害額計算票
生存被害児(Cランク)両親損害額一覧表
被控訴人ら債権額一覧表(1)〜(9)
事実
第一節 当事者の求めた裁判
第一 本件控訴
控訴人は、「一 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。二1 本案前の申立てとして、原審昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件に係る被控訴人藤木のぞみ(六三の一)、同藤木秀(六三の二)、同藤木トモコ(六三の三)の各損失補償請求の訴えを却下する。2 本案の申立てとして、被控訴人らの各請求(当審における請求拡張部分を含む。)を棄却する。三 別紙仮執行に基づく支払額一覧表の氏名欄記載の各被控訴人は、控訴人に対し、同表「仮執行に基づく支払額」欄記載の各金員並びに右各金員に対する昭和五九年五月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに第三項につき仮執行宣言を求め、被控訴人らは、控訴棄却並びに民訴法一九八条二項に基づく請求に対し請求棄却の判決を求めた。
第二 附帯控訴
被控訴人らは、「原判決を以下のとおり変更する。控訴人は別紙請求金額一覧表記載の各被控訴人らに対し、各被控訴人に対応する同表「請求金額」欄記載の各金員及びこれに対する各被控訴人に対応する同表「遅延損害金起算日」欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(当審において、遅延損害金の起算日については被控訴人ら全員が請求を拡張し、また、別紙請求金額一覧表の「番号」欄に*が付されている被控訴人らは請求元本についても、請求を拡張した。)。附帯控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人は、附帯控訴を棄却し、被控訴人らの当審における請求拡張部分を棄却するとの判決を求めた。
第二節 主張
当事者双方の主張は、当審における請求の拡張等に対応して、第一記載のとおり付加、訂正、削除し、また、第二以下の各見出し記載の争点につき、当審における主張に対応して、原審での双方の主張を敷衍し、各項目記載のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
なお、控訴人は、「別紙仮執行に基づく支払額一覧表氏名欄記載の各被控訴人の代理人は、昭和五九年五月一八日、国の支出官厚生省大臣官房会計課長に対し、仮執行の宣言を付した原判決に基づき、右表の仮執行に基づく支払額欄記載の各金員の支払を求め、控訴人が右判決によって履行を命じられた債務の存在を争いながら右判決に基づく仮執行を免れるため支払うものであることを承知の上、右支出官から同欄記載の金員の合計額を受領し、取立てを了しているから、民訴法一九八条二項により給付したものの返還を求める。」と述べた。
第一 当審における請求の拡張等に伴う付加、訂正等
一 原判決B六七頁七行目から八行目の「請求の原因末尾添付損害額一覧表(一)ないし(八)記載」を、「別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)、死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(4)、Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)、Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)、Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表、Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表、Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表及びCランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表」と改める。
二 同B六七頁九行目の「本節末尾添付損害額一覧表(一)」を、「別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)」と改める。
三 同B六七頁一一行目からB六八頁一二行目までを以下のように改める。
「 得べかりし年収としては、男女とも、平成元年の賃金センサスによる全男子労働者平均賃金に相当する金四七九万五三〇〇円とみるのが相当である。そして、生活費控除は五割とし、就労可能期間を一八歳から六七歳まで、ライプニッツ方式により中間利息を控除し、本件予防接種当時の現価として得べかりし利益を計算するものとする。
なお、女子についても、家事労働による得べかりし利益を考慮するならば、得べかりし利益としては、右四七九万五三〇〇円を下回ることはない。
(2) 介護費
発症後死亡に至るまで一年以上生存した各被害児については、本件接種後死亡に至るまでの間介護を要したことによる損害または損失は、年三六五万円(一日一万円)を下らない。ライプニッツ方式により中間利息を控除し、接種当時の現価として計算する。
(3) 弁護士費用
得べかりし利益と介護費との合計額の一〇パーセントとみるのが相当である。
(4) 各人の金額
以上により死亡被害者の損害又は損失を被控訴人各人ごとに計算すると、別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表(1)(2)(3)のとおりとなる。
なお、被害児伊藤純子(一一の一)は、昭和六一年七月一九日、『ワクチン後脳炎に伴う誤えん性肺炎による呼吸不全』によって死亡した。したがって、同人については、一八歳から二〇歳までのAランク生存被害者としての逸失利益及び二〇歳から六七歳までの死亡被害者としての逸失利益並びに発症後死亡するまでの介護費及び慰謝料が損害額又は損失額となる。また、被害児高橋尚以(五五の一)は、平成四年二月二八日、インフルエンザ予防接種の脳炎後遺症により肺炎を併発し、死亡したので、同人については、一八歳から三一歳までのAランク生存被害者としての逸失利益及び三一歳から六一歳までの死亡被害者としての逸失利益並びに発症後死亡するまでの介護費及び慰謝料が損害額又は損失額となる。」
四 同B六八頁一三行目の「本節末尾添付損害額一覧表(二)」を、「別紙死亡被害者両親の請求損害損失一覧表(1)ないし(4)」と改める。
五 同B六九頁一行目の「各一五〇〇万円」を「各一二五〇万円(ただし、被害児伊藤純子(一一の一)及び同高橋尚以(五五の一)の両親については、各五〇〇万円)」と改め、七行目末尾に行を改めて、「(3) 各人の金額 別紙死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(4)のとおりとなる。」を加える。
六 同B六九頁九行目の「本節末尾添付損害額一覧表(三)」を「別紙Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)」と改める。
七 同B六九頁一五行目から同B七〇頁二行目までを以下のように改める。「Aランク被害児の介護に要する費用相当額の損害又は損失は、少なくとも年三六五万円(一日一万円)である。本件接種後平均余命に至るまで介護を必要とする。ライプニッツ方式により中間利息を控除して、本件接種当時の現価を計算する。」
八 同B七〇頁四行目の「一〇〇〇万」を「一五〇〇万円」に、同一三行目の「各一〇〇〇万」を「各五〇〇万円」と改める。
九 同B七〇頁六行目末尾に行を改めて、「(5) 各人の金額 別紙Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)のとおりとなる。」を加える。
一〇 同B七〇頁七行目の「本節末尾添付損害額一覧表(四)」を「別紙Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)」がと改める。
一一 同B七〇頁一五行目の末尾に行を改めて、「(3) 各人の金額 別紙Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表(1)ないし(3)のとおりとなる。」を加える。
一二 同B七〇頁一七行目の「本節末尾添付損害額一覧表(五)」を「別紙Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」と改める。
一三 同B七一頁一行目から二行目の「過去及び将来の」を削る。
一四 同B七一頁四行目から一一行目までを以下のように改める。
「 Bランク被害被害児の介助に要する費用相当額の損害又は損失は、少なくとも年一八二万五〇〇〇円(一日五〇〇〇円)を下らない。そして、本件接種後平均余命に至るまで介助が必要である。ライプニッツ方式により中間利息を控除し、本件接種当時の現価を計算する。」
一五 同B七一頁一三行目の「一〇〇〇万円」を「一二〇〇万円」と改める。
一六 同B七一頁一五行目の末尾に行を改めて、「(5) 各人の金額 別紙Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。
一七 同B七一頁一六行目の「本節末尾添付損害額一覧表(六)」を「別紙Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表」と改める。
一八 同B七一頁一八行目の「各一〇〇〇万円」を「各四〇〇万円」と改める。
一九 同B七二頁二行目末尾に行を改めて、「(3) 各人の金額 別紙Bランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。
二〇 同B七二頁四行目の「本節末尾添付損害額一覧表(七)」を「別紙Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」と改める。
二一 同B七二頁七行目の「六七パーセント」を「六〇パーセント」に改め、同七行目から八行目の「過去及び将来の」を削る。
二二 同B七二頁九行目から一二行目までを以下のとおり改める。
「(2) 介助費 Cランク被害児の介助に要する費用相当の損害又は損失は、少なくとも年一八二万五〇〇〇円(一日五〇〇〇円)であり、一五歳まで介助を必要とした。ライプニッツ方式により中間利息を控除し、本件接種当時の現価を計算する。」
二三 同B七二頁一六行目末尾に行を改めて、「(5) 各人の金額 別紙Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。
二四 同B七二頁一七行目の「本節末尾添付損害額一覧表(八)」を「別紙Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表」と改める。
二五 同B七二頁末行の「各一〇〇〇万円」を「各三〇〇万円」と改める。
二六 同B七三頁三行目末尾に行を改めて、「(3) 各人の金額 別紙Cランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表のとおりとなる。」を加える。
二七 同B七三頁一〇行目末尾に「また、被控訴人澤柳清(五の二)は、昭和六一年五月一六日死亡したため、同人の損害賠償又は損失補償請求権は、同人の妻富喜子(五の三)が二分の一、子である被控訴人澤柳一政(五の一)、同被控訴人澤柳尚子(五の四)及び澤柳英行(五の五)がそれぞれ六分の一の割合で相続した。」を加える。
二八 同B一二七頁の「生死の別」欄の「生」を「昭和六一年七月一九日死亡」に改め、同B一二八頁の「現在の症状」欄の末尾に「なお、同児は、昭和六一年七月一九日、『ワクチン後脳炎に伴う誤えん性肺炎による呼吸不全』によって死亡した。」を加え、同B三三八頁の「生死の別」欄の「生」を「平成四年二月二八日死亡」に改め、同B三三九頁の「現在の症状」欄の末尾に「なお、同児は、平成四年二月二八日、インフルエンザ予防接種の脳炎後遺症により肺炎を併発し、死亡した。」を加える。
二九 同B四八六頁末行の「相続した事実」の次に「、被害児澤柳一政(五の一)の父清(五の二)が昭和六一年五月一六日死亡し、妻である富喜子(五の三)が二分の一、子である被害児一政(五の一)、被控訴人澤柳尚子(五の四)及び同澤柳英行(五の五)がそれぞれ各六分の一の割合でこれを相続した事実」を加える。
三〇 同B四九六頁六行目から七行目の「昭和五七年一二月三一日」を「平成三年三月末日」と、同七行目「抗弁末尾添付別紙二」を「別紙給付一覧表(1)ないし(26)」に改める。
三一 同B五八五頁五行目の「抗弁末尾添付別紙二」から一五行目までを「別紙給付一覧表(1)ないし(26)記載の事実及び原判決の事実摘示抗弁末尾添付の別紙二の「備考」欄記載の事実は認める。」に改める。
第二 因果関係について
(控訴人)
一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係
ポリオ生ワクチン接種とその副反応としての脳炎・脳症との因果関係は、今日における医学的知見に基づく限り、肯定し得ないものである。
1 脳炎・脳症の意義
脳炎は脳の炎症性疾患であり、その原因のほとんどは細菌又はウイルス感染によるものである。
脳症は炎症を伴わない脳のびまん性の病変であり、原因不明のものが多い。
脳炎・脳症の臨床症状としては、発熱、意識障害(昏睡、昏迷、傾眠)、けいれんの発症を伴うものである。
脳炎・脳症の臨床症状や病理学的所見は、それが予防接種の副反応の場合も、それ以外の原因による場合も何ら異なるものではない。(予防接種副反応の非特異性)。
意識障害は比較的軽度とされる場合でも、臨床的に明らかに異常な状態を呈するから、医師や家族が気が付かないということはあり得ない。意識障害についてカルテに記載がないのであれば、それは、脳炎・脳症が発症していなかったことを強く推認させる。
脳炎・脳症が発症したということは、臨床症状としては、意識障害の発現をみたということを意味する。
急性の中枢神経系疾患としては熱性けいれん、メニンギスムス、てんかん、脳炎・脳症があるが、このうち、熱性けいれん(発熱、けいれんを呈するも、一過性で治癒する。)、メニンギスムス(髄膜刺激症状《項部硬直》ないし短期間の意識障害を呈するも、一過性に治癒するもの)が回復した後に後遺症が残ったとすると、そこでは後遺症を残すに足るだけの病変(脳実質の障害)か生じているはずである。かかる脳の病変は意識障害を伴わないままで発現することはない。
したがって、予防接種後、熱性けいれんの発現をみたが、意識障害がなく、熱性けいれんやメニンギスムスと診断される症状を呈したにかかわらず、何らかの中枢神経系の疾患に伴う後遺症を残した場合、この後遺症は予防接種を原因とするものではないとうべきである。また、けいれんのみを反復する場合は、てんかんであり、予防接種が直接てんかんを起こすとは考えられない。もっとも、予防接種後、意識障害・けいれんを伴う脳炎・脳症が発症し、その後遺症としててんかんが発症することはあり得る。
結局、予防接種後の重篤な中枢神経系の副反応として考えられるのは、脳炎・脳症のみである。
2 脳炎・脳症の発症機序
脳炎・脳症の発症機序はいまだ明らかでない。特に脳症については殆ど不明であるが、一応、以下のように推定される。
(一) 脳炎
脳炎については、ウイルスが脳を直接侵襲することにより発症するもの及びウイルスや細菌の感染に引き続いて発症するもの(以下「ウイルス性脳炎」という。)と何らかのアレルギー機序が関与して発症すると考えられるもの(以下「アレルギー性脳炎」という。)などがある。
(1) ウイルス性脳炎
一つはウイルスに感染すると、ウイルスが中枢神経以外の組織で増殖し、それが血液や末梢神経などを経て脳に至り、ウイルスが脳実質を直接侵襲して起こる脳炎であり「日本脳炎、単純ヘルペス脳炎等)、もう一つは、ウイルス感染後何らかのアレルギー機序が関与して発症するのではないかと考えられる脳炎である。この発症機序は不明の点が多い。
(2) アレルギー性脳炎
従前、狂犬病予防接種後にしばしば脳炎が発症することが知られていた。このころの狂犬病ワクチンには神経組織(脳物質)が多量に含まれていた。このため、同ワクチンの被接種者に、すべての動物の脳物質にある共通抗原によって感作されたT細胞が遅延型アレルギーの機序により、(自己免疫)脱髄性脳炎を惹起したと考えられる。
しかしながら、神経組織を有しないウイルスによってもアレルギー性脳炎が発症するとの考え方もあるが、未だその機序は実証されておらず、仮説の域を出ていない。
(3) 脳症の発症機序について
脳症は病理学的には炎症所見を伴わない脳浮腫を病態とする脳の疾患であり、脳浮腫の発症機序は不明な点が多い。
(4) ポリオ生ワクチンについて
ポリオ生ワクチンは、外来ウイルスの混在のないサルの腎臓細胞に弱毒化されたポリオウイルスを接種、培養し、増殖させたものを精製して純度の高い弱毒化されたポリオウイルスを採取し、これに白糖と微量の抗生剤を添加してワクチン調整したものである。
ポリオ生ワクチンの投与は生後三箇月から一八箇月の間に0.05ミリリットルを二回経口投与する。
この経口ポリオ生ワクチンは極めて副作用の少ない優秀なワクチンであり、ただ投与後しばらくして臨床的にポリオと区別し得ない症例(ポリオ様麻痺)のあることが知られているだけである。
すなわち、ポリオ生ワクチンの成分は、弱毒化したポリオウイルス、白糖、微量の抗生剤であり、サルの腎臓細胞がごく微量含まれている可能性を否定できないが、組織培養安全試験を行い、更に精製して安全を確認しているのであり、また、経口投与ということから、胃・腸の粘膜を通して必要な成分のみを吸収するという濾過作用が働くから、異物に対する反応は極めてマイルドであり、牛乳が異種たんぱくであるのに飲用しても副反応がないのと同様、サルの腎臓細胞による副反応は否定できるのである。
したがって、副作用が生ずるとすると、それはポリオウイルスによるものであるところのポリオ様麻痺以外にない。
(5) 脳炎・脳症について
ポリオウイルスの特徴は、脳脊髄幹の特定の細胞と区域だけがウイルスに感染しやすいというもので、運動を司る神経細胞の障害が起こるのであり、運動領野を除いた大脳皮質等を障害することはない。ところが、脳炎・脳症は、病理学的にいうと脳の強い浮腫であって、脳全体が腫れ上がり、そのため脳の容積が増加し、脳の各部位が圧迫されるものである。しかし、右のように、ポリオウイルスの自然感染によって直接脳全体が侵されることはないから、脳炎・脳症は発症しないのである。
もっとも、延髄にまでポリオウイルスによる障害が及び、呼吸麻痺が生じ、無酸素状態が持続することにより、脳の広範な障害が惹起され、結果的に脳炎・脳症と同様な症状(意識障害・けいれん等)が生ずることも考えられないではないが、その場合も、必ずポリオの臨床上の症状である脊髄型の麻痺(手足の弛緩性の麻痺)を合併するのが特徴である。更にいわゆる延髄型ポリオの臨床症状である呼吸麻痺、循環障害が現れる可能性も高いのである。このような延髄型ポリオにおける前駆症状ないし臨床症状がみられないのに、脳炎、脳症のみがポリオ生ワクチンの投与によって生じるということはあり得ない。
(6) ポリオの潜伏期について
体内に入ったポリオウイルスが腸内で増殖する期間は七日から一〇日位であり、この増殖したウイルスが血液中に入って発熱等の臨床症状を呈するまでに、通常二、三日を要する。
したがって、ポリオ生ワクチンによる副作用の潜伏期は九日から二週間であり、早くても七日から二週間である。なお、麻痺の後遺症が生じるまでの期間は、ポリオ生ワクチン投与後二、三週間を要する。
(7) ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症の発症の蓋然性について
ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症発症の因果関係を肯定する根拠としては、以下のようなものが挙げられるが、いずれも、合理性に乏しく、医学上多くの疑問がある。
ア 西ドイツのクリュッケ教授の論文は、症例報告を纏めたものであるが、ポリオ生ワクチンとアレルギー性脳炎との関係を時間的密接性のみでとらえた症例の解析としての意味しかない。両者の因果関係を医学的に証するものとしては無価値の論文である。要するに、ポリオ生ワクチンを接種した患者を解剖したらアレルギー性脳炎を疑わせる所見の患者がいたというにすぎず、ポリオによるアレルギー性脳炎の発症機序には何ら触れておらず、クリュッケ教授自身も、その原因についてポリオウイルスか混合感染かあるいは自然発症が偶発したのかわからないと記述しているところである。
イ 埼玉医科大学の皆川正男の論文も、両者の因果関係について全く論じられていない。ただ結論のみが唐突に記載されているにすぎない。また、本症例は接種後七日を経て急性脳症が生じているが、ポリオ生ワクチンによる副反応の発症には九日ないし二週間を要するのであから、ポリオ生ワクチンによる副反応とは考えにくい。
ウ 白木博次のヒスタミン原因物質説は、今日の医学上の一般的知見からすると、到底肯認することのできない特異な仮説である。
白木説による発症機序は、
①急性脳症を起こす典型例として疫痢に罹患した場合があるが、この場合は、赤痢菌が腸内に感染して腸壁で増殖する時にヒスタミンあるいはヒスタミン様の物質を産出し、この物質が脳の血管の拡張、収縮をもたらす。
②ヒスタミンを幼若犬の頸動脈に注入した結果、脳に血管けいれんが起き、そのために脳の神経細胞が破壊されたという実験結果が報告されている。
③ワクチン接種によって肥伴細胞の免疫抗体(IgE)にワクチンが働き、そこからヒスタミンが放出されるということも明らかにされている。
④ポリオ生ワクチン接種により疫痢の場合と同様、腸壁でヒスタミン様物質が産出され、あるいは肥伴細胞からヒスタミンが放出され、かかる物質が脳血管のけいれんを導き、急性脳症を引き起こすという仮説を立てることが可能であるというものである。
しかし、仮に疫痢が赤痢菌によるアナフィラキシー反応によるショック様症状であるとみるとしても、ポリオ生ワクチンと疫痢では余りに状況が異なっているというべきである。疫痢は、赤痢菌増殖による激しい腸炎症状を伴い、大量のエンドトキシン産生がショック症状を引き起こすと考えられるかもしれないが、ポリオ生ワクチンにはショック症状を引き起こすほど大量のヒスタミンを産生するような物質は含まれていない。
仮に何らかの物質がある患者に特異的に働き、アナフィラキシーショックを引き起こしたと考えても、以下のような矛盾が生ずる。すなわち、ポリオ生ワクチンの副反応としての脳症をアナフィラキシーショックの機序で説明すると、それが臓器に特異的に起こるとする科学的根拠はないのである。脳に影響を及ぼすほどのヒスタミンが全身に投与された場合、ヒスタミンによる全身血管の拡張が起こり、虚脱に陥るはずであり、急激な血圧低下、循環不全が起こり、死亡するはずである。このように脳血管のみがヒスタミンの影響を受けることはあり得ない。ヒスタミンあるいはヒスタミン様物質が急性脳症を引き起こすものであることの科学的根拠はない。
そもそも、疫痢の脳症状についての白木教授の見解自体が、仮説の域を出ていないのである。
また、②についても、実験的に大量のヒスタミンを注射した場合と、生理的に体内で産出される量のヒスタミンの影響を同一に考えてよいか、極めて疑問である。また、頸動脈に直接ヒスタミンを注入した例と白木教授の仮説とを比較すること自体無理がある。
また、ワクチン接種によって肥伴細胞の免疫抗体にワクチンが働き、そこからヒスタミンが放出される根拠として、石坂公成博士の論文を挙げるが、右論文は根拠とならない。
なお、白木教授は、ワクチンはサルの腎臓細胞にウイルスを培養して製造されるものであるから、ウイルスと腎臓細胞との間で有害物質が産出される可能性もあり、また、ワクチンにはチメロサール等の保存剤が添加されており、これらの物質が急性脳症やあるいは遅延型アレルギー反応を起こすとも考えられるとする。しかし、ポリオ生ワクチンの成分にはチメロサール等の保存剤は添加されていない。また、ポリオウイルスと腎細胞との間で有害物質が産出される可能性もない。
以上、白木説は、いずれの点からしても、科学的合理性を欠いているといわなければならない。
本件における伊藤純子(一一の一)、井上明子(二四の一)、中村真弥(三八の一)、小久保隆司(四八の一)、及び大平茂(五一の一)の五名についてはいずれも手足に弛緩性麻痺や更には呼吸麻痺及び循環障害が発生したことを窺わせる証拠はなく、右各被害児らの障害は、ポリオ生ワクチンの投与によって生じたとは考えられない。
二 予防接種とその後に発生した疾病との因果関係を認定するための要件について
予防接種とその後に発生した疾病との因果関係が肯定されるためには、それについて通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るという高度の蓋然性の証明が必要である。そして、ワクチン接種によってある疾病(本件では脳炎・脳症)が起こり得るというためには、①接種から一定期間内に発生した疾病が、それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在し、かつ、②当該予防接種によって、そのような疾病が発生し得ることについて、医学上、合理的な根拠に基づいて説明ができることが要件となる。次に、現実に発生した疾病が接種したワクチンによって起こったとするためには、③接種から発症までの期間が、好発時期あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入り、かつ、④少なくとも他の原因による疾病と考えるよりは、ワクチン接種によるものと考える方が妥当性のあることを要件として、高度の蓋然性の有無を判断すべきである。なお、この①の要件を採用できない理由として、我が国において、控訴人が調査義務を負うにかかわらず、正確な調査がされていないことを挙げることは、本来客観的であるべき因果関係の証明に規範的評価ないし価値判断を持ち込むもので、極めて不当である。
これに対し、被控訴人ら主張の四要件なるものは、その内容及び相互の関連性が極めてあいまいかつ不合理であり、客観的な因果関係認定の判断基準とするには不適当である。すなわち、まず、①の空間的密接性という要件は極めて比喩的表現で、科学的な概念で構成されたものではない。次に、②の「他の原因となるべきものが考えられないこと」という要件については、当該疾病が他の原因によって発生したことが証明されない限り、①、③、④の要件のみをもって当該予防接種によって生じたものと推認することにほかならず、事実上の推定の域を越え、実質上立証責任の転換を図っていることになって、不当である。このような要件を正当化するためには、予防接種後の一定期間内に発生した疾病は他の原因が明らかでない限り、すべて予防接種によるとの経験則が存在するとしなければならないが、通常予防接種後の神経系疾患の臨床症状や所見は、予防接種以外の原因による疾患のそれと異なるものではない(非特異性)ため、具体的に発生した疾患が予防接種によるものであるか、あるいは他に原因があるかを的確に判断するのは困難であり、特に脳炎、脳症においては元々原因不明なものが全体の六〇パーセントないし七〇パーセントを占めているため、その判定はより困難であって、そのような状況からして、右のような経験則があるとは到底いえない。また、「副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと」という要件も、比較対象が原因不明である以上、本来原因不明のものにどれだけ強烈な症状が現れるか医学的に解明できていないことになる。そうすると、他の原因不明のものによる症状との比較という考え方自体が不合理である。
(被控訴人ら)
一 ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係
1 救済措置における因果関係の肯定
ポリオ生ワクチンによる脳炎・脳症の発症が争われているのは、伊藤純子(一一の一)、井上明子(二四の一)、中村真弥(三八の一)、小久保隆司(四八の一)、大平茂(五一の一)の五名であるが、この五名については既に本件訴訟提起前に国が予防接種に起因する被害であることを認めていた。
すなわち、予防接種による被害者が昭和四五年七月三一日付け閣議了解に基づく措置の実施による医療費等の支給を受けるについては、予防接種事故審査会による予防接種と事故との間の因果関係の認定を受けなければならない。また、昭和五一年六月一九日法律第六九号による予防接種法の改正に伴って昭和五二年二月二五日施行された同法所定の法的措置による医療費等の支給を受けるについても、伝染病予防調査会(昭和五三年の法改正後は、公衆衛生審議会)による因果関係の認定を得なければならない。
右予防接種事故審査会と伝染病予防調査会は、いずれも専門分野の医学者を主要メンバーとして厚生省内に設置された審査機関であり、認定の採否は出席したメンバー全員一致でなされる。
前記五名も、いずれもこの両手続において被害がポリオ生ワクチンの投与によって生じたことを認定されている。この審査の過程には原審証人木村三生夫、当審証人平山宗宏も参加し、一致して因果関係を認めている。
にもかかわらず、控訴人は本訴において、伊藤及び井上についてはいったん因果関係を認めておきながら途中からこの自白を撤回し、五名につき因果関係を否定するに至っている。
2 ワクチンによる副反応の定型化の困難性
ワクチン液は生物学的製剤に属するが、それは当該ウイルスだけで構成されているのではなく、その製造過程でワクチンの培養に使われる培地・培養細胞・臓器由来の有害物質、外来微生物、微生物の構成有害成分あるいはその産生した有害物質、添加物質(保存剤、アジュバント、安定剤、抗生物質等)、外来有害物質等の物質を含んでいる。ワクチン製剤については、無菌試験、不活化試験、各種物質否定試験などによって一定の基準に合格したものだけが予防接種に使用される仕組みになつている。しかし、それらは一定の基準に合格しただけで、その検体にいかなる微生物も存在しないことを意味するものではない。副反応の原因となる得るその他の夾雑物が一切含まれていないことを意味するものでもない。
大量に生産されるワクチン製剤の中には種々の物質が含まれており、これらの異物が人体の中でどのように反応を示すかは医学的に完全には解明されていない。経験科学としての医学ては、せいぜい高度の蓋然性を追及するだけにとどまる。
他方、異物であるワクチン製剤を受け入れる個体側の反応も千差万別であり、特に乳幼児は、健康状態の変化も著しく、とりわけ脳構造未発達で、周囲の環境や身体条件の微妙な変動によって急激な変動を起こしやすい。このようなことが、ワクチン接種による副反応の定型化を困難にしている。
3 副反応の追跡調査の不備
副反応の解明は、ワクチン接種によってどのような副反応が接種後どのような期間に、どの位の頻度でみられるかを調査することによっても、ある程度可能である。しかし、控訴人はこのような副反応ついてのきちっとした調査をしなかった。国の安全を軽視した副反応調査の不備のため、どのワクチンからどのような副反応を生じるかは、より一層不明確になっている。
4 ポリオ生ワクチン接種後の脳炎・脳症の発症
伊藤純子(一一の一)井上明子(二四の一)、中村真弥(三八の一)、小久保隆司(四八の一)、大平茂(五一の一)の五名については、ポリオ生ワクチン投与以外に何ら脳炎・脳症を発症させるような事情を見当たらない。そして、ポリオ生ワクチン投与後に脳炎・脳症が発症した者は右五名に限らない。木村三生夫教授が予防接種事故審査会に申請があったデータを集めたところ、事例数は三〇例にも上っている。しかも、それらは緩やかではあるが、明らかに接種後五ないし六日に集積性がみられる。その他、クリュッケの報告や皆川教授の報告、あるいは大阪市立桃山病院の医師グループの報告(二歳の男児が二度のポリオ生ワクチンの投与によっていずれも下痢・発熱の症状が発現し、更にポリオ生ワクチン投与量の一〇分一の量でテストしたところ、症状的に明らかな即時型アレルギー反応を示したというもの)等、ポリオ生ワクチン投与後に脳炎・脳症が発症したとの相当数の報告が存在する。
5 白木博士の合理的理論
(一) 白木博士は、ワクチン接種の副反応の形態を、①ウイルス血症型(生きたウイルスが体内に入って増殖した結果発症する。)、②いわゆる遅延アレルギー反応型、③急性脳症型、の三種類の組み合わせで説明した。
ポリオ生ワクチンの経口投与についてもこの三つの反応形態があると説かれている。
(二) このうち遅延アレルギー型の脳炎について、白木博士は以下のように説明している。
各種のウイルスの自然感染に際して脳脊髄白質炎やギランバレー症候群が生ずることがあるが、これは細胞免疫型の自己免疫反応として中枢神経炎又は末梢神経炎が引き起こされるものであると古くから説明されている。神経細胞を含んだワクチン(例えばかっての狂犬病ワクチン)については、中枢神経系炎を引き起こすことはよく知られているが、種痘等神経細胞が含まれてないはずのワクチンについても脱髄生のアレルギー性脳炎が発症する。ノーベル医学賞を受賞したバーネットは、これはワクチンウイルス自体か、ワクチンの製造過程において、又はワクチン接種後の体内におけるウイルスの増殖に際して、動物の神経組織に似た物質が生じ、それが神経組織と同じ抗原を作り、いわゆる共通抗体を通じて神経系にいわゆる遅延アレルギー型反応を引き起こすと説明する。
ポリオ生ワクチンについては、ポリオウイルスはサルの腎臓細胞で培養される。サルの腎臓細胞はウイルスが増えることによって変質し、動物の神経組織と同じ成分を持った物質ができることも否定できない。このような物質がワクチンの投与によって人の体内に入った場合、攻撃的なリンパ球とか単核細胞、抗原・抗体複合物などの神経系をアタックするような抗体ができて、神経系に達し、いわゆるアレルギー反応を起こすと考えられる。
以上が白木博士の理論である。
(三) ポリオ生ワクチンによる脳の即時型副反応については、白木博士は、以下のように説明する。
疫痢や疫痢様疾患によって即時型副反応としての急性脳症が生じることは、これまでに知られていることである。疫痢の場合には、赤痢菌が幼児の腸管を通じて増殖する過程でヒスタミンを始め様々な活性物質を産生し、これらの物質が血管系に働いた場合にはそれがショックの原因となり、即時型アナフィラキシー反応としての急性脳症並びにショック症状を並列的に引き起こすことは、故高津教授の実証したところである。同教授は、赤痢菌によらない疫痢様疾患の場合についても、疫痢と共通した病理発生機構が存在すると考え、実際に腸壁、肝、尿などからヒスタミンとその派生物質その他の活性物質を証明し、それらは赤痢菌や不明の原因物質と腸管との間で形成された共通の代謝産物であると考えた。
ポリオ生ワクチンの投与によって腸内で増殖するポリオウイルスについても、疫痢又は疫痢様疾患の場合と同様ヒスタミン様の物質が産生されることは、充分あり得る。
(四) なお、当審において平山証人は、ポリオ生ワクチンによってはウイルス血症としてのポリオ症状がまれに発生するだけであり、延髄まで侵されると脳の浮腫も起こり得るし、脳炎と同じ症状を呈することもあるが、いずれも手足の麻痺を伴わないことはない、アレルギー性脳炎は狂犬病ワクチンのように脳を材料にして作った場合に生じるもので、ポリオ生ワクチンにはそのような成分は入っていないから、発生しない、ポリオウイルスが腸管内で増殖した場合、毒性物質を産出することは知られておらず、疫痢のような反応がポリオの腸管内増殖によって起こることは考えられないから、ポリオ生ワクチン投与によって即時型アナフィラキシーとしての脳症を起こすこともない、と主張する。しかし、右によっても、ポリオ生ワクチンによる副作用がウイルス血症型に限られるということの合理的説明はされていない。また、種痘後の脳脊髄白質炎のように、ワクチン液に動物の神経ないし脳組織が含まれていなくとも、ワクチン接種の副反応としていわゆる遅延アレルギー型の脳炎が生じるのであって、平山証人も白木説を否定する実証的データを有していないのである。さらに、ポリオウイルスが腸管内で増殖した場合に毒性物質を産生することは知られていないというが、逆に毒性物質を産生しないことも確かめられていないのである。この点における白木理論は、高津、諏訪、石坂等の学者の研究に裏付けられており、医学的に充分合理性を有する。
(五) このように、ポリオ生ワクチン投与の副反応として、いわゆる遅延アレルギー型脳炎と即時型アレルギー反応としての急性脳症が発症し得るとする白木博士の理論は、医学的合理性と妥当性を有している。我が国有数のワクチン学者である福見秀雄博士も、ポリオ生ワクチンで脳性麻痺が絶対起こらないという学問的証左はないとしているところである。
このように、我が国有数の権威者がその因果関係を否定せず、その発生機序について合理的な理論を展開していること、実際にもポリオ生ワクチン投与後に相当数の脳炎・脳症の被害が報告されていて、副反応として即時型アレルギー反応が生ずるとの実証データも存在することなどを考え合わせれば、ポリオ生ワクチンの投与が原因で脳炎・脳症が発生することについては高度の蓋然性がある。
二 因果関係判定の要件についての控訴人の主張に対する反論
要件①のうち空間的密接性とは接種から一定の合理的期間内に疾病が生ずるという時間的密接性だけでなく、疾病の生ずる部位により時間的密接性が変化していくことを考慮して加えたもので、因果関係の認定を厳格にこそすれ、科学的でないという批判は当たらない。
要件②については、①、③、④の要件が存在している場合、原則としてワクチン接種によって疾病が生じたことの高度の蓋然性があると考えるのが、経験則である。予防接種後の合理的な相当期間内に、それまでには存在していなかった脳炎・脳症等の症状が発症した事故の場合、この高度の蓋然性が破れるのは、他の原因によって疾病が生じたことが証明されたときである。他の原因の可能性が一般的、抽象的に存在したというだけでは、「高度の蓋然性」は破られたとみるべきではない。なぜなら、ワクチン接種後の一定期間内に医学上合理的根拠を有する疾病が質的、量的に強い態様で生じたことの重みは、他の原因があり得るという程度の事情によってほとんど影響を受けないと考えるべきだからである。②の要件は、このように本来因果関係の存在を否定するための消極的要件であり、これをもって立証責任の転換が行われていると考えるべきではない。
要件③は、ワクチン接種の脳炎等の副反応は、多くの場合、他の原因不明による症状に比較して症状が質量的に強く現れる事実に着目して加えられたものである。
むしろ、この関係で控訴人の主張する「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」という要件は一種のトートロジーになってしまい、適切な要件ではないことが明らかである。
第三 安全配慮義務違反による債務不履行責任について
(被控訴人ら)
一 予防接種と控訴人国の安全配慮義務
控訴人国は、劇薬であるワクチンの接種を、伝染病の発生、まん延を防止する目的で、国民に対し強制ないし勧奨したものである。
このような法律上又は事実上の強制に基づく予防接種については、接種を強制した控訴人国は、以下のような事情を考えると、予想されるべき被接種者への重篤な被害の発生を極力防止すべき高度の安全配慮義務を負っていたというべきである。
1 控訴人国には予防接種による被害発生について予見があった。すなわち、ワクチン接種により重篤な副反応が生ずる事実は、専門家の間では既に昭和の初めころから知られていた。戦後においても、昭和二六年以降の人口動態統計によれば、毎年予防接種による死亡者数が報告されていたのである。
2 予防接種の強制は被接種者による自主選択権を失わせるものであった。本件の予防接種は、法による接種であれ勧奨による接種であれ、国の公権力による強制によってされたものであって、被接種者又は保護者は自らの判断によってこれを回避する可能性は全くなかった。被接種者は予防接種の危険性を告知されておらず、禁忌事項の具体的告知を受けていなかった。このような場合、予防接種を強制する側は、被接種者の安全のために、その危険の回避、減少について全責任を負うべきであり、可能な限りの安全配慮措置をとるべき条理上の義務を負うのである。
3 予防接種について控訴人国は、情報、知識を事実上独占していた。このように情報と知識を独占する控訴人国は、予防接種の安全維持のため、事故発生の危険を回避、減少させるべき最高度の安全配慮義務を負っていたというべきである。
二 予防接種の副反応の危険及び禁忌事項についての周知義務とその懈怠
このような安全配慮義務の一環として、国は、予防接種を実施するに当たって、予防接種により重篤な副反応が発生する危険があること及び予防接種の禁忌事項ないしこれに該当すると考えるべき症状等を接種を担当する医師及び被接種者ないしその保護者に具体的かつ明確に周知すべき義務があったというべきである。しかるに、控訴人国は、接種担当医に対する禁忌事項の周知徹底を怠ったし、また、被接種者ないし保護者に対し、予防接種の副反応の危険性及び禁忌事項について十分周知しようとしなかった(なお、この点の詳細は、第四の一の1(八)項参照)。
そして、このような控訴人国の義務懈怠の結果、本件各事故が発生したものである。
第四 国家賠償法上の請求について
一 過失について
1 厚生大臣の過失について
(被控訴人ら)
(一) 種痘の強制接種を行った過失
(1) 初めに
ワクチンは本来人の生命、身体に害を与える危険性の高い物質であるから、個人が自己防衛の目的で自らの意思により接種を受ける場合はともかく、社会における伝染病の流行を防止するという社会防衛の目的で個人に接種を強制することは本来許されるべきことではない。
予防接種の強制接種が許されるとするならば、それは伝染病の流行を防止するのに感染源対策や感染経路対策だけでは不十分であって、強制接種を行うことが必要不可欠であり、かつ、当該伝染病の流行の可能性とこれによって生ずる被害の程度、当該予防接種の効果、予防接種によって生ずる重篤な副反応が生ずる頻度等を比較考量して、予防接種を行うことが社会にとって利益であると考えられる場合だけである。
国ないし厚生大臣は、法が種々の伝染病について定期及び臨時の予防接種を定めているからといって、安易にこれを実施してはならない。前記のような事情を判断して強制接種が不要と判断されたときは、定期接種であっても法の改正を待たずに敢然とこれを中止すべきである。なお、ことは生命・身体に重大な影響を及ぼす問題であるから、専門家の間で意見の対立があったというだけで手をこまねいていてよいとすることはできないものである。
(2) 痘そう流行の経緯と痘そうの予防対策
我が国においては、痘そうは、第二次大戦後、昭和二一年には戦地の復員者を中心とする流行があったものの、その後患者数は激減し、昭和二七年二名、昭和三〇年一名となり、昭和三一年以降は国内での患者発生は零であった。移入患者は、昭和四八年及び四九年に各一名あったものの、いずれも二次患者の発生がないままに収束している。このような患者数の推移に照らすと、我が国は、昭和二五年には事実上、痘そうの非常在国となったとみられる。
そして、痘そうは人の間でのみ伝播するものであるから、患者を社会から隔離し、患者の移入を阻止する等の感染源対策、感染経路対策が極めて有効である。特に国内の患者が零となった後は、感染源となり得るのは国外からの移入患者のみであるから、痘そうの予防対策の基本は、患者の国内への侵入を阻止することに置かれるのは当然といわなければならない。具体的には、①常在国又は流行地からの国際旅客に対する検疫の強化及び国際旅客に対する種痘の義務付けによる患者の国内侵入の防止を基本とし、②患者が国内に侵入した場合は、速やかに患者を隔離し、接触者や接触の危険のある者に対し、緊急種痘(リング・ワクチネーション)を実施する等の方策が有効である。
(3) 種痘の免疫効果と副反応
種痘の免疫効果は、ディクソンによれば、初種痘の場合で、痘そうの罹患率は、被種痘者対比で、一年後は一〇〇〇分の一、三年後で二〇〇分の一、一〇年後で八分の一、二〇年後で二分の一、その後は一である。したがって、従来我が国で採用されていた一歳時、小学校入学前及び小学校卒業前の三度の種痘の接種を受けても、三〇歳を超えれば、種痘の免疫効果は殆ど期待できないことになる。
他方、種痘によって重篤な副反応が生ずることは、ジェンナー以来知られていた。我が国における調査は不十分なものであるが、昭和四四年に種痘調査委員会が東京都と川崎市で行った調査によると、乳幼児の被接種者一〇〇万人当たりの合併症発生数は、脳炎・脳症50.5人、熱性けいれん25.3人等合計二七八人であった。厚生省の人口動態統計でも、昭和二六年から四二年までの間に、種痘合併症によって一七四名が死亡しているが、そのうち一五七名が三歳未満の乳幼児である。諸外国の調査でも、神経合併症だけについてみても、被接種者一〇〇万人当たり二ないし二五〇名の被害者が発生している。
(4) 乳幼児に対する強制接種の意義と必要性
以上のような諸事情の下で、乳幼児に対する定期強制接種を維持する必要と利益の有無をみるに、乳幼児はそもそも行動範囲が限られているから、国外からの移入患者に対して接触する機会は最も少なく、感染の可能性は殆どないし、他の者に対して感染させる感染源となる可能性も最も少ない。他方、小学校卒業後二〇年を経過するおおよそ三〇歳以上の者は、乳幼児に比べれば、はるかに自ら感染し、他への感染源となる機会が多いのに、既に種痘の効果が零に近くなったまま、放置されている。
これらの成人を放置したまま、乳幼児に強制的に種痘を接種しなければならない合理的理由はない。
なお、乳幼児に強制接種をする理由として、成年後に再種痘をした場合に、初種痘に比して速やかに免疫効果を挙げ、副反応も少ないことを挙げる説があるが、この説は科学的でも、合理的でもない。前者については、これに沿う実証的データは存在しないし、後者の再種痘の際に副反応が少ないとの点も、再種痘の場合は乳幼児のときの初種痘と成人になってからの再種痘と二回種痘するわけであるから、副反応の危険にも二度遭遇するわけで、二度の合計危険率が成人の初種痘の危険率より少ない場合にかぎって成り立つ議論であるところ、これを肯定するデータも存在しない。
ところが、種痘による被害としては、前記のように、死者だけでも毎年一〇人以上出ているし、生存者も含めると、毎年の被害者は、少なく見積もっても数十人に達すると推認される。
しかるに、昭和五二年以降我が国には国外からの移入患者の発生はなかったこと、世界的にみても、痘そう患者の数は第二次大戦以後減少し、特に昭和四一年以降はWHOの撲滅計画が実行に移されたこと、我が国の検疫体制や患者発見後の医療体制も整備されつつあったことからすると、我が国において、昭和三一年以降前記種痘被害に見合う毎年数十人以上の痘そう患者が発生することは到底予測できないところであった。
(5) 結論
以上のとおり、我が国が実質的に痘そうの非常在国となった昭和二五年以降、乳幼児に種痘の強制接種を行うことは、痘そうの流行の防止に有効とはいえないばかりか、それを実施することによって得られる利益よりもはるかに多くの害をもたらしている。
予測された痘そうの流行による被害者の数と種痘の重篤な副反応による被害者数を比較しても、種痘の副反応による被害者の数の方が多いから、乳幼児に対する定期接種は社会にとっても利益はない。
したがって、昭和二七年以降、控訴人国は乳幼児に対する定期強制接種を廃止すべきであったのであり、漫然これを継続して本件被害者に副反応による被害を与えたことについて、控訴人国には過失がある。
仮に昭和二七年の廃止が時期尚早であったとしても、我が国から痘そうの患者が全くいなくなった昭和三一年には廃止すべきであった。更には、英国とアメリカが定期接種の廃止を決めた昭和四六年には、WHOの痘そう根絶計画の進展により常在国は飛躍的に減少していたから、定期接種を継続する合理的理由がないことは一層明白になっていた。
なお、以上で述べた定期接種廃止の是非についての考え方は、実際にアメリカと英国が昭和四六年に定期接種を廃止した際に採用されている。
そして、我が国においても、既に昭和二九年に、明石英教授や金子義徳教授らにより、予防接種による利益と危険をバランスにかけてその実施の有無を検討すべきであることが示唆されている。さらに、昭和四七年になってからであるが、大谷杉士教授は、野島徳吉教授とともに、種痘の即時廃止を唱え、福見秀雄国立予防衛生研究所部長や染谷四郎国立公衆衛生院次長も、定期種痘への批判を展開していた。
(6) 控訴人の主張に対する反論
以上のとおり、痘そうの移入とそこから生ずる流行による被害はきわめて不確実で、いつ生ずるか分からず、たとえ被害が出ても一定限度におさまるのに対して、乳幼児に対する強制接種を行うことにより毎年確実に数十人を超える重篤な副反応の被害者が発生していたのである。これらの被害者を専門的知見による予測が困難であるとか、評価が一義的でないという理由によって放置することは許されない。そして、定期接種廃止の是非を時宜に即して的確に行うためには、継続的な合併症の追跡等、被害に関する調査が必要であるにもかかわらず、控訴人国は被害の調査を殆ど行わなかった。そのため、合併症による死者の数は最後まで人口動態統計に依拠せざるを得なかった。そればかりでなく、控訴人国は被害の実態をなるべく国民に知らせないようにしていた。このように国民に事実を隠し、自らなすべき調査も殆どしなかった控訴人国は、高度に専門的知見に基づく予測であるとか、予測には一義的に確定し得ない部分があるとかの理由で、定期接種の廃止の判断を遅延した責任を免れることはできないものである。
(二) 種痘の若年接種を実施させた厚生大臣の過失について
(1) 予防接種に使われるワクチンは、前記のように、人体にとって本来的に危険なものであり、予防接種は一定割合で死亡や脳炎、脳症等の重篤な後遺症を惹起するものである。それ故、国が伝染病予防というプラス面と死亡又は重篤な後遺症をもたらすというマイナス面を同時に有する種痘の若年接種を法律をもって強制しようという以上、プラスとマイナス、コストとベネフィットを正確に把握し、そのベネフィットがコストを上回ることを確認し得た場合のみこれを実施すべきである。
そして、種痘の定期強制接種をコストベネフィット・バランシングの上行うよう決定した場合でも、予防接種の実施に当たって、被接種者の生命・身体に対する侵害は可能な限り小さくすべきであることは当然であるから、厚生大臣は、より危険の少ない接種年齢が考えられる場合には、速やかに安全な接種年齢への変更を行うべきは当然である。若年接種を実施しないことが被接種者の生命・身体の危険を避けるため必要、不可欠であるという場合に限って、厚生大臣は若年接種を中止させる注意義務があるとするのは、発想が逆転している。
(2) 生後一歳未満の乳幼児、特に生後六箇月未満の乳児は脳及び血液関門の発育が不十分であるため、年長児や成人に比して神経系の反応が強烈で、それ故に損傷を受けやすいし、乳幼児の場合、病気や異常がある場合でも、それが未だ隠されていて明らかになっていない場合が多い。したがって、これらの点を考慮すると、一歳未満の乳幼児については、伝染病の具体的流行と感染の可能性を考慮して、その必要性が明らかでない限り、少なくとも一律の集団接種は避けるべきである。
(3) さらに、天然痘の非常在国においては、外国から入ってきた天然痘患者に零歳児が接触する機会はもともと少ないから、接種年齢を一歳以上に引き上げても、伝染病に対する社会の全体的抵抗力には殆ど影響がなく、したがって、若年接種の危険が高いことがわかりさえすれば、接種年齢の引上げは容易に実行できるはずである。
(4) そして、他の先進諸国における動きを見ると、昭和三五年(一九六〇年)、英国保健省の医務官グリフィスは、種痘の副作用と致死率は一歳未満児において最も高いことを明らかにし、これを受けて保健省の常設医事勧告委員会は、保健大臣に、それまで接種が生後四ないし五箇月の間に行われていたのを改め、生後二年目に行うよう勧告した。保健大臣はこれを容れて、昭和三七年(一九六二年)一一月、全国の機関にその旨を指示した。この後、昭和三九年(一九六四年)、保健省のコニーベア博士は、一九五一年から一九六〇年までの間、英国及びウエールズにおいてされた種痘接種の副作用を調査した結果、種痘疹及び種痘後脳炎の発生率が一歳未満児において他の年齢群に比し、圧倒的に高いことを確認した。
また、英国に続きオーストリアも昭和三八年に接種年齢を一歳以上に引き上げた。
アメリカも、以下の調査に基づき、昭和四一年に一歳から二歳に引き上げた。すなわち、アメリカ厚生保健省公共保健局伝染病センター種痘部門のジョン・ネフ以下の研究者は、昭和三八年(一九六三年)、全米及びノース・カロライナ、ロードアイルランド、ワシントン、ワイオミングの四州における調査を行い、一歳未満児の副作用は他のいかなる年齢グループのそれよりも二倍ないし五倍大きいことを明らかにし、また、接種を一歳以降に延ばし、禁忌を一層注意深く避ければ、様々な副作用の三分の二を防ぐことができるとの指摘をした。右結果や英国の前記変更を考慮して、アメリカンアカデミーの伝染病コントロール小児科委員会と予防接種に関する公共保健局勧告委員会は、共に昭和四一年(一九六六年)、種痘の第一次接種は一歳以後に行われるべきことを勧告した。
アメリカに続いては、ドイツが昭和四二年(一九六七年)、接種年齢を一八箇月ないし三歳に引き上げた。
かくしてわずか五年のうちに、英国、オーストリア、アメリカ、ドイツにおける種痘政策の変更が行われた。
(5) 以上述べた先進諸国における接種年齢引上げの事実とその理由・根拠は、当時厚生省が容易に知り得た事実である。
しかるに、控訴人国は、一九六〇年代末に至るまで強制一律接種を行いながら、予防接種の社会予防効果の面にのみ目を向け、その副作用と危険に全く注意を払わず、右諸国の年齢引上げの事実と理由を漫然と見過ごしたのである。
いずれにせよ、我が国も英国が接種年齢を引き上げた昭和三七年(一九六二年)には、接種年齢を生後一年に引き上げるべきであった。しかるに、控訴人国は、昭和四五年八月、種痘事故の頻発に直面するや、法律が接種年齢を二箇月以上一二箇月としているのに、科学上格別の根拠もないまま、公衆衛生局長通達により泥縄式に六箇月から二四箇月に変更し、なお六箇月以上、一歳未満児への接種を続けた。そして、昭和五一年(一九七六年)になって予防接種法を改正し、接種時期を生後三六箇月から七二箇月に引き上げたのである。ヨーロッパ諸国とアメリカの迅速な対応例を見るとき、一歳未満児への接種廃止が昭和五一年以前にできなかったとする合理的理由は全くない。右年齢引上げの遅れは控訴人国の怠慢に起因するものであることは明らかであり、昭和四八年まで種痘の若年接種を続行させた厚生大臣に過失があることは明らかである。
(三) 腸チフス・パラチフスワクチン(以下「腸パラワクチン」という。)の強制定期接種を実施させた過失
国民の生命・健康を守るべき責務を有する控訴人国として、予防接種の実施を決定するためには、ワクチンの副反応による犠牲者の発生を考慮してもなお実施しなければならない科学的根拠が必要である。腸パラワクチンの予防接種は現在既に廃止されているが、そもそも腸パラワクチンが腸パラ流行防止の手段として有効であるとする科学的根拠は当初から存在していなかった。他方、副反応の危険性だけは確実に予測可能であったのである。厚生大臣は、一律強制接種を採用すべきではなかったのであり、少なくとも、一〇歳以下の子供に対しては実施すべきでなかったことが明らかであった。また、遅くとも本件腸パラワクチン接種時点(昭和三五年)までには廃止すべきであった。すなわち、
(1) 腸パラワクチンの副反応の激しさは既に戦前においても定評があった。法制定時に、腸パラワクチンについては特に禁忌徴候の有無について健康診断を必要とした(一二条二項)のも、このような同ワクチンの副反応の危険性を考慮したものであった。それにもかかわらず、犠牲者は相次いでいた。昭和二二年から昭和四〇年までに死亡例だけで五四例が厚生省に報告され、厚生省では一律定期接種開始後日ならずしてこの事実を知悉していたのである。
(2) 腸パラワクチンの副反応はこのように激しい反面、その効果は常に疑問視されてきた。我が国の小中学校生徒についての成績では、ワクチンの有効性は全く証明されていない。動物実験による理論的解析によっても、腸パラワクチンの有効性は裏付けられていない。WHO後援の野外実験の結果も、「そんなによくは効かないけれども、ある程度の効果がある。」という趣旨のものであり、昭和二六年から二八年にかけて国の研究費補助により腸チフス・パラチフス研究班が行った研究も、腸チフスによる入院患者について予防接種を受けていたか否かを調べ、赤痢患者と比較したものであるが、「正攻法」による調査ではないと評価されているものなのである。チフスワクチンの効果は患者が七人出るところを二人に減らすことができる程度のもので、このワクチンを接種すれば、腸チフスにならないというほどのものではないのである。戦前の軍隊においても、腸パラワクチンを接種したにもかかわらず、流行が起きたことがしばしばであった。したがって、早くから軍隊において腸パラワクチン接種を行っていた英米を始め諸外国では、これを軍隊以外の一般人に対する一律の集団接種に用いようとは決してしなかった。
そもそも、腸チフス・パラチフスは経口感染する消化器系感染病であり、上・下水道の整備を始めとする環境衛生の改善によって感染経路を切断する感染経路対策が流行を防止する最も有効・適切な防疫対策であることに異論をみないものである。現に、我が国においても、敗戦直後の混乱期をすぎた昭和二二年ころから激減の傾向を呈している。このように、腸パラワクチンはそもそもその有効性に問題があるばかりでなく、これを軍事上の必要性など特殊な目的のために用いる場合であればともかく、流行防止の目的で一律に強制定期接種を実施しても流行を予防することはできないものであった。
なお、腸チフス・パラチフスに対する特効薬である抗生物質クロラムフェニコールは、昭和二五年ころには既に一般に広く使用されるに至っていたことにも注意を払わなければならない。
(3) さらに、一〇歳以下に対する腸パラワクチン予防接種は、接種の必要性自体が存在していない。「一〇歳以下では腸チフスはほとんど問題にならない。風邪引き程度の病気だから気にすることはない」のであり、一〇歳以下の子供に対する一律強制定期接種が全く科学的根拠のないまま実施されたことは明白であった。
(4) 以上のとおり、腸パラワクチン予防接種は、三歳以上六〇歳までの毎年を定期とする強制接種として採用すべきでなかったことが明らかであり、遅くとも本件被害児佐藤幸一郎(一六の一)に対する接種時である昭和三五年四月六日までにはこれを中止すべきであった。
さらに、少なくとも、一〇歳以下の人間に対して接種すべきでなかったにもかかわらず、控訴人国は、法にこれを規定し、実施した落ち度がある。
なお、腸パラワクチン予防接種は、昭和四五年法改正によって定期接種から除外され、昭和五一年に法の対象疾病からも除外された。もともと、腸パラワクチン予防接種は、昭和二三年の法制定時に、生後三六箇月から四八箇月を第一回として以後六〇歳に至るまで毎年を定期とする強制接種とされたが、このように全国民を対象として毎年一律に強制的予防接種を行うという方式は、歴史的にも世界にいまだ例をみない接種方式で、「実験的な試み」と評されるものであった。しかるに、我が国では、特にその合理性を基礎付ける具体的なデータも存在しないまま、このような独自の方式を実施したのである。
(5) 本件被害児佐藤幸一郎(一六の一)は、昭和三五年四月六日、生後三年七箇月で腸パラワクチン予防接種を受けて死亡したものであって、控訴人国の過失は免れないというべきである。
(四) 百日せきワクチンの若年接種を実施させた過失について
控訴人国には二歳未満の乳幼児に対して百日せきワクチン(ジフテリアワクチン又は破傷風ワクチンとの混合ワクチンを含む。)の一律定期接種を実施すべきでなかったのに、これを実施したことについて過失かあった。すなわち、
(1) 控訴人国は、昭和五〇年、百日せきワクチンにつき、集団接種の場合は、二歳以上の者に接種することに制度を改めた。右時点でこのように接種年齢を引き上げた理由は、①昭和四五年、予防接種事故救済措置が発足して以来、百日せきワクチン接種による脳症が我が国にも欧米並みに存在することが明らかになったからであり、②昭和五〇年に三種混合ワクチン接種後の死亡事故が発生したことを契機に調査検討したところ、ⅰ患者が減少したこと、ⅱワクチンにはまれに重篤な副反応を伴うことがあること、ⅲ脳炎・脳症等は一歳未満の乳幼児に最も多く、次いで一歳児に多いことから、医学的に急ぐ必要のないワクチンは二歳以降に接種することが望ましいこと、ⅳ百日せきは、幼児、小学校低学年でひそかな流行を起こしていると推定されること等から、年齢を引き上げるとの判断に至ったというのである。
(2) しかしながら、控訴人国が百日せきワクチンについて接種年齢の改訂を行うにつき根拠とした事項は、以下のとおり、いずれも昭和三三年当時以前から控訴人国が十分認識し、あるいは容易に認識し得たことである。
ア 重篤な副作用の発生に関する知見
百日せきワクチンが乳幼児に脳炎、脳症等の重篤な副作用を発生させることがあることは、昭和八年(一九三三年)デンマークのマドソンが初めて報告して以来、多くの報告がなされている。
昭和三三年当時までに百日せきワクチンによって重篤な神経合併症が発生することは、広く知られていたものであり、控訴人国も当然右事実を知っていたないし知り得たはずであった。
控訴人国は、我が国において欧米並みに重篤な副作用事故が発生していることは、昭和四五年に救済措置が発足した後知ったと述べるが、同措置によって届け出られた症例には、昭和四五年以前の接種によるものも多数含まれているのであり、昭和三三年当時において、控訴人国が百日せきワクチン接種による副作用の発生状況を調査していれば、重篤な副作用事故が多く発生していたことを容易に把握できたものである。また、有馬正高らは、既に昭和三四年六月、予防接種に伴い中枢神経症状を呈した症例を報告しているが、そのうち五例は、百日せきワクチンの接種に伴うものであった。控訴人国は、右論文によって我が国においても百日せきワクチンによる重篤な中枢神経系障害が発生していることを容易に知り得たはずである。
イ 副作用事故は二歳未満の乳幼児に多いこと
控訴人国の予防接種研究班は接種年齢改訂の理由として、百日せきワクチン接種による事故発生は月齢の小さいほど頻度が高く、二歳までに起こりやすいことをデータが示していること、乳幼児期はストレスに対して激しい反応を呈しやすいから予防接種を避けるのが望ましいこと、小児急性神経系疾患は二歳未満の乳幼児に多く発生し、二歳未満では心身障害も未発見のことが多く、また予防接種がこれらの潜在疾患を顕在化させる引き金となったり、既存の疾患を悪化させたりする危険があることを挙げているが、これらの結論は、昭和三三年当時において控訴人国が十分な調査を尽くしていれば同様のデータを得られたはずであるし、その他の知見も昭和三三年当時既に存在していたものである。
したがって、控訴人国は、昭和三三年当時においても、百日せきワクチンを二歳未満の乳幼児に接種することが特に危険であることを容易に知り得たものであり、このような危険があるにもかかわらず二歳未満の乳幼児に一律に定期接種を行う必要性が存在するか否かについて厳しい検討を加えるべきであったのに、これを怠った。
ウ 患者数の減少等
百日せき患者の発生数は昭和三〇年ころ既に激減していて、昭和三三年ころには大きな流行は存在しなかったものである。ことに患者は二歳以上に多く発生し、二歳未満の乳幼児の罹患率は低かった。また、百日せきによる死亡者数も既に昭和三〇年ころには激減しているものであり、百日せきは罹患しても死亡する危険の大きい病気ではなくなっていた。
昭和三三年当時、既に百日せきはワクチン接種によって達成されるべき百日せきの予防効果に比べ、ワクチンによる重篤な副作用の危険が余りに大きすぎるものであった。ことに二歳未満の乳幼児についてはこの矛盾が最も著しかったものである。
以上の事実を控訴人国は、昭和三三年当時当然知ることができたはずである。
エ 流行阻止のため二歳未満の乳幼児に対する接種の必要性が乏しいこと
百日せきの流行は、幼稚園児や小学生の間において発生するものであり、家庭内におり、家族以外の者と接触する機会の乏しい二歳未満の乳幼児に免疫を付与しても流行阻止には役立たず、流行阻止のためには幼稚園児や小学生に免疫を付与するのが効果的であり、また、それによって二歳未満の乳幼児がその兄姉などによって家庭内感染を受けることを防止できたのであり、このことは、昭和三三年当時においても常識であった。
(3) 以上の事実を前提とするならば、控訴人国は、二歳未満の乳幼児については、遅くとも昭和三三年以降は百日せきワクチンの定期接種の対象から除外すべきであった。
なお、右のように、接種年齢を引き上げることは、控訴人国に与えられた裁量の範囲内の選択の問題では決してない。予防接種による重篤な副作用の危険が存在する以上、控訴人国は、予防接種を実施する必要性、緊急性と予防接種による事故の危険とのバランスを厳しく図りつつ、可能な限り安全な方法によって予防接種をすべき高度の注意義務があるから、平常時においては、二歳以上の幼児に免疫を付与することにより百日せきの流行を防止することが可能であり、他方、二歳未満の乳幼児はワクチンによる事故発生率が高いことが判明している以上、二歳未満の乳幼児に対する百日せきワクチンの定期接種は行うべきでなかったのであり、控訴人国には漫然と二歳未満の乳幼児に対して百日せきワクチンの定期接種を実施したことに過失があったというべきである。
(4) 被害児梶山桂子(一五の一)、同井上明子(二四の一)、同鈴木浅樹(二七の一)、同清水一弘(三三の一)、同高橋真一(四六の一)、同塩入信吾(四七の一)、同藤井玲子(五〇の一)、同渡邊明人(五三の一)は、いずれも二歳未満で百日せき、二種混合、三種混合のいずれかのワクチン接種を受けたもので、控訴人国の右過失によって被害を受けたものである。
(五) 百日せきワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの規定量を誤った過失について
(1) 百日せきワクチン、百日せき・ジフテリア二種混合ワクチン、百日せき・ジフテリア・破傷風三種混合ワクチンによる脳症等の重篤な神経系障害は、百日せきワクチンに含まれる菌体成分(毒素)によって発生するものとされており、ワクチンの接種量(菌の量)が多ければ多いほど脳症等の神経系の障害の発生も多くなり、両者の間には相関関係があると考えられている。
控訴人国は、百日せきワクチン又はその混合ワクチンの接種によって接種を受ける国民に脳症等の重篤な障害が発生することのないよう、接種の規定量を必要最小限に定めるべき注意義務があった。WHOは、昭和三二年(一九五七年)に百日せきワクチンの力価基準を定め、一回の接種につき国際標準ワクチン四単位を三回接種すれば免疫を付与するに十分であり、これ以上の力価を持つワクチンの接種は危険であるから、最低限度の力価でやるべきであると勧告している。アメリカでも、古くから百日せきワクチンの力価に上限値を定めている。英国では、昭和二六年(一九五一年)にメディカル・リサーチ・カウンシルが実施した調査に基づき、副作用防止のために家庭内感染率が三〇パーセント位のあまり効きすぎない力価を有する菌量のワクチンを標準ワクチンとして採用した。
(2) ところが、控訴人国は、免疫付与の効果のみを考え、必要以上に力価が高く、したがって菌量も多い接種量を規定量と定め、脳症等の障害を発生させた。すなわち、控訴人国が定めた規定量によると、昭和三三年当時、百日せきワクチン第一期第一回の規定接種量は1.0ccであり、それに含まれる菌数は一五〇億個であった。また、昭和四八年まで二種混合ワクチン及び三種混合ワクチン第一期第二回、第三回の規定接種量は1.0ccであり、それに含まれる菌量は昭和四六年までは二四〇億個であり、昭和四七年当時は二〇〇億個であった。
これはWHOが定めた国際標準ワクチンと比較すると、国が制定した「百日咳ワクチン基準」において国際単位との関連が定められた昭和四三年以後は、我が国の百日せき混合ワクチン1.0ccの力価は17.28単位以上、昭和四六年以後のそれは14.4単位以上であった。これは、四単位三回接種で十分とするWHOの勧告値のそれぞれ4.32倍、3.6倍の力価であった。
昭和四三年以前においても、我が国で使用された百日せきワクチン及びその混合ワクチンの規定量の力価は、昭和四三年当時のものと同程度であり、WHOの国際標準ワクチンやアメリカ、英国その他の標準ワクチンの力価をはるかに上回るものであった。
(3) かっては百日せきワクチンは玉石混淆といわれ、力価が安定しなかったが、昭和三一年にⅠ相菌ワクチンが使用されるようになり、十分な力価を持つようになった。国立公衆衛生院、国立予防衛生研究所などに所属する多数の学者からなる「百日咳ワクチンの改善に関する研究班」、「混合ワクチンに関する研究会」は、昭和三一年に当時我が国で使用されていた百日せきワクチンの力価は7.7で、当時のアメリカのワクチンの力価5.3をはるかに上回るものであることを明らかにしている。また、血中K凝集素価は六四〇倍を上回るもので、感染防御に必要な三二〇倍を上回る効きすぎるものであったことも明らかにしている。さらに、昭和四〇年にも、「混合ワクチン研究委員会」は、当時の我が国の標準百日せきワクチン及び試験製造された百日せき・ジフテリア混合ワクチンの力価は、WHOの国際標準ワクチンの力価の約2.6倍であること、百日せきワクチン接種後の血中凝集価を調べたところ、一回の接種菌数が二四〇億個の場合九〇五倍であり、一回の接種菌数を一七〇億個に減らした場合でも五五七倍であって、感染を防止するために必要とされる三二〇倍をはるかに上回っていることなどを明らかにしている。
(4) WHOは、百日せきワクチンについて一回の接種菌数を二〇〇億個以下にしなければならないと定めているが、これは国際基準であるため、菌数当たりの力価が低い粗悪ワクチンをも想定しなければならず、どんな粗悪なワクチンであっても一回に二〇〇億個を超えてはならないとして定めた上限である。WHOの国際標準ワクチンは、百日せき菌五〇億個が3.6単位、すなわち五五億個が四単位であり、一回につき四単位五五億個を三回(計一六〇億個)接種すれば、十分な免疫が得られるものである。そして、前記のとおり、我が国の百日せきワクチン及び混合ワクチンはWHOの国際標準ワクチンよりも同一菌数について力価が高かったものであるから、一回の接種について五五億個以下でも国際標準ワクチンと同程度又はそれ以上の力価を有しており、感染防御は十分であったものである。
(5) ところが、控訴人国は、百日せきワクチンについて、昭和五一年に至るまで、初回免疫第一回は一cc一五〇億個を規定量とし、二種混合、三種混合ワクチンについては、昭和四六年まで第一期第二回、第三回は一cc二四〇億個、昭和四八年まで第一期第二回、第三回は一cc二〇〇億個を規定量と定め、接種を実施し、脳症等の重篤な副作用を防止するための接種量を必要最小限に抑えるべき義務に違反した。
控訴人国は、昭和四六年の生物学的製剤基準において百日せき混合ワクチン一cc中の菌量をWHO基準の上限値である二〇〇億個に減らし、昭和四八年の実施規則改正において混合ワクチン第一期第二回、第三回の接種量を更に半分に減らしたが、その措置は遅きに失し、なお力価は高すぎるものであった。
控訴人国は、遅くとも、昭和三三年一〇月(被害児矢野《三九の一》の接種時)以前に百日せきワクチンにより脳症等重篤な神経系障害が発生することを知り又は知り得たものであり、このような副作用の発生を防止するため接種量を必要最小限に抑えるべきことも知り得たものといわなければならない。この点につき控訴人国に過失があることは明らかである。
(6) 被害児矢野由美子(三九の一)は、昭和三三年一〇月一四日に百日せきワクチン第一期第一回(1.0cc150億個)の接種を受けた。同渡邊明人(五三の一)は昭和三七年四月九日に二種混合ワクチン第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を、同藤井玲子(五〇の一)は昭和三七年一二月四日二種混合ワクチン第一期第三回(1.0cc240億個)の接種を、同井上明子(二四の一)は昭和四三年五月二七日二種混合ワクチン第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を、同塩入信吾(四七の一)は昭和四三年四月五日三種混合ワクチン第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を、同鈴木浅樹(二七の一)は昭和四四年九月二二日三種混合第一期第二回(1.0cc240億個)の接種を、同高橋真一(四六の一)は昭和四七年六月三〇日三種混合第一期第二回(1.0cc200億個)の接種を、それぞれ受け、本件被害を受けたもので、いずれも控訴人国の前記過失によって被害を受けたものである。
(六) インフルエンザの一律勧奨接種を実施させた過失について
(1) 予防接種はそれ自体人間の身体への侵襲であり、また、時として生命・健康に対する重篤な副作用を伴うものであることを考えると、厚生大臣はあいまいな根拠で接種を実施することは許されない。本件における過失を判断するに当たっては、昭和三二年の集団接種開始当時、厚生大臣には当該方式を採用することによってインフルエンザの流行防止が可能であると判断できる十分な科学的根拠があったかどうか、さらには、本件被害者に対する接種時点までに右判断を変更すべき事実が存在しなかったか否かという観点から判断しなければならない。
ところが、インフルエンザ予防接種によってインフルエンザの流行まん延を防止することはそもそも不可能であり、右事実は当初から明らかであった。インフルエンザ予防接種は、インフルエンザに罹患した場合に生命、身体に重大な影響を及ぼすおそれのあるいわゆるハイリスクグループを対象に個体防衛の目的で用いるべきものである。すなわち、インフルエンザは、一般的には良性の感染症であり、高齢者等の罹患した場合に重症化のおそれのあるいわゆるハイリスクグループを除く健康な者にとっては、仮に罹患したとしても適切な措置をとることによって大事に至ることはなく、致命率は極めて低いものであるところ、インフルエンザワクチンの予防効果は確実でなく、その持続力も短い。しかも、インフルエンザの病原体であるインフルエンザウイルスの抗原構造は毎年変化し、流行ウイルスと完全に一致する抗原構造を持つワクチンを製造することは不可能で、その面からくるワクチンの有効性の問題もある。そして、このように、ウイルスの抗原構造が変化するため、毎年繰り返して接種を受けなければならないが、ワクチン製造上除去し難い雑菌の混入やワクチン液成分中の異種蛋白などによる反応やアナフィラキシーショックなどの危険性はそれに比例して増大することになる。このようにみていくと、インフルエンザワクチンは、広く一般的に用いられるべきワクチンとしての条件を満たしていないのである。このような限界を持つワクチンを用いてインフルエンザの流行を制圧することは、理論的にも現実的にも不可能といわなければならない。
ところが、我が国では、昭和三七年(一九六二年)以降、集団生活を営む保育所、幼稚園、小、中学校の学童を中心に集団の勧奨接種を行ってきた。しかし、このような集団接種によってインフルエンザの流行を防止できなかったことは明らかで、小・中学校における学童等の集団接種は誤りであったのである。
(2) 本件被害児らは、控訴人国が実施させた一律勧奨接種によって死亡あるいは重篤な後遺症の被害を受けた。しかし、このような一律勧奨接種によってインフルエンザ流行のまん延を防止できず、他方、事故発生の危険が厳然として存在しているのであるから、このような接種は本来実施すべきではなかった。控訴人国の過失は明らかである。
(七) インフルエンザワクチンの乳幼児接種を実施させた過失
少なくとも、諸外国においては、二歳以下の乳幼児に関し、①重篤な副反応発生の危険性が高いこと、②インフルエンザ感染の機会が少ないことが知られており、乳幼児接種が実施されたことはなかったのである。
このような乳幼児接種の危険性は、乳幼児の本来の性質に由来するものであって、インフルエンザ予防接種が開始された昭和三二年の時点において既に明らかであった。
ところが、控訴人国は、昭和三二年から昭和四一年までの毎年、厚生省公衆衛生局長の「インフルエンザ予防特別対策について」と題する通達において、二歳以下の乳幼児に対して必ず予防接種を受けるよう勧奨されたいと特に強力に接種を勧奨していた。しかるに、昭和四二年になると、公衆衛生局長通達において、「一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく、また、成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので、慎重な予診、問診等を実施、対象の選定に留意すること、一般家庭における二歳以下の集団接種は好ましくなく、乳幼児を持つ保護者等の予防接種の励行を図ること、集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については、従来どおり特別対策を実施し、実施に当たっては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと」等を通知し、更に、昭和四六年には、公衆衛生局防疫課長名で、各都道府県主管部(局)長あてに、「二歳以下の乳幼児は、成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと、これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等に鑑み、インフルエンザの流行が予測され、感染による危険が極めて大きいと判断される十分な理由がある等特別の場合を除いては、勧奨を行わないよう」通知するに至り、控訴人国も二歳以下の乳幼児に対する一律勧奨接種が誤りであったことを認めた。
そこで控訴人国が挙げている乳幼児接種が不適切である理由は、我が国においても諸外国においても医学上の一般的常識であったのであり、昭和四二年に至って初めて発見された新事実などではない。感染症としてのインフルエンザの性質と予防接種の役割の限界を前提とするならは、副反応発生の危険性の高い二歳以下の乳幼児にインフルエンザ流行のまん延を防止する目的で予防接種を実施する余地がなかったことは、世界共通の医学常識であり、インフルエンザ予防接種が開始された当初から明瞭な事実であった。
控訴人国は、乳幼児がインフルエンザに罹患すると重篤となりやすいことを根拠に一時期乳幼児接種を勧奨したことを正当化しようとしているが、乳幼児は同時に副作用の発生の危険性も高く、また重症化しやすのであり、控訴人国の主張はこの点を看過している点に誤りがある。
本件被害児吉原充(一の一)、同依田隆幸(一〇の一)、同越智久樹(二〇の一)の三名はいずれも接種時二歳以下の乳幼児であった。
(八) 禁忌該当者の識別を誤った過失について
(1) 集団予防体制の持つ問題点について
ワクチンを安全に接種するためには、先進諸外国では、いわゆるホームドクターによる個別接種方式が広く行われている。これに対し、我が国の予防接種は、強制接種にせよ勧奨接種にせよ、殆どが被接種者を一堂に集め、短時間に多数の者に接種する集団方式で実施されている。この集団方式を基本とする我が国の予防接種体制は、禁忌該当者を接種の場で発見し、これに接種しないという見地からみて、以下のような重大な欠陥を有している。
ア 医師の知見不十分
一般に我が国の医師は、国が知識・情報の提供を怠っていることもあって、内科医や小児科医ですら、ワクチンの性質、安全性、副作用等、予防接種に関する十分な知見を有しているとはいえない。また、予防接種を担当する医師の資格が限定されていないため、眼科医、耳鼻咽喉科医等の非専門医が接種を担当することも少なくない。これらの非専門医は、大部分予防接種についての十分な知見を有しないばかりでなく、接種に当たって個体差や身体の変化が著しい乳幼児の健康状態を適切に判断する能力に欠けていることも多い。
イ 担当医師と被接種者の接触の欠如
個体差の著しい乳幼児の身体的状況を的確に診断するためには、被接種者の体質、病歴、反応様式、生活環境、保護者の知識水準等を知ることが必要であるが、予防接種を担当する医師は、ごく例外を除いては、被接種者を過去に診断したこともなく、接種の時が初対面であるから、右各事項について全くデータを持ち合わせていない。そのため、接種の際の短時間の予診だけで、これらの事項をふまえて乳幼児の身体的状況を判断することは極めて困難である。
ウ 問診のための時間不足
短時間に多数の者に接種するため(予防接種実施要領では、一人の医師が一時間に担当する被接種者は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度とされている。しかし、一人の医師が一時間に二五〇名に対して種痘を接種した例もある。)、予診に十分な時間がなく、被接種者の健康状態を的確に判断することは、全くといってよいほど不可能である。
予防接種実施要領は、「問診及び視診によって、必要があるときには更に聴打診等の方法によって健康状態を調べる」と定めているが、医師が初めてみる八〇ないし一〇〇人の被接種者について、問診を円滑に行うために使用される問診票を読み、補足的な質問を発し、更に視診を行うだけでも到底一時間では足りないはずである。
エ 画一的な接種スケジュール
乳幼児は、成長発育差が著しく、健康状態も変化しやすい。したがって、ワクチンを安全に接種するためには個体差や健康状態に応じて接種スケジュールや接種量を定める必要があるが、我が国の体制では、接種スケジュールや接種量はすべての乳幼児が画一的に定められている。そのため、個体差や健康状態からみて無理な接種が行われやすい。
オ 会場等の問題
会場や注射器具等の取扱いも、短時間に大勢の者に接種するのに適していない。一本の注射針で数名の者に接種が行われたり、会場が手狭なため、寒い日に被接種者が戸外で長時間待たされた例がある。
以上のように、我が国の集団接種方式を基本とする予防接種体制は、被接種者の安全を殆ど顧慮しておらず、本来的に危険を内在していたといえる。
(2) 不十分な禁忌を設定した控訴人国の過失
ア 控訴人国は、我が国の予防接種体制の前記のような問題点を十分認識し、これを前提に行動することが求められる。したがって、禁忌の設定に当たっては、これを広く、かつ明確に定めるべきであった。
すなわち、禁忌は、医師が接種の際の予診により禁忌該当か否かの判断を集団接種の場で容易にできるように設定されなければならず、しかも、非専門医がしばしば担当することを考慮すると、非専門医でも確実に判断でき、かつ簡単な予診によっても判定できるよう、広範囲かつ明確に設定されなければならないのである。
イ しかるに、控訴人国は予防接種の効果面にのみ過大な評価を行い、危険については無頓着で、予防接種により生ずる副反応の機序についての研究や被害者の追跡調査、治療を殆ど行わず、禁忌の設定についても極めて不十分な対応しか行わなかった。
すなわち、禁忌は、昭和三三年まで十分な規定がなく、同年に至って初めて予防接種規則(厚生省令第二七号)四条をもって定められたのであるが、この時定められた禁忌は、
①有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者、その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者
②病後衰弱者、または栄養障害者、
③アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者
④妊産婦(妊娠六月までの者を除く。)
⑤種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害を来すおそれのある者の五項目しかなかった。
その後これは昭和三九年(一九六四年)に改正され、⑤に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ、新たに⑥として、「急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ、更に昭和四五年の改正により、四号に妊娠六箇月までの妊産婦が加えられ、五号及び六号に麻疹の予防接種を受けた者が加えられ、接種間隔も二週間から一箇月に延ばされた。
そして、昭和五一年の法改正に伴い、禁忌は以下のように定められた。
①発熱している者又は著しい栄養障害者
②心臓血管系疾患、腎臓又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは憎悪期又は活動期にある者
③接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者
④接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことが明らかな者
⑤接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者
⑥妊娠していることが明らかな者
⑦痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害を来たすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻疹の予防接種を受けた後一月を経過していない者
⑧急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第六号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻疹の予防接種を受けた後一月を経過していない者
⑨前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者
ウ しかし、このような禁忌事項の設定は、集団予防接種体制の下では極めて不十分なものであった。
そもそも、強制又は勧奨により予防接種を実施するに当たっては、当初から当該ワクチンの接種によりいかなる副反応が生ずるか、又はいかなる体質的素因や身体的状況が重篤な副反応を生ずる蓋然性が高いかを十分調査して禁忌を設定すべきであった。そして、昭和三三年及び昭和五一年に設定された禁忌事項は、かかる調査をすれば容易に分かる事柄であったから、各ワクチンが強制又は勧奨接種の対象となったときに既に定められるべきものであった。
さらに、控訴人国の設定した具体的禁忌事項は、昭和三三年設定のものも、昭和五一年設定のものも極めて限られており、別に「医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」とか、「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」といった抽象的な禁忌事項が置かれたまま終始してきた。しかし、集団接種を担当する医師は、必ずしもワクチンの専門家でも小児科の専門家でもなく、何が不適当な疾病や状態であるかについて知識を殆ど持たない医師が多いのであり、しかも、集団接種の場においては、個別接種とは異なり、医師が被接種者の健康上の経過を全く知らない上、短時間で多数の者に接種するため、禁忌該当者を発見することが極めて困難であるから、禁忌はより広くかつ判定が容易なように設定されるべきであった。
エ 具体的にいうと、以下のような身体的状態の者は、当初から禁忌とされるべきであった。
ⅰ 未熟児で生まれた者、出生時に異常のあった者
未熟児には、満期出産であるにもかかわらず、出産時の体重が二五〇〇グラム以下であった乳児(SFD)と、満期前に生まれた乳児(AFD)がある。前者の場合は知恵遅れとなったり、てんかんを患う可能性が通常の出産児に比して高率であることがよく知られている。これは、脳の発育に問題があることを示している、このような乳幼児に予防接種をすれば、副反応が底上げされて現れる蓋然性は高い。
AFDについても、出産の際に黄疸にかかったり、呼吸状態が悪かったり、低血糖であったり、感染症に罹患したりする等、通常児に比して身体全体にわたり弱点を有している。脳の発達も通常児より遅れることもある。したがって、予防接種の副反応も通常児に比し大きい。
また、臍帯纏絡等により仮死出産により生まれたり、難産であった乳児は、出産時に脳の細胞を損傷した可能性がある等、予防接種の副反応が底上げされて大きくなる可能性が高い。
ⅱ 発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児
出産時には標準の体重があっても、その後発育が標準より遅れている場合には、身体上何らかの欠陥が隠されているわけであるから、予防接種の副反応が大きくなる。
ⅲ 虚弱体質の子
慢性的に心臓病、結核、ぜんそく等に罹患して不健康な状態にある乳幼児は、何らかの重大な病気が隠れているおそれがあり、副反応が大きくなる蓋然性が高い。
ⅳ かぜにかかっている子
乳幼児の場合、かぜは発熱がなくともその症状が以後どのように変化するかも知れないし、他の疾病の始まりであることもある。したがって、予防接種の副反応が大きくなる蓋然性は高い。
ⅴ 下痢をしている子
下痢は、ポリオの生ワクチンについては腸の炎症によりポリオウイルスが腸管から血液中に入り、ポリオを発病させる危険があるから、禁忌であるが、その他のワクチンについても、下痢は体力を低下させ、抵抗力が減弱して副反応を増大させるし、神経疾患の発症であることも十分考えられるから、予防接種を行うべきでない。
ⅵ 病気上がりの子
かぜ、下痢、水疱瘡、突発性発疹、麻疹等の病気が治ったばかりの乳幼児は、依然として体力が低下し、抵抗力も弱っているから、副反応も大きくなる蓋然性が高いので、体力が十分回復するまで予防接種を行うべきではない。
ⅶ 今までの予防接種で異常な反応を示したり、その兄弟姉妹が予防接種で特に具合が悪くなった前歴を有する子
昭和五一年改正の予防接種実施規則四条四号は、本人に関し、これから接種しようとするワクチンと同一のワクチンについて異常反応を示した場合のみを禁忌としているが、他のワクチンについて異常反応を示した場合も、これから接種しようとするワクチンについて異常反応を示す蓋然性が高い。また、兄弟姉妹に異常反応があれば、被接種者も同様の体質的素因を有する蓋然性が極めて高いから、異常反応を示す蓋然性も高くなる。
ⅷ アレルギー体質の子供並びに両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる子供
昭和三三年制定の予防接種実施規則四条は、「アレルギー体質の者」とあいまいな一般的定め方をしていた。昭和五一年の改正により、「接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれのあることが明らかな者」と規定されるに至ったが、この改正は、「接種液成分に対するアレルギー」のみに限定し、かつ、「アレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者」に限定するという二重の誤りを犯した。
すなわち、アレルギー体質とは、各種の薬物、異種蛋白その他に対して異常反応を起こして過敏症になりやすい体質をいうのであり、アレルギー体質者は、多くの異種蛋白、化学物質を含むワクチン接種によって重篤な副反応を生じる蓋然性が高い。そして、一定の条件の基に一定の特異反応がみられるときには、その他の場合もアレルギーの疑いがあるばかりでなく、乳幼児の場合には、本人の有するアレルギーがいかなる物質に特異反応を示すものかを判定することはもちろん、本人がアレルギー体質か否かを判定することも集団接種の場では不可能なことが多いのであるから、控訴人国は、アレルギー性疾患を具体的に列挙した上、そのいずれかの既往歴のある乳幼児に対する予防接種は、少なくとも当該アレルギー体質によっても異常反応が生じないことが明確にならない限り、禁忌とすべきであった。
また、アレルギー性体質は遺伝性のものであるから、両親や兄弟に右のようなアレルギー疾患のある幼児は、アレルギー体質の可能性が強い。したがって、この場合も集団接種の場では禁忌とすべきである。
ⅸ ポリオワクチンについては、外傷やおでき等により末端の神経細胞が破壊されていること
腸管から血液中に入ったポリオウイルスは、手術や外傷により破壊された神経細胞がある場合には、これを経由して中枢神経に達し、ポリオを発病しやすい。したがって、神経細胞が破壊され、又は破壊されるおそれのある外傷や皮膚疾患のある場合は、禁忌であって、ポリオ生ワクチンを投与すべきでない。
ⅹ ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の外科手術
ポリオ生ワクチン投与後少なくとも二週間以内は、外科手術は禁忌であって、絶対してはならない。
しかるに、控訴人国がこの点に関し、実施要領を定め、経口生ポリオワクチン接種後間もない時期に抜歯、扁桃腺摘出等の外科手術を避けるよう保護者や接種対象者に周知徹底するよう掲記した通達を発したのは、昭和四五年七月一五日であった。
ところが、前記のとおり、控訴人国は、集団接種の実情に目を向けず、被接種者の安全に対する配慮不足から右のような事項を禁忌として定めることを怠った。控訴人国が定めた禁忌の文言は、右で挙示した禁忌事項を一義的かつ明白に読み取れないようなものであったばかりでなく、集団接種を前提とする禁忌は広くかつ明確に定められなければならないとの要件にも違反するものであった。厚生大臣はこのような禁忌設定を誤った過失がある。
したがって、控訴人国は、右ⅰないしⅹの禁忌を看過して接種がされた本件被害児らの死亡又は後遺症について責任を免れない。
オ なお、医学上の問題については意見が対立することもしばしばあるが、人の生命・健康に重大な影響を持つ以上、禁忌事項の定め方について専門家の間で対立する意見が存在するからといって、直ちに行政に注意義務違反がないということはできない。
(3) 禁忌該当者に接種を実施させないための十分な措置を講じなかった過失
ア 禁忌該当者であることの推定
最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決が判示するとおり、予防接種によって障害が発生したときは、禁忌該当者を識別するため必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかった等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定される。
本件被害児六二名は、本件予防接種によって本件後遺障害を受けあるいは死亡したものであり、予防接種の禁忌に該当していたものと推定されるものである。
イ 厚生大臣の過失の内容
このように、本件被害児は禁忌を看過されたまま本件接種を受けさせられたものであるが、これは、厚生大臣が禁忌該当者に接種させないためにとるべき措置を怠ったことによるものであり、この点につき、厚生大臣は過失を免れない。
すなわち、前記最高裁判決が予防接種によって事故が発生した場合は特段の事情がない限り禁忌者に接種がされたものと推定すべきであるとした理由は、予防接種によって脳炎・脳症等の重篤な副反応が発生するのは、多くの場合、被害者が予防接種をすべきでない身体の病的状態、すなわち予防接種の禁忌に該当しているからであり、予防接種による被害防止のためには、万全の手段を尽くして禁忌該当者を接種から除外するよう務めなければらないとの基本認識に立つものであるからである。この考え方を前提とすると、厚生大臣は、法律及び勧奨によって国民に対し予防接種を実施する以上、接種担当者によって禁忌者が接種から排除されるよう適切な措置を講ずるべき高度の注意義務があったというべきである。
ところが、控訴人国は、法施行以来、少なくとも被控訴人らが本件接種による事故に遭遇した昭和五〇年ころまで、接種率をいかにして上げ、いかに効率よく接種を行うかということだけに精力を注ぎ、いかにして接種を安全に行うかという面をなおざりにしてきた。そのため、被控訴人から被害児は、禁忌該当者であったにもかかわらず、接種現場で接種の対象から除外されずに接種を受け、本件被害を被ったのである。
すなわち、禁忌該当者を的確に識別するためには、予診が極めて重要である。そして、このうち問診については、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が判示するとおり、「単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの質問、すなわち予防接種実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に微表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする」必要がある。
しかるに、厚生大臣は、被接種者の保護者である国民に対して、予防接種によって重大な副反応が発生することがあり、禁忌該当者あるいはその疑いがある場合は接種を行ってはならないことを告知することを怠り、かえって接種を受けなければならないことのみを強調し、保護者をして安易に接種を受けさせ、その結果、保護者が被接種者の健康状態を注意深く観察し、問診にも的確に応答する機会を奪った。また、必ずしも専門医でない接種担当医師等にも、予防接種の重大な副反応についての知識や禁忌あるいは禁忌該当の疑いのある症状についての具体的知識の提供、これらの見分け方や的確な質問の方法等について具体的方法や基準を指示するなどの指導を怠り、その結果、接種担当者が、予防接種実施規則四条所定の禁忌の有無及びそれらを外部的に微表する諸事由の有無を診断するため、具体的に、かつ、被質問者をして的確な応答ができるよう質問することのできない状態をもたらした。
さらに、重大なのは、厚生大臣は、予防接種実施要領で、「予診の時間を含めて医師一人を含む一班が、一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、その他の予防接種では一〇〇人程度を最大限とする」と定め、右最大値程度で接種を実施することを許したが、右時間では、適切な予診・問診を行う時間的余裕は殆どなく、禁忌の有無を的確に把握できるような予診・問診は不可能であったということである。
厚生大臣は、予診・問診が実際には殆どされずに接種が行われていることを知りながら、これを放置、容認したのである。現に本件被害児の殆ども、何ら予診・問診を受けることなく、接種を受けている。
なお、この点で模範となる予診体制を採っている東京都渋谷区医師会が設置した予防接種センターにおいては、昭和四四年二月の開設以来昭和五二年までに各種予防接種を、集団接種の方法で八〇万七四二七人、個別接種の方法で八万八九四五人、合計八九万六三七二人に対して行ったが、同センターで接種を受けた者で重篤な副反応を起こした者は皆無であった。予診体制を充実させることによって、予防接種の被害の大部分が回避できることは、右の例からも明らかである。
ウ 過去の予診体制について
この予診・問診について過去厚生大臣がどのような指導・監督をしてきたかをみると、まず、昭和四五年までの予診体制は、以下のようになっていた。
昭和三四年一月二一日付けで都道府県知事あて「予防接種の実施方法について」と題する厚生省公衆衛生局長通達を発したが、それ以前においては、予診の方法について、みるべき措置をとっていない。
右通達の別紙として記載されている「予防接種実施要領」には、以下のような記載がある。
ⅰ 接種前には必ず予診を行うこと。
ⅱ 予診はまず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診を行うこと。
ⅲ 予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わないこと。
ⅳ 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種にかかる疾病流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと。
ⅴ 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり、禁忌の発見を容易ならしめること。
しかしながら、現実には、右予防接種実施要領どおりに集団接種が実施されても、禁忌該当者の排除は実行不可能であった。すなわち、同予防接種実施要領は、予防接種実施計画の作成に当たり、「個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置を考慮すること」としながらも、「医師に関しては、予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘においては八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」としている。右の「八〇人」、「一〇〇人」は一応最大限とされているが、かかる指示を受けて予防接種を実施する都道府県知事、市町村長又は保健所長においては、この最大限の人数の者を接種対象として実施計画を立てるということは容易に推察される。一時間の接種対象を八〇人とすれば、一人当たりの予診及び接種行為に要する時間はわずか四五秒、一〇〇人とすれば三六秒である。このような短時間に医師が禁忌該当の有無を判定し得る適切な問診や視診をすることは不可能である。
医師一人当たり一時間に八〇人ないし一〇〇人に接種を行えと指導することは、とりもなおさず、予診は十分しなくともよいと指導することである。
しかも、集団接種の担当医師は、ごく例外を除いて接種担当者とは初対面であり、対象者の日常の健康状態について全く予備知識を持ち合わせていないのであるから、健康状態や、「疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に微表する諸事情の有無」を把握するためには、家庭医などよりはるかに時間を要する。
また、あらかじめ書面で接種対象者の健康状態や既往病歴を記載させる問診表は、予診に要する時間を短縮するのに有効であるが、昭和四五年までは採用されていなかった。
以上のように、控訴人国の定めた予防接種実施要領は、そもそも予診を十分行うことができないような内容のものであって、いくら禁忌を定め、必ず予診を行うよう指導しても、禁忌該当者の排除は不可能であった。かかる短時間による集団接種を実施担当者に指導したこと自体、禁忌該当者の識別除外が不適切であったといわなければならず、この点において過失があった。
また、接種現場において実際に予診が全くなされなかったにもかかわらず、控訴人国がこれに対して何らの実効的指導をしなかったことも問題である。
予防接種実施要領の八〇人ないし一〇〇人という人数は最大限と記載されているが、予防接種を実施する市町村長等は、経費と人員確保の面からも、一応一時間当たり八〇人ないし一〇〇人を標準的な人員数として実施計画を立てていた。その上相当数の市町村では、医師一人当たり一時間に一〇〇人を上回る接種対象者を扱っていた。
かかる短時間による集団接種のため、実際には、多くの本件被害児の場合、予診は全く行われなかった。行われても、ごく形式的なもので、適切なものではなかった。
次に、昭和四五年以降の予診体制をみると、以下のようになっていた。
すなわち、昭和四五年になって種痘を始めとする予防接種による重篤な被害が社会的に明るみに出たため、厚生省公衆衛生局長は三回にわたり、「種痘の実施について」と題して都道府県知事あてに通知を発し、その中で予診に関して、それまでの禁忌に加えて、現に医療を受けている者、妊娠している者等にも種痘を差し控えるものとし、予診に当たってはこれらの禁忌等及び発熱、既往症、けいれん、発育の遅れ等について留意するようにとの指示をなし、また、質問票(問診票)を利用すべき旨の指示をした。さらに、公衆衛生局長及び児童家庭局長は、同年一一月三〇日、都道府県知事あてに「予防接種問診票の活用について」と題する通知を発し、種痘以外の予防接種においても問診票を活用すべきものとした。
問診票の活用はなるほど予診に要する時間をある程度短縮するのに効果的であろう。しかし、問診票が効果を上げるためには、それを記入する被接種者若しくはその保護者が禁忌の意味やどのような事項が禁忌に該当するかを理解し、接種に当たる医師も禁忌について十分な知見を有していることが必要である。しかし、控訴人国は、後記のように、禁忌について医師に対する指導を怠り、被接種者やその保護者に対しても禁忌についての情報を敢えて与えようとはしなかった。それ故、問診票は、それが採用された後も、予診においてどの程度の効果を上げたかは疑問である。その上、昭和四五年以降も、「一時間当たり種痘については八〇人程度、その他の予防接種については一〇〇人程度」とする接種人員数についての予防接種実施要領の定めは何ら変更されていない。問診票が効果を上げても、一人当たり三六秒ないし四五秒という時間では到底満足な予診ができないことは、前記のとおりである。
したがって、前記公衆衛生局長の通知や問診票活用の指示によっても、前記イで述べた控訴人国の過失は消滅しない。
エ 医師に対する指導不十分
次に、接種担当医が禁忌該当者を的確に識別するためには、接種対象者である乳幼児の生理や、乳幼児のかかる疾病について、さらには、ワクチンの危険性や禁忌事項について十分な知見を有していなければならない。
しかし、従来、医師は、大学で予防接種に関する教育を受ける機会が十分にはなかった。また、医師になってからも予防接種についての知見を得る機会は乏しかった。小児科を専門としない医師については、乳幼児の生理等の知見も十分でない状況にあった。
したがって、控訴人国は、禁忌該当者を的確に識別排除するために、接種担当医に対して、単に禁忌該当事由を記載した予防接種実施規則や予防接種実施要領を示すだけでなく(これすらも、現実には行われていなかった。)、具体的にいかなる症状が禁忌該当事由になるのか、その根拠は何か、禁忌該当事由を集団接種の場の短い予診で見分けるにはどのようにしたらよいのか、また、接種後に副反応が生じたらどのような手当てをしたらよいかを、明確に指導する必要があった。
しかるに、控訴人国は、この点に関する実効的な指導を全く行わなかった。そのため、本件被害児らは、適切な予診を受けられず、禁忌該当事由があったにかかわらず、接種対象から除外されずに、本件事故に遭遇したのである。
予防接種をするかしないかという程度の判断は、医師にとって常識で特別の訓練を受ける必要はないという考え方は、特に、眼科や耳鼻咽喉科を専門とする医師の場合には妥当しない。
オ 接種対象者及びその保護者に対する情報提供を怠った過失
さらに、禁忌該当者を識別排除するためには、接種対象者又はその保護者に対して、予防接種の危険性や禁忌がいかなるものであるか、またいかなる事由が禁忌に該当するかについてあらかじめ知らせておくことが必要である。そうでなければ、医師の問診に対して的確な返答をすることができないからである。まして、前述のような短時間による集団接種を行う場合には、予診時間を短縮するために接種対象者又はその保護者に対する禁忌についての情報提供が一層必要である。このような情報提供がなく、予防接種の効能のみが告知され、危険性についての知識を欠く場合には、保護者はなるべく予防接種を被保護者に受けさせたいという心理から、その身体の異常や症状、体質的素因等禁忌判定に必要な事実を進んで述べなくなり、更にはそれに応答しないというようなことにもなりかねない。
しかるに、接種対象者やその保護者に対して、控訴人国は、当初、禁忌事項すら知らせる措置をとらず、昭和三四年の「予防接種の実施方法について」と題する通達のうちの予防接種実施要領の中に、「多人数を対象とする予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲記し、又は印刷物として配布して、禁忌対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり、禁忌の発見を容易ならしめること」との文言が挿入されたにすぎない。
しかし、たとえ実施主体たる都道府県知事や市町村長等が右要領に従って注意事項を掲記し、又は印刷物として配布したからといって、接種対象者やその保護者が予防接種の危険性や禁忌の意味を理解したことにはならない。実際、本件被害児の保護者らは、右実施要領制定後の本件接種に際し、予防接種が危険であることを全く知らず、禁忌がいかなる意味を持ち、いかなる事由がこれに該当するかについて殆ど何の知識もなかったのである。
控訴人国は、このように接種対象者やその保護者が予防接種の危険性や禁忌の意味を知らず、接種担当医の問診に際しても、禁忌の発見を容易ならしめるような的確の返答ができない状態にあることを知りながら、何の措置もとらなかった。昭和四五年六月一八日付けの公衆衛生局長から各都道府県知事あての「種痘の実施について」と題する通知の中でも、前述の予防接種実施要領中の掲示又は印刷物の配布以上の措置については何ら述べられていない。かえって、「種痘による重篤な副反応の発生は、極めてまれであるが、軽度の発熱、発赤、発疹等は従来からかなりの頻度でみられるものであり、被接種者並びに保護者がいたずらに不安を起こさないよう、接種に当たってよく周知せしめることが必要である。」として、接種を受ける側に対する十分な情報の提供よりは、情報を提供することによっていたずらな不安が生じないようにすることに注意を促していた。
カ 以上、いずれの点からしても、控訴人国は、接種の場で禁忌該当者を的確に発見排除する措置をとらず、実施主体にも除外措置を徹底するよう指導監督をしていなかったのであって、控訴人国の過失は明白である。
(控訴人)
(一) 種痘の強制接種を行った過失について
(1) 痘そうの予防対策における種痘の役割について
ア ワクチンの安全性等について
ワクチンは、伝染病に対する抵抗力を付与するものであり、本来、人の生命、身体に有益なものである。
予防接種により重篤な副反応が発生する頻度ないし確率は、最も高いとされる種痘の場合でも、昭和四八年四月の種痘研究班資料によれば、第一期種痘による種痘後脳炎、脳症及び重症皮膚合併症の発生状況は、昭和四〇年から四七年において概ね被接種者一〇〇万人に対し一六人ないし三四人であり、そのうちの死亡者は、1.7人ないし8.5人とされており、極めてまれなものである。このように、ワクチンは、高い安全性を具備して、個人防衛作用と集団防衛作用を果たすものであるから、人の生命・身体にとって有益なものであり、被控訴人らのいうように危険性の高い物質ではない。被控訴人らの主張は、ワクチンの人体に対する危険性を理由とする限りにおいて、その前提自体が誤っている。
また、被控訴人らは、伝染病の予防対策においては、感染源対策及び感染経路対策がまず採られるべき対策であり、予防接種は、例外的、補完的対策であると主張するが、伝染病の効果的かつ確実な防止を最大の使命としなければならない、現実問題としての伝染病予防対策の策定とその実施に当たっては、当該伝染病の危険性、伝染経路の特質、伝染病発見時における伝染の可能性並びに感染源対策及び感染経路対策の実効性等の諸事情を総合し、想定し得るあらゆる伝染の可能性に対応した予防対策が要求されるものであり、このことは、痘そうの場合においても同様である。後述するように、被控訴人らの主張するような感染源対策及び感染経路対策では極めて不十分であり、到底痘そうのまん延を完全に防止し得るものではないのである。
各種伝染病についていかなる対策に重点を置くべきかについては、当該伝染病の特質等を考慮して予防科学的見地から決定すべきものである。このような考慮の結果、感受性対策に重点を置くのが相当であると判断された伝染病が予防接種法等による予防接種の対象疾病とされているのである。
イ 痘そう予防対策における種痘の役割
痘そうは、死亡率の高い危険な病気であるにもかかわらず、いったん罹患した以上、有効適切な治療方法がないため、その予防(感染防止)が最も重要である。
痘そうウイルスは、人間にのみ感染し、患者のくしゃみの飛沫や痘そうの膿、痂皮の粉塵を吸い込むことによって感染する。したがって、家庭、学校、病院、隣近所など患者と密接に接触する狭い地域を中心に流行し、患者が旅行することによって他の地域へと流行していく。そして、人から人へと伝染するため、人が密集している地域ほど流行し、特に我が国のように人口密度が高く、住宅環境が劣悪である上、交通機関が発達し、人の移動が激しい国では、一度痘そうの患者が発生すれば大流行は免れない状況にあった。このような痘そうの伝染病としての特質及び我が国の状況からすると、感染源対策及び感染経路対策のみをもってその流行を防止することは到底期待し得ないものであった。
痘そう予防の基本対策は、感受性対策としての痘そうワクチンの接種すなわち種痘であり、痘そうは種痘によってのみ真に予防が可能であり、また、根絶することができたものである。
被控訴人らは、我が国のような痘そうの非常在国における痘そう予防対策としては、①常在国又は流行地からの国際旅客に対する検疫の強化及び国際旅客に対する種痘の義務付けよる患者の国内侵入の防止を基本とし、②患者が国内に侵入した場合は、速やかに患者を隔離し、接触者や接触の危険のある者に対し、緊急種痘(リング・ワクチネーション。包囲種痘という。)を実施する等の方策が相当であると主張するが、まず、①の検疫対策の強化によって痘そうの侵入を阻止することは基本的に不可能である。すなわち、一九六〇年代になると、我が国と諸外国を結ぶ主要な交通機関が航空機となったため、以前と異なり、患者が痘そうの潜伏期間中に我が国に上陸することとなって、潜伏期間中の痘そうの診断は容易でないため、検疫段階で感染者を発見することは不可能に近く、検疫体制の強化だけでは、痘そうの侵入を防げなくなってきたのである。また、常在国や流行地からの入国者に対する種痘の義務付け(これを確保するため「国際種痘証明書《イエローカード》」の提示制度がある。)も痘そうの輸入防止に十分でなかったことは、右制度を採った我が国や欧米諸国においてしばしば痘そうの輸入例があったことからもうかがえるところである。
包囲種痘について、このような方策がWHOで採用されたのは、痘そうが常在し、流行しているアフリカ及びアジアの地域は、いずれも戸籍制度や衛生行政機構の整備が遅れているなどの事情から、全面的定期種痘が成果を上げられなかったこと、痘そうの伝播は従来考えられていたほど急速なものでないことが分かったため、痘そう患者を発見してからその周囲の者に種痘を接種した方が効果的であり、また経済的でもあるという理由によるもので、WHOがこれを実施したのは昭和四三年になってからであり、しかも、やむを得ない次善の策として採用したものである。
また、包囲種痘が緊急時においてまん延阻止の機能を十分発揮するには、包囲種痘の接種対象者側にあらかじめ基礎免疫(過去の接種による免疫記憶)が備わっていることが必要である。包囲種痘が行われる場合、当該種痘が被接種者にとって再種痘であるときは、最初の種痘の免疫記憶として抗原の攻撃に対して初めのときより極めて速やかかつ強力に反応するという効果が生ずるから、当該包囲種痘は、早期にかつ大きな感染防御力を発揮する。ところが、接種を受けた者が過去に種痘を受けておらず、したがって当該種痘が初種痘である場合には、免疫ができるまでに二週間、更に発病を阻止し得るレベルまで抗体価が上昇するのに一箇月を要するため、その間に痘そうに感染する危険があり、各地で飛び火的に二次感染者が発生し、流行が拡大するおそれがあるのである。
さらに、包囲種痘を副反応の発生の関係からみると、年長児や成人に対する初種痘は、再種痘に比較して副反応発生の危険性が高いことは広く知られている。したがって、仮に小児に対する定期種痘制度を廃止し、包囲種痘制度のみを採用すると、痘そう侵入時に初めて種痘を受ける者の年齢は高くなり、その結果、年長児や成年者に種痘後脳炎や脳症等の重篤な副反応が発生する率も高くなるという危険性がある。しかも、我が国の場合、人が密接に接触する機会が多く、人の移動も激しいため、二次感染の危険性が人数的にも地域的にも著しく大きく、包囲種痘の対象者を著しく拡大しなければならないであろうから、右の年長者初種痘の危険性は決して無視できない。さらに、大がかりな包囲種痘を迅速に実施するためには、緊急事態に備え大規模な包囲種痘の実施体制を常時かつ全国的に整備しておかなければならないが、それは、恒常的な定期種痘実施体制が確立していて初めてなし得るところである。
以上のように、痘そう侵入の場合の緊急対策としての包囲種痘は、乳幼児に対する定期種痘体制が確立していて初めて有効かつ安全に実施することができるものである。
ウ 種痘の効果と副反応
被控訴人らは、ディクソンの報告を基に、従来我が国で採用されてきた一歳時、小学校入学前及び小学校卒業前の三度の種痘の接種を受けても、三〇歳を超えると、種痘の免疫効果は殆ど期待できなくなると主張する。しかし、ディクソンの報告は、初種痘についてのものであるが、再種痘の場合の免疫効果は、追加免疫効果により初種痘の場合に比較し、かなり高く、かつ長くなると考えられるから、三期にわたって追加種痘を行っている我が国の場合、ディクソンの右報告はそのまま当てはまらない。
そして、厚生省の研究班は、昭和三九年に、第一期ないし第三期の三回の定期種痘を受けた者は、その後二、三〇年たった後においても免疫効果がある旨の研究を報告している。更に重要なことは、再種痘の場合、最初の種痘の免疫記憶として、抗原の攻撃が来ると初めての場合より非常に速やかに反応するという追加免疫効果があり、再種痘は早期かつ大きな防御力を与えるとされていることから、乳児のころに定期接種を受けている者は、痘そう流行時に再種痘を受けることにより、種痘後脳炎等の危険性なしに、種痘後数日間で免疫力を回復できる。また、免疫力の低下したグループに属し、かつ再種痘も間に合わなかったため痘そうに感染しても、その症状は不全型という著しく軽い、死亡率も低い他人に感染する能力の低いもので済むのである。そして、乳児に定期種痘を行うことにより、国内に痘そうが輸入されても、抵抗力がないため最も感染しやすく、感染した場合には死亡率が著しく高い乳幼児への感染を防ぐことができるのである。
確かに、種痘後、極めてまれであるが、脳炎・脳症等の神経系合併症並びに進行性種痘疹、種痘性湿疹及び全身性ワクチニア等の皮膚合併症といった重篤な副反応が発生し、ときには死亡に至ることもある(その原因ないし発症機序は未だ十分解明されていないが、ワクチン側あるいは接種技術に原因があるよりは、被接種者の個体側の条件が主因を成しているとみられる。)が、その発生頻度は、第一期種痘による種痘後脳炎、脳症及び重症皮膚合併症の発生状況は、昭和四〇年から四七年において概ね被接種者一〇〇万人に対し一六人ないし三四人であり、そのうちの死亡者は、1.7人ないし8.5人である。なお、種痘研究班が別途調査した一歳未満児の急性神経疾患の年間発生率は、対象者一〇〇万人当たり約四〇〇例であり、これらの疾患が無作為に種痘後脳炎・脳症の発症時期と考えられる種痘後三週間の間に発生する確率は二三例になるので、種痘後脳炎、脳症とされた例の中には、少なからず非特異的急性神経疾患が種痘と重なって起こったにすぎないものも混入していると解される。
右種痘による重篤な副反応の発生頻度を我が国の近年における痘そう患者の発生状況と対比すると、均衡を失するように思われがちであるが、我が国が痘そうの常在国であるアジアの近隣諸国からの痘そうの侵入の危険にさらされていたにもかかわらず、我が国の痘そう患者の発生が極めて少なかったのは、何よりも国民皆種痘の成果であったことに思いをいたせば、均衡を失するとは到底いい得ない。
(2) 乳幼児に対する定期種痘
ア 一般に新生児は、生後しばらくは母体からの移行抗体(母子免疫)によって伝染病の罹患から守られるが、生後六箇月ないし一〇箇月をすぎると、右移行抗体もほぼ失われる。したがって、乳幼児を危険な伝染病から守るためには、母体からの移行抗体が失われるころまでにワクチンを接種し、人工的に免疫を付与するのが相当である。種痘の第一期接種を乳幼児(生後二月から一二月)に対し実施したのも、右の趣旨に則るものであった。なお、乳幼児期のうちのいつの時期にワクチン接種を行うかは、副反応の危険性等も考慮して具体的に定められるものである。種痘にあっては、当初は、母子免疫がよく残っている方が副反応の危険性が少ないとの考えから生後二月ないし六月とされていたが、その後の研究の結果等を踏まえ、昭和四五年に生後六月ないし二四月に改められた。
前記のように、乳幼児期に定期接種を行うことは、乳幼児を痘そうの感染から守るとともに、早期に基礎免疫を付与することにより、痘そう侵入の緊急時に再種痘を効果的かつ安全に実施するために必要であった。
イ 被控訴人らは、乳幼児は行動範囲が狭いから痘そうに感染する可能性も他への感染源となる可能性も少ないと主張するが、昭和三〇年代ないし四〇年代の我が国では、住宅事情からみて家庭内感染の可能性が高かったし、乳幼児の感染の機会が少ないとは即断できなかった。現に、痘そうの第二次感染の可能性は、五歳以下の子供に一番多いとされているところである。
また、被控訴人らは、ディクソンの報告を根拠に、第三期種痘後二〇年を経過した概ね三〇歳以上の成人には種痘の免疫効果が零に近くなっていると主張する。しかしながら、種痘による免疫効果は、確かに時間の経過とともに低下するが、種痘を受けた者の半数は二〇年経過後でも免疫を有し、痘そうに感染しないのである。さらに、免疫効果が低下し、患者に接触した場合の感染防御効果は失われても、基礎免疫が維持され、痘そう侵入時等の緊急時における再種痘の際に、追加免疫効果として直ちに感染防御効果を発揮し、痘そうの流行を防止する機能を果たし得るのである。そもそも、成人の種痘免疫効果の低下は、成人に対する追加種痘の必要性の根拠となっても、乳幼児の定期接種の不必要性の根拠となるものではない。
なお、リンパ球を中心とする免疫産生細胞には、一度体内に侵入した病原体を記憶していて(基礎免疫)、二度目以降の再感染に際しては、抗体を前回よりもより早くかつより多く作りだす性質、すなわち、追加免疫効果があることは、免疫学上広く知られているのであり、予防接種においては、初めに免疫細胞に十分に記憶させるための接種を行い、後は抗体が下がってきたころに発病を阻止し得るレベルまで抗体を再上昇させるために、追加免疫効果を利用して再接種を実施することが行われている。種痘にあっても、それが免疫の作用である以上、追加免疫効果が認められることは当然である。WHOが制定して痘そう流行地への旅行者に義務付けていた国際種痘証明書の携帯においても、初種痘の場合は、適切な初期種痘が行われた後八日間までは無効としていたのに対し、再種痘の場合は免疫記憶による効果があるから接種日から有効としていた。被控訴人らは、免疫学上確立された知見である種痘の追加免疫効果について、ディックの見解を引用して否定するが、右見解自体、それを裏付けるデータが示されておらず、根拠が不明なものである。
また、一九二二年に種痘後脳炎の存在が知られるようになって以来、その発生頻度に関する多くの調査が行われた結果、年長児あるいは成人になって初めて種痘を行う場合に種痘後脳炎等の重篤な中枢神経系副反応の発生頻度か高率であることが明らかになっている。確かに、再種痘は乳幼児のときと成人になってからと二回種痘するわけであり、副反応の危険にも二度遭遇するわけで、この二度の合計危険率が成人の初種痘の危険率より少ないというデータはない(我が国では、乳幼児の定期強制種痘が完全に実施されていたため、年長児あるいは成人の初種痘という例が極めて乏しいことからやむを得ない。)が、成人の初種痘の危険性が極めて高いということは広く知られており、他方、再種痘による重篤な副反応の発生は殆ど見られないことからすると、二回の危険率を合計しても、成人初種痘の危険率より少ないことは明白である。
また、被控訴人らは、予測された痘そう流行による被害者の数と種痘の重篤な副反応による被害者数を比較しても、種痘の副反応による被害者の数の方が多いから、乳幼児に対する定期接種は社会にとっても利益はないと主張するが、そもそも定期種痘につきコスト・ベネフィット・バランシングを考える場合、そこでのコストである種痘による副反応被害者数に対比すべきは、定期種痘を廃止した場合における痘そうの侵入流行による被害者数であるべきである。しかるに、被控訴人らは、我が国の国民皆種痘制度下における痘そう患者の発生状況を主たる根拠として種痘による被害者数に達するほど痘そう患者の発生は予測されないとするものであって、その主張は前提において失当である(あたかも、消防体制が完備した地域における火災被害の発生状況を根拠に、消防を廃止しても大した被害発生はないというに等しい。)。我が国と人的交流の盛んなインド亜大陸や東南アジア諸国が痘そうの流行地域であり、また、中国大陸における痘そうに関する情報が全く得られなかったという当時の状況下において、定期種痘を廃止した場合における痘そう流行の被害者数が種痘による重篤な副反応被害者数よりも少ないなどとは到底予測できるものではない。
(3) 我が国の定期接種の廃止時期の妥当性について
被控訴人らは、我が国が痘そうの事実上の非常在国になった昭和二七年(一九五二年)、又は遅くとも我が国から痘そうの患者が存在しなくなった昭和三一年(一九五六年)には乳幼児に対する定期接種を廃止すべきであったし、さらに、英国及びアメリカが定期接種を廃止した昭和四六年には我が国が定期種痘を継続する合理的理由の存在しないことが一層明白になったと主張する。
しかしながら、当時の世界の状況、特に我が国と交流の盛んなアジア地域における痘そうの流行状況、種痘を巡る医療水準、及び専門家の種痘に対する取組状況等に照らして、その当時、控訴人国において種痘廃止の行動に出ることが期待され得るような客観的状況にはなく、控訴人国には定期種痘を廃止すべき法律上の義務はなかったのであるから、種痘を廃止しなかったことにつき過失はない。すなわち、我が国が昭和五一年に至るまで定期種痘を廃止しなかったことには、以下のような合理的理由があった。
ア 昭和二七年当時又は昭和三一年当時
確かに、結果としてみると、昭和二七年以降痘そうによる死者は出ていないし、患者も昭和二七年に二人、二八年に六人、二九年に二人、三〇年に一人出たほか、昭和四八、四九年の各一人を除いて出ていないが、過失の有無は、当該各時点において将来に向かっての行動基準としていかにすべきであったかを検討して判断すべきであり、当時において、将来痘そうの患者数や死者数を右統計結果のように予測することはできなかったものである。しかも、昭和二七年当時はもちろんのこと(被控訴人が指摘する弘前大学の赤石教授の主張も、種痘の廃止を提言したものではない。しかも、右意見に対しては、当時国立公衆衛生院の金子義徳博士が賛成した以外は反応がなかった。)、三〇年代においても、我が国の学会で定期種痘の廃止を主張する者は殆どおらず、昭和四〇年代においてさえも、例えば、昭和四三年に厚生大臣から諮問を受けた伝染病予防調査会は、コスト・ベネフィット・バランシング論を中心に検討した結果、定期種痘の廃止は時期尚早であるという結論を出し、また、昭和四四年には、日本小児科学会の予防接種委員会において、我が国は痘そう侵入の危険にさらされているので、現行の定期種痘はなお当分継続する必要があると報告されているのである。諸外国をみても、英国が痘そうの非常在国になったのは、昭和一〇年(一九三五年)であるところ、同国が世界で初めて種痘を廃止したのは、それから実に三六年後の一九七一年(昭和四六年)になってからであり、また、アメリカでも、昭和二四年(一九四九年)以降は痘そうの流入例がなかったにもかかわらず、種痘を廃止したのはそれから二二年後の昭和四六年になってからであった。この英国及びアメリカの例からみても、痘そう非常在国になったことから直ちに定期種痘を廃止し得るというものではないことが明らかである。そして、英国及びアメリカが定期種痘の廃止を決定した昭和四六年以前は、世界の殆どすべての国が定期種痘を実施していたのである。被控訴人らの主張するように、昭和二七年又は昭和三一年の時点において、我が国が定期種痘を実施していたのは極めて妥当というべきであって、これを廃止すべき法律上の義務があったとは到底いえない。
イ 昭和四六年当時
次に、被控訴人らは、英米両国が定期種痘の廃止を決めた昭和四六年には定期種痘を廃止すべきであったと主張するが、昭和四五年ころまでは、アジア・アフリカ及びラテンアメリカの諸国の中には未だ痘そう常在国が多数あって、世界三〇箇国以上の国々が痘そうで汚染されており、特に我が国と交流の多いインド、パキスタン、バングラデシュ、インドネシア等では毎年痘そうが流行していたから、我が国は絶えず痘そう流入の危険にさらされていたのである。しかも、そのころになると、かってと異なり、外国との主要な交通機関が航空機となったため、患者が潜伏期間中に我が国に上陸することになり、検疫体制の強化だけでは、痘そうの侵入を防ぐのは不可能になってきた。このような状況にあったため、定期種痘の廃止を主張する者は殆どいなかった。
また、英国及びアメリカは種痘の廃止に踏み切ったが、これに対しては、世界的に著明な種痘の専門家等から廃止に疑問ないし反対の意見が出た。WHO痘そう専門委員会は、昭和四九年(一九七四年)に、痘そう流入の危険性の高い非常在国においては、常在国と同じく生下時又は生後間もない時期に種痘を行うべきであり、再種痘は、すべての子供に対して入学時と一〇歳ころとに確実に行うべきであること、危険性の高くない非常在国においては、小児期のできるだけ早い時期に種痘をし、入学時に再種痘をすべきであることに重点を置かなければならないと報告しており、WHOが痘そうの根絶の確認されていない国又はその近隣の国を除いては種痘を廃止すべきであると勧告したのは、昭和五三年(一九七八年)一二月になってからであった。それまでは、むしろ世界各国に対し、痘そうを根絶するため種痘実施を期待していたのである。
我が国でも、昭和四六年以降学界や政府の諮問機関において定期種痘の廃止が検討されるようになったが、その中での議論も、なるべく反応の弱いより安全な種痘に切り換えていく必要はあるが、全世界、特にアジア地域の痘そうの状況に照らすと、定期種痘の廃止は時期尚早であるとするのが、一般的見解であった。被控訴人らが主張する大谷杉士教授らの見解はあくまで少数意見にとどまっていた。
結局、我が国は、WHOの右勧告の二年前の昭和五一年一月に独自の判断で定期種痘を廃止したが、英国及びアメリカが定期種痘を廃止した前記昭和四六年から我が国が廃止した昭和五一年までに定期種痘を廃止した国は、カナダ、アイルランド、オランダ、フィジー、パプア・ニューギニア及びトンガのわずか六箇国にすぎない。西ドイツ、フランス、イタリアを初めとする先進非常在国の殆どが定期種痘を廃止したのは、我が国の廃止と同時期か後のことであった。
右のとおり、昭和四六年当時においても、定期種痘を廃止すべきであったといい得る状況にはなかったのである。
ウ 我が国における定期種痘の廃止に至る経緯について
前記のとおり、英国及びアメリカが定期種痘の廃止に踏み切った昭和四六年ころから我が国においても定期種痘廃止の是非が本格的に議論されるに至ったが、伝染病予防調査会でも検討を重ね、右調査会の予防接種部会では、昭和五〇年一二月、伝染病予防調査会会長あてに予防接種の実施方法について報告をし、このうち定期種痘については、「初回の種痘を新しい細胞培養痘そうワクチンを用いて生後三六月から七二月に至る期間に実施することとし、現行の第二期、第三期の種痘を廃止することとする。」旨の意見を具申した。これを受けて、厚生省公衆衛生局長は、予防接種による被害防止に万全を期するための当面の措置として、昭和五一年一月一九日付けで、都道府県知事あて、初回種痘については細胞培養痘そうワクチンの実施方法が定められるまでの間、その実施を見合わせるとともに、第二期、第三期の種痘も実施を見合わせることをそれぞれ通達した。その後、伝染病予防調査会は、昭和五一年三月二二日、厚生大臣に対し、答申をした。右答申は、「痘そうは、流行地域における根絶計画が最近目ざましい成果を挙げつつあるが、なお、我が国への痘そう侵入の危険が全くなくなったとは考えられない。しかし、WHOの根絶計画が着々とその成果を挙げていること、乳幼児期の種痘に際しては極めてまれにであるが、重篤な副反応による事故が発生すること……を検討した結果、当面、平常時における初回種痘は、生後三六月から七二月に至る期間に細胞培養痘そうワクチンを使用して実施し、小学校入学前六月以内及び小学校卒業前六月以内の種痘はいずれも廃止する等の改正を行うのが適当である。また、将来世界の痘そうの流行状況が本質的に変化した時には、種痘の継続について再検討を行う。」というものであって、定期種痘の実施方法について改善案を示したものの、定期種痘自体を廃止すべきであるというものではなかった。
この答申を受けて厚生省は、同年五月、答申の意見どおり定期接種の方法を改める内容の予防接種法の一部改正案を国会に提出し、可決成立の運びとなった。
しかし、WHOの痘そう根絶計画の進展により、近い将来、痘そうの根絶が達成されると考えられたことから、厚生省は、当面定期種痘の実施を中止して根絶計画の推移を見守ることとした(昭和五一年九月一四日衛発第七二六号厚生省公衆衛生局長通知)。
しかして、昭和五五年(一九八〇年)五月八日のWHO総会において、天然痘根絶宣言が出され、それを受けて厚生省は、予防接種法施行令を改正して(昭和五五年政令第二〇三号)、定期接種の対象疾病から痘そうを除外したものである。
ところで、定期種痘廃止のためには、①痘そう侵入のおそれが極めて低いこと、②万一痘そうが侵入した場合、早期に発見、隔離できること、③至急に緊急種痘を実施できること、④緊急種痘の効果が短期間内に期待できること、⑤年長児ないし成人に初種痘が行われても、神経系合併症の発生頻度がさほど高くならないこと、⑥以上の結果短期間内に少人数の患者発生のみで流行を阻止できることの各条件を満たす必要があるといわれているが、その中でも、①が最も基本的条件であるところ、前記のように、常に近隣諸国から痘そう侵入の危険にさらされていた我が国としては、英国やアメリカが定期種痘に踏み切った昭和四六年以降も定期種痘を継続して実施していたのであるが、昭和五〇年に至り、WHOの根絶作戦が実を結び、一〇月にバングラデシュで発症した患者を最後としてアジア地域での痘そうは根絶され、以後痘そう常在国はエチオピア一国となったため、右①の条件が満たされることになった。このような我が国を巡る痘そうに関する状況の進展を踏まえて、昭和五一年に定期種痘を事実上廃止し、世界痘そう根絶宣言が出された昭和五五年に法律上も廃止したものであるから、控訴人国の措置には十分合理性がある。
(4) 初種痘年齢を早期に引き上げなかった措置の妥当性
被控訴人らは、一歳未満の乳児に対する種痘は副反応の発生率が高いとする調査報告が英国、アメリカ等で発表され、西欧諸国が初種痘年齢の引上げを行ったのであるから、我が国においても、昭和三七年には接種年齢を一歳以上に引き上げるべきであったと主張する。
しかしながら、右主張は、以下に述べるとおり理由がないものである。
ア 我が国における初種痘年齢の推移
我が国では、昭和二三年の法制定時、定期種痘の接種年齢を、①生後二月から一二月に至る期間、②小学校入学前六月以内、③小学校卒業前六月以内と定め、これに基づき、初種痘は、昭和四五年八月まで生後二月から一二月以内の乳幼児に対し実施されていた。その後、右初種痘は、昭和四五年八月五日、厚生省公衆衛生局長通知をもって、生後六月から二四月の間に引き上げられ、さらに、昭和五一年法律第六九号による改正に伴い、施行令において、定期種痘は、「生後三六月から七二月に至る期間」内に一回限り実施されるものとされ、従来の第二期及び第三期の種痘はいずれも廃止された(昭和五二年二月二二日政令第一七号による改正前の予防接種法施行令第一条)。しかしながら、現実には、右改正前の法律に基づく定期種痘の実施は、昭和五一年一月、定期種痘を見合わす旨の公衆衛生局長通知(昭和五一年一月一九日衛発第二五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)により見送られ、また、右法律改正後も、WHOの痘そう根絶作戦が大詰めを迎えていたところから、定期種痘の実施を見合せ、根絶計画の推移を見守ることとした(昭和五一年九月一四日衛発第七二六号厚生省公衆衛生局長通知)。そして、昭和五五年五月八日のWHO総会における天然痘世界根絶宣言を受け、予防接種法施行令を改正して(昭和五五年政令第二〇三号)、定期接種の対象疾病から痘そうを削除した。結局、定期接種は、前記昭和五一年一月一九日付けの厚生省公衆衛生局長通知で実施が見送られて以来一度も実施されることはなかった。
イ 初種痘年齢に関する医学的知見と各国の種痘政策
従来、初種痘の副反応の危険性については、乳児に母子免疫のある期間は、母体からの移行抗体の働きにより副反応の発現が抑制され、安全であるとの考え方が医学上一般的であり、また、母子免疫が持続し、かつ免疫産生機構が発達してくるのは生後数箇月であることから、この時期が接種最適期であるとの見解が広く支持されていた。したがって、初種痘の時期は零歳児が最も安全であり、年長になるにつれ、その危険性が高くなるとするのが、我が国のみならず世界における支配的見解であった。
ところが、昭和三四年に、英国の医務官グリフィスが、一歳未満児において重篤な副反応発生の頻度が高く、死亡率は最も高いとの調査結果を示した。これを受けて、英国保健省は、昭和三七年に、それまで生後四月ないし五月の間とされていた初種痘年齢を、生後二年目とするよう指示した。また、同国のコニーベアは、昭和三九年に、グリフィスのデータを基に零歳児の種痘後脳炎の発生率が一歳児に比べ高い旨発表した。オーストリアは、昭和三八年に、初種痘年齢を一歳以上に引き上げた。アメリカは、昭和三八年に厚生保健省のネフらが種痘合併症の調査を行い、その結果、一歳児ないし四歳児に比較して零歳児の方が種痘合併症の発生頻度が高いとの調査報告を示した。これを受けて、アメリカ公衆衛生局は、昭和四一年、初種痘は第一と第二の誕生日の間に行うべきであると勧告した。もっとも、州の独立性の強いアメリカでは、すべての州が右勧告に従ったわけではない。なお、昭和四三年にレインが行った調査でも、種痘合併症の発生頻度は零歳児に高いと報告されている。西ドイツバイエルン州では、昭和四二年に初種痘年齢を生後一八月から三歳までと改めた。
しかしながら、右グリフィス、コニーベア、ネフ、レインらの前記各研究報告の基となったデータの解釈については、疑問がある。すなわち、右データ上は、母数である接種数が零歳児と一歳児以上の年齢群とで大きな差があるため、数字の上では零歳児の発生率の方が高いようにみえるけれども、それは見かけ上の発生率にすぎないのであって、統計上明らかに有意差があるとはいえない。したがって、右各報告自体それまでの零歳児の方がより安全であるとする前記通説を覆すに足りる根拠とはならないものであった。また、世界の他の機関等も右報告には批判的であった。グリフィスの報告が発表された翌年の昭和三五年のWHO総会における技術討議の報告は、「グリフィスの観察が是認されるまでは、既に確立されている実際の方法に従って継続することが最良であるように思われる。」として、乳幼児期の種痘接種の継続を是認する見解を示し、また、WHO痘そう専門委員会は、英国が年齢引上げを行った昭和三七年の翌々年に、「多くの疫学的研究によれば、種痘を生後一年以内に行えば、合併症の発生頻度は少ないことが明らかにされてきている。種痘は生後三、四箇月に行うのが便利であり、効果的であろう。この年齢では、残存する母体の抗体が全身症状を少なくし、しかも初期のワクチニア反応を最大に起こさせる。」旨報告しているのである。西ドイツにおいても、ハンブルク州のワクチン研究所のエーレングート博士は、昭和四三年、一歳未満児の種痘の死亡率が一歳児、二歳児に比べて高いことは、年齢別死亡率が高いことによって説明でき、種々の根拠から種痘至適年齢は生後六月未満及び二歳児と考えられるとし、かえって一歳児の接種は種痘後の熱性けいれんの頻度を考慮すると、勧められない、一歳未満の種痘による年齢別死亡が高いという評価は意味をなさず、一歳未満の初種痘を中止する十分な根拠はないとの見解を示すなどしている。また、アメリカにおいても、初種痘年齢引上げの勧告に対して、アメリカ小児科学会その他において、多くの医師がこれに反対した。
そして、英国、アメリカ等は初種痘年齢の引上げを行ったが、昭和四九年ころの欧州では、右に追随せず、一歳未満児に対し初種痘を行う国がベルギー、アイスランド、オランダ、スペイン、スェーデン、スイス、ギリシャと多数存在したばかりか、スェーデンにおいては、昭和四〇年以降、従来の初種痘年齢一歳ないし四歳を生後二月以内に改めているのである。
我が国でも、厚生省は、前記英米両国等の調査結果に関心を抱き、専門家に対する研究費補助等により種痘の副反応の調査を行ってきた。種痘調査委員会が、昭和四四年に行った種痘後の副反応に関する調査では、合併症の総頻度、中枢神経合併症、皮膚合併症の発生頻度が一歳以上より一歳未満に高率であるという傾向は認められないとしている。
ウ 我が国の政策の妥当性
以上の状況において、厚生省が、零歳児の方が一歳児より安全であるとして、零歳児初種痘政策を継続したことは、十分医学的根拠を有する正当な政策選択であり、これを違法視することはできない。
そして、昭和四五年に種痘による副反応事故が多発し、全国的関心を呼んだことから、厚生省は、それまで種痘副反応防止として検討されてきた事項のうち可能なものはできる限り速やかに実行に移すこととし、伝染病予防調査会予防接種部会に意見を求めた上で、昭和四五年八月五日付けの厚生省公衆衛生局長通知において、第一期種痘を生後六月から二四月の間に引き上げた。これは、前記英米両国での研究結果(一歳児において副反応の発生頻度が最も低い。)や昭和四四年に出された小児科学会予防接種委員会の検討結果を踏まえ、上限を生後二四月とし、また、一歳以上の子供になると行動が活発になって接種が大変である等の臨床家の意見や先天性の免疫異常等の禁忌事由は生後二、三箇月では発見されにくい等の事情も考慮し、また、当時の英国での合併症の頻度が六月を境にしてかなり違うことに着目し、最低年齢を生後六月としたものである。その後昭和四五年に種痘合併症の救済措置が実施され、それ以降救済申請による症例把握が容易になり、その症例集積の結果、重篤な副反応の発生頻度は必ずしも零歳児が一歳以上の幼児よりも少ないとはいえないことが徐々に明らかとなってきて、昭和五〇年ころになると、年長児初種痘の危険性はそれほどでないとの見解が大勢を占めるようになった。そして、先に厚生大臣から今後の伝染病対策のあり方について諮問を受けていた伝染病予防調査会は、昭和五一年三月、種痘年齢を生後三六月から七二月までに引き上げるよう答申し、これが基となって、同年六月一九日、予防接種法及び施行令が改正され、種痘年齢が生後三六月から七二月の期間とされるに至ったものである。
以上のとおりであるから、昭和三七年以降昭和四八年までの本件各接種時の間、零歳児に対する初種痘は医学上十分根拠を有する知見及び諸外国の種痘政策の状況を踏まえて採用されてきたもので、右措置が医学・防疫上の知見から、明らかに是認できないと認められる場合には到底当たらない。厚生大臣が専門的技術的裁量の範囲を逸脱したものということはできない。
(二) 腸パラワクチンの強制定期接種を実施させた過失について
以下のとおり、厚生大臣がそれぞれの時期において選択した腸チフス・パラチフス防疫のための政策は、いずれも客観的、合理的根拠に基づくものであって、厚生大臣に認められている専門的・技術的裁量の範囲を逸脱又は濫用したものでないことは明らかで、これを違法ということはできない。
(1) 腸パラワクチンの有効性と必要性
腸チフスは、腸チフス菌の経口感染によって起こり、菌が血流に侵入し、菌血症を起こすことによって生ずる急性の全身性感染症であり、パラチフスは、パラチフス菌による同様の感染症であるが、腸チフスに比べて症状が一般に軽い。
腸チフス・パラチフスは、水、牛乳、食物を介して伝染、流行を起こす代表的な経口伝染病で、衛生状態の悪い地域に多発する。感染源は、患者や保菌者の便や尿で、水による伝染が一番多く、飲食物、特に牛乳がこれに次ぐ。また、ハエも菌の伝播の媒介体として重要である。患者の約三パーセントが永続保菌者になるといわれる。
我が国おいては、環境衛生の向上、化学療法剤の使用による治療法の進歩、定期予防接種による集団免疫の効果等により患者の発生数は減少の一途をたどってはきたが、全国的にはいまだ相当数の発生がみられ、単一感染源から広範囲な地域に流行の発生する危険性が存在している。
腸チフス・パラチフスの予防は、公共上水道の整備といった感染経路対策と保菌者等の監視等の感染源対策に重点を置くのが基本であるが、右両対策では万全を期しえない状況下においては、感受性対策としての予防接種も重要かつ有効な予防対策であったものでる。
また、腸パラワクチンの予防効果については、古くからの使用実績(第一次大戦前の英領インド及び第一次大戦中における米軍や英軍における接種の実績や我が国の陸海軍における使用実績等)や調査研究の成果(一九六〇年から一九六五年にかけWHOの厳正な管理下に行われた野外実験の結果やホーニックの実験等)によって確認されているところである。
このことは、本件被害児佐藤幸一郎(一六の一)に腸パラワクチン接種がされた昭和三五年の第一三回WHO総会におけるソ連医学アカデミー事務総長の「腸チフスに対する最良のワクチンは、極めて有効であり、また、接種を受けた者については、十分の一ないし十二分の一の罹患率を減少させ得るであろう。人々の衛生状態が悪いため、腸チフスに比較的高率に罹患しているような国においては、予防接種は重要な対策ともなろう。」という演説等からもうかがえるところである。
なお、パラチフスワクチンの効果については、必ずしもそれを裏付ける調査報告はなかったが、腸チフスワクチンの効果が明らかである以上、パラチフスワクチンについても同様にその効果が期待できると考えられる。
(2) 腸パラワクチンの一律定期接種の必要性
腸チフス・パラチフスの予防接種は、予防対策としては補助的対策であって、他の感染経路対策及び感染源対策と併用して有用なものとなる。したがって、腸パラワクチンの定期接種が必要か否かは、右基本的対策の実効性の程度、すなわち、上下水道の整備等の環境衛生対策と、永続保菌者の監視等感染源対策の完備の状況によって流行をどの程度防ぎ得るかにかかっているのである。
これを法制定当時でみると、終戦後は国内の混乱、極度に悪化した衛生環境等により腸チフス・パラチフスが大流行するところとなり、昭和二二年にアメリカより分与された菌株に基づくワクチンにより全国的に予防接種を実施した結果、昭和二一年の患者数五万三〇〇〇人が昭和二二年には二万二〇〇〇人余りと激減した。このような予防接種の効果と当時の腸チフス・パラチフスの流行状況、危険性、荒廃した環境衛生等にかんがみて、昭和二三年に法が制定された際、腸パラワクチンの予防接種を定期接種と定めたのは当然であったといえる。
その後昭和三〇年代以降をみると、予防接種等の防疫対策の推進や上下水道の普及を始めとする生活環境の整備向上等の結果、患者の発生は減少し、抗生物質の普及等により致命率も減少してきたが、昭和三〇年以降においても、なお相当数の腸チフス・パラチフス患者の発生をみている。昭和三五年においては、約一九〇〇人の患者と四五人の死者を出している。
そして、我が国における上水道の整備状況は、昭和三五年に至っても53.4パーセントにすぎず、また、昭和三〇年代の我が国においては公共下水道は大都市の一部を除きほとんど整備されておらず、全国の大部分の地域では昔ながらの汲み取り式であった。このように我が国の生活環境は、当時の欧米諸国に比べると著しく劣悪な状況にあった。また、感染源対策としての患者の早期発見と隔離、保菌者の監視も非常に困難な面があり、患者個人の情報と分離菌株のファージ型別の結果の組合せにより全国的視野で患者の発生状況が分析されるようになったのは、ようやく昭和四一年以降であった。
以上のような状況から、感染経路対策及び感染源対策のみをもってしては、流行を完全に防止することは困難であったところから、腸チフス・パラチフスの防疫対策としては、感受性対策としての予防接種に期待する状況が昭和三〇年代においても続いたのであって、なお腸パラワクチンの定期強制接種の実施を継続する必要性があったのである。専門家の大勢もこれを支持していた。
(3) 一〇歳以下の小児に対する腸パラワクチン接種の必要性
なお、被控訴人らは、腸パラワクチン接種は、一〇歳以下の小児に対しては、腸チフス・パラチフスの病気の性質からして、当初から必要がなかったと主張するが、腸チフス・パラチフスの発生は、青壮年層に多いが、小児における腸チフス・パラチフスの発生が決して少ないわけではない。また、腸チフス・パラチフスの症状をみると、小児の場合、その症状は比較的軽症であり、かつ、非典型的な症状を現すことが少なくないとされており、特に致命率においては、乳幼児が最も低率で、高年になるほど高くなる傾向を示すことは確かであるが、腸チフス・パラチフスが小児において軽症であるとはいっても、それはあくまで非常に重篤かつ危険な症状を呈することの多い成人における腸チフスとの比較においていわれることであって、腸チフス自体は小児においても決して軽い疾病とはいえず、予防措置を講ずべき必要性は十分にあるのである。
のみならず、更に重要なことは、小児といえども、腸チフス・パラチフスに罹患したときは、菌を体外に排泄して新たな感染源となり、流行拡大の原因となる点において何ら成人と変わらないということである。
以上のごとく、小児における腸チフス・パラチフスは、成人に比し一般に軽症とはいえ、予防措置を不要とするほど軽微なものではないばかりか、新たな感染源となって流行を拡大せしめる点においては何ら成人と異なるところはないから、集団防衛の見地からすると、小児に対しても腸パラワクチン接種を実施する必要性と合理性が存したのである。被控訴人らの主張は、小児における腸チフス・パラチフスの症状が成人に比して軽症であることを過大視し、かつ、腸チフス・パラチフスの予防接種の集団防衛の側面を看過したもので、失当というべきである。
(4) 腸パラワクチン定期接種廃止時期の相当性
ア 廃止の経緯
戦後の混乱が収まり、上水道の普及を始めとする生活環境の整備向上等と予防接種の効果とが相まって患者発生の急速な減少をみるとともに、抗生物質の普及を主軸とする治療法の進歩等により患者の致命率の著しい低下をみるに至ったことから、昭和四〇年代に入ると、本来、補助的予防対策である腸パラワクチンの定期接種の継続の当否を中心として、腸チフス・パラチフス予防対策のあり方に検討が加えられるに至った。そして、伝染病予防調査会予防接種部会での検討を経て、昭和四三年一月二九日、「腸チフス・パラチフスの定期予防接種は廃止する。」旨の意見が承認され、それに基づき、昭和四五年五月の国会において予防接種法の一部改正案が可決されて、腸チフス・パラチフスの予防接種は定期接種の対象から除外された(臨時の予防接種の対象疾病としては、昭和五一年の改正により削除されるに至った。)。
イ 廃止時期の相当性
我が国では、昭和三〇年代後半以降の急速な経済発展ととも、上・下水道の整備等が進み、昭和四〇年代に入ると、一般的衛生状態の改善をみて感染経路対策は急速に充実し、また、健康保菌者特に永続保菌者の発見と適正な管理の目的で、昭和四一年一一月一六日付けで、「腸チフス対策の推進について」と題する公衆衛生局長通知が発せられ、これによって腸チフス・パラチフス患者・保菌者の中央管理体制が確立された。このように、感染経路対策と感染源対策が充実したことによって、感受性対策としての予防接種の廃止が実現できるに至ったのである。
被控訴人が主張する昭和三五年に腸パラワクチンの接種を行っていない国は、主要二五箇国中わずか一、二箇国にすぎなかったのであり、他の国では任意又は一部強制として接種が行われていた。アメリカにおいて腸パラワクチンの予防接種は勧奨できないとの公衆衛生行政委員会の勧告が出されたのは、昭和四一年五月になってからであった。
このように、厚生大臣が昭和三五年当時腸パラワクチンの定期接種を廃止しなかったのは正当であり、本件予防接種をしたことには何ら過失はない。
(三) 百日せきワクチン接種の過失について
(1) 百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチン採用の経緯
百日せきは、気管、気管支あるいは小気管支を侵される急性の伝染病で、せきが一〇〇日続くといわれるように長期に持続することが特徴であり、その伝染力は強く、感染を免れることは困難とされるほどその罹患率は高い。治療方法としては、早期においては抗生物質が効果があるが、この時期に治療を開始することは難しく、痙咳期(一週間ないし二週間後)に入ると、治療は困難であり、また、生後直ちに罹患することから、早期の予防接種が必要なのである。
百日せきの予防については、呼吸器系伝染病の常として感染経路対策による感染予防は極めて困難であり、しかも、感染性の強い初期のカタル症状期については、右カタル症状が他の原因によって生ずる気管支炎と区別しにくいため、罹患者の隔離によって百日せき菌の感染を防ぐことは難しい。家庭内で極めて高い罹患率(八五ないし九〇パーセント)を示すといわれる。
このような伝染病の場合、既に有効性の認められている百日せきワクチンの予防接種を行うことが最も効果的である。
昭和二三年六月の法制定時に百日せきも予防接種の対象疾病と定められた。接種時期は、①生後三月から六月に至る期間、②第一期接種後一二月から一八月に至る期間と定められた。
その後京都ジフテリア事件により一時接種の中止された時期があったが、その間各種ワクチンについてそれぞれワクチン基準が作られ、「百日せきワクチン基準(厚生省告示第一〇一号)」は、昭和二四年五月に制定され、昭和二五年から右基準による国家試験に合格した百日せきワクチンによる接種が開始され、翌二六年からは、右ワクチンによる接種が広く行われるようになった。
その後、主として予防接種の実施及び被接種者の負担を軽減する目的で、昭和三三年二月に「百日せきジフテリア混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア混合ワクチン基準(厚生省告示第一九号)」が制定され、これを受けて、同年四月、ジフテリアの予防接種の第一期及び第二期の時期が百日せきの予防接種の時期と同一時期になるよう法改正がされ、更に同年九月予防接種法施行規則及び予防接種実施規則の一部が改正され、百日せき及びジフテリアの第一期及び第二期予防接種は二種混合ワクチンが使用されることになった。
さらに、昭和三九年一月、「百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン基準(厚生省告示第四号)」が制定され、引き続き、四三年一〇月、予防接種実施規則の一部改正が行われて、百日せき・ジフテリアの第一期、第二期の予防接種時において同時に破傷風を希望する旨の申出があった場合には、三種混合ワクチンを使用することができるものとされ、今日に至っている。
(2) 百日せきワクチンの若年接種実施の経緯
百日せきワクチンの定期接種の時期については、法制定当初から、生後三月から六月に至る期間、第二期は右第一期の予防接種後一二月から一八月に至る期間と定められた。これは、百日せきについては母体免疫が期待できず、乳児早期から罹患の危険があり、しかも乳児の罹患者には重症例が多く、致命率も高いことから、なるべく早期に免疫を付与すべきであるとの考え方に基づくものである。その後、昭和四九年に百日せきの副反応事故が起きるなどしたため、厚生省は、昭和五〇年二月一日、伝染病予防調査会の結論が得られるまで、各都道府県知事あて百日せきワクチン及び二種混合、三種混合ワクチンの定期接種を一時見合わせるよう通知をした。そして、伝染病予防調査会予防接種部会は、①生後三月から四八月については個別接種により行うこと、②集団接種は平常時生後二四月から四八月の期間に行うこととし、流行時又は流行のおそれのある時には、生後三月から四八月の間の必要と認める時に集団接種を行ってもよいこと、③乳幼児が保育所や幼稚園などの集団生活に入る前に接種を完了し、免疫を獲得しておくことなどの措置を行うことを条件として、百日せきワクチン及びその混合ワクチンの接種を今後とも継続して実施することが必要であるとの結論に達し、その旨を昭和五〇年三月二五日厚生大臣に答申し、厚生省公衆衛生局長は、同年四月一四日、各都道府県知事に対し、右答申に沿った通知を発して、予防接種を再開した。
その後、伝染病予防調査会は、昭和五一年三月二二日、予防接種のあり方等について答申を出し、これを受けて昭和五一年六月、法及び予防接種法施行令の一部改正が実施され、百日せきの予防接種年齢が改められ、第一期は生後三月から四八月に至る期間、第二期は第一期接種後一二月から一八月に至る期間と定められた。そして、この改正に伴い、厚生省は、昭和五一年九月一四日付け「予防接種の実施について」(衛発第七二六号、各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)において定めた「予防接種実施要領」において、百日せき予防接種につき、先の昭和五〇年四月の行政通知をもって指示したのと同じ内容の接種時期を定め、実施主体に指示した。この結果、百日せきワクチンの接種年齢については、現行法上、生後三月からの接種が可能であり、ただ「予防接種実施要領」において、集団接種の方式による場合でかつ平常時に限っては、生後二四月から四八月の幼児に対して実施するものとされているのである。
(3) 百日せきワクチン接種年齢の定めの合理性
予防接種、とりわけ第一期接種の至適な時期がいつかという問題は、乳幼児を当該伝染病の罹患からより安全に守るためにはいかなる時期に最初のワクチン接種を実施するのが相当かという側面と、接種による副反応の発生を極力抑制するにはいかなる時期に実施するのが最も適当かという側面の両面からの考察が必要であると同時に、当該伝染病の現在の流行状況と将来の見通し等をも考慮して決定されるべき事項であって、高度の医学的専門的知見が要請される問題である。しかして、百日せきはいったん罹患すると幼若な乳幼児ほど重症で肺炎・脳症等の合併症を起こしやすく、致命率も高い。しかも、母子免疫も期待できないことから、生後早期にワクチン接種を開始し、人工免疫を付与する必要がある。右趣旨に則り、法は生後三月から六月までの間に第一期のワクチン接種を行い、これによって百日せきの被害の最も大きい乳児期を防御するものとし、更に、第一期接種後一二月から一八月に至る期間に第二期の追加接種を行うことにより、四、五歳ころまでの幼児期を防御するものとしているのであって、このようなワクチン接種年齢の定めは十分な合理的根拠に基づくものである。
その後昭和五〇年の行政通知及び昭和五一年の法改正により第一期接種時期が生後三月から四八月と改定され、平常時の集団接種は生後二四月から四八月での期間に実施することに改められたが、これは、以下の事情によるものである。
すなわち、確かに、百日せきの患者数は、昭和三四年ころから著しく減少し、特に昭和四六年から四九年までの間は年間二、三〇〇人にまで減少をみ、それに伴い百日せきによる死亡者数も急激な減少をみたが、これは、主として百日せきワクチン接種の普及とワクチン改良による感染防御効果の高いワクチンが製造使用されたことによるものである。このことは、昭和四九年、昭和五〇年の事故により予防接種を一時見合わせたことにより、昭和五〇年から五二年までの間ワクチン接種率が大幅に低下したところ、昭和四六年から昭和四九年までの百日せき届出患者数は年間二、三〇〇人台であったものが、昭和五〇年には約一一〇〇人、五一年には約二五〇〇人、五二年には約五四〇〇人、五三年には約九六〇〇人と急増していることからも明らかである。
したがって、昭和三〇年代後半から昭和四〇年代にかけて百日せき患者数及び死亡者数が急激に減少したことから直ちに、接種年齢の引上げ等の乳幼児の免疫度の低下を来すような百日せき予防接種に関する政策変更が行われなかったことを避難するのは正当でない。
また、百日せきワクチン接種による副反応として意識障害を伴う重篤な脳症が発生することについては、昭和四六年ころまでは医学界一般には知られていなかった。それ以前の時期においても、欧米では百日せきワクチン接種後の脳症状についての症例報告が存在し、我が国でも有馬らによる症例報告があり、その発生の可能性を指摘する見解もあったが、昭和四六年以前における我が国の支配的見解は、百日せきワクチンによって脳症は発症しないとするものであった。我が国においては、昭和四五年閣議決定に基づく予防接種事故救済措置が発足して以来、それ以前の接種によるものも含め全国からワクチン接種後の疾病症例が予防接種事故審査会に集まり、その結果、我が国における百日せきワクチン及びこれを含む混合ワクチン接種後の脳症が存在することが知られるようになったのである。
このように、百日せき患者・死亡者数の減少は主として百日せきワクチン接種の効果によるものであり、乳幼児の免疫度が低下すれば、流行が再発する危険性があり、しかも百日せきは母子免疫も期待できないため、乳児にとってなお重篤かつ危険な疾病であるところから、乳児における早期におけるワクチン接種は依然として必要であると考えられたところ、我が国では、昭和四六年ころまでは百日せきワクチンによる脳症等の重篤な神経系反応の症例は未だ医学界一般には報告されていなかったのであるから、従前からの百日せきワクチン接種年齢を維持していたことは、十分に合理性があった。
そして、昭和五〇年及び五一年における百日せきワクチンの接種年齢の改定は、昭和四〇年代後半からの百日せきの患者数及び死亡者数の顕著な減少傾向と同時期から徐々に明らかにされてきた百日せきワクチンの重篤な副反応の実態を踏まえ、当時全国的規模で行われた百日せき及び小児神経系疾患に関する調査研究の成果に裏付けられた疫学的知見に基づき、伝染病予防調査会の答申に基づき決定されたものであるから、右変更の時期は正当であるといわなければならない。
(4) 被控訴人らの主張に対する反論
被控訴人らは、百日せきワクチン接種により乳幼児に脳症等の重篤な副反応が発生することがあることは、欧米諸国での古くから症例報告等があり、昭和三三年当時既に広く知られていたところであり、控訴人においても、当然知っていたか、知り得たものであると主張する。
しかしながら、右欧米諸国の症例報告は、要するに中枢神経系神経症状が百日せきワクチン接種後に発症したというにすぎないものであって、右症状が当該ワクチン接種によって発生したことを医学的に証明したものではない。この症例報告等の存在をもって直ちに百日せきワクチンの副反応として脳症が発生すると結論付けることはできない。しかも、右症例報告は、人種・風土を異にし、ワクチンの製法・基準も異なる外国のものであることを考えると尚更のことといえる。
そして、我が国においては、昭和四五年に発足した予防接種事故審査委員会の審査の過程において、百日せきワクチン接種後の脳症の症例が蓄積され、百日せきワクチンの副反応として重篤な脳症が存在することが注目されるようになったのである。
また、被控訴人らは、予防接種研究班が昭和五一年の法改正に際して作成した「予防接種法の改正をめぐる解説」に基づき、予防接種研究班は、接種年齢改訂の理由として、「百日せきワクチン接種による事故発生は、月齢の小さいほど頻度が高く、二歳までに起こりやすいことをデータが示していること」「予防接種が小児急性神経系疾患の潜在疾患を顕在化させる引き金となったり、既存の疾患を悪化させたりする危険があること」を挙げているとするが、誤りである。前者については、右文献中のデータは、百日せきワクチン接種の脳症等についての月年齢別の発症数であって頻度を示すものではないし、百日せきワクチン接種は、当時の法定接種年齢からして第一期接種はもとより第二期接種も二歳までに終了するから、右データにおいて副反応の発症数が二歳未満に集中するのは当然のことであって、これをもって百日せきワクチン接種による事故は二歳までに起こりやすいことをデータが示しているとはいえない。次に、後者については、右文献中にこれを接種年齢改訂の理由として挙げていないのである。
そして、百日せきワクチンについては、前記のように、我が国においては昭和四六年ころまでは接種後の脳症の報告は皆無であり、同ワクチンの副反応として脳症等の重篤な中枢神経系副反応が存在するとは認識されていなかったし、認識し得なかったものである。また、昭和五〇年まで我が国の百日せきワクチンの接種は、法により第一期接種はもとより第二期接種も二歳までに行うものとされていたから、二歳未満児と二歳以上の幼児との副反応の発生状況を比較して調査することは不可能であった。
以上のように、百日せきワクチンの接種年齢が二歳未満と法定されており、また、同ワクチンの副反応として脳症等重篤な中枢神経系疾患が存在しないと一般に考えられていた昭和三三年当時はもとより、本件各接種当時において百日せきワクチンの副反応事故が二歳未満の乳幼児において多いとする知見やデータが得られるはずはなかったのである。
また、被控訴人らは、我が国の百日せき患者数及び死亡数について、患者数は既に昭和三〇年ころ激減しており死亡者数も既に昭和三〇年ころには激減しているのであって、百日せきは罹患しても死亡する危険性の高い病気ではなくなっていたとした上、昭和三三年当時、百日せきワクチン接種によって達成されるべき百日せきの予防効果に比べ、ワクチンによる重篤な副反応の危険は余りに大きすぎるものであり、ことに二歳未満の乳幼児については、罹患の危険が少ないのにワクチンの副作用の危険が大きく、この矛盾は最も著しかったと主張する。しかしながら、昭和三三年当時の百日せきの患者数は年間約三万人であり、これは法定・指定伝染病のうち赤痢及びインフルエンザの患者数に次ぐものであって、当時の百日せき患者数は決して少数とはいえないものであった上、百日せき患者の中で二歳未満児が占める割合は、厚生省の伝染病統計によると、昭和三一年約三〇パーセント、三二年二八パーセント、三三年二七パーセントであって、対象年齢層の数を考慮に入れると、二歳未満の罹患率が低かったとはいえないし、零歳及び一歳の各患者数は、二歳以上のどの年齢児よりも多数であることか明らかであって、右主張は誤りである。また、百日せきによる死亡についてみると、昭和三三年当時の百日せきによる致命率は、一〇〇〇〇対一五九であって、接種年齢の改定が行われた昭和五〇年当時の致命率(一〇〇〇〇対四六)と比較しても約3.5倍という高い致命率を示しており、しかも、右死亡者の中で二歳未満児の占める割合は、厚生省の人口動態統計によると、昭和三一年には約八一パーセント、三二年には約八六パーセント、三三年には約八一パーセントと極めて高い割合を占めているのである。したがって、百日せきは昭和三三年当時なお危険性の高い疾患であって、特に二歳未満児の乳幼児にとっては罹患すると死亡する可能性の高い極めて危険な疾病であったものである。
しかも、昭和三三年当時、我が国内においては、百日せきワクチン接種後の脳症例の報告は皆無で、百日せきワクチンにより重篤な神経系合併症が発症するとは一般には認識されておらず、また、認識し得る状況にもなかったのである。
さらに、被控訴人らは、百日せきの流行は、幼稚園児や小学生の間において発生するもので、家庭内にいて他との接触の機会の乏しい二歳未満の乳幼児に免疫を付与しても、流行阻止には役立たないと主張するが、百日せきの流行が四、五歳児までの小児を中心としてみられることは早くから知られていたことであり、しかも罹患者数、罹患率とも小児の中でも低年齢層ほど高かったのであるから、直ちに二歳未満の乳幼児に対するワクチン接種の必要性が乏しいとするのは失当である。昭和三〇年代においては、なお乳幼児が兄姉等あるいは近所の遊び仲間等からの家族内ないし家族外感染により百日せきに罹患する危険性は相当高かったことから、百日せき対策は、罹患した場合、致命率の高い乳幼児を百日せきの危険から守ることに重点が置かれ、たとえ罹患しても危険の殆どない年長児については自然感染による免疫を期待する政策を採ったのである。なお、家族内感染の少ないとされる欧米においても、乳児期早期にワクチン接種を行い、罹患率、致命率の高い乳幼児を百日せきの罹患から防衛していたのである。そして、昭和五〇年代に入り、百日せきの患者数及び死亡者数が著しく減少し、乳児が罹患しても死亡に至る危険が少なくなるとともに、核家族化による子供数の減少、住宅環境の改善等により乳幼児の家庭内感染の危険が減少するなど、百日せきを巡る状況が変化し、それが大きな要因となって、平常時の集団接種年齢を生後二四月から四八月に至る期間に改定することとなったものである。
なお、欧米諸国の動向をみても、昭和三三年に英国保健省は、専門家の提案に基づき、三種混合ワクチンについて、①第一期接種を生後一月から六月の間に四ないし六週間の間隔で三回、第二期接種を生後一八月から二一月の間とするものと、②第一期接種を生後九月から一二月の間に二回、第二期接種を生後一八月から二一月の間とする二つの接種計画を勧告している。また、昭和三八年当時、西ドイツの小児科学会が推奨した予防接種計画案では、三種混合ワクチン接種の接種時期は、第一期接種として生後三月、四月及び五月に各一回計三回、第二期接種として生後一八月とされている。さらに、アメリカの小児科学会が昭和三九年に勧告した予防接種のスケジュールでは三種混合ワクチン接種の接種時期を第一期接種として生後1.5月から二月の間に一回、三月に一回、四月に一回計三回、第二期接種として生後一二月、更に第三期接種として四歳とされている。なお、今日においても、世界の殆どの国では、百日せきワクチンの接種は、生後二、三月の乳児早期から実施されているのである。このように、過去においてはもとより今日においても、百日せきワクチンは乳児の早い段階から接種を行うべきであるというのが世界各国に共通した認識である。
以上のとおりであって、厚生大臣が本件各予防接種が行われた昭和三三年から昭和四四年当時までの間において、二歳未満の乳幼児に対する百日せきワクチン定期接種を廃止しなかったのは正当であり、本件各予防接種を実施したことに違法、過失はないものである。
(四) 百日せきワクチン及び混合ワクチンの規定量を誤った過失について
(1) 右過失と本件各健康被害との因果関係
被控訴人らは、百日せきワクチン及び同ワクチンを含む二種、三種混合ワクチンの菌量及び力価や接種量等につき、必要以上に力価が高く、したがって菌量も多い接種量を定め、その結果脳症等の障害を発生させたと主張する。
しかしながら、そもそも、以下のとおり、百日せきワクチンの接種量の定めに過失がないことは明らかであるのみならず、右過失と本件各被害との間に因果関係があることの証明はない。すなわち、被控訴人らは、厚生大臣が必要最低限の菌量を規定量として定め、これによるワクチン接種をしていれば、被害が発生しなかったのに、これを超える菌量を規定量として定め、これに従ってワクチン接種をしたため、本件各被害が発生したとの事実について具体的な主張、立証をしていない。むしろ、後述するとおり、百日せきワクチン接種による副反応と菌量との間には、発熱等の通常の副反応については相関関係がみられるが、重篤な副反応である脳症等については、むしろ個体側の要因に左右されることが多く、予防接種として用いられる程度の菌量の範囲内では、その発生と菌量との間に相関関係があるとは認められないのである。
したがって、被控訴人らの主張する厚生大臣の過失と本件被害児らの身体的被害との間には、因果関係はない。
(2) 百日せきワクチンの接種量・菌量に関する規定と改正経緯
我が国において百日せきワクチンに含まれる百日せき菌の菌数は、生物学的製剤基準である各ワクチン基準により定められ、各ワクチンの接種量は予防接種実施規則等で定められている。
ア 百日咳ワクチン基準及び百日咳予防接種施行心得による菌量及び接種量の規定
① 昭和二四年厚生省告示第一〇一号による「百日咳ワクチン基準」
1.0cc(ml)中に一五〇億個以上の菌を含有しなければならないと定めた。
② 昭和二五年厚生省告示第三八号による「百日咳予防接種施行心得」
接種量等について、第一期接種は第一回1.0ミリリットル、第二回1.5ミリリットル、第三回1.5ミリリットルを三ないし四週間の間隔をもって接種すると規定した。これにより、第一回接種における接種菌量は、一回目一五〇億個以上、二、三回目各二二五億個以上、総計六〇〇億個以上とされた。
右の定めは、当時最も優れたものとされていた米国ミシガン州の方法で製造されたワクチンを使用し、アメリカ及び英国の野外実験で有効性が確認された接種方法、すなわち、一ミリリットル二〇〇億個の菌量のワクチンを一ccずつ一箇月間隔で三回、総量六〇〇億個を接種するとの基準を基本的に導入したものである。
イ 昭和三一年「百日せきワクチン基準」による菌量の改定
その後の研究成果を受け、厚生省告示第四号により新たに「百日せきワクチン基準」を制定し、百日せきワクチンの製造様菌株としてK抗原を多量に有するⅠ相菌を用いることとし、菌量については、「一cc中に一五〇億個の菌を……含むように原液を希釈する」ことに変更した。なお、接種量の定めには変更がなかった。
ウ 昭和三三年「二種混合ワクチン基準」及び「予防接種実施規則」による菌量及び接種量の規定
昭和三三年二月には、厚生省告示第一九号により、「百日せきジフテリア混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア混合ワクチン基準」が制定され、百日せきジフテリア混合ワクチンが使用できることになった。右基準において菌量は、混合ワクチン一ミリリットル中には百日せき菌約二四〇億個を含むようにすることとした。
他方、同年九月、前記百日咳予防接種施行心得を廃し、「予防接種実施規則(厚生省令第二七号)を制定し、その中で、百日せき及びジフテリアについて同時に行う第一期予防接種は、百日せきジフテリア混合ワクチンを三週間から四週間までの間隔をおいて三回接種するものとし、「接種量は、第一回にあっては0.5cc、第二回及び第三回にあっては1.0ccとする」と定め、また、第二期接種については、混合ワクチンを一回接種するものとして、接種量は0.5ccとすると規定した。
右菌量及び接種量に関する定めにより、二種混合ワクチンを用いる百日せき及びジフテリアの第一期接種における百日せき菌の接種菌量は、第一回約一二〇億個、第二、第三回、各約二四〇億個、総量約六〇〇億個と定められたことになる。
エ 昭和三九年「三種混合ワクチン基準」等による菌量及び接種量の規定
昭和三九年一月には、厚生省告示第四号により、「百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン基準」が制定された。
右基準において、三種混合ワクチンの菌量について「一ミリリットル中には、百日せき菌約二四〇億個を含むようにする」と定められた。なお、三種混合ワクチンを使用して行う百日せき及びジフテリアの第一期、第二期予防接種の接種回数、間隔、接種量は二種混合ワクチンを使用する場合と同様であるから、各回の接種菌量及び総接種菌量も二種混合ワクチンの場合と同様である。
オ 昭和四六年「生物学的製剤基準」の百日せきワクチン、混合ワクチン基準による菌量及び接種量の規定
生物学的製剤の製造、検定の基準としては、従前から各種ワクチンごとの各別の基準が定められていたが、昭和四六年七月、厚生省告示第二六三号により、従来の右ワクチンごとの個別の基準を廃止し、これらの基準を集大成したものとして新たに「生物学的製剤基準」が制定され、その中で百日せきワクチン、二種混合ワクチン及び三種混合ワクチンの各基準が定められた。右においては、百日せき及び同ワクチンを含む混合ワクチンの菌量について、「一ml中の菌量が、……二〇〇億個を超えないようにして作る」こととされた。
これは、当時専門家の間では、百日せきワクチン接種後の発熱は菌量に相関するという見解が定着するに至り、副反応の発現率を低下させるには接種菌量はなるべく少なくする方がよいと考えられていたところ、専門家による研究により、ワクチンの改良・開発が進んでⅠ相菌をより多く含む実用的な百日せき混合ワクチンを安定的に製造できるようになったこと及び我が国の百日せきワクチンの力価(感染防御効果)がかなり高いものであって、菌量を減らしても良好な免疫効果が期待できることが徐々に判明してきたことによるものである。また、一ミリリットル中の菌量が二〇〇億個を超えないものと改められたのは、WHOが昭和三九年に定めた国際基準における一回の接種菌量二〇〇億個以下という基準が採り入れられたためである。
カ 昭和四八年「予防接種実施規則」の改正による接種量の改定
百日せき混合ワクチンの改良による力価の安定性と混合ワクチン研究委員会等による接種間隔、抗体上昇と抗体保有状況などについての調査研究に基づき、昭和四八年三月、予防接種実施規則が改正され、百日せき及びジフテリア予防接種の第一期接種においては、二種又は三種混合ワクチンを毎回0.5ミリリットルの接種量で、三週間から八週間までの間隔をおいて三回接種するように改められた。
右接種量の改定により、我が国の二種又は三種混合ワクチンを用いる百日せき及びジフテリアの第一期接種における百日せきの接種菌量は、一回当たり一〇〇億個以下、総量三〇〇億個以下と改められたことになる。
(3) 百日せきワクチンの菌量及び力価並びに副反応
被控訴人らは、ワクチンの接種量が多ければ多いほど脳症等の神経系障害の発生も多くなり、両者の間には相関関係があると主張するが、右主張は医学的根拠があるものではなく、失当である。旧型の百日せきワクチン及び同ワクチンを含む混合ワクチンの接種後の副反応には、接種部位の発赤腫張などの局所反応や発熱等の全身反応といった通常みられる反応のほか、ごくまれに異常な反応としてけいれんや意識障害を伴う重篤な脳症やショックの発症をみることがある。
百日せきワクチンの右副反応は、ワクチンに含まれる副反応惹起物質に起因すると考えられるが、同ワクチンに含まれる百日せき菌の菌体成分のうちどの成分が副反応惹起物質なのか、また、副反応のいかなる症状と結び付くか、さらには、右物質の接種量と副反応発生との関係等については十分に解明されているとはいい難いが、現時点では以下のように考えられている。
百日せきワクチンに含まれるものの中で、百日せき感染時又はワクチン接種時の症状を惹起せしめる毒性に関係ある物質と推定されるものとしては、易熱性毒素(HLT)、内毒素(ET)及び百日せき毒素(PT)等が考えられているが、このうち易熱性毒素は、著しく不安定で、通常ワクチン製造工程中でほぼ完全に不活化されるから、ワクチンの副反応には関係がない。これに対し、内毒素は、強力な発熱作用を有し、ワクチン接種後の発熱や局所反応の一部に関与していることは疑いなく、また、熱性けいれんの原因である可能性もあるものであるが、これは非常に安定しており、ワクチンに百日せき菌体を使用する限り無毒化は不可能であって、百日せき副反応の主要な因子であると考えられている。また、百日せき毒素は、りんぱ球増多因子やヒスタミン増多因子が脳症の原因として疑われるものの、その薬理作用と脳症との関係は解明されておらず、今日でもなお脳症の原因は不明である。
次に、ワクチンの接種菌量と副反応との関連をみると、百日せきワクチン接種による接種部位の発赤、腫張等の局所反応や発熱(発熱に伴う熱性けいれんを含む。)等通常の副反応は、前記のとおり、ワクチンに使用されている百日せき菌の菌体成分中の内毒素が主要な発生因子であり、しかも、内毒素は、菌体があれば必ず存在し、かつ、安定性の高い生体活性物質であるから、接種菌量が多くなれば、当然体内に接種される内毒素の量も多くなるので、通常見られる副反応の発生度も高くなるということができる。この意味で、通常の副反応は接種菌量との間に相関性があると考えられる。これに対し、接種の重篤な脳症やショックのような異常な副反応については、そもそもその発生の機序自体が明らかでなく、ワクチンに含まれる何らかの物質が因子として作用するのであろうとは考えられるものの、ワクチン中のいかなる物質がいかなる機序で副反応を発生させるかは解明されていない。その発生頻度も、我が国の基準及び規則の改正前後を通じて、予防接種として用いられる程度の用量、菌量であれば、我が国の百日せきワクチン基準に規定する菌量とWHOの百日せきワクチン国際基準に定める菌量の差によっては影響を受けるものではない。すなわち、ワクチン接種の重篤な副反応の発生は、被接種者である個体側の条件に負うところが非常に大きく、その発生頻度は使用量が増えればそれに比例して増加するというような単純な関係にはない。このことは外国の実験例でも明らかにされている。また、我が国よりも菌量の少ないワクチンを使用している国では、脳症等の発生率が低いとするデータも存在しない。
(4) 我が国における百日せきワクチン及び百日せき混合ワクチン接種量の規定の相当性について
ア 我が国の百日せきワクチンの菌量及び接種量の規定の合理性
ⅰ 昭和二四年ないし三〇年
我が国では、当時最も先進的であった米国の基準に依拠して、百日咳ワクチン基準及び百日咳予防接種施行心得を制定した。
我が国の百日せきワクチンは、右基準に基づき、当時最も優れたものとして定評のあったミシガン法に則って製造され、昭和二五年ころから四〇年ころまで広く用いられた。しかしながら、当時未だに抗原に関する細菌学的知見が得られていなかったことから、ワクチン製造用菌株にK抗原に富んだⅠ相菌ばかりでなく、抗原性の乏しい菌(Ⅱ相菌及びⅢ相菌)も含まれていたため、この当時の我が国の百日せきワクチンの力価は、著しく不十分なものであった。
ⅱ 昭和三一年ないし三二年
その後の細菌学的知見により、百日せき菌は、Ⅰ相菌、Ⅱ相菌、Ⅲ相菌に分類され、マウス脳内接種法により力価を比較すると、このうちⅠ相菌は、新鮮分離菌、保存菌に関係なくそのマウス力価は強大であり、逆にⅢ相菌にはこれが殆ど認められず、Ⅱ相菌のマウス力価は比較的大きいものから殆どないものまでまちまちであることが明らかになり、野外実験においてもⅠ相菌ワクチンの感染防御効果の大きいことが実証された。そこで、厚生省は、昭和三一年に新たに「百日せきワクチン基準」を制定し、製造用菌株についてⅠ相菌を用いるべきものとした。
このように、Ⅰ相菌ワクチンの採用により力価が高まったが、接種量に関する定めは変更されず、第一期接種の接種菌量はそのまま維持された。これは、従来、我が国の接種量は米国の基準による用法、用量に依拠して定められたものであるが、我が国の従来のワクチンでは、十分な感染防御効果を発揮できず、良好な効果を発揮するためには、接種量を更に増量しなければならないとすら考えられていたことによるものである。そして、Ⅰ相菌ワクチンの採用によって我が国の百日せきワクチンの力価は米国・英国の水準にまで達していたのであるが、これは右ワクチンを米国・英国と同量接種する(三回、総量六〇〇億個)ことにより実現されたのであるから、接種量に関する定めがそのまま維持されたのは当然のことである。
ⅲ 昭和三三年ないし三八年
昭和三三年二月「百日せきジフテリア混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア混合ワクチン基準」が制定され、ワクチン中の百日せき菌量は一ミリリットル当たり二四〇億個とされ、また、同年九月、予防接種実施規則が制定された。右規則により、混合ワクチンの接種量、接種方法は、第一期について一回目0.5cc、二、三回目各一ccと定められた。したがって、第一期接種における百日せき菌の接種菌量は、一回目一二〇億個、二、三回目各二四〇億個、総量六〇〇億個である。
この時期我が国のワクチンは改良の努力が成功し、ようやく力価が先進国である米国や英国のワクチンと同等以上になった。しかし、この段階で、直ちに我が国のワクチンにつき菌量を減らし、力価を下げるということは到底期待できる状態にはなかった。
ⅳ 昭和三九年以降
昭和三九年に「百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン及び沈降百日せきジフテリア破傷風混合ワクチン基準」が制定され、昭和四三年に「予防接種実施規則」が改正された。その結果、百日せきワクチンの百日せき菌量は一ミリリットル当たり二四〇億個、第一期接種の接種液量は、一回目0.5cc、二、三回目各1.0ccと定められ、したがって、接種菌量は、一回目一二〇億個、二、三回目各二四〇億個、総量六〇〇億個となる。この菌量、接種量、接種菌量は、昭和三三年に制定された前記二種混合ワクチンの菌量及び接種量の定めを踏襲したものであるが、これは当時の研究成果からみて、なお十分な免疫効果を得るためには、従前同様の菌量及び接種量を維持するのが相当であると考えられたからである。
なお、昭和三九年にWHOの百日せきワクチン国際基準が採択された。右国際基準では、①一回目四IU以上とし、これを三回、合計一二IU以上を接種するとし、②一回の接種量中の菌数は、二〇国際濁度単位(二〇〇億個/ml)以下とするものと定め、ワクチン製剤の濁度、すなわち単位当たりの菌量は、各国の自由に委ねるものとされた。
右国際基準は、米国の基準による百日せきの用法、用量の「二〇〇億個を三回、総接種菌量六〇〇億個」に依拠したものである。そして、我が国の基準、規則に定める百日せきワクチンの用法、用量は、菌量及び接種量をもって定めるに対し、国際基準は、国際単位という力価の単位で表現されているため、両者を数字で比較することはできないが、右国際基準がWHOにおいて採択された当時、我が国のワクチン関係者においては、右国際基準に定める用法、用量と我が国の基準、規則に規定する用法、用量並びにワクチンの力価との間に大きな差異があるとは考えられていなかった。したがって、WHOが国際基準を採択した後も、我が国では、従前からの菌量、接種量が維持されたのである。
ⅴ 昭和四〇年ないし四五年
その後、昭和四三年一〇月に、新たに厚生省告示第四三〇号により新たな「百日せきワクチン基準」が制定された。新基準では標準百日せきワクチンを、「標準百日せきワクチンは、製剤の力価を制定するための標準として、国立予防衛生研究所が交付する特定製造番号の乾燥ワクチンであって、一アンプル中に五〇〇〇億個の菌を含み、三六〇国際免疫単位に相当するものである。」と定め、菌量とともに力価を国際単位によって表示した。右基準による百日せきワクチン(菌量一ミリリットル当たり一五〇億個)は、10.8IU、二種混合及び三種混合ワクチン(百日せき菌量一ミリリットル当たり二四〇億個)は17.28IUと算定することができる。なお、新基準における前記標準百日せきワクチンの菌量及び国際単位による力価の値は、右基準改正の時点における常用標準百日せきワクチンにつき力価測定を行い、国際単位に換算した結果に準拠したものである。
右改正後の基準による二種又は三種混合ワクチンの第一期接種における接種量は、当時の実施規則による接種量によれば、一回目の0.5cc一二〇億個、二、三回目各一cc二四〇億個、総計六〇〇億個であるから、これを国際単位に換算すると、一回目8.64IU、二、三回目各17.28IU、総計43.2IUとなる。この数値は、前記WHOの国際基準に定める総計一二IU以上に比較すると相当に高い。しかし、当時我が国の百日せきワクチンは相当に高い免疫効果を有するとは見られていたが、同時にこれを疑問とするような実験成績もあったため、果して、菌量を減量しても十分な免疫効果を有するワクチンが安定的に製造、供給できるかどうか不安がないではなく、右基準の改定に当たっては、取りあえず、検定に用いる基準ワクチンを菌量及び国際単位による力価をもって表示するにとどめ、特に菌量等は減量しなかったものである。
ⅵ 昭和四六年ないし四七年
昭和四六年七月に厚生省告示第二六三号をもって、「生物学的製剤基準」が制定されたが、右においては、百日せきワクチンは、「一ml中の菌数が二〇〇億個を超えないようにして作る」と定められ、混合ワクチンにつき菌量が一ミリリットル当たり二四〇億個であったものが、二〇〇億個を超えないものに減量された(なお、百日せき単味ワクチンについては右改定により菌量が増加しているが、これは基準上のことであって、現実には、既に百日せき単味ワクチンは製造、使用しされていなかった。)。
右改定は、WHOの国際基準において安全性の基準として設定している一回接種菌量二〇〇億個以下という点を採用したものである。これは、当時医学専門家の間では百日せきワクチンの副反応は、ワクチンの百日せき菌に関係するので、菌の含有量はなるべく少なくする方がよいとの見解が一般に定着するとともに、昭和四六年ころには、我が国の百日せきワクチンは、その製造方法の改善によりかなり力価の高いものとなり、完全Ⅰ相菌による実用的な百日せき混合ワクチンが安定的に製造できるようになり、菌量を減量しても十分な免疫効果(力価)を確保できるようになったことによるものである。
ところで、昭和四六年制定の右基準では、標準百日せきワクチンについて、「本剤は、一管中不活化百日せき菌の五〇〇〇億個、三六〇国際単位を含む乾燥製剤である」と定め、これを検定において力価試験に用いるときは、一定の生理食塩液で溶解し、「一ml中に二〇〇億個の百日せき菌を含むようにする。」としている。これは、前記昭和四三年制定の基準の同様である。したがって、昭和四六年制定の基準によるワクチンの力価は、14.4IUと算定される。そして、右混合ワクチンの第一期接種における接種量は、一回目0.5cc一〇〇億個、二、三回目各一cc二〇〇億個、総計五〇〇億個であるから、これを国際単位に換算すると、一回目7.2IU、二、三回目各14.4IU、総計三六IUとなる。この数値は、WHOの国際基準に比べると、なお相当高いものである。しかし、WHOの国際基準は「四IU三回、計一二IU」を「有効性」の下限としてそれ以上の力価を要求しているのであり、安全性は、一回の接種量は二〇〇億個を超えてはならないとして菌量規制の点に求めていると解されるから、昭和四六年制定の基準による我が国の混合ワクチンは、安全性の面でも十分であったといえる。
ⅶ 昭和四八年以降
昭和四八年三月に予防接種実施規則の一部改正が行われ、百日せき及びジフテリア第一期接種においては二種又は三種混合ワクチンの接種量が0.5ccあて三回、三ないし八週間間隔で計1.5cc接種するものと改められた。
右改定により、百日せき及びジフテリアの第一期接種における接種菌量は一〇〇億個以下を三回、総量三〇〇億個以下となり、これを前記基準における標準百日せきワクチンにつき定める国際単位により換算すると、7.2IU三回、総計21.6IUになる。これは、前記WHO国際基準と比較すると、やや多いが、検定誤差等を考慮して右のように定められたものである。
ⅷ まとめ
以上のように、我が国におけるワクチン基準や実施規則等の制定及びその後の改定は、ワクチンの効力と副反応に関する実験研究の成果を踏まえ、厚生大臣が専門家の意見を徴して、その時期における支配的見解に基づいて決定したものであり、十分合理的根拠を有するものである。したがって、被控訴人らの主張は失当である。
イ 力価の設定と検定誤差
百日せき菌は変相しやすく、抗原性を欠くⅢ相菌に変わりやすいため、ワクチン製造の原材料に適するⅠ相菌を確保するためには、特殊な培養地を用い、かつ温度その他の条件管理に意を用いなければならない。また、同じⅠ相菌でも、製造に用いた菌株の相違や製造過程における不活化方法の違い、その他微妙な条件の相違によってワクチンの力価が著しく異なるものであることは、広く知られている。他方、国家検定に用いられる百日せきワクチンの力価に関する試験には、各種の方法があるが、不確定要素を排除できないことから、検定誤差を考慮して、被接種者のすべてに感染防御レベルとされる三二〇倍以上の血中凝集抗体産生が可能となるよう比較的高い力価を検定基準として採用してきたのである。これは有効なワクチンを確保するという見地から当然に要請されるものである。
特に、百日せきワクチンは右感染防御レベルの免疫産生をもたらす力価を超えても、免疫産生が比例的に増大するわけではないが、これより力価が僅かでも下回ると、免疫産生は著しく低減するものである。
したがって、我が国の百日せきワクチンの力価の設定は、現実に有効性のあるワクチンを確保するために必要なものであり、効果のある予防接種を実施するという見地から合理性を有するものである。
ウ 我が国のワクチンの安全性管理
百日せきワクチンの安全性は、菌量や力価の大小のみで決せられるものではない。例えば、副反応惹起物質あるいはその可能性が疑われる物質がどの程度含有されているか、ワクチンの不活化が完全かどうか、他の雑菌が混入していないかなども、ワクチンの安全性に係わる事項である。
我が国においては、百日せきワクチンの国家検定に当たり、「無菌試験」、「異常毒素否定試験」などのワクチン一般につき行う理化学的試験のほか、百日せき菌の産生する毒素物質を一定水準以下に抑えるため、易熱性毒素に対する易熱性毒素否定試験、リンパ球増多因子に対するマウス白血球数増加試験、主として内毒素に対するマウス体重減少試験などの安全試験が生物学的製剤基準に規定され、実施されている。このように、百日せきワクチンの毒性に関して対象とする物質に応じてそれぞれ独立の試験を行っているのは我が国のみで、諸外国に比して、非常に厳格であり、ワクチンの安全性は高いものである。
(5) 被控訴人らの主張に対する反論
ア 前記のように、ワクチンの接種菌量が多ければ多いほど脳症等の神経系障害の発生も多くなり、両者の間に相関関係があるとの被控訴人らの主張は、これを裏付ける根拠が全くない。ただし、発熱やそれに伴う熱性けいれんなどの通常の副反応は、接種菌量と相関性を有するので、このような通常の副反応を防止するためには、接種量を感染防御に必要な限度でできるだけ少なくすべきであるということはいえよう。しかし、何をもって必要最小限とするかという点については、ワクチンの規定接種量は、ワクチン接種による感染防御力の設定の程度、副反応の危険性についての知見、さらに、ワクチン製造過程における不可避的な菌量・力価の検定誤差などの問題を総合的に検討して決すべきものであって、それ自体専門的技術的な事項である。
被控訴人らは、WHOやアメリカ、英国の例を挙げ、これと我が国の接種量の定めを単純に比較して論難するが、諸外国の例が直ちに人種、国土、社会的状況の異なる我が国にそのまま妥当するものではない。なお、WHOの国際基準が規定する「接種量四IU三回、計一二IU」は有効性の下限を定めたものである。また、アメリカの基準では力価の上限を規定しているが、それは三六単位であって、国際基準のほぼ三倍になっている。
イ 被控訴人らは、昭和三三年以前に、控訴人国は、我が国の百日せきワクチンの力価が高すぎるので、副反応の発生を防止するため接種量を必要最小限に抑えるべきことを知り得たと主張するが、ワクチンの力価は、実際にワクチンを人体に接種し、百日せき感染に対してどのような予防効果を示すかを調査することによって確認されなければ、実用に供することはできないものである。しかし、百日せきの予防接種が普及した時代においては、野外の人体実験において統計学的な批判に耐えるような実験を行うことは困難である。ワクチンの実験は、使用するワクチンの条件と被検者側の個体的条件によって実験結果が大きく左右される性質のものなのであるから、力価に関する一回の実験成績の数値のみから、直ちにその時点におけるワクチンの力価につき、一定の結論を引き出すことは誤りである。厚生大臣としては、何回にもわたる実験研究の成果が蓄積され、その結果が十分に信頼性のあるものとして広く専門家から支持されるに至って初めてその結果に依拠して菌量、接種量等の改定を行い得るのである。そのためには、事柄の性質上、相当長期の期間が必要になるのもやむを得ない。厚生大臣は、被控訴人らの挙げる各研究結果とその限界を十分承知しており、これらの研究成果の蓄積を受け、総合的な検討を加えた上で、菌量、力価等を規定したワクチン基準については、中央薬事審議会に、接種量等を規定した実施規則については伝染病予防調査会にそれぞれ諮問した上で、適切な時期にその改定を行ってきたもので、厚生大臣に何らの過失もない。
(五) インフルエンザ予防接種実施の過失について
(1) インフルエンザ予防接種の必要性と有効性
ア インフルエンザ予防接種の必要性
インフルエンザウィルスの抗原構造は、変異しやすく、また、動物にも伝播するので、いかに新種のワクチンを製造し、かつ、多くの人々が接種を受けたとしても、種全体としては永遠に生き続けることに特徴があることから、人類最後の大疫病といわれている。しかも、インフルエンザは、患者のせきから発せられたウィルスを吸い込むなどして感染するため伝播速度が極めて速く、大流行を起こすおそれが顕著である。したがって、少数の患者が出ると、抗原変異のため、当該インフルエンザの型に合う抗体を保有している者が少ないところへ飛沫感染することにより簡単に伝播していくことになる。そのため、流行が集団化し、増幅され、肺炎、気管支炎等の合併症を伴いつつ、一般成人はもちろん、比較的抵抗力の弱い乳幼児・学童等の幼弱者、更には、インフルエンザの罹患によって致命的ないし重篤な結果を生ずるおそれのある慢性心肺疾患、糖尿病その他の患者や妊産婦又は高齢者にまで感染が及び、大規模な惨事をもたらす危険が高い。
インフルエンザは、いったん流行し始めると、急激な勢いで広がり、しばしば世界中に大流行を巻き起こし、多数の死者を発生させた(大正七、八年のスペインかぜ、昭和三二年のアジアかぜ、昭和四七、八年の香港かぜ、昭和五二、五三年のソ連かぜ等)。また、インフルエンザは、感染、発病しても、、普通一週間程度で回復し、予後は比較的良好な伝染病であるが、しばしば重篤な合併症を併発したり、重症化し、死亡する例も少なくない。このインフルエンザの合併症として最も多いのは、気管支炎、肺炎等の呼吸器系合併症である。このうち肺炎には、インフルエンザ肺炎と続発性細菌性肺炎とがあるが、前者については、抗生物質の効果がなく、しかも抗ウイルス剤は未だ開発途上にあることから、今日においても非常に危険かつ重大な合併症である。また、呼吸器系合併症のほかに、心筋炎、心外膜炎などの心臓合併症、脳症やライ症侯群などの重篤な神経系合併症がある。これらの合併症の発現頻度は極めて低いものの、症状は著しく重篤なものである。インフルエンザによる死亡者をみると、死亡率は昭和二七年以降0.1から8.5となっている。また、全伝染病患者及び死者に占めるインフルエンザ患者及び死者の割合は、昭和五二年から六二年をみると患者数中の二四パーセントないし九〇パーセント、死亡数は五六パーセントから八九パーセントを占めているのであって、伝染病により死亡する者のうち少ない年でも二人に一人が、インフルエンザ流行の年には一〇人中九人近くがインフルエンザによって死亡しているのである。更には、インフルエンザ流行があると総死亡率が有意に上昇することが古くから知られている(これを超過死亡という。)。この現象は、インフルエンザの罹患により前記合併症の発症を伴うことから、既に心肺系疾患などの基礎疾患を持つ者がインフルエンザに罹患すると、それが誘因となって、基礎疾患を悪化させることによるものと理解されている。
このように、インフルエンザは、一般的には予後の良好な伝染病であるが、流行が激しく、非常に多数の者が罹患する上、かぜ疾患の中でも特に全身症状が強く、そのためインフルエンザの流行は一国の社会的経済的活動に大きな影響を及ぼすのみならず、個体の面からみても、重篤な合併症を引き起こして死亡する例も少なくなく、流行時には超過死亡の顕著な増加があり、決して軽視できない伝染病である。したがって、インフルエンザ流行防止のため積極的な施策が強く要請されるところである。
それゆえ公衆衛生行政を担当する厚生大臣としては、国民の生命と健康を守るために、その流行を阻止し、国民がインフルエンザに罹患することがないように、あるいは罹患しても重症化しないように積極的にインフルエンザ予防対策を講ずることが当然の責務として要請されることになる。
イ インフルエンザ予防対策における予防接種の役割
インフルエンザの伝播形態は、くしゃみやせきによる飛沫を介する空気感染であるため、感染源対策や感染経路対策は困難であり、効果も期待できない。したがって、インフルエンザについては、感受性対策としてのワクチン接種が殆ど唯一の防御手段である。しかも、インフルエンザに対する有効な化学的予防剤はなく、また、ウイルス疾患一般がそうであるように、インフルエンザにはみるべき化学療法剤も殆ど開発されていない。このような現状では、ワクチン接種こそが科学的に有効な唯一のインフルエンザに対する対策といわなければならない。
もっとも、インフルエンザウイルスは、その抗原構造が変化を起こしやすく、流行のたびごとに少しずつ抗原構造のずれを生ずる連続的変異のほかに、特にA型ウイルスにおいては突発的な不連続変異を起こすことが知られている。その結果、ある年の流行でインフルエンザに罹患して免疫を獲得した者が、抗原構造の若干異なる他の流行にさらされたときは、そのずれの分だけ免疫水準が低いことになるため、場合によっては再び罹患することになる。更に、流行株に抗原構造の不連続変異が起こった場合には、爆発的な流行を起こす。このことは、ワクチンについても同様であって、ワクチン株と流行株との間に抗原構造のずれが起これば、その分だけ効果が低下する。しかし、大きな不連続変異が起こった場合は格別、抗原構造のずれが生じた場合でも、接種したワクチンのウイルス株と実際に流行したインフルエンザウイルス株との間に共通抗原が若干でもある限り、一定の免疫効果が期待できる。また、そもそも、インフルエンザワクチンの効果は、種痘、ジフテリア、あるいはポリオワクチンのような非常に有効なワクチンと比較すると、限られた効果しかないものである。インフルエンザの自然感染によって獲得される免疫ですら、その強さや持続時間は限られたものであり、いかに優れたワクチンといえども、自然感染による免疫以上に強く、かつ、持続時間を作り出すことはできないからである。
このような点を考慮しても、流行が予測されるウイルス株を用いて製造したワクチンを接種することが流行抑止に最も有効な手段であって、他に満足し得る手段はない。このため、WHOでは、全世界の情報を集め、これを各国に提供しているし、我が国でも更に独自の調査をして流行株を予測して、ワクチン株を決定している。
我が国では、このインフルエンザワクチン接種は、昭和五一年までは勧奨接種として、昭和五二年以降は法に基づく義務接種として、主として広く学童等を対象に、集団接種の方式により実施してきたところである。
このインフルエンザ対策としての予防接種の役割と接種対象については、次のような三つの考え方がある。
① 防疫的立場―学童等に対する接種
インフルエンザの流行の増幅の場であると考えられる保育所、幼稚園、小中学校など集団生活をしている者らを対象に広範囲にワクチン接種を行い、これら集団の免疫度を一定の水準に維持し、もって当該被接種者の罹患を防ぐとともに、インフルエンザの流行の拡大を防止しようとする考え方である。
② 医学的立場―ハイリスクグループに対する接種
一般に生体防御機能が弱く合併症が併発しやすい乳幼児や高齢者、心臓、腎臓、肝臓等内蔵器官の不全、糖尿病、肺結核など慢性疾患を有し、インフルエンザ罹患により生命の危険がある者など、いわゆるハイリスクグループを対象にワクチン接種を行い、もってハイリスクグループに属する者が危険なインフルエンザに罹患することを防ぎ、これらの者の生命・健康を守ろうとする考え方である。
③ 保安的立場―社会活動の基盤となるような業務に従事する者に対する接種
インフルエンザに罹患し、休むことによって社会機能に重大な影響を及ぼすおそれのある者、例えば、医療、警察、消防、交通・通信関係などの業務に従事する者を対象にワクチン接種を行い、これらの者のインフルエンザ罹患を防ぎ、もって社会機能を維持しようとする考え方である。
しかして、これら三種類の予防接種のどれに重点を起き、これをどのように組み合わせるかは、当該国のインフルエンザ予防についての政策決定にかかわる事柄であり、それ自体高度の専門的技術的な問題であるが、我が国では、従来から右①の予防接種に重点が置かれている。
昭和五一年以前の勧奨接種の時代にあっては、①の考え方による予防接種は、「インフルエンザ予防特別対策」として、また、前記②、③の考え方による予防接種は、「インフルエンザ防疫対策(一般対策)」として、いずれも国の行政指導により各地方公共団体が勧奨接種として、勧奨に応じた希望者に対して実施していた。
なお、インフルエンザ予防接種の実施形態は、流行が急激であり、流行期までに学童等多人数の集団に短期間に接種を完了する必要があることから、集団接種の方式によらざるを得ないものである。
ウ インフルエンザワクチンの有効性
米国におけるトマス・フランシスを中心とした実験結果や我が国における研究によって、インフルエンザワクチン接種が感染や発病、重症化等の防止に有効であることは明らかになっている。
(2) 我が国におけるインフルエンザ予防接種政策の相当性
ア インフルエンザ予防接種政策の推移
我が国においては、昭和二三年に制定された法においてインフルエンザが予防接種の対象疾病とされた。その後、昭和三二年から控訴人国の行政指導に基づく一般防疫対策としての勧奨接種が始まり、昭和三七年からは右と並んで、同じく控訴人国の行政指導に基づく特別対策としての勧奨接種が実施されてきた。そして、昭和五二年からは、右勧奨接種に代わり、法に基づく一般的臨時接種が専ら学童を対象に実施されている。
① 旧法による臨時接種―昭和二三年から昭和五一年まで
昭和五一年法律第六九号による改正前の法では、インフルエンザは、臨時接種の対象疾病とされていた。そして、昭和二五年に「インフルエンザウイルスワクチン基準(厚生省告示第七四号)が制定され、昭和二八年には、インフルエンザ予防接種実施の細目を定めた「インフルエンザ予防接種施行心得(厚生省告示第一六五号)」が制定され、インフルエンザ臨時接種の実施に関する法制面が整った。そして、昭和二九年一月、厚生省公衆衛生局長は、「インフルエンザ防疫実施要領(衛発第四〇号)」を発し、予防接種を含むインフルエンザ防疫対策の実施を指示している。しかしながら、昭和二〇年代においては、インフルエンザワクチンの生産がようやく緒についたばかりであって、いまだ広く供給するまでに至っていなかったことなどの事情から、昭和三一年までの間に同法に基づく臨時予防接種が実際に実施されたことはなかった。そして、昭和三二年以降は、勧奨接種が広く実施されたことから、改正前の法に基づくインフルエンザ臨時接種は、昭和五一年の法改正まで、現実には殆ど実施されることはなかった。
② 勧奨接種―昭和三二年から昭和五一年まで
法による定期又は臨時の予防接種とは別に、特定疾患の感受性対策として、特定の年齢群、集団などに対し、国(厚生大臣)による通達・通知等による行政指導によって予防接種の勧奨が行われることがあり、このうち実施主体である市町村、都道府県に対して、国から一定の国庫補助又は財源措置がされる場合を特別対策と称している。
昭和三二年から、インフルエンザ防疫対策として勧奨接種が学童、病弱者、幼児等を対象として実施され、特に昭和三七年からは、右と並んで学童を対象として特別対策が実施された。しかし、昭和五一年法律第六九号による改正後の法により、疾病のまん延予防上必要なときは、一般的な臨時接種を行うことが可能となったので(六条)、インフルエンザ予防接種はこれによることとされ、従来の勧奨接種は行わないこととされた。
すなわち、厚生省は、昭和三二年のアジアかぜの猛威を契機に、伝染病予防調査会の答申に基づき、同年九月四日付け衛発第七六八号各都道府県知事及び指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」を発出し、右通知に示された「インフルエンザ防疫実施要領」に基づき、インフルエンザ防疫対策(以下「一般防疫対策」という。)の実施を指導した。右一般防疫対策においては、予防接種の実施に関し、①接種対象につき、「小中学生等流行拡大の媒介者となる者に対しては、あらかじめ流行前に予防接種を実施すること、また、乳幼児、妊産婦、病弱者、老人及び重要職種の勤労者等に対しても、予防接種の免疫学的特性にかんがみ、できる限り、流行前に接種を受けるよう指導すること」とし、実施方式については、「予防接種はできる限り勧奨によって実施することが望ましいが、防疫対策上特に予防接種法六条の規定に基づく臨時予防接種を実施する必要が生じた場合は、あらかじめ厚生省と協議する」旨、地方公共団体に対して行政指導がされた。
右通知を受けて、各地方公共団体において、住民に対し勧奨によるインフルエンザ予防接種が開始され、昭和五一年まで継続された。ただし、後記のとおり、昭和三七年以降は、学童は特別対策による勧奨接種の対象とされ、また、昭和四六年以降、二歳以下の乳幼児については、接種を勧奨しないこととされた。右接種対象者の選定は、前記の防疫的立場、医学的立場、保安的立場に立脚してされたものである。
その後、昭和三七年春にアジアかぜの大流行が起こり、深刻な事態に立ち至ったことから、伝染病予防調査会の意見等に基づき、インフルエンザ流行の拡大を阻止するため、流行増幅の場となる集団生活者、特に学童等に対する予防対策の充実強化を図ることとし、そのためのインフルエンザ特別対策を策定して、「昭和三七年度下半期におけるインフルエンザ予防特別対策について(昭和三七年一〇月二〇日付け衛発第九二七号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」により、都道府県を行政指導し、右特別対策の実施を図った。右特別対策は、前記一般防疫対策のほかに、特に集団生活のため流行増幅の場となりやすい学校等の児童に対し、勧奨によりインフルエンザ予防接種を行うことを内容とするもので、前記通知に添えられた特別対策実施要領によれば、その対象者は、人口密度の高い地域を中心とした小・中学校、幼稚園、保育所の児童らであり、実施主体は市町村で、費用は実費徴収を原則とするが、保護者が生活保護法による被保護者又はこれに準ずる者である場合は公費負担とし、国、都道府県、市町村がそれぞれ三分の一を負担するものとされている。
以来、インフルエンザ予防特別対策としてのインフルエンザ予防接種は、毎年同趣旨の通知によって厚生大臣の行政指導による勧奨接種として市町村により実施され、効果を上げてきたが、昭和五一年の法改正により、勧奨による接種という方法は採られなくなった。
なお、厚生省は、インフルエンザ予防特別対策に併せ、毎年、前記「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」によるインフルエンザ防疫実施要領に基づき、インフルエンザ一般防疫対策の一環として、特別対策の対象者以外の者に対するインフルエンザワクチンの勧奨接種の実施方を行政指導した(なお、右インフルエンザ防疫実施要領は、昭和四三年に廃止され、更に、右通知も昭和四八年に廃止された。)。したがって、昭和三七年以降昭和五一年までの間は、インフルエンザ予防接種は、特別対策による勧奨接種(対象者・学童)と、一般防疫対策による勧奨接種(対象者・一般住民)とが並行して実施されていた。
このように、インフルエンザが、法上は臨時接種の対象疾病とされているにもかかわらず、現実には、国の行政指導による勧奨接種として実施されてきたのは、旧法による臨時の予防接種は、一般に流行が起こると察せられる時に、最初の流行集団から流行が拡大しないように予防接種を実施するものとしていたが、インフルエンザの流行の拡大は極めて急速で、右のような臨時の予防接種によっては必ずしも十分な流行防止の効果を期待できなかったためである。
③ 乳幼児に対する勧奨接種
乳幼児は、妊産婦、病弱者、老人等と並んでハイリスクグループとして勧奨接種の対象とされてきたが、昭和四〇年ころから、インフルエンザの副反応特に乳幼児における副反応について関心が高まったことから、厚生省は、昭和四〇年一二月及び昭和四二年一二月にそれぞれ公衆衛生局長通知を発し、乳幼児に対するインフルエンザ勧奨接種について慎重な取扱いをするよう指導した。さらに、昭和四六年九月、「インフルエンザ予防接種特別対策実施上の注意について(衛防第二〇号各都道府県衛生主管部(局)長あて、厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」を発し、二歳以下の乳幼児については、インフルエンザの流行が予測され、感染による危険が極めて大きいと予測される十分な理由がある等特別な場合を除いては、勧奨を行わないよう指導した。
④ 新法による臨時接種―昭和五二年以降
昭和五一年六月の法改正により、インフルエンザは同法上の「一般の臨時の予防接種」(新法六条)の対象疾病として位置付けられ、それまで行われてきた勧奨接種に代わり、法に基づく予防接種として実施されることとなり、今日に至っている。
⑤ 「インフルエンザ流行防止に関する研究班」報告以後
その後厚生省は、昭和六一年に、改めてインフルエンザ予防接種の在り方を再検討することとし、専門家が集まって「インフルエンザ流行防止に関する研究班」を組織して研究をした。その研究報告は、「ここ一〇年程のインフルエンザの流行は規模が小さく、その症状も軽いものである。今後もこの程度の流行で済むと仮定すれば、重症化の危険の少ない学童に画一的に接種を行う必要性は低いのではないかと考えられる。しかし、かってのアジアかぜのような病原性の強いウイルスによる大規模な流行が起こる可能性についても否定できず、社会不安を招かぬようにインフルエンザ対策に慎重な配慮が必要である。」としていた。
右研究報告を踏まえ、厚生省は、公衆衛生審議会伝染病予防部会の意見を徴した上、昭和六二年八月六日、「当面のインフルエンザ予防接種の取扱いについて」(健医発第九二四号各都道府県知事あて厚生省保健医療局長通知)を発出し、「当面のインフルエンザ予防接種については、従来どおり予防接種法の規定に基づく予防接種として実施する」が、その実施に当たっては、①インフルエンザ予防接種に関する説明書を配布し、その意義・効果や副作用等について、被接種者や保護者の十分な理解を得るよう努めること、②問診を従来以上に行うこと、③被接種者の健康状態に着目した被接種者、保護者の意向を記入する欄を問診票に設けるなどの方法により、その意向にも十分配慮すること、を指示した。
インフルエンザ予防接種は、かっては、社会全体のために集団の免疫力を一定水準に維持していこうという社会防衛の考え方に立脚していたが、近年は、健康に対する国民意識の変化に対応して、国民個人のために個人に免疫力を付与しようという個人防衛の積み重ねであるという考え方に変わってきており、右の改革もそのような流れに合致するものである。
イ 学童接種の相当性
我が国では、主として「防疫上の見地」から流行増幅の場となる小・中学校の学童等を接種対象とする方式に主眼をおいてインフルエンザ予防接種を実施してきた。
この学童接種方式は、学童自身の罹患を予防する個人防衛と同時に、集団の免疫保有率を高め、もってインフルエンザの流行を防止する社会防衛の達成を目指すものであり、インフルエンザ予防において必要かつ有効な方策である。
このような方策が我が国において採られたのは、以下の理由による。
すなわち、インフルエンザの流行は、一般の地域住民の流行に先行してまず集団生活をしている保育所、幼稚園などの児童、生徒を中心に発生する。右流行は、右段階で増幅され、感染を受けた児童、生徒がウイルスを家庭内に持ちかえり、家族と接触することによりウイルスの家庭内伝播を引き起こし、その結果、地域社会に流行が拡大されていく。しかも、統計的にみて、幼稚園や小中学校の児童、生徒層のインフルエンザ罹患率は最も高い。そこで、伝染病予防理論上、この最も罹患率が高く、それ故、増幅作用の著しく高い児童、生徒集団に対し重点的に高い率でワクチン接種を実施し、児童、生徒の免疫保有率を高めることにより、右集団内での流行を防止し、もって社会全体への流行に歯止めをかける効果が期待できることになるからである。
なお、インフルエンザワクチンは、最近においてこそ、集団免疫効果、特に地域社会レベルでの流行防止効果を確実に判断できるまでの十分なデータが存在しないとされるに至っているが、被控訴人らに対する本件インフルエンザワクチンの勧奨接種が実施された昭和三九年ないし昭和四四年当時はもとより、昭和五二年以降においても、内外の専門家の間では、インフルエンザの伝播の主要な場である学校の児童、生徒に選択的にインフルエンザワクチンを接種し、免疫を付与することにより社会全体のインフルエンザの流行を防止することが十分期待できると考えられていた。
なおまた、諸外国で我が国のような学童接種方式が採用されなかったのは、義務教育による就学率自体が我が国と様相を異にする国が多い上、経済事情や医療事情、国家全体における政府の指導力の差、これに伴う公衆衛生行政組織の充実の度合、国民の意識の違い等の理由によるものであって、学童接種方式にインフルエンザの予防効果がないことを理由とするものではない。
(3) 乳幼児接種の実施に過失がないことについて
ア 乳幼児に対するインフルエンザ予防接種は、罹患した場合に死亡する危険性の高い乳幼児に対してワクチンを接種し、当該乳幼児のインフルエンザ感染を防止しようとするいわゆる個人防衛を目的として、昭和三二年から開始された。
昭和三二年から三三年のアジアかぜの大流行に際しては、老人と並んで乳幼児の被害が特に顕著であったのであり、WHOにおいても、乳幼児は、高齢者とともにハイリスクグループとしてワクチンの優先対象者とされていた。このように、インフルエンザが乳幼児にとって危険性が高い疾病であることにかんがみ、厚生大臣は、伝染病調査会の答申を得て、病弱者、老人、妊産婦などとともに乳幼児は、主として個人防衛の見地からインフルエンザワクチンの接種を受けるのが相当であるとして、乳幼児の保護者に対し勧奨して、希望者に接種するよう市町村等を行政指導したものである。
したがって、乳幼児に対するインフルエンザワクチンの勧奨接種の実施に関する厚生大臣の行政指導は、接種対象(乳幼児)及び接種方式(勧奨による希望者に対する接種)のいずれの点においても相当なもので、右政策決定に違法な点はなく、被控訴人ら主張の過失は存しない。
イ このように、乳幼児に対するインフルエンザワクチンの勧奨接種は、インフルエンザによる死亡率の高い乳幼児につきインフルエンザの罹患防止あるいは重症化防止に大きな役割を果たしてきたが、昭和四〇年ころからインフルエンザ予防接種後の死亡例の発生を契機として、インフルエンザワクチン接種による副反応に対する関心が高まるとともに、二歳以下の乳幼児につきワクチン接種の是非が問題とされるようになった。
厚生省としても、昭和四〇年、昭和四一年、昭和四二年と相次いでインフルエンザワクチン接種後の死亡例の報告がされたことから、昭和四二年一二月四日「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて(衛発第八七六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発し、①一般家庭における乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少なく、また成人に比して二歳以下の乳幼児は副反応の頻度が高いので、慎重な予診、問診等を実施し、対象の選択に留意すること、②一般家庭における二歳以下の乳幼児への集団接種は好ましくなく、乳幼児を持つ保護者等の予防接種の励行を図ること、③集団生活を営む保育所等の二歳以下の乳幼児については、従来どおり特別対策を実施し、実施に当たっては体温測定を全員に行うなど慎重に行うこと、等の行政指導をした。
右行政指導により、一般家庭における二歳以下の乳幼児に対する集団接種の方式による勧奨接種は行われなくなったが、保育所等で集団生活を営む二歳以下の乳幼児についてはインフルエンザ予防特別対策による勧奨接種(集団接種方式)がなお継続された。これは、昭和四二年当時においても、インフルエンザは年間小児の一〇ないし二〇パーセントが経験する重要なウイルス病因であるから、小児に対するインフルエンザワクチン接種推進の価値が大きいとするのが支配的見解であり、また、当時、インフルエンザによる乳幼児の死亡者が多かったこともあって、特に感染の危険性の高い保育所など集団生活を営む二歳以下の乳幼児については、インフルエンザ勧奨接種を廃止することができなかったものである。
その後、厚生省は、昭和四六年九月二九日「インフルエンザ予防特別対策実施上の注意について(衛発第二〇号各都道府県衛生主管部《局》長あて厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」を発して、市町村がインフルエンザ予防特別対策による勧奨接種を実施するに当たり、二歳以下の乳幼児については、成人に比して重篤な副反応の発生の頻度が高いこと、これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないことなどにかんがみ、インフルエンザの流行が予測され、感染による危険が極めて大きいと予測される十分な理由があるなど、特別の場合を除いては、接種の勧奨を行わないよう行政指導した。この行政指導により、保育所等集団生活者を対象とする特別対策上の勧奨接種も、二歳以下の乳幼児に対しては、原則として実施しないものとされた。
このような乳幼児に対するインフルエンザワクチン接種の取扱いは、いずれも厚生省において、乳幼児におけるインフルエンザ感染の状況、感染した場合の危険性とインフルエンザワクチンの副反応の危険性とを各時期における高度の医学専門的な知見と情報に基づき、総合的に考慮した結果、決定した行政指導によるものであり、昭和四六年に二歳以下の乳幼児につき原則としてインフルエンザワクチン接種の勧奨を行わないこととした厚生省の取扱いは相当であったことは明らかである。
被控訴人らは、家庭内に保護されている二歳以下の乳幼児はインフルエンザ感染の機会が少ないこと、乳幼児接種の危険が高いことは昭和四二年に至って初めて判明したことではないと主張し、厚生省の行政指導を非難するが、右は、学校等において感染した兄弟等からの乳幼児の家庭内感染が出生率の大幅な低下や核家族化による一家庭内の小児の数の減少によって減少したこと、乳幼児のインフルエンザ罹患による死亡ないし肺炎等重篤な合併症の発症が抗生物質による化学療法の普及、乳幼児の栄養状態の改善、医療施設の充実、国民の医学知識及び衛生思想の向上等により減少を見たことなど、乳幼児におけるインフルエンザ及びその危険性を巡る諸状況の変化を無視した議論である。
(4) 結論
以上のとおりであるから、本件インフルエンザ予防接種を実施した各市区町村に対し行政指導した控訴人国のインフルエンザ予防接種政策は、合理的な根拠に基づく相当なものであって、何ら違法とされる余地はなく、もとより過失もないことは明らかである。
(六) 禁忌者に接種した過失について
(1) 集団予防接種体制について―禁忌との関連において
被控訴人らは、予防接種を担当する医師の資格が限定されていないため、眼科医、耳鼻咽喉科医等の非専門医には、被接種者の健康状態を適切に判断する能力に欠けていることが多いと主張する。確かに、接種医に内科医又は小児科医を充て、かつ、接種チームに医師二名以上を配し、予診担当医と接種担当医を区分するのがより望ましいことはいうまでもないが、医師の偏在等の事情にかんがみれば、各地域の実情を無視し、全国一律にこれを要求することは、予防接種自体の実施を不可能ならしめるものといわなければならない。内科医及び小児科医以外の医師をもって接種担当医とした例があったとしても、それはたまたま緊急の介護を要する患者の発生や地域の医療事情等からやむを得ずとられた例外的なものである。
また、たとえ接種担当医が内科又は小児科以外の医師であった場合の接種といえども、それらは、内科・小児科を含む医学のすべての科目に関する専門教育を受けた上、国家試験に合格して医師資格が与えられている医学専門家によって接種が実施された点に変わりはないのであり、決してそれらが予防接種担当医としての適格性を欠いた者によって実施されたわけではないのである。
また、被控訴人らの右主張は、本件被害児のうちどの被害児が被控訴人らのいうところの非専門医に予防接種を受けたのかという因果関係について何ら具体的に特定していないのであるから、仮に被控訴人らの主張するところを前提とするとしても、主張自体失当である。
次に、予防接種の場所や接種担当者等集団接種の場における物的・人的設備についても、昭和三四年一月二一日衛発第三二号厚生省公衆衛生局長通知による「予防接種実施要領」において、必要な事項を定めていた。このうち、人的設備については、右要領の第一の六及び七において、「予防接種実施計画の作成に当たっては、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて、医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」とし、また、「接種を行う者は、医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師一人を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれ処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと」との定めが置かれていた。
また、接種担当者に対する指導監督等については、右要領第一の七及び九において、「市町村長等の予防接種の実施者は、予防接種の実施に当たってあらかじめ予防接種に従事する者、特に医師に対して実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること」、「接種前には必ず予診を行うこと。予診はまず問診及び視診を行い、その結果異常が認められ、かつ禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、あらかじめ、市町村長等の実施者において、一般的な処理方針を決めておくこと。」、「禁忌については予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。」、「多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり、禁忌の発見を容易ならしめること。」との定めが置かれていた。なお、昭和五一年の法改正にともなって新たに制定された昭和五一年九月一四日衛発第七二六号厚生省公衆衛生局長通知による「予防接種実施要領」にもほぼ同様の定めが置かれている。
このように、厚生大臣は、右予防接種実施要領の規定に則って予防接種における物的・人的設備を整備するよう指示してきた。市町村長等の実施主体は、医師の地域的偏在や公共施設の整備の度合等によって地域により多少の差異はあっても、右指示に基づき予防接種を実施してきたのであり、我が国の集団接種方式を基本とする予防接種体制は、被接種者の安全を殆ど顧慮していないという被控訴人らの主張は理由がない。
また、被控訴人らは、右実施要領のような一時間当たりの接種人員数の定め方では予診に十分な時間がとれないと主張する。しかしながら、右数字は伝染病予防調査会において妥当な数字として是認されたものであるし、また、接種に当たっての予診は、予防接種実施規則四条によると、「問診、視診、聴打診等の方法によって健康状態を調べ」と規定されていた(なお、昭和五一年九月一四日厚生省令第四三号により、同条は、「問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ」と改正された。)が、これは予診の方法を例示したものにすぎず、そのすべてを行うべきことを規定したものではないのである。本来、予診をいかなる程度まで行うべきかは、専ら医学的見地からこれを合理的に判断すべきものであって、医学的見地からは、予防接種の必要性、集団接種における時間的制約等を考慮すれば、予診はまず問診、視診を行い、その結果異常が認められる場合には、体温測定、聴打診等を行えば足りると考えられるものである。また、集団接種においては、通常、医師を中心としてこれに看護婦、保健婦、養護教諭等の補助者を配した班を構成し、班単位で予防接種の実施に当たるのであるから、予診及び接種は医師自らが担当すべきであることはもちろんであるが、医師の接種の適否を決定する前段階としては右補助者も問診に当たるなどして班が一体となって円滑な実施を行うことが予定されているのであり、更に迅速かつ効果的な予診の実施に資するため問診票の活用が指示されているのである。
したがって、集団接種方式は、十分安全かつ合理的な方式であり、右方式の採用に関して、厚生大臣には何らの指導、監督上の過失はなかったといわなければならない。
(2) 禁忌事項設定に不明確及び過誤のないこと
ア 禁忌設定に当たっての基本的方針
予防接種は時に副反応を伴い、まれには重篤な症状を呈することがあるが、これらの副反応の中には、現在の医学水準をもってしても、接種との因果関係すら不明のものや、発症の機序が十分解明されていないものが数多く存在する。しかし、予防接種後に時として重篤な副反応が発生することがある以上、できる限り、このような副反応の発生を防止するという観点からは、副反応・合併症につき因果関係の明らかなものはもちろんのこと、因果関係は不明であっても、重篤な副反応・合併症発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的状態を禁忌として、予防接種の対象から除外するのは、医学上当然の措置である。そして、いかなる身体的状態を禁忌とするかは、各時代の医学的知見の進展に応じて決定されるべきものであるが、前述したように、副反応の発症機序が解明されていないため、いかなる身体的状態を禁忌とするかは、予防接種の歴史の中から経験の積み重ねによりある程度類型的に決定していくほかないものであるとともに、最終的には、接種の具体的場面において、実際に接種を担当する医師の個別具体的な判断に委ねられるべきものである。そして、接種の強制を予定する予防接種制度においては、法制度としてもこのような医学上の措置に法的根拠を与える必要があるので、厚生省は、各予防接種施行心得(厚生省告示)や予防接種実施規則(厚生省令)に予防接種の禁忌を規定してきた。
イ 禁忌事項設定の経緯と趣旨
我が国における禁忌事項設定の経緯を概観すると、以下のとおりである。
① 昭和二三年六月当時、種痘に関し「種痘施術心得」(明治四二年一二月二一日内務省告示第一七九号)が施行されていた。その一一条においては、「施術者ハ受痘者ノ健康状状態ニ注意シ左ノ各号ニ該当スル者ニハ成ルヘク種痘ヲ猶予スヘシ但シ第四号ヲ除ク外痘瘡流行ノ場合は此ノ限ニ在ラス」と規定し、次の一ないし四が禁忌事項とされていた。
ⅰ 出生後九〇日未満の者
ⅱ 著しく栄養障害に陥れる者
ⅲ まん延性皮膚病に罹る者
ⅳ 熱性病又は重症疾病に罹る者
② 昭和二三年一一月一一日、予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)が制定され、右告示によって前記「種痘施術心得」が廃止されるとともに、「種痘施行心得」、「ジフテリア予防接種施行心得」、「腸チフス、パラチフス予防接種施行心得」、「発しんチフス予防接種施行心得」及び「コレラ予防接種施行心得」が定められた。
このうち、種痘施行心得では、禁忌について「左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。ただし、痘そう感染のおそれが大きいと思われるときにはこの限りでない。(一) 著しく栄養障害に陥っている者、(二) まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害を来すおそれのある者、(三) 重症患者又は熱性病患者」と定めていた。
また、腸チフス、パラチフス予防接種施行心得は、「有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内蔵に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑いがある者、妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)等に対しては接種を行ってはならない。」との規定が置かれていた。
③ 昭和二五年二月一五日、「百日咳予防接種施行心得(厚生省告示第三八号)が制定されたが、そこには、「高度の先天性心臓疾患患者等接種によって症状の憎悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」との定めが置かれた。
④ 昭和二八年五月九日、「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第一六五号)が制定され、その中に、「左の各号の一に該当する者に対しては、接種を行ってはならない。(一) 鶏卵に対し特異体質を有するもの(鶏卵を食べると、発熱、発疹、喘息、下り、嘔吐等を来す者)、(二) 熱性病患者、心臓、血管系、腎臓その他内臓に異常のある者、糖尿病患者、脚気患者、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑いのある者、妊産婦(妊娠第六月までの妊婦を除く。)その他の者であって、医師が接種を不適当と認める者。」との規定が置かれた。
⑤ 昭和三三年九月一七日、前記各施行心得を統合改善した「予防接種実施規則」(厚生省令第二七号。以下「旧実施規則」という。)が制定・施行された。右規則四条においては、以下のように定められた。
「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。
一 有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者
二 病後衰弱者又は著しい栄養障害者
三 アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者
四 妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)
五 種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」
⑥ 右規則は、昭和五一年の法改正に伴い、同年九月一四日改正され、四条は以下のように改められた。
「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。
1 発熱している者又は著しい栄養障害者
2 心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの
3 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者
4 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者
5 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者
6 妊娠していることが明らかな者
7 痘そうの予防接種については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚炎にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者
8 急性灰白髄炎の予防接種については、第1号から第6号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘、若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者
9 前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者」
以上のような経過をたどり、厚生大臣は、医学水準及び禁忌設定の必要性等に照らして禁忌事項を設定・改定して今日に至ったのである。
これらの禁忌事項は、専ら医学的見地から決定されたものであるが、医学的知見によれば、予防接種の副反応は発症の頻度、態様、及び症状の程度において一様でなく、また、一応禁忌と考えられるものでも、特別な注意を払えば接種が可能なものもあるので、あらゆる注意事項を禁忌として一律に定めることやすべての予防接種に共通する禁忌項目を選択することは不可能であるし、実際的でもない。そこで、禁忌の規定においては、基本的禁忌事項を定めるにとどめ、禁忌に該当するか否かを決定するには当該接種を担当する医師の判断を優先させようとの考え方に基づいて定めてきた。
ウ 禁忌事項設定の十分性と具体性
被控訴人らは、昭和三三年以前における禁忌事項の設定は不十分であり、また、国の禁忌事項の設定の仕方は、集団予防接種体制の下では極めて不十分なものであり、より具体的禁忌事項を定めるべきであったと主張するが、昭和三三年の旧実施規則制定以前における禁忌事項の設定に特段批判されるべき点はなく、各予防接種施行心得に定める禁忌事項と旧実施規則に定める禁忌事項を対比するとき、右各心得において定められた禁忌事項には各個別の予防接種における特殊性をみることができるものの、その内容自体においては、旧実施規則に定められた禁忌事項と概ね同様であるということができ、また、一般的禁忌事項を定めるについての前記のような困難性を考慮すれば、被控訴人らの主張は失当である。
また、被控訴人らが設定すべきであったと主張する具体的禁忌事項を検討するに、「未熟児で生まれた者、出生時に異常のあった者」という事項については、このような者であっても、その後の発育が順調で接種時に健康であれば、予防接種をすることに何ら問題はなく、また、WHOの勧告に基づき、出生体重二五〇〇グラム以下のものを未熟児と呼んでいるところであり、新生児の体重は、成熟度を判定する上の尺度として有力な方法ではあるが、他に形態学的判定法や神経学生理学的判定法も有力な方法であって、体重だけで成熟度を決めるわけにはいかないとされていることからしても、右事由のみをもって予防接種を拒否することは許されない。また、満期前に生まれた乳児(ADF)が、通常児に比して身体全体に弱点を有していて、発育が順調でなければ、ワクチンに対する抵抗力が十分でなく過剰反応のおそれがある場合もあるが、その場合には、「病後衰弱者若しくは著しい栄養障害者」(旧実施規則四条二号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等の禁忌に該当することとなる。したがって、右事項を禁忌事項としなければならないとはいえない。
「発育不良あるいは発育の遅れている乳幼児」の項目についても、このような者であっても、先天的に免疫欠損症や中枢神経の障害がある等重大な疾病に罹患しておらず、体力的にも著しい栄養障害がない場合は、禁忌でない。また、右各障害の可能性がある場合は、「けいれん性体質の者」(三号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等の禁忌に該当することになるから、右事項を禁忌としなければならないとはいえない。
「虚弱体質の子」という事項については、虚弱体質で慢性的に不健康な状態にある乳幼児には、免疫欠損症等何らかの重大な病気が隠れていることがあるが、その場合には、「著しい栄養障害者」(二号)又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等の禁忌に該当するかどうかを接種担当医の判断に委ね、もしこれに該当する場合には、禁忌として排除されることになるから、右事項を禁忌事項としなければならないとはいえない。
「かぜにかかっている子」という事項については、かぜをひいている者でも、普通感冒のような発熱を伴わない軽症の感染症や治りかけの時期に入っていて、「少しせきが残っている」、「まだ、鼻水が少し出る」という程度の場合は、予防接種を実施しても重篤な副反応を起こすとは考えられず、あまり心配はない。かぜが免疫産生能力低下をもたらすとは考えられない。したがって、「有熱患者」(一号)に該当すれば禁忌であるとされている現行規定で十分であり、それ以外のかぜをひいている者で予防接種をすべきかどうかの判断は、接種担当医の判断に委ねるのが相当である。
「下痢をしている子」という事項については、ポリオでは下痢が禁忌とされている(四条八号)が、それは、下痢を起こしているウイルスによってポリオ生ワクチンウイルスが干渉を受けて増殖ができず、ポリオ生ワクチンが効かないという事態が生ずることを避けるためであり、ワクチンによる副反応の発生を避けるためではない。したがって、右禁忌事項は、他のワクチン接種に適用する必要がない。もっとも、下痢をしている者で、「有熱患者」又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)等に該当すれば、禁忌であるとされるのであるから、その判断を接種担当医の判断に委ねることで十分である。
「病気あがりの子」という事項は、病気あがりの子の中で「病後衰弱者」(二号)は、免疫産生が低下していることが多いため、禁忌ということはできるが、「病気あがりの子」であっても、病後衰弱といえない程度であれば、予防接種をすることに差し支えはない。したがって、「病気あがりの子」を一律に禁忌としなければならないとはいえない。また、病後衰弱者といえない程度の病気あがりの子についても、「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」(一号)を禁忌事項としているから、その該当性の判断を医師に委ねることで十分であるというべきである。
「今までの予防接種で異常な反応を示したり、その兄弟姉妹が予防接種で特に具合が悪くなった前歴を有する子」という事項についても、従前の予防接種において異常反応を示した場合でも、その内容及び程度等は様々であり、かつまた、兄弟姉妹といっても、成長後はその個体差も大きいのであって、これを一律に禁忌とすべきであるとはいえない。このような場合は、その異常の程度、内容等から判断して、「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」に当たるかどうか接種担当医の判断に委ねるのが相当である。
「アレルギー体質の子供並びに両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる子供」という事項については、アレルギー性疾患に具体的にいかなるものがあるかは接種に当たる専門家としての医師の一般的知見に属するものであるとともに、アレルギー体質の者を予防接種の禁忌とする場合には、その当然の帰結として、アレルギー体質の者に該当するかどうかは、接種するワクチンに含まれる成分に対してアレルギー体質であるか否かにより決めるべき事柄であるから、何らかのアレルギー性疾患の既往がある小児がすべて禁忌となるものではなく、疾病によってはそのような小児こそ予防接種が必要で、かつ、接種が可能な場合もある。このような点を考慮すると、「両親や兄弟にアレルギー疾患のある幼児」については、両親又は兄弟のアレルギー体質の性格、程度等を判断し、当該乳幼児が予防接種を受けることが相当でないかどうかを接種担当医の判断に委ねるのが相当である。
「ポリオ生ワクチンについては、外傷や末端の神経細胞が破壊されていること」という事項については、末端の神経細胞が破壊されるほどの傷を体に受けていれば、当然「有熱患者」又は「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者」等に該当することになり、その判断を接種担当医に委ねることで十分である。
「ポリオ生ワクチン投与後二週間以内の外科手術」という事項については、外科手術は緊急性を有するものが多いのであって、これを一律に絶対してはならないという禁忌の設定は不合理であり、また、手術担当医は執刀に際して、感染性疾患については、細心の注意を払うのが医学上の常識であるから、禁忌として設定する必要性、合理性はない。
以上のように、被控訴人ら主張のような禁忌事項を設定しなければ、禁忌事項の設定としては不十分であるなどとは到底いうことができず、かえって、被控訴人ら主張のような禁忌事項を設定することは、それにより、真に予防接種を受ける必要のある者まで排除されることになって、失当であり、控訴人が定めた禁忌事項に過誤あるいは不明確なところはないというべきである。
なお、副反応の医学的機序が解明されていない現状においては、禁忌の定め方についても様々な考え方があり得るところであるが、そのうちどれかが正しく、それと異なるものは誤りであるとする医学的根拠も容易に見い出し難いものである。したがって、一つの見解に立って、控訴人のした禁忌事項の設定が違法であるとか、過失があるとかたやすくいうことはできない。
(3) 禁忌該当の判断と予診体制
ア 予診体制の強化措置について
予診は、禁忌事項に該当するかどうかを判定し、禁忌該当者を原則として接種対象から除外することを目的とするものである。控訴人としても、この予診の重要性については十分な認識をもって、従来から体制の充実、強化に務めてきた。
すなわち、
① 昭和二三年一一月一一日、種痘、ジフテリア、腸チフス・パラチフス、発疹チフス及びコレラにつき、それぞれ予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)を定め、その中で、予診の必要性について、「施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない」と定めた。
② 昭和二五年二月一五日、「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第三八号)においても、同様の規定を置いた。
③ 昭和二八年二月二四日「予防接種事故防止の徹底について」(衛発第一一九号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)をもって、「接種に従事する班の長は、……該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておくこと」を指示した。
④ 昭和三〇年六月一〇日「予防接種の普及及び事故防止について」(衛発第三五八号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)をもって、「予防接種法による予防接種の実施は、当然予防接種施行心得によって行われるべきであるが、そのうち特に予診及び禁忌の項については厳重な注意を払うこと」を指示した。
⑤ 従来の施行心得を統合した昭和三三年の旧実施規則の四条において、「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」ことを明らかにした。
⑥ 昭和三四年一月二一日「予防接種の実施方法について」(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)をもって、予防接種の実施に当たっては、同通知で定めた「予防接種実施要領(以下「旧実施要領」という。)に従って接種するよう指示した。
⑦ 旧実施要領においては、以下のように予防接種の実施方法、予診及び禁忌について詳細に定めた。
ⅰ 実施計画の作成
予防接種実施計画の作成に当たっては、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われ得るような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて、医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。
ⅱ 予防接種の実施に従事する者
接種を行う者は医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師一人を中心として、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。
都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たっては、あらかじめ、予防接種の実施に従事する者特に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること。
ⅲ 予診及び禁忌
接種前には必ず予診を行うこと。
予診は、まず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行うこと。
予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること。
予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師のみに委ねないで、あらかじめ都道府県知事又は市長村長において一般的な処理方針を定めておくこと。
禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること(例えば、インフルエンザ、発疹チフス等の予防接種については鶏卵に対するアレルギーに特別の注意を払う必要があること)。
多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり、禁忌の発見を容易ならしめること。
ⅳ 事故発生時の措置
予防接種を行う前には、当該予防接種の副反応について周知徹底を図り、被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること。
予防接種を行う場所には、救急の措置に必要な設備、備品等を用意しておくこと。
⑧ 昭和三六年五月二二日「予防接種実施要領の一部改正について」(衛発第四四四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)を発して、予診に当たり被接種者の健康状態等の把握の資料とするため、保護者に対し、予防接種の際に母子手帳を持参するよう指導することを指示した。
⑨ 昭和四五年六月一八日「種痘の実施について」(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)、同年六月二九日「種痘の実施について」(衛発第四六一号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)及び同年八月五日「種痘の実施について」(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)の各通知を発して、予診の実施に当たっての留意事項、質問票等の利用、禁忌事項、種痘実施に当たっての留意事項、被接種者及び保護者に対する注意事項の周知徹底等を指示した。
⑩ 昭和四五年一一月三〇日「予防接種問診票の活用について」(衛発第八五〇号各各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長同児童家庭局長通知)を発して、予診の充実を図るため問診票の活用等に関して次のとおり指示した。
ⅰ 問診票の活用について
所定の様式の問診票を予防接種実施に当たってあらかじめ配布しておき、各項目について記載の上、これを接種の際必ず持参させること。
ⅱ 健康審査の活用等について
予防接種を実施するに当たって、予診により被接種者の現症を把握することはもちろんであるが、被接種者の既往症、先天性潜在疾患等についても把握することが必要であるので、事前に健康診断等が励行されていることが望まれる。このような趣旨に沿って、今後はできるだけこれらの健康診断等の推進を図ることとされたい。
このため、母子健康法に基づく乳幼児健康審査、三歳児健康審査等の結果について、十分その活用を図るとともに、この面からもこれら健康審査の受診促進を図るようあわせて配意されたい。母子健康手帳は、予防接種欄によって、従来より予防接種にも活用が図られてきたが、予防接種の際、その者の健康状態を把握する資料として活用する見地から、当面(中略)「予防接種参照カード」を問診票とあわせて作成し、母子健康手帳の予備欄に貼付する等の方法により、一層有効な活用を図られるよう配意されたい。
予防接種の実施に当たっては、保護者の十分な理解と協力を得ることが望まれるので、母親学級等を通じ、問診票の趣旨、内容を徹底する等、予防接種に関する知識の普及を図ることはもちろん、予防接種の実施に当たっては、医師の行う健康状態の把握のみならず、母親による平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう配意されたい。
⑪ 昭和五一年の法改正に伴って改正された予防接種実施規則四条において、「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対し予防接種を行ってはならない」ことを明らかにした。
⑫ 右実施規則の改正を受け、昭和五一年九月一四日「予防接種の実施について」(衛発第七二六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)を発して旧実施要領を廃し、新たな予防接種実施要領を制定した。そこでは、予診及び禁忌につき、以下のように定めた。
ⅰ 接種前には必ず予診を行うものとし、問診については、あらかじめ問診票を配布し、各項目について記載の上、これを接種の際持参するよう指導すること。
ⅱ 体温はできるだけ自宅において測定し、問診票に記載するよう指導すること。
ⅲ 予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は接種を行わず、必要がある場合は精密検査を受けるよう指示すること。
ⅳ 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。例えば、インフルエンザHAワクチンについては、鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し、また、百日せきワクチンを含むワクチンについては、けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。
ⅴ 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物を配布して、接種対象者から健康状態、既往症等の申出をさせる等の措置をとり、禁忌の発見を容易にすること。
以上のような措置を講じ、予診の励行を指示してきた。そして、接種現場では、これらの諸通知を踏まえ、都道府県知事・保健所長の指導の下に、禁忌発見のための予診が行われてきたのである。
イ 医師に対する副反応の周知等
厚生大臣等は、前記のとおり、予防接種の実施方法、予診及び禁忌、副反応及びそれに対する対応等に関する諸措置を定め、実施主体たる市長村長を指示して接種を担当する各地域の医師に対し周知せしめる一方、日本医師会長に対して周知徹底につき協力を依頼する旨通知を発し、同会を通じて、あるいは関係法令通知等の改廃、接種上の注意事項、副反応等を医学関係雑誌に掲載するなどして、全国の医師一般に対し、周知を図ってきた。
さらに、副反応の発現状況、その症状、発症機序等を記載した「予防接種講本(昭和二四年発行・社団法人細菌製剤協会編)」、「防疫必携(昭和二八年ないし三四年発行・厚生省防疫課編)」、「防疫シリーズ(厚生省防疫課監修)」、「日本のワクチン(昭和四二年発行・国立予防衛生研究所学友会編)」、「予防接種便覧(昭和四六年発行・社団法人細菌製剤協会)」等多数の予防接種関係資料や指導書を厚生省自ら又は関係外郭団体等を通じ刊行し、また、昭和四五年以降は、厚生省から補助金を受け運営している財団法人予防接種リサーチセンター発行の「予防接種制度に関する文献集」においてほぼ毎年、症例研究を始め、予防接種の副反応の詳細な研究成果を公表し、さらに、予防接種副反応の治療に関しては、厚生省の研究補助により実施された種痘研究班による「種痘後にみられる副作用の治療に関する研究」(昭和四四年度から四六年度)、「種痘後副反応及び合併症の治療に関する研究」(昭和四七年度から四九年度)、予防接種副反応研究班による「予防接種副反応の予防及び治療に関する研究」(昭和四七年度から四九年度)などの各研究報告が前記「予防接種制度に関する文献集」に掲載され、広く医学界に紹介された。
以上のように、厚生大臣等は、予防接種の副反応、その症状、治療につき広く医師に対する啓発に意を尽くしていたのである。
ウ 被接種者・保護者に対する周知
次に、被接種者・保護者に対する周知の措置を挙げると、以下のとおりである。
① 昭和二三年の法制定に際しては、昭和二三年九月二四日「予防接種法施行に関する件(厚生省発予第七四号各都道府県知事あて厚生省事務次官通知)」を発して、講演、ラジオ、新聞、雑誌等あらゆる機会を利用して予防接種に関する衛生思想普及に務めるよう通知し、
② 昭和二三年一二月一〇日「予防接種法講演会開催並びに補助について(予発第一六九一号各都道府県知事あて厚生省予防局長通知)」を発して、保健所職員、市町村吏員及び一般医療関係者を対象に予防接種法令等について講習会を開催すること及び被接種者、保護者等に対し十分納得を得られるよう周知方を指示し、
③ 昭和三三年の旧実施規則の制定を受けて、昭和三四年一月二一日「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省衛生局長通達)」により定めた旧実施要領において、被接種者、保護者に対し、予防接種の副反応について周知徹底を図るとともに、副反応事故発生時の措置として、接種後異常な兆候があったときは、医師の診察を受け、その結果事故と認められたときには、当該予防接種の実施者に連絡するよう指示することを指示した。
④ 昭和四五年六月一八日「種痘の実施について(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発して、種痘による重篤な副反応の発生は、極めてまれであるが、軽度の発熱、発赤、発疹等は、従来からかなりの頻度においてみられるものであり、被接種者並びに保護者がいたずらに不安を起こさないよう、接種に当たってはよく周知させることが必要であること、種痘の実施後異常な兆候があった者は、速やかに医師の診療を受けるよう周知することを定め、種痘による副反応と副反応発生の場合の措置につき被接種者・保護者に対する周知徹底を指示し、
⑤ 昭和四五年八月五日「種痘の実施について(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」を発して、「種痘実施の手引き」を定め、前記③、④をもって指示した注意事項をとりまとめ、改めて被接種者・保護者等に対する周知徹底方を指示し、
⑥ 昭和四五年一一月三〇日「予防接種問診票の活用について(衛発第八五〇号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長・児童家庭局長通知)」を発し、予診の充実を図るため問診票の活用を指示するとともに、問診票には、質問事項のほか、接種の際、接種後の注意事項とともに、各予防接種ごとに副反応事故の存在、その症状(通常の反応、異常な反応)、異常な症状があった場合の対処等を「予防接種を受ける人並びに保護者の方々へ」と題して掲載して副反応についての周知を図るよう、書式を示して指示した。
このように、厚生大臣等は、各種通知等により実施主体である地方公共団体の長等に対し、副反応が起こることがあること、その症状及び異常な症状があった場合の対応等につき、被接種者・保護者に周知徹底するよう指示していたのである。
また、厚生大臣等は、禁忌等予防接種に対する注意事項や副反応について各種のパンフレットや一般向けの啓蒙書等(例えば、昭和三九年発行の厚生省公衆衛生局防疫課監修にかかる「防疫シリーズNo.4.痘そう」)を作成配布するなどして、被接種者・保護者等に対し周知を図ってきた。
以上のように、厚生大臣等は、被接種者及び保護者に対し、禁忌、接種の際及び接種後の注意事項、副反応の存在並びに異常な症状が発生した場合の対処方法等の周知徹底を図るために必要な措置を講じていたのである。
2 接種担当者の過失について
(被控訴人ら)
(一) 禁忌推定による過失責任
(1) 禁忌者の推定と立証責任
最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決は、「予防接種によって重篤な後遺障害が発生する原因としては、被接種者が禁忌者に該当していたこと又は被接種者が後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたことが考えられるが、禁忌者として掲げられた事由は、一般通常人がなり得る病的状態、比較的多く見られる疾患又はアレルギー体質等であり、ある個人が禁忌者に該当する可能性は右の個人的素因を有する可能性よりもはるかに大きいというべきであるから、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、当該被接種者が禁忌者に該当していたことによって右後遺障害が発生した高度の蓋然性があると考えられる。したがって、予防接種によって右後遺障害が発生した場合には、禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、被接種者が右個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたと推定するのが相当である。」と判示した。
右判決によれば、予防接種によって後遺障害が発生した場合には、特段の事情が認められない限り、被接種者が予防接種実施規則四条所定のいずれかの禁忌者に該当していたと推定されることになる。すなわち、被害者側は、予防接種によって後遺障害が発生したことを立証すれば、被接種者が禁忌であったことが推定される。これに対して、国家賠償責任を追及される控訴人国側は、この推定を覆すためには、禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見することができなかったこと、又は被接種者が個人的素因を有していたこと等の特段の事情を立証しなければならない。
また、右判決は、単に生存する被接種者だけでなく、予防接種によって重篤な副反応を生じ、死亡するに至った被接種者にも妥当するべきは当然である。さらに、右判決は、直接には、昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則四条所定の禁忌者について判示したものであるが、昭和四五年改正後の同規則四条所定の禁忌者及び予防接種実施規則が制定された昭和三三年以前の昭和二三年一一月一一日厚生省告示第九五号による種痘施行心得所定の禁忌者についても妥当することは、当然である。
(2) 過失の推定
前記最高裁判決が「特段の事情」の一つとして掲げる、「禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当する事実を発見できなかった場合」とは、接種に当たる公務員が十分な予診を行うことによって、禁忌の識別について注意義務を尽くしたこと、すなわち、公務員が無過失であったことを意味している。そして、被害者が禁忌と推定される場合に、その推定を覆すために、「注意義務を尽くしたこと」の立証責任を控訴人国等に課したことは、同時に「接種担当者の禁忌看過の過失」もまた、予防接種に起因して後遺障害が発生した事実によって推定され、控訴人国等が国家賠償責任を否定するためにこの推定を覆すには、「禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたが禁忌者に該当する事実を発見できなかったこと」、すなわち、接種を担当する公務員が無過失であったことの立証責任を負うとするのが、右判決の意図する論理であるといわなければならない。
けだし、予防接種は禁忌者に受けさせてはならないのであって、禁忌者に接種した以上、接種担当者が予診義務を尽くさなかったと推定されるのは、当然である。この点については、既に最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が、「適切な問診を尽くさなかったため、接種対象者の症状、疾病その他具体的条件及び体質的素因を認識することができず、禁忌すべき者の識別判断を誤って予防接種を実施した場合において、予防接種の異常な副反応により接種対象者が死亡又は罹病したときには、担当医師は接種に際し、右結果を予見し得たものであるのに過誤により予見しなかったものと推定するのが相当である。」と判示し、担当医師が予診義務を尽くさなかったときは、異常な副反応を予見できるのに過誤により予見しなかった過失が推定されるとしていたところである。
(3) 本件における禁忌看過の過失の主張
右考え方に基づき、接種担当者の禁忌看過の過失につき、以下のとおり主張する。
すなわち、被控訴人ら本件予防接種被害児のうち葛野あかね(七の一)、卜部広明(二六の一)及び野口恭子(六二の一)を除く五九名全員は、それぞれその主張の予防接種によって重篤な後遺障害を負ったか、重篤な副反応によって死亡したものであり、いずれも予防接種当時、予防接種実施規則所定の禁忌者であり、接種担当者に禁忌看過の過失があったものである(従来、接種担当者の禁忌看過の過失を主張していなかった阪口一美(四の一)、平野直子(二五の一)、小林正樹(二八の一)、室崎誠子(四四の一)、渡邊明人(五三の一)、古川博史(五六の一)、阿部佳訓(五七の一)、高橋純子(五八の一)、中井哲也(六一の一)の九名については主張を追加するものである。)。
なお、本件各被害児のうち、予防接種を受けるに際して、前記最高裁昭和五一年九月三〇日判決がいうような詳細な問診を受けたものは皆無である。そもそも、厚生省は、予防接種実施要領において、「医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること」と指導してきた。この数字を接種対象者一人当たりに割り当てられる接種時間に引きなおすと、種痘で四五秒、その余のワクチンで三六秒である。このようなわずかな時間で十分な予診を行い、そのうえ接種行為も完了させることは不可能である。
実際に、このような国の不適切な指導の下で、本件被害者の多くは、問診票の利用はもちろん、問診その他の予診も全くないまま、またその余の被害者も、問診票や問診はあっても、禁忌者を識別するに足りる問診とははるかにかけ離れた粗雑な予診をされただけで、本件予防接種を受け、それぞれその主張する被害を被ったのである。したがって、本件被害者の各接種に当たって、接種を担当する公務員が「禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くした」とは到底いえない。
なお、本件各被害児らが、本件予防接種を受けるに際して受けた予診の状況は、別紙の「接種及び予診の状況」記載のとおりである。
(二) 接種担当者に過失がなかったとの主張に対する反論
控訴人は、本件被害児のうち、四名の接種については、接種担当者には過失がなかったと主張する。
(1) 田渕豊英(三〇の一)
被害児の接種担当の医師がかかりつけの医師であったとしても、被害児の母親が提出した問診票には、接種の月である六月中に下痢・かぜに罹患した事実が記載されており、かつ、母親は、予防接種を少しぐらい熱があっても大丈夫という程度に考えている主婦であったのであるから、接種担当医師は、接種の危険を認識してない主婦にも理解できるように、慎重に、特に現在熱があるかどうかなどを問診すべきであり、更に、母親の予防接種の理解程度が右の述べた程度であったことに照らせば、少なくとも体温測定をする必要があり、更に直接聴打診等も行うべき必要が生じたことも考えられるのである。しかるに、本件では、問診票の検討のみにより、それ以上の予診を行った形跡は全くなく、安易に接種を実施したものと認めざるを得ない。到底予診を尽くしたとはいえない。
(2) 池本智彦(四二の一)
被害児の母親は、予防接種の禁忌については何も知らず、したがって問診票がいかなる意味を有するかも知らず、「予防接種はしなければならないもの」という考えの下に問診票を記入したものである。しかし、問診は、医学的知識を欠く一般人に対してされるもので、質問の趣旨が正解されなかったり、的確な応答がされなかったり、素人的な誤った判断が介入して不十分な応答がされたりする危険を持っているから、的確な応答をさせるためには、応答者に質問がいかなる意味を有するかを理解させることが重要な前提となる。しかし、被害児の母親は、本件では問診票の質問事項の意味も、禁忌の存在すらも知らなかったというのであるから、問診票を使用したというだけでは担当医師が予診義務を尽くしたことにはならない。
(3) 高橋真一(四六の一)
接種を担当した太田医師は、胸の聴診、喉の視診、検温は行ったものの、予防接種実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸症状の有無のすべてについて漏れなく問診等を行って異常の有無を確認したとはいえないから、太田医師が無過失であったとはいえない。
(4) 秋田恒希(六〇の一)
被害児は当時からアレルギー体質であった。そして、当時の予防接種実施規則四条三号には、「アレルギー体質の者」が禁忌として定められていた。しかるに、本件接種において使用された問診票には、かかる禁忌を的確に記載する欄はなく、単に「今、しっしんなどの皮膚の病気がありますか」との問いが記載されているだけである。このように、右問診票の記載は被害児の禁忌を的確に記入するようには定められていなかった。また、問診票に記入した後は、何ら担当医師の問診や視診もなしに接種がされた。しかし、問診票はあくまで担当医師のする予診の補助手段にすぎず、担当医師は被接種者が禁忌者に該当するか否かの予診を尽くさなければならないのである。しかるに、本件では、問診票が不完全である上に、担当医師自らの問診や視診がされていないのであるから、予診を尽くしたということはできない。
(三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張
(1) なお、本件被害児のうち別紙「禁忌該当の事由」記載の各被害児(五〇名)については、「禁忌」ないし「禁忌判定が困難な異常」が具体的に存在した。このうち、鈴木増己(一九の一)、小林浩子(二一の一)、末次展敏(五四の一)の各接種は、当時の種痘施行心得(昭和二三年厚生省告示第九五号)に定められた禁忌に該当し、又は禁忌該当の疑い(禁忌の判定が困難な異常があり、当日は接種を行わないとすべき事由)があり、それ以外の者は、すべて昭和五一年改正前の旧実施規則四条各号の禁忌に該当し、又は禁忌該当の疑い(禁忌判定が困難な異常)があり、旧実施要領第一の九3により、当日は接種を行うべきでないとする事由があった。
各人の禁忌の具体的内容は、別紙の「禁忌該当の事由」欄記載のとおりである。
これを類型別にまとめると、「本人又は両親兄弟のアレルギー」、「接種当時のかぜその他の感染症」「何日か前までのかぜその他の感染症」「病気の繰り返し、病後衰弱など」、「体重曲線の異常」、「未熟児」、「分娩異常」、「けいれん」、「下痢」、「まん延性皮膚病」、「化膿」及び「過去の予防接種での異常」、その他になる。
ア 本人又は両親兄弟のアレルギー
① 本人のアレルギー
当時の予防接種実施規則四条三号は、「アレルギー体質の者」を「禁忌」として明確に定めていた。ぜんそく、じん麻疹、湿疹等のアレルギー性疾患の既往歴のある者は、アレルギー体質の者として、予防接種は禁忌である。
控訴人国は、「一般的なアレルギー疾患は禁忌でない」と主張するが、生後間もない乳幼児が接種しようとする当該ワクチンの成分に対してアレルギー反応を起こすか否かをあらかじめ知ることは通常あり得ない。昭和五一年改正後の予防接種実施規則の「接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者」という禁忌の定めは、無意味である。一般的に、ある物質に対してアレルギー反応を起こしやすい体質の人は、他の物質によってもアレルギー反応を起こしやすいことが経験的に知られており、このことは、アレルギー症状を呈する人には免疫学的異常があることが明らかにされたことによって裏付けられている。
したがって、アレルギー疾患の既往歴のある者は、ワクチン接種によってアレルギーによる副反応を引き起こす蓋然性があり、予防接種は禁忌とされなければならないのである。
② 両親兄弟のアレルギー
アレルギー体質は遺伝によるものとされており、両親兄弟がアレルギー疾患の既往歴を有する場合には、本人もアレルギー体質者(禁忌)である疑いがあり、「禁忌の判定が困難な異常」がある者として、集団接種による接種は行うべきではない。
③ 本件被害児について
本件被害児のうち中村真弥(三八の一)については、平山証人は、同人の「ただれ」「おむつかぶれ」は接触性皮膚炎であり、アレルギー性湿疹ではないと述べているが、乳幼児にみられる湿疹の相当数はアレルギーによるものであり、乳児の顔や頭に湿疹ができている場合は、アトピー性皮膚炎の始まりと考えられる。したがって、同人の湿疹もアレルギーによるものであることが十分考えられるものである。
また、同人の父が生卵に限ってお腹をこわすとしても、加熱処理等によってアレルゲンが変化しアレルギー反応を起こさなくなることもあるのであるから、同人の父がアレルギー体質でないとは断定できない。また、被害児の兄がアレルギー体質であることは明らかである。
イ かぜその他の感染症
① かぜその他の感染症にかかっていること自体が予防接種による副反応を起こしやすいと考えられるのみならず、かぜは万病の基といわれるように、かぜその他の感染症は、様々な合併症を引き起こす危険があること、また、重大な病気がかぜの症状として現れることがあることからも、かぜその他の感染症にかかっているときは、予防接種を避けるべきである。
したがって、かぜその他の感染症にかかっている者は、有熱状態の場合は、旧実施規則四条一号の「有熱患者」の禁忌に該当するが、有熱患者でない場合は、同号の「その他医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」の禁忌に該当するか、あるいは、右各禁忌に該当する疑いがあり、右各禁忌の判定が困難な異常がある者に該当する。
② 井上明子(二四の一)は、昭和四三年五月一〇日にポリオ生ワクチンの投与を受けたが、接種前は見た目には元気であったので体温測定はせず(体温測定の指示はなかった。)、接種会場でも体温測定はしなかったが、当日の夕方、投与を受けて帰ってきてすぐに母親が発熱に気がついたものである。この状況からみると、ワクチン投与当時既に発熱していた蓋然性が高い。
渡邉敦子(二九の一)は、接種の数日前から喉がぜいぜいするかぜの症状が認められた。母親は熱がなかったと述べているが、この場合でも、体温測定してみると発熱していることが多い。したがって、同人は、旧実施規則四条一号の「有熱患者」又は「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当する疑いがあった。
佐藤幸一郎(一六の一)は、もともとかぜをひきやすく、お腹をこわしやすいなど病弱であったが、接種前約二箇月間におたふくかぜ、水痘に罹患したほか、二度かぜをひいており、本件接種当時二度目のかぜが治っていない状態であった。そこで、両親は本件接種を受けないことに決めていたが、両親不在の間に町内会長の強い指示で接種に駆り出され、両親の意思に反して副反応の特に強い腸パラワクチン接種が強行されてしまったのである。同人が旧実施規則四条二号の「病後衰弱者」、一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当していたことは極めて明白である。
ウ 何日か前までのかぜその他の感染症
① かぜその他の感染症の症状が治ったとみられる場合であっても、小児の場合は、体調が元に戻るまでには相当期間を要するのであるから、「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する又は「その判定が困難な者」とすべきである。
② 白井裕子(二の一)は、昭和四五年二月一三日に千葉医院で初診を受け、同月二三日にも受診し、更に三月二日になってもせきが止まらず投薬を受けるなど、かなりしつこいかぜにかかっていたことが認められ、回復までには相当な期間を要すると考えられる状態であった。したがって、三月一一日の本件接種は、「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する疑いがあり、「禁忌判定が困難な者」として、当日の接種は行うべきではなかったものである。
エ 病気の繰り返し、病後衰弱など
① 繰り返し病気にかかる者は、その背後に基礎的な疾病が隠れていることが考えられ、また、繰り返し病気にかかることにより体力が衰えていると考えられる。また、病後衰弱も同様、体力が衰えている。このような場合は、予防接種により副反応が発生するおそれがあり、旧実施規則四条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」又は同条二号の「病後衰弱者」の禁忌に該当する、又は「禁忌の判定が困難な者」に該当するので、予防接種を行うべきでなかった。
② 山本勉(二三の一)は、病気の繰り返しや病後衰弱者とはいえないが、生後二箇月から六箇月間も足の感染症で入院し、輸血を一〇回も受けており、重大な病気にかかっていたことが明らかで、接種時まで年月が経過しているとはいうものの、右病気が何であったのか、後遺症が残っていないか、本人に体質的弱みがあったのではないかなど、検討すべき点が多々あり、「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する疑いがあり、右「禁忌の判定が困難な者」に該当したものである。
また、井上明子(二四の一)は、昭和四三年五月一〇日に発熱し、翌朝から下痢も始まり、三九度の高熱が続き、五月一七日現在もなお軟便の状態が続いており、体力は相当消耗していたと考えられる。二種混合ワクチンの接種は五月二七日に行われたが、五月一七日にも軟便で治療を受けており、軟便や不機嫌状態が五月一八日以後も続いていたものと考えられる。五月二七日の接種直後にも発熱と下痢の症状が現れており、「病後衰弱」の状態を脱していなかったことは明らかである。
オ 体重曲線の異常
① 乳幼児の体重の増え方は、その乳幼児の体調、健康状態を総合的に示す最もよい指標の一つとされている。したがって、乳幼児の体重曲線が通常と異なる場合は、何らかの病気や異常が隠されていると考えられ、旧実施規則四条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」又は同条二号の「著しい栄養障害者」の禁忌に該当し若しくは右禁忌に該当する疑いがあったか、あるいは旧実施要領第一の九3の「禁忌の判定が困難な者」に該当するというべきである。
② 尾田眞由美(六の一)は、生後一箇月までの体重増加がわずか二三〇グラムにすぎず、標準の三分の一にも満たない増加でしかなかったもので、極めて異常な状態であり、体力も非常に弱っていた状態であったと考えられる。本件接種当時は、右状態から二箇月も経過しない生後八八日にすぎず、また、当時の体重も五〇〇〇グラムで、標準体重五八〇〇グラムをなお相当下回る状態で、栄養状態は標準と比べ悪いと考えられる状態であった。したがって、同人は少なくとも「著しい栄養障害者」の禁忌に該当する疑いがあり、あるいは右禁忌の判定が困難な者として、本件接種は行うべきでなかった。
また、伊藤純子(一一の一)は、生後五箇月以降生後一年一箇月ころまで八箇月もの間体重増加がなかった。これは、極めて異常な事態であり、この背後には何らかの重大な疾病や異常が存在したと考えるのが当然である。少なくとも「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」の禁忌に該当する疑いがあり、「禁忌の判定が困難な者」として、本件接種は行われるべきでなかった。
また、高光恵子(一八の一)は、出生時は平均値を四〇〇グラム上回っていたのに、生後三箇月二五日には平均値を三五〇グラム下回る結果となっており、体重増加を妨げる何らかの異常があったと考えられる。生後三箇月から五箇月にかけては、保健所で栄養失調気味といわれる状態が続いたが、その後本件接種当時(生後一一箇月)まで、右状態がどの程度回復したかは明らかではなかった。したがって、同人は、「著しい栄養障害者」の禁忌に該当する疑いがあり、禁忌の判定困難な者であった。
カ 未熟児
未熟児は、満期前三七週未満で生まれた早産未熟児(AFD)にせよ、三七週以後に生まれたが体重が二五〇〇グラム以下の満期産未熟児(SFD)にせよ、予防接種による副反応が異常に強くなる危険性がある。すなわち、AFDは、強い未熟性のために仮死出産が多く、哺乳力、感染、黄疸等にも弱い上、体温が不安定であり、早く生まれたこと自体、新生児にとっては一つのストレスである。SFDも仮死を始めとしてお産のときの問題が多く、低血糖その他の異常が一般の子供に比べ多い。さらに、SFDにとって問題なのは、神経系又は他の器官に隠された疾患があって、そのためにお腹の中で順調に発育しなかったという蓋然性が高いことである。
したがって、未熟児は、種痘施行心得(昭和二三年厚生省告示第九五号)九号、旧実施規則四条二号の「著しい栄養障害者」に該当し、かつ、集団接種の場では、同条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当する禁忌者であったというべきである。
なお、未熟児であっても、その後体重が順調に増加した場合には禁忌に該当しないという主張があるが、体重が順調に増加したとしても、それだけで未熟児が健康児になったとみるのは早計であって、体重が順調に増加しても、前述のような未熟児に特有の疾患がなお潜在化している場合がある。特に集団接種の場では潜在的な疾病を識別することは不可能であって、専門家である小児科医が十分な時間をかけて隠れた疾病の有無を調べてから、予防接種の適否を判定すべきである。
キ 分娩異常
布川賢治(八の一)は、出産の際、分娩子癇と陣痛微弱があり、分娩時にメトリイリーゼ、鉗子手術がされた。したがって、同人は、母親の妊娠中毒症のために体内で酸素不足の状態にあった可能性があり、また、分娩時に仮死出産によって酸素不足の状態になった可能性がある。その上、分娩時に脳細胞を傷つけた可能性が大である。
清水一弘(三三の一)は、出産に際し臍帯けんらくがあり、仮死出産であった。そうすると、同人も、出産後脳に酸素不足による障害があった可能性がある。
そうすると、両名は、これらの隠れた障害によって予防接種の副反応が重大になる危険性があったから、「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当していた。
ク けいれん
けいれん性体質の子は、旧実施規則四条三号により明らかに禁忌者に該当する。
控訴人は、荒井豪彦(三二の一)について、禁忌者とされる「けいれん性体質の者」とは、「てんかん等基礎疾患があってけいれんを症状として繰り返す者」が対象であって、同人はこれに該当しないと主張する。
しかし、右規則は、「けいれん性体質の者」を控訴人のいうように限定していない。そもそも、けいれんが熱性けいれんであるか、てんかんを表すけいれんであるかは区別することが困難であり、熱性けいれんの中にも良性なものと悪性なもの等いろいろな種類がある。このような事情もあって、昭和五一年の予防接種実施規則は、けいれんについて、「接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことが明らかな者」と定め、「けいれん性体質の者」であることも要件としなくなった。けいれん性体質の者を控訴人主張のように限定することは誤りである。
その上、同人は本件二種混合ワクチン接種の二週間前に本件種痘の接種を受けたが、その後本件二種混合ワクチン接種までに三回けいれんの発作を起こしている。一過性の熱性けいれんでなかったことは明らかである。
ケ 下痢
乳幼児が下痢を起こすと、脱水が起きて、そのために体液のバランスが崩れ、けいれんや急性脳症などが非常に起きやすくなる。下痢は、体力を低下させ、抵抗力が減退して予防接種による副反応を増大させるし、神経疾患の発症である場合もある。
したがって、下痢をしている乳幼児は、予防接種を避けるべきであり、旧実施規則四条一号の「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」に該当し、禁忌者としなければならない。特に、ポリオ生ワクチンの投与については、急性脳症を起こしやすくしないためにも、下痢を禁忌としなければならない。かくして、昭和三九年の予防接種実施規則の改正で、同条六号に「急性灰白髄炎については、第一号から第四号までに掲げるもののほか、下痢患者」との文言が加わったのである。
控訴人は、田中耕一(一三の一)につき、接種の前日に通院治療中の医師の診察を受け、ポリオ生ワクチンの投与を受けても大丈夫といわれたから禁忌でないと主張する。しかし、前日に診断した医師の判断は、明らかに前記規則の禁忌条項に違背しているばかりでなく、接種当日の被害児の下痢症状が前日と同じであったという証拠は何もないのであるから、接種に際して担当医師は、改めて禁忌に該当するか否かを診断すべきであったにもかかわらず、かかる予診は全く行われていないのである。接種担当医師の予診義務違反は明らかであり、約一箇月前から下痢症状が続いていた被害児が禁忌者であることも明白である。
コ まん延性皮膚炎
控訴人は、田部敦子(一二の一)について、頭部に「くさ」ができていて、そのために種痘の接種が延期されたこと、生後一一箇月の時点においても「くさ」のあったことを認めながら、「くさ」は、本件接種当時軽快していたとする。
しかしながら、「くさ」は、脂漏性湿疹であると考えられるところ、脂漏性湿疹のある子供は、頭部のほかに全身各所に湿疹のあることが多く、実際、被害児は、接種時に頭部及び身体各所に湿疹様の皮膚の変化があったのである。
したがって、頭部のくさがやや軽快したからといって、被害児が予防接種実施規則にいう「まん延性皮膚病にかかっている者」に該当しなくなったとは到底いえない。
鈴木増己(一九の一)は、生来皮膚が弱く、あせも、湿疹、あせものよりなどに悩まされ、下痢をすると肛門の回りが長期間発赤し、頭部にも治療を要する湿疹があった。このように、同人は絶えず皮膚病に悩まされていたことからすると、生後一二箇月の本件接種の際にも、湿疹その他の病変があった可能性が大である。
しかるに、同人は、この点について何ら予診を受けず、本件接種がされた。少なくとも、同人は、「異常が見られ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者」に該当する。
サ 化膿
池本智彦(四二の一)は、昭和四三年五月二二日、ポリオ生ワクチンの投与を受けたが、接種当時同人は顔色が青白く、ちょっとおとなしく、普段は活発に体を動かすのに、乳母車に乗せても動かなかったことは、同人の母親が供述するところである。また、同人は、接種を受けた約五時間後に三九度の高熱があり、熱は六月になっても続いたこと、接種を受けてから一、二日後に母親は被害児の肛門の周囲におできを見つけ、五月末頃には切開の手術を受けた事実がある。
以上の事実からみると、被害児は、本件接種時点で既に肛門周囲膿瘍を発症していたものである。したがって、被害児は、当時の旧実施規則四条一号の「有熱患者」の禁忌に該当するか、「その他予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」に該当する。あるいは、右各禁忌に該当する疑いがあり、右禁忌の判定が困難な異常がある者に該当する。
シ 過去の予防接種での異常
本人や兄弟が過去の予防接種で発熱その他の異常を示したことがある場合は、予防接種によって異常な反応を示す危険があり、「医師が……不適当と認める疾病にかかっている者」との禁忌の判定が困難な異常がある場合に該当し、集団接種においては接種を見合わせるべきものである。
(四) ワクチン過量接種の過失及び複数ワクチン同時接種の過失
(1) 被害児河又典子(三四の一)につき過量接種を行った過失
多圧法による接種方法が採られ、接種箇所が二箇所になっている本件では、二倍の量の接種がされたと推認するのが合理的である。
また、接種による脳炎・脳症等の神経系障害の原因は、痘苗に含まれる物質によるものであり、接種量が多ければ多いほど脳炎・脳症の副作用の危険も増大すると考えられており(平山宗宏「種痘」参照)、事故防止のため痘苗の接種量は必要最小量にすべきであるとされているのである。
控訴人は、我が国の痘苗を規定量の二倍程度接種しても十分に安全と主張するが、我が国の痘苗は、本件接種以前から実際にはポック形成単位1×108以上の力価を有することが国家検定で確認されていたものであり、我が国の痘苗の力価がWHO基準の二分の一であった事実はない。我が国の痘苗を規定量の二倍接種すれば、やはりWHO基準の二倍接種することになるのであって、規定量の二倍の接種は、予防接種事故の危険性、蓋然性があり、安全とはいえない。
(2) 複数ワクチン同時接種を行った過失について
ワクチンの接種は人体にストレスを加えることであり、副反応を発生させることのある接種が一つでなく二つ同時に行われれば、人体に対するストレスが同時に二つ加えられることになり、それだけ副反応の発生する危険が増大し、また、副反応が二つ重なることにより重大な結果が発生する危険がもたらされることは医学の常識である。
また、ウイルス感染が免疫不全をもたらすことがあることは医学上確立された知見であるが、同時接種を行った場合には、一方のワクチン接種によって免疫産生能力が奪われ、他方のワクチンについて免疫不全状態となり、重大な副反応がもたらされるおそれがある。
このように、予防接種実施要領等が複数のワクチンの同時接種を禁止しているのは、同時接種が副反応の危険を増大させ、副反応が重なることによって重大な結果をもたらすおそれがあるからである。なお、控訴人のいうWHO専門委員会の報告は、具体的な調査、研究による結論とは認め難いものである。
(控訴人)
(一) 最高裁平成三年四月一九日第二小法廷判決について
右最高裁判決には看過し難い誤りが存在する。すなわち、右判決が二者択一の関係であるとする禁忌該当者と個人的素因を有するものという区別が必ずしも明確ではないということである。後者の個人的素因を有する者を、予防接種実施規則四条には定められていないけれども、なお、後遺障害を発生しやすい個人的素因を有するものと一応理解するとしても、それがどのようなものを指すのかの実態は一切不明である。さらに、最大の問題点は、予防接種によって後遺障害が発生した場合に、その原因については、右判決の考え方のように、禁忌該当の可能性と個人的素因を有する可能性とに一応区別できるとしても、そのいずれの原因によるかということは確定し難く、ましてやそれが禁忌者に該当していた高度の蓋然性があるなどとは到底いえないのであって、そのような医学的知見ないし経験則は存在しないという点である。
以上のとおり、右判決が痘そうの予防接種によって後遺障害が発生した場合には特段の事情の認められない限り被接種者が禁忌者に該当していたと推定されるとした判示は誤りというべきである。
(二) 接種担当者に禁忌看過に関し過失がないことについて
なお、仮に前記判決の判示に従ったとしても、以下の被害児四名については、最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決に照らし、接種担当者において禁忌者を識別するために必要な問診が尽くされていたというべきであり、それにもかかわらず禁忌者に該当する事由を見い出せなかったものである。したがって、これら各接種担当者には過失は存しないというべきである。
(1) 被害児田渕豊英(三〇の一)
右被害児は、昭和四八年六月二二日、東京都世田谷区所在の玉川医師会館において種痘の定期接種を受けたものであるが、当日の種痘の予防接種を担当した医師は、被害児かかりつけの原医師であった。右接種の際、原医師がどのようにして被害児の健康状態を確認し、接種可能と判断したのかは必ずしも明らかではないが、同医師は、被害児のかかりつけの医師として、かねてより同人の健康状態、その他予防接種実施規則所定の症状、疾病、体質的素因等を熟知していたものと考えられるところ、右知識・経験に基づいてもなお被害児について禁忌に該当する事由を見いだせなかったことは明らかである。このように、被接種者の健康状態を熟知しているかかりつけの医師が問診票の内容を検討し、当日の被接種者を視診している場合には、少なくとも前記最高裁昭和五一年判決が集団接種の場において必要と判示しているのと同程度には被接種者について禁忌該当事由の有無が検討されているといえるから、このような場合には、右最高裁判決が要求するのと同等の予診が尽くされたものと解するのが相当であり、それにもかかわらず、本被害児については禁忌に該当する事由を発見できなかったのであるから、右接種担当者には過失はないというべきである。
(2) 被害児池本智彦(四二の一)
右被害児は、昭和四三年五月二二日、倉敷市の幼稚園においてポリオ生ワクチンの定期接種を受けたが、その際には、予防接種実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因等を具体的かつ詳細に質問事項として掲げた問診票が使用されている。その記載内容は極めて分かりやすく、被質問者から適切な回答を得ることができると思われるところ、いずれの事項についても、異常を示す記載はなかった。そして、当然のことながら、予防接種実施担当者は、右問診票を受け取って各項目をチェックし、被接種者の視診を行い、特に異常がないと認めて予防接種を実施したものと思われる。
したがって、右被害児については、予診が尽くされたというべきであり、それにもかかわらず右被害児については禁忌に該当する事由が発見できなかったのであるから、右接種につき接種担当者に過失はないというべきである。
(3) 被害児高橋真一(四六の一)
右被害児は、昭和四七年六月三〇日、岡山市の太田小児科医院において、三種混合ワクチンの第二回目の接種を受けたものであるが、その際の接種担当者である太田医師は、右接種前の六月一九日から、右被害児を診察して投薬治療するなど、かかりつけの医師として同人の健康状態を熟知していた。そして、接種の際にも、問診はもちろん、視診、聴打診、検温等必要な限りの予診を尽くしたが、結局、同人が禁忌者に該当するとするだけの事由を見い出せなかったのである。このように、本件接種は、被害児の健康状態等を熟知するかかりつけの医師により十分な予診がされた上で実施されたものであって、その過程で太田医師は右被害児を禁忌に該当しないと判断したのであるから、右太田医師には過失はないというべきである。
(4) 被害児秋田恒希(六〇の一)
右被害児は、昭和四九年四月一二日、大井川町立母子健康センターにおいて、種痘の予防接種を受けたものであるが、その際、予防接種実施規則四条所定の症状、疾病等が具体的かつ詳細に記載されている問診票が使用されたところ、右票には異常を示す記載はされていない。そして、予防接種実施担当者は、右問診票を受け取ってその内容をチェックし、接種に際しては被接種者を視診し、異常がないと判断した上で予防接種を実施したものと推定される。
したがって、右被害児についても、禁忌者を識別するために必要とされる予診を尽くしたというべきであり、それによっても禁忌に該当する事由を発見できなかったのであるから、接種担当者には過失がないというべきである。
(三) 各人ごとの禁忌該当の具体的主張に対する反論
被控訴人らの各人ごとの禁忌該当に関する主張((三))については、争う。
(四) ワクチン過量接種の過失及び複数同時接種の過失について
(1) 被害児河又典子(三四の一)につき、過量接種の過失の不存在
予防接種実施規則八条では、種痘の痘苗の接種量につき、「痘苗は、0.1ccをおよそ一〇人に対して用いるものとする」と定め、同規則一〇条三項では多圧法における接種数につき、「接種数は一箇とする。」と定めているが、右痘苗に含まれるウイルス菌量の点については、力価試験において、ふ化鶏卵上のポック形成単位が「試料一ml当たり5×107以上」でなければならないとしている。ところで、WHOの基準では、この二倍に当たる「1×108ポック形成以上」とされており、しかも、日本の力価決定に際して、実際の接種時における力価は「1×107ポック形成単位」で十分であるが、保存中の力価低下を見込んで「5×107ポック形成単位以上」とされたものである。
このような点を考えると、種痘に関し仮に二倍の過量接種を行ったとしても、十分安全な量と考えられるのであって、予防接種事故発生の危険性、蓋然性を有するものではない。
また、種痘後まれに発生する脳炎・脳症等の重篤な神経系副反応については、その発生機序は必ずしも十分に解明されていないが、量が増えれば右副反応がそれだけ増加するというような単純な関係にあるものではない。被控訴人らの引用する平山論文は、接種量と局所反応との医学的機序は不明であるが、局所反応をできる限り弱くすることが望ましいとの観点から、体内に入るウイルス量を少なくすることも一方法であるといったことを述べているにすぎず、接種量が多ければ直ちに脳炎・脳症の副反応の危険が増大するとの医学的根拠を明らかにしているものではない。
以上のように、予防接種実施規則に違反して種痘の過量接種を行ったことが直ちに予防接種事故を引き起こすものではないし、事故発生についての過失の存在を推認させるものでもない。
また、接種個数が二個になったことから、直ちに接種量が通常の二倍になったと推認することもできないものである。
(2) 被害児梶山桂子(一五の一)につき、ワクチンの複数同時接種を行った過失の不存在
複数同時接種が禁止された趣旨は、①生ワクチン相互のウイルスの干渉作用による免疫産生の低下の防止、②副反応が発生した場合、原因となったワクチンを特定するための混乱の防止、という二点にある。特に、生ワクチンと不活化ワクチンの同時接種については、ウイルスの干渉作用による免疫産生の低下という現象は生じないから、それが禁止されるのは②の事情を考慮したためにすぎず、同時接種により副作用が発生する危険が増大したり、二つの副作用が重なることによって重大な結果をもたらす危険があるからではない。このことは、WHOの専門委員会の報告や原審のディック証人の証言により明らかである。
被害児梶山が接種を受けた種痘は生ワクチンであるが、二種混合ワクチンは不活化ワクチンであって、これを同時に接種することは、予防接種事故を引き起こす原因となるものではないし、事故発生についての過失を推認させるものでもない。
3 接種担当者の過失についての控訴人国の帰責事由
(被控訴人ら)
(一) 本件接種担当者の過失と控訴人国の賠償責任
本件各被害児に対する法による強制接種は、いずれも控訴人国の機関である市区町村長又は保健所長が実施したものであるが、接種担当者による右接種は国の公権力の行使としてされたものであり、国が国家賠償法一条により損害賠償責任を負うことは明らかである。
仮に本件各被害児に対する強制接種のうち法定期間外にされた接種の一部が国の機関たる市区町村長又は保健所長によってされたものではなく、地方自治体の事務としてされたものであるとしても、控訴人国は、その監督者又は費用負担者として、接種担当者の過失につき、国家賠償法三条により損害賠償責任を負うべきである。
また、勧奨接種は、都道府県又は市町村が実施したものであるが、控訴人国は、その接種担当者の監督者又は費用負担者として、国家賠償法三条により損害賠償責任を負うべきである。
(二) 法の定める期間後にされた接種についての控訴人国の責任
(1) 市町村長は、地方自治法一四八条三項により国の機関委任事務として、「予防接種法の定めるところにより、定期又は臨時の予防接種を行うこと」とされている(同法別表第四、二、(一三))。そこで、市町村長等は、昭和五一年改正前の法以下の法令等に従って予防接種を実施したものであるが、法律が接種を義務付ける接種は、種類が多く、生後間もない短期間に数多くの接種を行わなければならないものとされており、しかも、集団接種の方法を採る場合には年間何回も接種を実施することはできにくい状況にあったため、定期接種として集団接種を実施する場合にも、接種対象として設定された乳幼児の年齢、月齢は必ずしも法律が定める期間内のものに限られず、それを超えることもしばしば起こった(例えば、被害児梶山桂子(一五の一)は、昭和四〇年二月一日生まれであるが、昭和四〇年九月八日、生後七箇月余で二種混合ワクチンと種痘の接種を受けるよう通知され、その接種を受けているが、この通知によれば、生後九箇月、八箇月、七箇月の幼児を接種の対象としていたのである。)。さらに、予防接種には禁忌事項が定められており、接種当日の体調により接種を受けられない者がいることが当然予想され、市区町村長等はこれらの者に対して体調回復後に定期接種を行う法律上の義務があったが、法が定める期間内にこれらの者のため接種を実施することは容易でなかったため、その後に実施する定期集団接種の際(法が定める期間経過後)にこれらの者に対する接種を実施していたのが実際であり、このような接種も五条の定期接種であるとの理解の下に接種を実施していたのである。すなわち、市区町村長等は、定期集団接種の際に都合により接種を受けられない者に対しては、次の定期集団接種の際に接種を受けるよう指示し、右集団接種においては、法の定める期間内の接種と期間後の接種とを区別することなく、定期接種として接種を行ったものである。
(2) 以下の一〇名の被害児は、以下のとおり、市区町村長等が定期接種のため定めた接種日が被害児との関係では法の定める定期を徒過した後に設定されたか、本人に疾病、健康状態等やむを得ぬ事情があって定期の接種が受けられず、それがやんだ後直ちに、指示により、市区町村長又は保健所長の実施する接種を受けたものであり(山元、千葉、鈴木、矢野、室崎、塩入、藤井の七名については、当初の通知に指定された接種日自体が法の定める期間を経過しており、山元、千葉、矢野、室崎は、右通知の日に接種を受けた。鈴木、塩入、藤井は右通知の指定日は体調が悪く、指定された次の定期接種日に接種を受けた。山本、高田、高橋は、当初の通知に指定された接種日は法の定める期間内であったが、当日は体調が悪く、次の定期接種日に接種を受けた。)、その接種の実施主体は、控訴人国の機関たる市区町村長等であることが明らかである。
① 被害児山元寛子(三の一)
生後一年一箇月で種痘第一期の接種を受けた。同人は、静岡県磐田市長からの通知に基づき、同市長が小学校で実施した集団接種において、昭和四一年度種痘第一期の定期種痘として本件接種を受けたものである。本件接種の実施主体は、控訴人国の機関としての磐田市長である。
② 被害児千葉幹子(一四の一)
生後一年二箇月で種痘第一期の接種を受けた。同人は、宮城県迫町長からの通知を受け(通知にいう「生まれて一度も接種を受けないもの」に該当する。)、同町長が小学校で実施した集団接種において、種痘第一期の定期接種として本件接種を受けたものである。本件接種の実施主体は、控訴人国の機関としての迫町長である。
③ 被害児山本勉(二三の一)
満四歳を過ぎた昭和四一年一二月に、同年秋ころ回覧されてきた室蘭市役所の広報により知った北海道室蘭市長の実施する第一期種痘の定期接種を室蘭保健所で受けた。勉は生まれつき虚弱体質で入退院を繰り返していたところ、数えで四歳ころから体力もつき健康になってきたので、市の広報で知った定期の種痘を受けたものである。この種痘は控訴人国の機関たる室蘭市長が実施したものである。
④ 被害児鈴木浅樹(二七の一)
生後一年二箇月で三種混合ワクチンの接種を受けた。同人は、東京都世田谷保健所からの通知に基づき、世田谷区長が小学校で実施した集団接種において、三種混合ワクチン第一期第一回定期接種として本件接種を受けたものであり、その実施主体は、控訴人国の機関たる世田谷区長であった。
なお、浅樹は、生後九箇月で三種混合ワクチン第一期第一回の接種を受け、引き続き第二回の接種を受けようとしたが、かぜのため受けることができず、その後再び保健所から通知があったので、改めて第一期第一回の接種として本件接種を受けるに至ったものである。
⑤ 被害児矢野由美子(三九の一)
生後一歳で百日せきワクチンの接種を松井医院で受けた。同人は、福岡県刈田町長からの回覧板による通知に基づき、同町長が接種を松井医院に委託して実施した集団接種において、百日せき第一期第一回の定期接種として本件接種を受けたものであり、その実施主体は、控訴人国の機関たる刈田町長であった。
⑥ 被害児高田正明(四〇の一)
生後一年二箇月で種痘第一期の定期接種を練馬保健所で受けた。これは生後七、八箇月のときに種痘の定期接種の通知を受けたが、下痢のため受けないでいたところ、その後練馬保健所でポリオの予防接種を受けた際、保健婦から同保健所で種痘の接種を受けるよう指示され、これに従って接種を受けたものである。したがって、実施主体は、控訴人国の機関である練馬保健所長である。
⑦ 被害児室崎誠子(四四の一)
生後一年三箇月で島根県浜田市長の実施した種痘第一期の定期接種を小学校で受けた。同人は、回覧板により接種の実施を知らされ、接種を受けたものであるが、それ以前には種痘の定期接種の通知はなかった。その実施主体は、控訴人国の機関たる浜田市長である。
⑧ 被害児高橋真一(四六の一)
生後一〇箇月で百日せき・ジフテリア・破傷風の三種混合ワクチンの接種を太田小児科医院で受けた。真一は、昭和四七年一月二七日に岡山市長が実施した集団接種において百日せき・ジフテリア・破傷風第一期第一回の接種を受け、引き続き第二回の接種を受けようとしたところ、微熱があったため、接種から除外された。しかし、岡山市の市政だよりにより右接種を受けるようにとの指示があったため、真一は、同年六月六日、岡山市長から市医師会を通じて接種の委託を受けていた太田小児科医院において、三種混合ワクチン第一期第一回のやり直し接種を受け、引き続き同医師から第一期第二回の定期接種として本件接種を受けたものである。したがって、本件接種の実施主体は、控訴人国の機関たる岡山市長である。
⑨ 被害児塩入信吾(四七の一)
生後八箇月で百日せき・ジフテリア・破傷風の三種混合ワクチンの接種を江原医院で受けた。同人は、兵庫県西宮市長からの通知に基づき、指定された小学校で三種混合ワクチンの第一期第一回の定期接種を受けたが、その後かぜをひいたので、江原医院において第一期第二回の接種として本件接種を受けた。その実施主体は控訴人国の機関たる西宮市長である。
⑩ 被害児藤井玲子(五〇の一)
生後一〇箇月で百日せき・ジフテリアの二種混合ワクチンの接種を吹田市民病院で受けた。同人は、大阪府吹田市長からの通知に基づき、同市長が吹田市民病院において実施した定期接種において、二種混合ワクチン第一期第三回接種として本件接種を受けたものである。すなわち、玲子は、回覧板による市長からの通知に基づき、二種混合の第一回、第二回の接種を指定された小学校で受けたところ、第三回に指定された当日は体調が思わしくなく接種を見送った。しかし、吹田市長の前記通知には、指定された当日接種を受けられない人は前回接種から四週間以内に吹田市民病院で接種を受けるよう指示されていたので、吹田市民病院で本件接種を受けたものである。したがって、本件接種の実施主体は控訴人国の機関たる吹田市長である。
なお、以上一〇名の接種を実施したのが控訴人国の機関である市区町村長ないし保健所長であることは、弁護士会を通じての照会に対し、市区町村長自身がこれを認めているところである。
(3) なお、仮に前記一〇名の者が、控訴人国の機関である市区町村長等ではなく、市区町村の実施した接種を受けたとしても、控訴人国は、地方公共団体の行う予防接種についても、行政指導の方法で広範かつ強力な監督を行ってきたから、控訴人国は、本件接種の接種担当者の監督者に該当し、接種担当者の過失につき国家賠償法上の責任を負う。
しからずとするも、昭和五一年改正前の法二二条は、地方財政法一〇条五号により予防接種に要する経費の全部又は一部を負担することとされているのを受けて、控訴人国が、同法二〇条、二一条により都道府県が支弁又は負担する額(市町村の支弁する額の三分の二)の二分の一を負担することとしていた。したがって、控訴人国は地方自治体の実施する法九条の接種についてその経費の三分の一を負担していたことになる。そうすると、控訴人国は、費用負担者として国家賠償法上責任を負う。なお、法二〇条の文言は、特に五条及び六条の接種には限定しておらず、九条の接種についても控訴人国が費用を負担することを定めていると解される。また、控訴人国は、「各年度において、定期内に予防接種を受けると推定される者の人数を基礎として」計算した金額を負担したのであるから、定期接種を受ける予定の者に対する負担分は、全額負担していたことになる。したがって、たまたま法の定める期間経過後に接種を受けた本件被害児一〇名の分についても、控訴人国は接種の費用を負担していたことになる。また、接種を実施した市区町村長等も、期間内と期間外とを区別することなく接種を実施していたので、法の定める期間外に接種を受けた者についても控訴人国の負担金を受入れ、これを接種の費用に充当していたことになる。
(三) 勧奨接種を受けた者についての控訴人国の責任
(1) 監督者としての控訴人国の責任
国家賠償法三条にいう「公務員の選任又は監督に当たる者」と民法七一五条の使用者とは同義であって、法律上、事実上公務員を指揮監督する者を指すと解される。ところが、本件勧奨接種は、インフルエンザワクチンにせよ、ポリオ生ワクチンにせよ、日本脳炎ワクチンにせよ、国の政策として実施が決定され、国が実施のすべての側面を決定し、それを通知等の形で地方自治体に流してその実施方を管理し、指導し、国がいわば地方自治体を手足のごとく使って全国的、統一的に実施していたといえるのであるから、控訴人国が実際に接種を担当した市町村の公務員の「監督に当たる者」に該当することは明らかである。これを具体的にみると、以下のとおりである。
① インフルエンザワクチン
インフルエンザワクチンの幼児に対する勧奨接種は、昭和三二年以来行われてきたものであるが、その基本となった行政の発動は、昭和三二年九月四日衛発第七六八号厚生省公衆衛生局長発各都道府県知事あて「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」と題する通知であった。この通知は、都道府県知事に対し、インフルエンザ防疫対策全般について実施すべき事項を指示するものであるが、そのうち予防接種については、「特に小中学生等流行の拡大の媒介者となる者に対しては、予め流行前に予防接種を実施すること、乳幼児、妊産婦、病弱者、老人及び重要職種の勤労者等に対しても、予防接種の免疫学的特性にかんがみ、できる限り流行前に接種を受けるよう指導すること」を求め、予防接種の実施方法は、「『インフルエンザ予防接種心得』に定められている方法を厳守すること」を指示している。
国は、昭和三七年以降、毎年都道府県知事あてに「インフルエンザ特別対策について」と題する通知を行い、学童児童等を対象とするインフルエンザワクチンの勧奨接種を指示したが、その中で乳幼児等については、一般防疫対策として前記昭和三二年九月四日付け厚生省公衆衛生局長通知によることとし、「必ず、予防接種を受けることを勧奨されたい」と指示してきた。被害児吉原充(一の一)、依田隆幸(一〇の一)、越智久樹(二〇の一)は、いずれも右一般予防対策としての乳幼児に対する勧奨接種を受けた者である。また、高橋尚以(五五の一)は、昭和四四年の特別対策としての勧奨接種を受けた者である。
このように、乳幼児及び学童に対するインフルエンザの勧奨接種は、厚生省の強い指導の下で、都道府県知事が市町村をして実施させてきたもので、市町村は単なる実行部隊であり、勧奨接種を細部にわたって指揮していたのは、厚生省公衆衛生局長である。
② ポリオ生ワクチン
ポリオ生ワクチンの勧奨接種については、昭和三五年八月三〇日「急性灰白髄炎(ポリオ)緊急対策要綱」と題する閣議了解により、「急性灰白髄炎患者の急激な増加の状況にかんがみ、直ちに緊急対策を講ずる必要がある」として、予防接種の実施による予防が強調され、さらに、昭和三六年九月二二日「急性灰白髄炎(ポリオ)特別対策要綱」と題する閣議了解によって、「引き続き経口生ポリオワクチンの緊急投与を実施し、流行の未然防止を期す」ことが宣言された。
これらを受けて、厚生事務次官は、昭和三六年六月二七日都道府県知事及び指定都市市長あて「今夏の急性灰白髄炎流行における緊急対策について」と題する通達を発し、経口生ポリオワクチンの勧奨接種を行うよう指示した。右通達においては、ワクチンの入手状況に照らして投与を受ける者の年齢等による順位の指定や、ワクチンは国が買い上げ、必要な検査を実施して都道府県に交付するので、都道府県はこれを保存管理すること、投与のための経費の負担といった細部の事項についての指示も含まれていた。
さらに、右通達を受けて厚生省公衆衛生局長から出された「今夏の急性灰白髄炎緊急対策における経口生ポリオワクチン投与要領について」と題する通知には、ワクチンの投与の際には予診を行うことといったワクチン投与の仕方や禁忌事項等につき細かく指示がされていた。昭和三七年下期以降に実施された勧奨接種は、厚生省公衆衛生局長、薬務局長の通知によって実施されたが、その内容も、右次官通達及び公衆衛生局長通知と同旨であった。
以上のように、ポリオ生ワクチンの勧奨接種は、ポリオの流行を防ぐため、国の事業として、国の指導監督の下に実施されたのである。
なお、右勧奨接種を受けた者は、被害児加藤則行(三六の一)、藤本美智子(三七の一)、小久保隆司(四八の一)、大平茂(五一の一)である。
③ 日本脳炎ワクチン
本件被害児のうち日本脳炎ワクチンによる被害者は、昭和四三年五月に県立尾鷲高校で高校生として接種を受けた大川勝生(四五の一)のみである。厚生省公衆衛生局長は、昭和四三年四月一六日付衛発第二七六号により、日本脳炎予防特別対策として予防接種の勧奨接種をするよう指示したが、この接種対象者には高校生は含まれていない。しかし、右通知には、特別対策のほか、昭和三二年七月一八日付衛発第五九二号厚生省公衆衛生局長通知「日本脳炎の予防対策について」を参考として一般防疫対策を実施されたいとの指示が含まれていたところ、右第五九二号通知には、「感受性対策として積極的に予防接種を受け免疫性を得ておくことは、本予防対策の一環として重要であるので、勧奨によりその普及に努めること」と記載されていた。したがって、厚生省公衆衛生局長は、右特別対策の重点対象実施者以外の者についても勧奨接種を実施するよう行政指導を行ったものというべきである。そして、これら特別対策の対象者でない者の接種についても、控訴人国は自ら実施主体として指示した市町村に対し、実施期間、接種方法、禁忌等を具体的に指定していた。
したがって、被害児大川に対する勧奨接種についても、控訴人国は事実上接種担当者に対する指揮監督を行ってきたのである。
(2) 費用負担者としての控訴人国の責任
本件の勧奨接種については、控訴人国がその費用の一部を負担してきたから、控訴人国は国家賠償法三条にいう費用負担者としても賠償責任を負う。
これをポリオの勧奨接種についてみると、ポリオの勧奨接種については、事務費(人件費、材料費等)は都道府県の支弁とするが、控訴人国がその二分の一を補助し、かつ、六歳未満の投与に使用するワクチンは控訴人国から都道府県に無償交付されたのである。控訴人国がこのように事務費の二分の一等を負担していた以上、しかも、本件勧奨接種は、自治体を手足として使いつつ、控訴人国の政策として行われてきたものであり、その実施に当たり、安全の問題を含め、技術的、専門的側面は全面的に控訴人国が決定し、指導し、監督してきたものであることを考慮すると、控訴人国は、費用負担者として国家賠償法上の責任を免れないものである(最高裁昭和五〇年一一月二八日第三小法廷判決、民集二九巻一〇号一七五四頁参照)。
(控訴人)
(一) 法六条の二所定の予防接種について
昭和五一年改正前の法六条の二の予防接種は、開業医等の民間医療機関が、控訴人国と無関係に接種を実施するものであり、控訴人国の公権力の行使と擬制することはできないものである。
なお、被害児高光恵子(一八の一)の受けた予防接種につき、被控訴人らは、国の機関である横浜市長が戸塚共立病院で実施したものと主張するが、右予防接種は、戸塚共立病院を経営する医療法人柏堤会が実施したもので、六条の二の予防接種に該当するものである。
(二) 法の定める期間後にされた接種について
(1) 国の機関委任事務に該当しないことについて
国の機関委任事務として市町村長が実施する予防接種は、定期接種及び臨時接種のみであり、このことは、地方自治法別表第四の二(一三)に、市町村長が管理・執行しなければならない機関委任事務として、定期及び臨時の予防接種のみが掲げられていることからも明らかである。法の定める期間外にされた接種が定期接種に該当しないことは明らかである。
したがって、定期外の予防接種が市区町村の公務員によってされたとしても、それは控訴人の機関委任事務としてではなく、当該地方公共団体が自らの事務(固有事務)として実施したものと解される。なお、定期外の接種がかかりつけの医師などの一般の開業医においてされたときは、右医師が実施主体ということになる。
そうすると、本件で昭和五一年改正前の法九条所定の予防接種を受けた被害児一〇名のうち、被害児塩入信吾(四七の一)を除く九名については、市、町又は区が実施主体であり、塩入は、かかりつけの医師から三種混合ワクチンの予防接種を受けたものであるから、同人については国家賠償法上の責任を問題にする余地はないものである。
なお、被控訴人らは、期間外にされた被害児の予防接種につき、弁護士法二三条の二の照会に対する市長等の回答をもって、機関委任事務であることの根拠としているが、九条所定の予防接種であっても、五条所定の予防接種と法的効果が同じであることから、その後の処理も定期接種を実施したものとして扱われるため、このような誤りを生じたものと推察される。
(2) 監督責任について
また、被控訴人らは、控訴人国が接種担当者の監督者に該当するとして、国家賠償法一条一項に基づく責任を主張するようであるが、このような責任を問うというのであれば、控訴人国の公務員が予防接種を実施した民間の医師ないし地方公共団体の公務員に対して、予防接種に関し直接指揮・監督し得るような法律関係が明らかにされなければならない。ところが、被控訴人らは、予防接種に関し厚生大臣が公権力の行使に当たる行政指導をしたから、控訴人と右医師あるいは地方公共団体の公務員との間に右の法律関係が生ずるというもののようであるが、控訴人の右行政指導は各地方公共団体に対してされたものであって、接種を担当した民間の医師ないし地方公共団体の公務員に向けられたものではない。
そうすると、右主張をもってしては、控訴人国が右医師ないし地方公共団体の公務員に対して予防接種の実施を直接指揮・命令・監督していたことを基礎付けることはできず、控訴人国が国家賠償法一条一項の監督責任を負う根拠はない。
(3) 国家賠償法三条について
さらに、被控訴人らは、控訴人国が国家賠償法三条の費用負担者に該当すると主張するが、昭和五一年改正前の法二〇条ないし二二条に基づく控訴人の経費負担は、控訴人の機関委任事務である定期及び臨時の予防接種に関するものであって、地方公共団体が実施主体となる予防接種については、勧奨接種の特別対策を除き、控訴人国が経費を負担することはないものである。控訴人国は、各年度において、定期内に予防接種を受けると推定される者(生年月日によって決まる。)の人数を基礎として、標準団体規模に応じた積算方法により、地方税交付金を都道府県に支出するにすぎないのであり、定期後に予防接種を受けようとする者に対しその経費を支出することはない。したがって、地方公共団体が実施する予防接種については、当該地方公共団体においてその費用を負担しているものである。
(三) 勧奨接種について
(1) 監督責任について
地方公共団体が実施主体となりその公務員が担当する予防接種の場合、右公務員に対する関係で指揮・監督の権限を有するのは、当該地方公共団体であって、控訴人国は右接種に当たる公務員の行う予防接種を直接指揮・命令・監督し得る地位にない。被控訴人らは、都道府県知事等あての通知等をもってその根拠とするが、右通知は都道府県知事等に対するものであって、そのことから控訴人国と接種担当の公務員との間に事実上の監督関係が生ずるものとはおよそいえないものである。控訴人国が各都道府県知事等に発した通知には特別対策実施要領が添付されているが、これは、厚生省設置法四条一項を踏まえ、地方自治法二四五条五項に基づき技術的な指導・助言を行ったものであり、勧奨接種の実施主体において、これらを踏まえ、地域住民の健康及び福祉保持の観点から、その固有事務として勧奨接種を実施したのにすぎず、控訴人国が各接種担当公務員を指揮・監督するような内容のものではない。
したがって、控訴人国は、勧奨接種の接種担当者である地方公務員を指揮・監督する立場にはないから、仮に接種担当公務員に過失があるとしても、控訴人国が国家賠償法一条一項に基づき、責任を負ういわれはない。
なお、被害児大川勝生(四五の一)は、三重県立尾鷲高等学校在学中に、日本脳炎の予防接種を希望して受けたものであり、厚生省公衆衛生局長が各都道府県知事あてに日本脳炎特別対策として予防接種を勧奨した接種対象者ではなかったから、勧奨接種ではなく、単なる任意接種にすぎない。
(2) 国家賠償法三条の責任について
勧奨接種においては、被接種者が実費を負担するのであって、いわゆる特別対策(勧奨接種のうち、地方自治体に対して国から一定の財源措置ないし国庫補助が行われるものをいう。)の対象者の一部を除き、控訴人国において費用を負担することはないのが原則である。
そこで、以下特別対策について検討する。
① インフルエンザ及び日本脳炎の特別対策
インフルエンザ及び日本脳炎の特別対策は、本来勧奨接種に要する費用は被接種者又は保護者から実費を徴収してこれに充てるのが原則とされていたが、保護者が生活保護法による被保護者又はこれに準ずる者である場合には、実費を徴収せず、これを公費負担とするというものであった。そして、特別対策の実施対象は、小中学校、幼稚園及び保育園の児童である。しかるところ、インフルエンザの予防接種を受けた被害児吉原充(一の一)、依田隆幸(一〇の一)及び越智久樹(二〇の一)は、その接種時の年齢からして、一般予防対策としての乳幼児に対する勧奨接種を受けたものであり、特別対策の該当者に当たらない。また、被害児高橋尚以(五五の一)は、接種時年齢が九歳二箇月であり、年齢的には特別対策の該当者となり得るが、その保護者が生活保護法による被保護者又はこれに準ずる者に該当するとして公費負担がされているとは認められない。
なお、日本脳炎の予防接種を受けた大川勝生(四五の一)は、高校在学中に接種を受けたから、特別対策の対象者に含まれていない。
なおまた、特別対策にかかる経費の負担方法は、都道府県が実施市町村に対し公費負担額の三分の二相当額を交付し、控訴人国は、都道府県が市町村に交付した右補助金の二分の一に相当する額(すなわち全体の三分の一)を都道府県に交付するという間接補助方式を採っていたところ、右のように事業主体との関係で直接的でない費用負担につき国家賠償法三条の責任を認めることは相当でない。さらに、控訴人国は、インフルエンザ及び日本脳炎の特別対策にかかる公費負担につき法律上負担義務を負っているものではなく、勧奨接種全体に占める補助金の割合は極めて小さかったものであるから、控訴人国に国家賠償法三条の責任が生ずることはあり得ない。
② ポリオの特別対策について
被控訴人らは、ポリオの勧奨接種について、事務費の二分の一を控訴人国が補助し、かつ六歳未満の者への投与に使用するワクチンを無償交付していることを根拠に、控訴人国は国家賠償法三条の責任を負うと主張するが、六歳未満用のワクチンの無償交付をもって三条にいう「俸給、給与その他の費用」に当たるとすることには解釈上無理がある。また、事務費の二分の一の補助をもって控訴人国が国家賠償法三条の費用負担者に当たると解することにも疑問がある。
なお、ポリオの勧奨接種を受けた四名の被害児のうち昭和三九年二月二八日に予防接種を受けた加藤則行(三六の一)については、特別対策の対象者には該当しない。すなわち、ポリオ特別対策による経口ポリオ生ワクチン投与の費用については、昭和三六年七月から昭和三八年度上半期までは、投与のための事務費を実施主体である都道府県が支弁し、控訴人がその二分の一を補助するというものであったが、昭和三八年度下半期(ワクチン投与実施期間が昭和三九年一月から三月上旬まで)の特別対策では、ポリオの流行も下火となったことなどから、経口生ポリオワクチンの投与は、他の勧奨接種と同様、市町村が実施するものとされ、その費用負担も、事務費、ワクチン代を含んだ実費を市町村が被投与者から徴収することを原則とし、生活保護法の被保護者等一定の低所得者については実費徴収を免除して、これらの者に対する投与を公費負担とし、その三分の一につき間接補助方式により国庫補助をするというように改められた。加藤則行については、この昭和三八年度下半期のポリオ特別対策として、名古屋市が実施した勧奨接種を受けたものである。そして、同人が実費免除により公費負担とされたとの証拠はないから、控訴人国は、同児の右予防接種につき、国家賠償法三条の費用負担者に該当しないといわなければならない。
4 実施主体の過失による国家賠償責任について
(控訴人)
被害児梶山桂子(一五の一)につき、東京都中野区長が二種混合ワクチンと種痘の同時接種の計画を立案したとしても、予防接種事故発生についての過失を推認させるものではないことは、前記2(四)(2)記載のとおりである。
第五 損失補償請求について
一 国家賠償請求に損失補償請求を併合することの可否
(控訴人)
1 本件は、国家賠償法一条に基づく損害賠償請求事件として、昭和四八年六月、東京地方裁判所(ワ)第四七九三号事件として提起され、その後同様の請求原因に基づき、同裁判所同年(ワ)第一〇六六六号事件、昭和四九年(ワ)第一〇二六一号事件、昭和五〇年(ワ)第七九九七号事件及び同年(ワ)第八九八二号事件が順次追加提訴され、いずれも併合の上、民事訴訟法に基づき審理が進められた。
しかるところ、被控訴人らは、昭和五三年九月二九日付けの準備書面(十六)(昭和五三年九月二九日の第二七回口頭弁論期日に陳述)において初めて憲法二九条三項に基づく損失補償の請求をするに至った。
その後右事件に同裁判所昭和四七年(ワ)第二二七〇号事件(併合前は国家賠償法一条に基づく請求)及び昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件(併合前から国家賠償法一条及び憲法二九条三項に基づく請求)が併合され、また、前記昭和五〇年(ワ)第八九八二号事件は取下げにより終了している。
以上の経過からすると、京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件以外の事件においては、国家賠償法一条に基づく請求に憲法二九条三項に基づく損失補償請求の訴えの追加的変更の申立てがされ、昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件においては、国家賠償法一条に基づく損害賠償請求と憲法二九条三項に基づく損失補償請求とが併合して提起されたものということになる。
2 ところで、国家賠償法一条に基づく損害賠償請求と憲法二九条三項に基づく損失補償請求とは、訴訟物を異にする別個の訴えであることは明らかであるところ、前者は民事訴訟法に基づき審理されるべき訴え(以下「民事訴訟」という。)であり、後者は損失補償請求という公法上の法律関係に関する事件(行政事件訴訟法四条の実質的当事者訴訟)として行政事件訴訟法に基づき審理されるべき訴えであることも明白である。
そうすると、昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件以外の事件についてみると、本件では、民事訴訟に行政訴訟の訴えの追加的変更の申立てがされたものということになる。
しかしながら、後記3記載のとおり、民事訴訟に行政訴訟を併合することは許されないから、右行政訴訟への訴えの変更の申立てについては、原裁判所は、これを許さないとの裁判をするべきであったところ、誤って訴えの変更を許したものであるから、右裁判を取り消し、訴え変更を許さずとの裁判をするべきである。
なお、前記東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件については、もともと併合要件を欠く訴えが同一の訴状をもって提起された場合で、しかも二つの訴えは選択的併合の関係にあるから、損失補償請求に係る訴えを分離して独立の訴えとして取り扱う余地はない。したがって、右の訴えは、不適法として却下されるべきである。
3 訴えの変更は、従前の請求のために開始された訴訟手続において新たな請求につき審判を求めるものであるから、訴えの変更が許されるためには、数個の請求が同種の訴訟手続によって審判され得ることという民事訴訟法二二七条の要件を満たす必要がある。そうすると、民事訴訟に行政訴訟を併合することは許されないことになる。
もっとも、行政事件訴訟法一六条及び一九条は、関連請求の関係にある民事訴訟を行政訴訟に併合し得ることを認めている。しかし、民事訴訟と行政訴訟とが関連請求の関係にあるとしても、これとは逆に、民事訴訟に係る請求にこれと関連請求の関係にある行政事件訴訟を併合することは許されないと解すべきである。
すなわち、行政事件訴訟法一六条、一七条、一八条及び一九条は、取消訴訟の管轄裁判所に関連請求に係る訴えの併合管轄が生ずることを認め、同裁判所に関連請求に係る訴えを移送し又は併合提起し得ることを定めたものであるが、他方、行政事件訴訟法は、関連請求に係る訴訟の管轄裁判所に取消訴訟の併合管轄権が生じ、同裁判所に取消訴訟を移送し又は併合提起し得る趣旨の規定は一切設けていない。これらの点からすると、行政事件訴訟法は、係争処分等の早期確定を図る趣旨の下に、その取消訴訟に併合し得る請求を行政事件訴訟法一三条所定の関連請求に限定した上、取消訴訟を中心にすえ、これに関連請求に係る訴訟を併合する建前を採っているのであって、取消訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許容していないと解される。
そして、当事者訴訟には行政事件訴訟法四一条二項により取消訴訟に関する前記諸規定が準用されているので、当事者訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許されない。
そして、損失補償請求と損害賠償請求とは同種の訴訟手続による場合に当たらないから、民事訴訟法二二七条により追加的に訴えを変更することもできない。
4 以上のとおりであるから、被控訴人らの原審における損失補償請求の訴えの追加的併合は許されず、この点を看過した原審の訴訟手続の違法が治癒される余地はないから、当審において速やかに損失補償請求を認容した原判決を取り消し、訴え変更不許の裁判をするべきである。
また、東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件については、原判決を取り消し、訴えを却下するべきである。
(被控訴人ら)
1 時機に遅れた主張
控訴人の主張は正に時機に遅れた防御方法であり、却下されるべきである。すなわち、被控訴人らが、本件において憲法二九条三項に基づく損失補償の請求を主張したのは、原審における昭和五三年九月二九日付けの準備書面(十六)においてであり、それ以来既に一三年の歳月が経過している。右準備書面以降被控訴人らは、損失補償請求を中心として法律上の主張を展開したが、控訴人は、原審において併合審理の不適法を主張していないのである。当審においても、平成三年六月一〇日付けの準備書面(十七)までは、控訴人は、損失補償請求についての併合審理が不適法である旨の主張を一切していなかった。
控訴人は、被控訴人らが損失補償の請求をした当初から右主張を行うことができたにもかかわらず、結審を目前に控えた右時期まであえてこれを行わなかったのであって、控訴人の主張が時機に後れたものであることは明らかである。
2 併合審理の適法性
(一) 損害賠償請求と損失補償請求とを同一訴訟手続において併合審理することが適法であることは、最高裁判所の判例(昭和四七年五月三〇日第三小法廷判決・民集二六巻四号八五一頁、昭和五七年二月五日第二小法廷判決・民集三六巻二号一二七頁)であり、実務上もこれに従った取扱いがされている。
(二) また、本件損失補償請求と国家賠償請求訴訟とは訴訟手続的に相容れない異質のものではない。本件損失補償請求は単純な金銭の給付請求訴訟であって、これがいわゆる実質的当事者訴訟に該当したとしても、その審理手続は民事訴訟手続そのものといってよいものである。当事者訴訟については行政事件訴訟法四一条に「抗告訴訟に関する規定の準用」規定があるだけであり、同条によれば当事者訴訟に準用される同法の規定は、行政庁の訴訟参加(二三条)、職権証拠調べ(二四条)、判決の拘束力(三三条一項)、訴訟費用の裁判の効力(三五条)、関連請求に係る訴訟の移送(一三条)及び併合(一六条ないし一九条)であるが、原則として民事訴訟の規定に従って審理される実質的当事者訴訟、特に単純な金銭給付請求においては、職権証拠調べの規定以外はそもそも理論上及び実務上も適用される余地がない。すなわち、行政事件訴訟法は、民事訴訟法を基礎として、行政処分及び行政過程の持つ特殊性を手続的に規定しているのであって、その実は抗告訴訟法とでもいうべきものであり、行政処分の介在することのない、また、行政過程に直接影響を及ぼすこともない単純な金銭的請求である実質的当事者訴訟においては、行政処分の効力、関係行政庁の訴訟参加、判決の拘束力等行政過程の特殊性を手続に反映させる必要性が存在せず、行政事件訴訟法の規定が適用される余地がない。
併合の規定である一六条ないし一九条の規定に関していえば、これらの規定は同一の行政処分に関連する紛争を一挙に解決することを目的とした規定であるから、実質は民事訴訟である実質的当事者訴訟を関連請求に追加的に併合することは、同法の趣旨に何ら反するものではない。
しかも、適用の余地があるとされる職権証拠調べ(二四条)の規定については、同規定の適用の有無によって「行政訴訟手続」と「民事訴訟手続」を区別したとしても、一般に職権証拠調べの規定が活用されていないことは周知の事実であって、そのために訴訟当事者に不利益が生ずることはなく、そのことが併合審理の可否を論ずる根拠とはなり得ない。本件においても、職権証拠調べの規定の適用が問題となったことはなく、応訴上控訴人がそのことによって不利益を受けたこともない。
したがって、本件損失補償請求が行政訴訟手続によって審理されなければならない理由は存しない。
そうすると、本件損失補償請求は、民事訴訟法二二七条に基づき併合審理が可能であり、行政事件訴訟法に基づき別個の訴えを提起しなければならないとする控訴人の主張は失当である。
二 損失補償請求権の存否
(控訴人)
1 憲法一三条、一四条一項、二五条と損失補償請求権
(一) 憲法一三条は個人主義を基調とする自由権的基本権ないし基本的人権を一般的、抽象的、包括的に宣言しているものである。したがって、同条が裁判規範として現実に機能する余地があるとすれば、それは基本的人権を制約する法令、処分等の合憲性が争われた場合に同条が憲法の基本理念を表明するものとして、同条の趣旨により法令、処分が違憲無効とされる場合に限られるというべきである。
憲法一三条の規定の趣旨、目的、内容、性質等に照らすと、国民が国に対し直接同条に基づき何らかの実体法上の請求権を取得するということはおよそ考えられないところである。
(二) 憲法一四条一項は、近代憲法の持つ平等主義の大原則を一般的に宣言したものであり、法の内容についての制約として立法に基準を与え、また、法の執行に対する制約として、行政と裁判とを指導するものであって、いわば高次の国政指導原理たるべきものであり、裁判規範としての効力は、差別を内容とする行為(法律ないし処分)を違法とし、無効とするものにとどまり、それ以上に、国民が実質的平等を実現するように国家に要求し得る権利を含むものではない。
右条項を根拠として国民の国に対する実体法上の請求権を認める余地は存しない。
(三) 憲法二五条は、いわゆる生存権を保障した規定であるが、累次の最高裁判決が明らかにしたように、国民の生存権確保のための国の責務を宣言したものであって、国が個々の国民に対して具体的・現実的に義務を有することを規定したものではない。
(四) そして、憲法一三条、一四条一項、二五条の各規定の法意は右のとおりであるから、そのような規定を総合して解釈したとしても、それらの規定から直接国民の国に対する何らかの実体法上の具体的な請求権が導き出されるということはない。
2 憲法二九条三項と損失補償請求権
(一) 初めに
憲法二九条三項の趣旨は、同条一項が財産権の不可侵を規定して私有財産制を制度的に保障していること、同条二項が公共の福祉を図る見地から財産権の内在的制約あるいは政策的制約としてその内容を立法的に定め得るとしていることを前提とした上、公共の利益のために私有財産を同条二項によって許される右内在的制約あるいは政策的制約の域を超えて剥奪、制限等する必要がある場合にこれを適法になし得る道を開くとともに、その場合には、当該財産権を価値的に保障する意味で正当な補償をすべきものとしていると解するのが相当である。したがって、憲法二九条三項の意味、内容を解釈し、確定するに当たって、一項、二項との有機的関連性を何ら考慮することなく、三項のみ独立して解釈するといった手法は不適当であって、同項を正しく理解するためには、同条が全体として一定の意義を有していることを念頭におき、その中における同項の位置付けを踏まえた上でその意味内容を解釈し、確定することが必要である。
(二) 憲法二九条三項の要件
憲法二九条三項の「公共のために用いる」の意義については、判例は、公共のためにする財産権の制限が一般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲を超え、特定の人に対し特別の犠牲を課したものと認められる場合をいうものと解しており、特別の犠牲の概念を中心に右条項を解釈している。
もっとも、この特別の犠牲の概念は本来極めて抽象的、多義的、相対的概念であって、個別具体的事案の下で何をもって特別の犠牲というかを判断するのは容易なことではないということに注意を要する。また、同条項のいう「正当な補償」の意義については、学説上完全補償説と相当補償説の対立がある。そして、完全補償説にも、①損失補償の目的は、平等原則の実現にあるから、生じた損失の全部を保障するものでなければならないとする説、②損失補償は、財産権の補償に対応するものであるから、被侵害財産の客観的価値を保障するものでなければならないとする説に分かれ、相当補償説も、①正当な補償とは、完全な補償を意味するものではなく、時の社会通念に照らし、客観的に公正妥当であれば足りるとする説、②私有財産制の下では完全な補償を原則とするが、合理的理由があるときは、例外的にそれを下回ることも許されるとする説、に分けられる。
ところで、正当な補償の意義を完全補償と捉えると、財産権の剥奪、侵害、制限の多種多様性に応じた補償を困難かつ現実性のないものとすることから、相当補償説が通説であり、最高裁の判例(昭和二八年一二月二三日大法廷判決)も、相当補償説のうち①の説に立つことを明らかにしている。
相当補償説の①説の論拠は、財産権はもともと憲法二九条二項に基づき内在的ないし政策的制約を受けるものであって、そのような制約による財産権の価額の低下自体は財産権者において当然受忍すべきであり、同条三項により補償の対象となるのは、それを超えて価額が低下し、あるいは財産権を喪失したときであるから、正当な補償の内容も財産権の内在的制約あるいは政策的制約の大小との関係で相対的にならざるを得ないこと、特別の犠牲といっても、土地収用法に基づく土地収用のように特別性の極めて高度なものから憲法二九条二項に基づく財産権の内在的制約との限界事例まで多種多様であり、正当な補償も特別の犠牲における特別性の程度に応じて相対的なものとならざるを得ないことにある。
相当補償説の①説に立った場合、何をもって正当な補償とするかの基準については、「具体的な権利の侵害を認める法律の目的及び侵害行為の態様を考え、被侵害利益の性質及び程度に鑑み、補償が与えられる当時の社会通念に照らし、社会正義の観点からみて、客観的に公正妥当であるかどうかを判断して決するほかはない。」といわれている。
なお、最高裁昭和四八年一〇月一八日第一小法廷判決は、土地収用法における損失補償について、「完全な補償」という文言を用いているが、相当の補償で足りるとした前記最高裁昭和二八年一二月二三日大法廷判決を変更したものとは解されていない。すなわち、相当補償説の①説の立場からは、右最高裁昭和四八年一〇月一八日判決は、土地収用法による収用の場合、特定の財産権の所有者に対する犠牲の特別性が極めて高い場合であることに着目して、「収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるような補償」が要求されることを判示したものと理解できる。
(三) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の限界
(1) 直接憲法二九条三項に基づき損失補償請求ができるかどうかの問題については、補償についての法律規定がなくとも右条項が直接に具体的な補償請求権の成立とその内容を規律する実体法規としての効力を持つとする実体法規説が通説・判例と目されつつある。
しかし、憲法による直接請求を認めるとすると、まず、二九条三項に民法や商法と同じく実体法すなわち権利義務ないし法律関係そのもの、あるいはその実質的な事項、すなわちその種類、変動、効果、帰属すべき主体などを規定する法としての性質・効力を肯認することになる。しかし、憲法の数ある条項の中で憲法二九条三項についてのみ立法を待たずして直接国民の国に対する実体法上の請求権が発生するとする実体法としての性質、効力を解釈上認めることは極めて特異なことになる。
また、特別の犠牲の概念そのものが極めて相対的なものであり、同じ「特別」でも特別性の程度が一般に近いものから極めて高度なものまで千差万別であるため、個別具体的事案について何をもって特別の犠牲というかを判断することは容易なことではない。憲法二九条三項に実体法としての性格・効力を肯認し、右条項に基づく損失補償請求権を認めようとすると、その要件は極めて抽象的・多義的・相対的なものとならざるを得ないのであって、右条項は、法律要件の点からみると、裁判規範として機能する実体法規範としてはおよそ不明確かつあいまいな内容の規定であるといわざるを得ないことになる。これは、憲法の一条項に実体法規性を認めること自体に法理論上の難点があるからである。
憲法二九条三項に実体法規性を認めることに法理論上の難点がある以上、本来、いかなる場合に損失補償をすべきか、その要件の具体的定立は個別の立法に委ねるのが財産権の補償と法的安定性の確保に資するとともに、憲法規範としての特質にも合致するのである。
また、憲法二九条三項から発生するとされる法的効果の内容である正当な補償の意義、内容についても、特別の犠牲の程度や憲法二九条二項に基づく財産権の内在的制約あるいは政策的制約の大小との関係で相対的にならざるを得ない。このように正当な補償の意義内容は、特別の犠牲の概念の相対性及び憲法二九条二項との相対的関係に対応して極めて相対的なものであり、概念自体の抽象性、多義性とあいまって法解釈上その意義、内容を一義的明確に把握し、確定することは著しく困難であるといわなければならない。このように、何をもって正当な補償とするかについて、直接憲法二九条三項の解釈からこれを導き出すことに関して法理論上右のような難点がある以上、右条項にいう正当な補償の内容の具体化は、当該法律関係を規律する損失補償関係法規の個別立法の中で図られるべきである。
以上のとおり、憲法二九条三項に基づく損失補償請求権を認めるとき、その要件の中核をなす特別の犠牲の意義、内容、並びにその法的効果の内容をなす正当な補償の意義、内容は余りに抽象的、多義的、相対的であって、右条項は、法律要件、法律効果のいずれの点からみても、裁判規範として機能する実体法規範としてはおよそ不明確かつあいまいであるといわなければならない。憲法二九条三項の持つ右のような実体法規範としての難点は、裁判所が法解釈の名の下に補うには余りに重大すぎるというべきである。
(2) そして、損失補償につき憲法二九条三項の規定を受けて具体的に立法された法律において、具体的な法律関係あるいは事実関係ごとの補償原因や補償内容、それに補償額確定手続等が規定されている場合には、憲法の右条項の趣旨を踏まえた上で、当該法律の解釈適用によりこれを解決すべきであり、また、補償規定がない場合であっても、同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律に補償規定があるときは、同様の法律関係は同様に扱うとの法解釈の普遍的原則に照らしても、当該法律の類推適用によって解決すべきであり、それとは別個に、直接憲法の右条項に基づき損失補償請求をすることは許されないというべきである。このような立場こそ憲法の右条項が本来有すべき憲法規範としての特質に合致するものであるばかりでなく、それによって初めて右条項に実体法規性を承認したときに不可避的に生ずる損失補償の要件及び効果の抽象性、多義性、相対性に由来する裁判規範としての限界の問題を合理的かつ現実的に解決し、損失補償を巡る法律関係の法的安定性を確保することができるのである。
(3) ところで、このように法律優先適用説的な考え方を採った場合、法律の定める補償内容が憲法二九条三項にいう正当な補償に及ばないと解されるときは、これをいかに考えるかが問題となるが、そのような場合は、まず、当該補償規定の意味・内容を憲法の右条項の趣旨によって補充した解釈により正当な補償との乖離を回避すべきであり、右のような解釈によってもなお正当な補償との乖離を回避できないときは、当該補償規定の違憲性が問題とされるべきである。そして、右違憲性が肯定されて初めて該当補償規定のうちの補償内容の上限を画する部分の効力が否定され、当初より補償規定を欠く場合に準じて直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求の適否が論じられるべきである。
(4) 結局、このように財産権の制限を課している法律に補償規定がなく、他に類推適用すべき法律の補償規定もない場合に、初めて直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求が問題となり得るが、右の直接請求を認めることには、憲法の実体法規性の有無、右条項の要件及び効果の抽象性、多義性及び相対性から問題が多く、仮にこれを肯定する立場に立ったとしても、法律要件の中核をなす特別の犠牲と法律効果の内容をなす正当な補償のいずれの意義・内容についても裁判規範として裁判所の公正、安定的な使用に耐えるだけの一義的に明白かつ客観的な判断基準が定立されなければならないのである。
(四) 生命・身体被害と憲法二九条三項
(1) 生命・身体被害に対する憲法二九条三項の類推適用の困難性
憲法二九条一項は、個々の国民に対しその財産権に対する国家の侵害からの自由権を保障するとともに、経済制度の基礎秩序として私有財産制を制度的に保障しているものであり、同条二項は、同条一項が私有財産制を制度的に保障していることを前提とした上、その制約として、公共の福祉の見地から「財産権の内容」を定めることを法律に委ねたものであり、三項は、公共の利益のため私有財産について同条二項によって許される内在的制約の域を超えて剥奪、制限等をする必要がある場合にこれを適法になし得る道を開くとともに、その場合には当該財産権を価値的に保障する意味で正当な補償をするべきものとしているのである。
このような憲法二九条三項の位置付けないし趣旨、目的にかんがみると、そもそも生命・身体被害の場合に同条の中から同条三項のみを取り出してこれを類推適用し、生命・身体被害に対する損失補償の道を開こうとする発想そのものが極めて問題である。
また、憲法二九条三項の要件の点から検討すると、憲法二九条三項により正当な補償が必要とされるのは、財産権を「公共のために用いた」場合であり、それによって生じる「特別の犠牲」に対して損失補償が必要とされてきたのであるが、そこではかかる特別の犠牲といわれる財産権の侵害は、公権力の意図的ないし目的的侵害行為に基づくものであり、結果的に偶然発生したような損害を含むものではないことはむしろ当然のこととされてきたのである。
このような観点からみるとき、憲法上、生命・身体について右に述べた財産権に対する特別の犠牲と同じ意味での特別の犠牲を許容する余地のないことは明らかである。憲法二九条三項に規定する損失補償は、当初から適法な行為の結果として一定の損失が生ずることが意図されており、だからこそ当該損失に対して補償が必要とされるのである。そのような前提なしにたまたま損害が発生したからといって、この損害という結果にのみ注目して憲法の損失補償の法理を類推適用するということは、許されない。財産権に対する特別の犠牲について妥当する損失補償の論理は、生命・身体に対する特別の犠牲の場合に妥当する余地はない。生命・身体に対する特別の犠牲については、そのような特別の犠牲を課すこと自体が違憲違法な行為であるとして、差止めの法理ないし国家賠償法一条に基づく損倍賠償の法理で解決されるべきものである。
(2) 本件予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用の困難性
前記のように、憲法二九条全体の構造からして生命、身体について特別の犠牲ということを許容する余地はなく、その意味で本件予防接種禍について同条三項を類推適用することはできないものであるが、その点を別にしても、予防接種禍が財産権に係る損失補償請求権の要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で特別の犠牲に当たるかが検討されなければならない。
この特別の犠牲に当たるかどうかの点は、侵害行為の対象が一般的であるかどうか、いいかえれば広く一般人を対象としているかそれとも特定人又は特定の範疇に属している人を対象としているか、被侵害者が全体に対してどういう割合を占めているかという形式的基準、及び侵害行為が財産権の本質的内容を侵すほど強度なものであるかどうかという実質的基準の両要素について客観的・合理的に判断されるべきものである。
まず、形式的基準との関係でみると、本件各予防接種は、特定人又は特定の範疇に属する人を対象としているのではなく、広く国民一般を対象としているものである。ごくまれにではあるが一定の確率で発生する重篤な副反応の可能性を予防接種の危険性と呼ぶならば、国民一般が社会防衛、集団防衛の観点から等しくその危険性を負担するものであり、重篤な副反応が発生した者のみがその危険性を負っているものではない。このように本件予防接種禍の場合、侵害行為の態様においては何ら特別性がない。
次に実質的基準との関係でみると、予防接種という侵害行為はその本来の性質上、当然に生命・身体に対して重大な損傷を与えるというような強度なものではない。予防接種による重篤な副反応の発現という結果は、決して意図的ないし目的的なものではなく、この点において、意図的、目的的侵害行為を特徴とする収用概念とは完全に乖離しているのである。
このように、本件予防接種禍が財産権に係る損失補償請求権要件の中核をなす特別の犠牲と同じ意味で生命・身体に対する特別の犠牲に当たるとすることには法理論上多大の疑問があり、これを否定せざるを得ない。
なお、予防接種を実施することではなく、重篤な副反応が生じたことをもって特別の犠牲を課したと解する立場もあるが、その立場については、なぜに憲法二九条三項にいう「公共のために用いる」ということを個別具体的な接種行為以外の点に求め得るのかが説明されなければならないであろう。このような論法を用いると、義務教育における体育の授業実施中の人身事故についても(全国的視野でみるとこのような人身事故の発生はある程度不可避的とさえいえなくもないのである。)、損失補償の対象ということになるのでなかろうか。学校事故が発生したことによって他の児童生徒の健全な発育が達成されるものではないが、予防接種にあっても特定の者に副反応が生じたことによって社会防衛が達成されるものでないことは同様なのである。
また、副作用としての特別な犠牲は意図された結果ではないとしても、単なる偶然の結果ではなく、当初から予測され、しかもやむを得ないものとしてではあれ、当初から認容された結果であるから、発生した結果に対する補償の必要性の観点からは、当初から意図された結果としての特別な犠牲と同視し得るとする説もあるが、そこでいう予防接種禍の予測、認容というものは、予防接種を受けた特定人に被害が生ずることに対する予測、認容でないことはもとより、損失補償を要する場合における意図性、目的性と対比すると、全く質的に異なるものである。このように意図性、目的性の要件を極度に緩和、抽象化することはできないといわなければならない。
そのほか、勧奨接種については、特に以下の点を指摘し得る。すなわち、勧奨接種は、特定疾病の感受性対策として、国の地方公共団体に対する行政指導により、特定の年齢群、集団などに対し、勧奨して主に市町村が実施主体となって実施したものであるが、罰則による強制若しくは法による義務化を伴わない点で強制接種とは基本的な法構造を全く異にするものである。そして、勧奨接種の対象となったインフルエンザ、日本脳炎、急性灰白髄炎のいずれも伝染性が極めて強いか一度罹患すると極めて重篤な症状を呈するものなど、疾病自体が国民から恐れられているものであり、勧奨接種を受けた国民には、勧奨によって啓発されて自発的に接種を受けたという場合も相当割合存在すると考えられる。むしろ、勧奨により接種を受ける個々人が自己の防衛という観点を離れて専ら社会防衛、集団防衛という観点から接種を受ける場合は例外というべきで、個々人の防衛という観点から接種を受ける場合の方がむしろ一般的である。このようにみてくると、本件勧奨接種に伴う予防接種禍については、強制接種の場合に比べて国家権力による強制の要素が極めて希薄であり、この点からも、特別の犠牲に当たると解する余地はないといわなければならない。
なおまた、日本脳炎の勧奨接種については、日本脳炎は主としてコガタアカイエカ、豚、コガタアカエイカという循環によってコガタアカエイカの感染が増幅され、ときに人が感染を受けるというものであり、人間相互の感染ということは全く考えられないのであるから、日本脳炎ワクチンは被接種者個人につき罹患した場合の重篤な症状を防ぐという個人防衛の面において存在意義を有するのであり、社会防衛、集団防衛という側面は極めて希薄である。したがって、社会防衛、集団防衛のため国家権力が国民に強制するという要素はなく、「公共のために用いる」との要件において類似性を認めることは不可能である。したがって、日本脳炎ワクチンの勧奨接種を受けたと主張する被控訴人大川勝生(四五の一)については、その面でも損失補償請求は失当である。
(3) 本件予防接種禍と正当な補償
仮に憲法二九条三項が生命・身体被害の場合にも類推適用されるという前提の下に、本件予防接種禍が生命・身体に対する特別の犠牲に当たるという見解を採ったとしても、本件予防接種禍について何をもって正当な補償とするか、その内容、金額を司法の場において一義的明確に確定することは不可能である。
すなわち、正当な補償とは完全な補償を意味するのではなく、時の社会通念に照らし客観的に公正妥当であれば足りるとする相当補償説が正当であるところ、特別の犠牲における特別性の程度等に応じて、これに対する正当な補償の内容も相対的に決せられることになる。
ところで、損害賠償と損失補償の関係についてみると、損害賠償の場合は、加害行為に起因するすべての損害が賠償の対象となるのに対し、損失補償は、特別の犠牲に対する補償であるとはいえ、それは適法な国家の公益活動によってもたらされるものであるから、国家行為により直接奪われた財産上の積極損失に対して正当な補償を与えるシステムであり、間接被害については限られた範囲で付随的に補償がされるにすぎないといわれる。したがって、生命、身体に対する特別の犠牲についての正当な補償を論ずるとき、判例上確立した賠償法理における損害賠償額の概念及び算定方法をそのまま類推適用ないし流用すべきではないが、この問題について具体的な立法もない状況下において、司法の場でこの問題に明確な回答を与えることは著しく困難というべきである。
また、侵害行為に当たる本件各予防接種に伴う危険性は国民一般が等しく負担するものであること、予防接種を受けた個々人は等しく伝染病の危険性が免れるという利益を直接的に享受するものであり、侵害行為の態様において何ら特別性のないこと、予防接種の副反応の発現という結果は、決して意図的、目的的なものではなく、極めて偶然的に発生すること等からすると、本件予防接種禍は特別の犠牲の典型である収用概念に相当する生命・身体に対する特別犠牲と比べて極めて特別性が低いことは明らかである。特に、勧奨接種に伴う予防接種禍は、本件強制接種に伴うそれと比べて一段と特別性の程度が低い。
そうすると、このような予防接種禍に対する正当な補償もかかる事情を反映して相対的に決定されざるを得ないものであるから、仮に特別の犠牲の典型である収用概念に相当するような生命・身体に対する特別の犠牲に対する正当な補償を最高限度のものと観念すると(この場合であっても、法理論上賠償法理における損害賠償額から慰謝料及び弁護士費用を除いた額を超えることはないというべきであろう。)、本件予防接種禍の場合における正当な補償は相対的に低額なものとならざるを得ないであろう。
しかし、このように相対的に低額なものとならざるを得ない本件予防接種禍の場合の正当な補償について、その意義、内容、算定方法を司法の場において法的安定性を確保するに足りるだけの一義的明確性をもって認定判断することは、著しく困難である。
(4) その他の問題点
ア 損失補償の責任の主体に関する問題点
勧奨接種については、控訴人国が各都道府県知事等に対して勧奨接種の実施法を指示する通達を発し、これに基づいて右地方公共団体が当該行政区域内の住民に対し接種を勧奨する行政指導をして実施してきたものである。すなわち、国民との関係で接種を勧奨しこれを実施したのは、各地方公共団体であることは明らかであり、控訴人国がこれを法律等によって強制したことはない。
そうすると、仮に本件で憲法二九条三項を類推適用して損失補償請求を認めるにしても、その相手方は、勧奨接種を実施した地方公共団体であるといわなければならない。
イ 被害児以外の者の損失補償請求について
憲法二九条三項を背景として個別の損失補償請求を定めた法律等に基づいて損失補償が必要とされる場合には、公共のために財産を用いられた者、すなわち当該財産の帰属主体に対してその財産の価値に応じた正当な補償を行い、かつ、それで足りるのが原則である。本件でも、生命、身体の帰属主体たる被害児に対して被害を金銭的に評価した正当な補償がされれば足りるはずである。そうすると、被害児の両親に対してまで損失補償を認める理由はない。親固有の問題としては、子供に重篤な副反応が生じたことによる精神的な苦痛というのが考えられないでもないが、これは通常の財産権における収用概念に相当する「公共のために用い」るということを前提としていないから、もともと損失補償の対象となり得ないというべきである。
(五) いわゆる手続的類推適用説について
なお、損失補償請求権の実質的根拠を憲法一三条、一四条、二五条に求め、ただ実体法上の請求権の形式的根拠として憲法二九条三項を類推適用する(いわば訴権性の借用である。)という説がある。
しかしながら、憲法一三条、一四条、二五条を根拠に具体的な損失補償請求権が発生すると解することは困難である。せいぜい、これらの規定は、控訴人国に対しその被害を救済すべきであるという一般的責務を負わせることの根拠になり得る程度であり、損失補償責任という控訴人国の具体的な法的責任の発生根拠と理解することはできないというべきである。また、この説は、憲法二九条三項の訴権性を当然の前提としているが、その前提においても問題があるところであって、かかる見解を採用する余地はない。
3 もちろん解釈説について
大阪地裁昭和六二年九月三〇日判決及び福岡地裁平成元年四月一八日判決は、憲法二九条三項のもちろん解釈説を採用した。このもちろん解釈というのは、「規定されていない事項について、『より強い理由で』適用されると解釈する」ことをいうのであって、類推解釈とともに、一定の規定を基にして、その法理が妥当する類似の事項についてかかる規定が存するのと同様の法的処理を行おうとする解釈手法であり、類推解釈よりも類似性が強い等の場合に妥当するものである。
しかるところ、前記で検討したとおり、憲法二九条三項の類推適用には数々の問題点があり、同条を類推適用することは不可能なのであるから、もちろん解釈によってこれを適用することが可能になるということはあり得ないものである。
4 本件救済制度と損失補償請求
(一) 本件救済制度と損失補償請求の可否
控訴人国は、予防接種禍により健康被害を受けた者について、簡易迅速な救済を図る当面の措置として、昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づく行政上の救済制度(以下「本件行政救済措置」という。)を講じ、さらに、昭和五一年法律第六九号による法改正により恒久的な法律上の救済制度として、一六条以下に救済制度(以下「本件救済制度」という。)を確立した。
本件救済制度は、予防接種禍の特質にかんがみて、相互扶助及び社会的公正の理念に立脚した公的補償ないし国家補償の精神に基づいて創設された法的救済制度であり、講学上の体系においては、国家賠償法を根拠とする違法行為に基づく損害賠償及び憲法二九条三項ないしは右条項を受けた損失補償関係法規を根拠とする適法行為に基づく損失補償のいずれの類型にも直接的には属さないいわば第三の類型としての国家補償に属するものである。
ところで、予防接種禍につき損失補償請求権を肯定する実質的根拠として挙げられる予防接種の集団防衛としての性格、接種における強制の契機、ごく少数ではあるが不可避的に発生する重篤な健康被害の可能性といった点は本件救済制度創設の趣旨として挙げられる点でもあるから、損失補償請求権と本件救済制度に基づく請求権とは実質的には同一の趣旨に基づくものであるということができる。したがって、本件救済制度は、憲法上の損失補償請求権の趣旨を具体化した実体法であるというべきであるし、仮にそこまではいえないとしても、同種の法律関係ないし事実関係について規律する実体法に補償規定がある場合と同視することができる。
そうすると、予防接種禍については、憲法に基づく損失補償請求が可能であるとしても、それと同趣旨の補償規定たる本件救済制度が憲法に優先して適用されるべき法律上の制度として法定され、その給付額は補償の上限を画していると解されるから、右制度に定められた以上の補償を請求することはできないものというべきである。仮に、本件救済制度が直接的には被控訴人らに対する損失補償を定めたものではないとしても、同制度が予防接種禍を巡り国家補償的見地から社会的な公平を図る趣旨で制定されたものであることからすると、損失補償額の確定に当たっては、少なくとも本件救済制度が定めているところが可能な限り類推適用されるべきで、それが立法府の合理的裁量を斟酌してもなお低額にすぎて違憲無効であるというような例外的な場合でない限り、これを上回る請求は認められないというべきである。
なお、本件救済制度が訴訟によらない簡易な手続により迅速な救済を与えるもので、最低の保障として定型化されたものとして立法化されたということはない。
したがって、本件救済制度が存在する以上、憲法二九条三項等に基づき、これとは別途の又はこれを上回る損失補償請求をすることは許されない。
そうすると、被控訴人らのうち、原告番号一、三ないし五、七、九ないし一三、一八、二一、二四、二六ないし二九、三一、三三、三四、三六ないし三八、四〇ないし四四、五〇、五三、五五、五六、五八ないし六三の各被害児に係る被控訴人らは、いずれも本件救済制度を定めて法一六条以下の適用を受け、別紙給付一覧表のとおり支給決定を受け、所要の給付を受けているものであるから、同人らの本件損失補償請求は、この点からしても、理由がない。
また、いずれにせよ、本件救済制度を定めた法一六条以下の規定は本件予防接種禍に類推適用すべきであるから、被控訴人ら全員との関係においても、本件救済制度を上回る損失補償請求は理由がないものというべきである。
(二) 給付に関する処分と損失補償請求との関係
本件救済制度における給付に際しては、法令の根拠に基づき、市町村長が支給決定ないし不支給決定を行うことになっているが、右決定はいわゆる公定力のある行政処分に該当する。
そして、支給決定を得た者は、それにより所定の給付を受ける法的地位を取得するが、支給決定の効力はそれにとどまらないものであり、当該支給決定の内容が当該予防接種禍に対する補償の給付内容、額の上限を画することになり、それとは別個の、又はそれを上回る補償請求は許さないという効果をも有するものである。受益的行政処分である支給決定が別段の法律上の留保や行政庁の意思表示もなく、予防接種禍に対する補償の一部としてされるなどということは、法常識上あり得ないのである。
そうすると、支給決定は、予防接種禍に対する補償の給付内容、額の上限を画する効力を有するものであるから、支給決定を受けた者がこの効力はそのままにしておきながら、それとは別途の損失補償請求をするというようなことは、支給決定の公定力に反し、許されない。
のみならず、右のような損失補償請求は、その実質において支給決定の給付内容、額に対する不服をその内容とするものであるから、行政処分に対する不服として、専ら抗告訴訟において争うべきである。したがって、本件救済制度を定めた法一六条以下の適用を受ける被控訴人らの請求は、支給決定の公定力に抵触して許されず、失当というべきである。
(三) 本件救済制度による被害者救済の相当性
(1) 本件救済制度による給付の種類は以下のとおりである(なお、本件行政救済措置の内容は、原判決事実摘示抗弁末尾添付の別紙一イ記載のとおりである)。
ア 医療費 予防接種を受けたことによる疾病について、診察、薬剤又は治療材料の支給、医学的措置、手術及びその他の治療並びに施術、病院又は診療所への収容、看護等を受けた場合に、これに要した費用を支給するものである。
イ 医療手当 予防接種を受けたことによる疾病について、診察、薬剤又は治療材料の支給等一定の医療を受けた場合に、月を単位として支給される。その額については、別紙「本件救済制度一覧表」参照。平成二年度末では通院医療手当月額は三万一〇五〇円(月三回以上通院)又は二万九〇五〇円(月三回未満通院)、入院医療手当月額は三万一〇五〇円(月八日以上入院)又は二万九〇五〇円(月八日未満入院)となっている。
ウ 障害児養育年金 予防接種による健康被害を受け、一定程度の障害の状態にある一八歳未満の者を養育する者に支給される。その額については、別紙「本件救済制度一覧表」参照。平成二年度末では、在宅障害児養育年金年額は一二九万九〇〇〇円(一級)又は七六万七〇〇〇円(二級)、施設入所障害児養育年金年額は、六二万七五〇〇円(一級)又は四一万八三〇〇円(二級)となっている。
エ 障害年金 予防接種による健康被害を受け、一定程度の障害の状態にある一八歳以上の者に支給される。その額については、別紙「本件救済制度一覧表」参照。平成二年度末で、年額は二七四万八六〇〇円(一級)、一七九万四八〇〇円(二級)又は一三四万七九〇〇円(三級)となっている。
オ 死亡一時金 予防接種を受けたことにより死亡した者の配偶者又は死亡した者の死亡の当時その者と生計を同じくしていた子、父母、孫、祖父母若しくは兄弟姉妹に支給される。その額については、別紙「本件救済制度一覧表」記載のとおりである。平成二年度末で一九二〇万円となっている。
カ 葬祭料 予防接種を受けたことにより死亡した者の葬祭を行う者に支給される。その額については、別紙「本件救済制度一覧表」記載のとおりである。平成二年度末で一三万円となっている。
(2) ところで、予防接種禍による健康被害が発生した場合の正当な補償の額及び補償方法は、損失補償請求権の根拠を憲法二九条三項に求める以上、憲法二九条三項の趣旨に照らして解釈されるべきであることは、当然である。
そして、前記のように、同条項の正当な補償の範囲については、判例・通説である相当補償説に従うと、侵害行為の目的、態様、被侵害利益の性質、程度等の諸要素を、当該補償を要する事態が発生した時における社会通念に照らしてどのように評価するかの問題に帰着し、一義的に確定し得ないものである。
そこで、これを予防接種禍についてみると、予防接種制度は、伝染病の被害から社会の個々人を防衛するためのものであり、右目的を達成するためには、強制の契機が不可欠であること、侵害行為としての接種行為それ自体は格別危険とはいい難いこと、副反応事故の危険は被接種者全員が等しく受けるものであり、もとより特定個人に対する侵害を意図するようなものではなく、予防接種禍が全くの偶然に基づく不幸な事故というほかないものであること、しかし、被害の程度としては時に生死にかかわる重篤な被害をもたらすものであることなどの特質を有する。
そして、人身被害という結果に係る面では、人身被害に係る国家賠償の場合が最も類似しているといえるが、違法有過失行為に基づく国家賠償の場合と対比すると、予防接種の目的たる公共の必要性の程度、それを必要とした社会的事情、接種行為の態様、侵害の具体的意図性の欠如等の諸点からみて、少なくとも接種態様において違法性を有しない予防接種禍による損失補償の額は、国家賠償責任が問われる場合の賠償額を相当下回るものであることは明らかである。
そうすると、予防接種禍に対する具体的な補償のあり方については、以上のような相対的性格に照らして立法裁量が相当広く認められることになり、立法が違憲とされる場合は極めて限定されることになろう。この点では、他の類似の公的補償制度や社会補償制度との比較衡量という視点も必要であろう。
したがって、裁判所としては、本件救済制度において実現されている補償が、各予防接種禍当時の社会通念からみて、前記の諸要素に照らし、著しく低額ないし不合理と認められ、右裁量権の広さを考慮してもなお本件救済制度の上限を画する規定が裁量権の逸脱と断ぜざるを得ないものかどうかを検討する必要がある。
(3) そこで、本件救済制度の具体的内容をみると、障害児養育年金及び障害年金が本件救済制度の主力をなすものであるが、これらは被害児に終身支給するというものであり、医学の進歩やインフレーションの進行等社会情勢に即応できる柔軟性を有しており、一時給付に比較すると、費消、散逸等を防止する意味も認められるのであって、相当の合理性があるというべきである。そして、現在の生存障害児につき、将来の給付分につき今後あり得べき法令改正に伴う増額を度外視して平均寿命に達するまでの将来給付の金額を試算してみると、別紙「予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表」記載のとおりとなり、総支給額は、被害児一人当たり一級で一億六七〇八万二一〇〇円なしい一億一〇四四万一一〇〇円、二級で一億一八三四万二四〇〇円ないし八六九〇万七七〇〇円を下回ることはなく、三級でも七九一六万一六〇〇円ないし七二二一万七六〇〇円に上るのである。
結局、生存被害児につき、各予防接種禍発生当時における身体障害を生じた場合の不法行為に基づく損害賠償額(慰謝料及び弁護士費用は除く。)と対比しても、本件救済制度における支給金額は特に不相当ということはできない。
また、死亡者に対する死亡一時金の金額についても、平成二年度において一九二〇万円となっていて、損失補償の額としてみた場合、社会通念上それほど低額とはいえない。なお、昭和五二年二月二四日の本件救済制度施行以前に死亡した被害児に対する給付についても(死亡時期や死亡年齢に応じ、二七〇万円から一一〇万円の幅がある。)、それぞれの死亡時点に照らし、社会通念上いずれも決して不相当な金額とはいえない。
なお、本件救済制度における障害児養育年金、障害年金及び死亡一時金は、公的補償を加味し、約二割の慰謝料的上積みをしていることにも留意すべきである。
(4) 以上のとおりであるから、本件救済制度が憲法に違反するということはないというべきである。
5 消滅時効及び除斥期間
本件予防接種禍につき損失補償請求権があるとしても、以下のとおり、消滅時効を援用し、除斥期間の経過を主張する。
(一) 会計法三〇条の五年の時効期間の経過
本件損失補償請求権は、国に対する公法上の権利で、金銭の給付を目的とするものであるから、右請求権の消滅時効期間は、会計法三〇条により五年ということになるところ、その消滅時効の起算点は、民法一六六条により権利を行使し得る時、すなわち、権利を行使することに法律上の障害がない状態に至ったときから五年を経過することによって消滅するので、本件で問題となっている各予防接種がされたことによりそれに起因する事故と思われる症状が発生したときから五年を経過して本訴を提起した被控訴人らについては、消滅時効が完成しているというべきである。したがって、次表記載の各被害児に係る被控訴人らについては、消滅時効が完成しているものである。
番号 被控訴人ら氏名 年月日
(事故発生のころ) (備考)
一 吉原充 昭和三九年一一月九日
三 山元寛子 昭和四二年三月一六日
四 阪口一美 昭和三九年四月二九日
五 澤柳一政 昭和三八年六月二四日
六 尾田眞由美 昭和三七年一一月
日付は不明
七 葛野あかね 昭和三八年一一月二三日
八 布川賢治 昭和三八年九月一五日
九 服部和子 昭和四〇年四月二〇日
一〇 依田隆幸 昭和四〇年一二月二日
一一 伊藤純子 昭和四二年一〇月二三日
一二 田部敦子 昭和四二年二月一八日
一三 田中耕一 昭和四二年一一月一一日
一五 梶山桂子 昭和四〇年九月九日
一六 佐藤幸一郎 昭和三五年四月七日
一七 渡邊和彦 昭和三三年一〇月一七日
一八 高光恵子 昭和四一年四月二八日
一九 鈴木増己 昭和三一年一二月二三日
二〇 越智久樹 昭和四一年一一月一三日
二一 小林浩子 昭和三三年五月二八日
二二 上野一樹 昭和四三年二月二九日
二三 山本勉 昭和四一年一二月三一日
二四 井上明子 昭和四三年六月八日
二五 平野直子 昭和三六年四月六日
二六 卜部広明 昭和四〇年七月七日
二八 小林正樹 昭和三九年五月一九日
二九 渡邉敦子 昭和三六年二月六日
三二 荒井豪彦 昭和四二年一一月一六日
三三 清水一弘 昭和四〇年六月八日
三五 大沼千香 昭和三九年一二月二〇日
三六 加藤則行 昭和三九年三月一二日
三七 藤本美智子 昭和三六年八月
日付は不明
三九 矢野由美子 昭和三三年一〇月一四日
四〇 高田正明 昭和三七年一二月一四日
四二 池本智彦 昭和四三年五月二二日
四三 猪原泉 昭和三五年四月五日
四四 室崎誠子 昭和三四年一一月二四日
四五 大川勝生 昭和四三年六月五日
四七 塩入信吾 昭和四三年四月八日
四八 小久保隆司 昭和三八年六月一四日
五〇 藤井玲子 昭和三七年一二月四日
五一 大平茂 昭和三八年四月七日
五三 渡邊明人 昭和三七年四月一〇日
五四 末次展敏 昭和三二年一〇月一九日
五六 古川博史 昭和二七年一〇月二七日
五八 高橋純子 昭和四一年三月一七日
六一 中井哲也 昭和三七年一一月二二日
六二 野口恭子 昭和三八年一一月二六日
六三 藤木のぞみ 昭和四九年九月一八日
(二) 民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効期間の経過
仮に本件損失補償請求権につき民法七二四条が類推適用されるとした場合には、以下の被害児につき民法七二四条前段による消滅時効を援用する。
なお、民法七二四条前段の消滅時効の起算点は、「被害者又ハ法定代理人カ損害及ヒ加害者ヲ知リタル時」であるところ、不法行為による損害であれば、それが不法行為に起因するものであることを認識することが必要と解する余地があるが、損失補償の場合は適法行為により損失が発生したわけであるから、行為の違法性を認識することはあり得ない。そうすると、損失補償請求権について右三年の短期消滅時効の起算点たるべき認識の内容は、控訴人国又は地方公共団体の行為に起因する損失の発生と解すべきであり、これを知った時から消滅時効が進行するというべきである。
この立場に立って、以下起算点として二つの場合を想定し、それぞれ消滅時効を援用する。
(1) 次の表に掲げる被控訴人らは、同表記載のころまでに予防接種事故が発生し、その際、法定代理人において事故の発生を知ったもので、同時にそれが控訴人国又は地方公共団体の行為に起因するものであることも知るに至ったというべきであり、そのころから訴え提起まで三年以上を経過している。
番号 被控訴人ら氏名 年月日
(事故発生のころ)(備考)
一 吉原充 昭和三九年一一月九日
二 白井裕子 昭和四五年三月二八日
三 山元寛子 昭和四二年三月一六日
四 阪口一美 昭和三九年四月二九日
五 澤柳一政 昭和三八年六月二四日
六 尾田眞由美 昭和三七年一一月
日付は不明
七 葛野あかね 昭和三八年一一月二三日
八 布川賢治 昭和三八年九月一五日
九 服部和子 昭和四〇年四月二〇日
一〇 依田隆幸 昭和四〇年一二月二日
一一 伊藤純子 昭和四二年一〇月二三日
一二 田部敦子 昭和四二年二月一八日
一三 田中耕一 昭和四二年一一月一一日
一四 千葉幹子 昭和四五年三月二〇日
一五 梶山桂子 昭和四〇年九月九日
一六 佐藤幸一郎 昭和三五年四月七日
一七 渡邊和彦 昭和三三年一〇月一七日
一八 高光恵子 昭和四一年四月二八日
一九 鈴木増己 昭和三一年一二月二三日
二〇 越智久樹 昭和四一年一一月一三日
二一 小林浩子 昭和三三年五月二八日
二二 上野一樹 昭和四三年二月二九日
二三 山本勉 昭和四一年一二月三一日
二四 井上明子 昭和四三年六月八日
二五 平野直子 昭和三六年四月六日
二六 卜部広明 昭和四〇年七月七日
二七 鈴木浅樹 昭和四四年九月二三日
二八 小林正樹 昭和三九年五月一九日
二九 渡邉敦子 昭和三六年二月六日
三一 吉川雅美 昭和四四年一二月一四日
三二 荒井豪彦 昭和四二年一一月一六日
三三 清水一弘 昭和四〇年六月八日
三五 大沼千香 昭和三九年一二月二〇日
三六 加藤則行 昭和三九年三月一二日
三七 藤本美智子 昭和三六年八月
日付は不明
三八 中村真弥 昭和四五年一〇月二四日
三九 矢野由美子 昭和三三年一〇月一四日
四〇 高田正明 昭和三七年一二月一四日
四一 福島一公 昭和四五年五月二六日
四二 池本智彦 昭和四三年五月二二日
四三 猪原泉 昭和三五年四月五日
四四 室崎誠子 昭和三四年一一月二四日
四五 大川勝生 昭和四三年六月五日
四七 塩入信吾 昭和四三年四月八日
四八 小久保隆司 昭和三八年六月一四日
五〇 藤井玲子 昭和三七年一二月四日
五一 大平茂 昭和三八年四月七日
五三 渡邊明人 昭和三七年四月一〇日
五四 末次展敏 昭和三二年一〇月一九日
五五 高橋尚以 昭和四四年一一月二〇日
五六 古川博史 昭和二七年一〇月二七日
五七 阿部佳訓 昭和四四年四月一四日
五八 高橋純子 昭和四一年三月一七日
六一 中井哲也 昭和三七年一一月二二日
六二 野口恭子 昭和三八年一一月二六日
六三 藤木のぞみ 昭和四九年九月一八日
(2) 仮にそうでないとしても、次表の被控訴人ら又はその法定代理人らは、同表記載の日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成してこれを市町村長等に提出したが、同申請書には当該予防接種の種別、実施年月日、実施者、実施場所等を記載し、これに当該予防接種済証、医師の作成した書面、都道府県の作成した調査票等を添えて提出するものとされていたから、当該被控訴人ら又はその法定代理人らは、遅くとも右申請書作成の日(申請書の作成年月日の記載されていないものは、市町村等の受付の日)までには控訴人国又は地方公共団体の行為に起因する予防接種事故の発生を知るに至ったというべきである。次表の被控訴人らは、その日から訴え提起まで既に三年以上の期間が経過している。
番号 被控訴人ら氏名 給付申請書作成年月日(備考)
二八 小林正樹 記入なし
昭四五年一二月七日保健所受付
二九 渡邉敦子 昭和四五年一二月一七日
三一 吉川雅美 同年一一月二四日
三三 清水一弘 同年一一月二日
三五 大沼千香 同年一一月二一日
三六 加藤則行 同年一二月一二日
三八 中村真弥 同年一二月二三日
三九 矢野由美子 同年一一月六日
四〇 高田正明 同年一二月一日
四一 福島一公 同年一二月七日
四二 池本智彦 同年一二月一二日
四三 猪原泉 同年一一月二五日
四四 室崎誠子 同年一一月
日付の記載なし
五〇 藤井玲子 同年一一月二五日
五一 大平茂 同年一一月三〇日
五三 渡邊明人 昭和四六年二月九日
五五 高橋尚以 同年六月一八日
五七 阿部佳訓 昭和四五年一一月一一日
五八 高橋純子 昭和四六年一月一一日
六一 中井哲也 同年一〇月一九日
(三) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間
損失補償請求権については、一般債権として一〇年の経過により消滅時効にかかるとする見解も存する。この説に立つと、その起算点については、前記(一)と同様、予防接種事故発生時ということになる。そうすると、以下の表の被害児に係る被控訴人らについては、一〇年の消滅時効を援用する。
番号 被控訴人ら氏名 年月日
(事故発生のころ)(備考)
六 尾田眞由美 昭和三七年一一月
日付は不明
一六 佐藤幸一郎 昭和三五年四月七日
一七 渡邊和彦 昭和三三年一〇月一七日
一九 鈴木増己 昭和三一年一二月二三日
二一 小林浩子 昭和三三年五月二八日
二五 平野直子 昭和三六年四月六日
二九 渡邉敦子 昭和三六年二月六日
三七 藤本美智子 昭和三六年八月
日付は不明
三九 矢野由美子 昭和三三年一〇月一四日
四〇 高田正明 昭和三七年一二月一四日
四三 猪原泉 昭和三五年四月五日
四四 室崎誠子 昭和三四年一一月二四日
四八 小久保隆司 昭和三八年六月一四日
五〇 藤井玲子 昭和三七年一二月四日
五一 大平茂 昭和三八年四月七日
五三 渡邊明人 昭和三七年四月一〇日
五四 末次展敏 昭和三二年一〇月一九日
五六 古川博史 昭和二七年一〇月二七日
六一 中井哲也 昭和三七年一一月二二日
(四) 民法七二四条後段の類推適用による二〇年の除斥期間
古川博史(五六の一)については、予防接種時から提訴まで二〇年を経過しているから、民法七二四条後段の規定を類推適用して除斥期間の経過を主張する。
(五) 時効援用権の濫用について
時効は、永続した事実状態を権利関係にまで高める制度であり、その効果の発生を援用権者の援用にかからしめているのは、時効援用を潔しとしない者のためにその利益を受けない自由を留保したものであって、所定の事実状態が継続し、かつ援用がされたときは、時効の効果を認めることが当該事案の当事者間の個別具体的関係において妥当であるか否かについて判断することなく、画一的にその効果の発生を認める制度である。長期間経過後に権利濫用等一般条項の名の下に容易に個々の援用の妥当性を検討することは、本来不可能を強いる側面があるばかりでなく、ときとして時効制度自体を無意味にする危険を招来するものといわなければならない。
したがって、信義則違反ないし権利の濫用の法理を時効制度に適用するに当たっては、特に慎重な考慮を必要とするのであり、債務者が債権者を欺罔するなどして債権者が時効中断の措置に出るのを殊更に遅らせたような事情、その他当該債務の成立及びその後の当事者間の折衝等に特殊、異常な経緯があって時効の効果を認めるのが著しく不合理であり、正義に反する結果となるような事情が存するごく例外的な事案に限定されるべきである。
これを本件にみるに、控訴人国において被控訴人らの権利行使を妨げるといった、右例外に当たる事情は存在しないから、本件における控訴人国の消滅時効の援用が信義則違反ないし権利の濫用に当たるという余地はない。
(被控訴人ら)
1 生命・健康に対する特別の犠牲と憲法二九条三項の類推適用
本件被害児らは、公共目的実現のための行為たる予防接種により、当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲を余儀なくされた。本件被害児及び両親が被った生命・健康に対するこの特別の犠牲をやむを得ない犠牲と解するか、国民全体の負担においてこれを償うべきものと解するべきかは、憲法秩序上の一つの選択の問題である。
憲法一三条、二五条、一四条一項の趣旨からみて、財産権に課せられた特別の犠牲による損失には憲法二九条三項により正当な補償が義務付けられているのに、生命・健康の特別の犠牲による損失は、本人及び家族のみの負担に帰せしめるとすることは合理性がない。
すなわち、憲法一三条は、「人間社会における価値の根元が個人にあるとし、何にもまさって個人を尊重しようとする原理」の表明である。個人の財産権に対する特別な犠牲には補償するが、生きた個人そのもの、すなわち個人の生命や健康に対する特別な犠牲には補償しないということは、本条項の趣旨に反するものであることは明らかである。
憲法一四条一項からは、同じ法の下に強制実施された予防接種によってそれまで健康であった幼児が、一方は免疫を、他方は死又は重篤な障害を与えられるという不公平を与えられたのであり、そのような不公平を放置することは法の下の平等の趣旨に反するということが導き出される。特別な犠牲に対する補償の法理念は憲法一四条一項によって支持されるものである。
憲法二五条も、本件は、予防接種によって被接種者たる国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を全く奪ってしまったものであるが、このような健康被害に対しては補償がないとすると、憲法二五条の保障は空文と帰するのであって、同条の趣旨によれば、公共目的の行為によって健康に対し特別の損害を生じた場合は、財産権の特別損失より厚く、あるいは少なくとも同等に保護するように法の解釈適用を図るべきことになる。
そして、公共のためにする財産権の制限が、社会生活上受忍すべき限度を超え、特定の個人に対し、特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には、これについて損失補償請求を認めた規定がなくとも、直接憲法二九条三項を根拠として補償請求をなし得るとされている。
このようなことからすると、生命身体に対して特別の犠牲が課せられた場合においても、憲法二九条三項を類推適用してかかる犠牲を強いられた者は直接同条項に基づき補償請求ができるということができる。
なお、このように憲法一三条、一四条一項、二五条は、憲法二九条三項を類推適用することの合理性の説明、換言すれば財産上の特別犠牲には国に補償義務があるが、より厚く保護されるべき生命・健康に対する特別犠牲には補償義務はないとする説の憲法上の不合理性の説明のために引用されるものである。したがって、控訴人のように右三条項をばらばらにしてその一つずつについてそこから実体法上の請求権が発生しないと攻撃するのは、前提において失当である。
そして、憲法の原理上、このような考え方は、我が国憲法秩序と同様の制度をとる国の裁判所(例えばドイツの連邦裁判所)においても当然の事理として承認されている普遍的な条理といえる。
2 控訴人の主張に対する反論
(一) 生命・健康被害に対する憲法二九条三項の類推適用
(1) 憲法二九条が全体として私有財産制を保障したものであること、同条三項が直接的には財産権の収用の場合を前提にしていることは控訴人主張のとおりであるが、このことから、もちろん解釈による人身被害への類推適用が否定されることにはならない。なぜならば、我が憲法上、生命・健康が財産権より強い保護を受けていることは明白な事実であるし、損失補償の対象が財産権に限られないことは、講学上人的公用負担の観念が存在し、この場合にも損失補償の問題があることが指摘されていることからも明らかである。また、ドイツの連邦通常裁判所の判例などからみてもこの点は肯定される。
また、家畜伝染病予防法は、家畜の伝染性疾病の発生を予防し及びまん延を防止することを目的としているが、六条一項において、「都道府県知事は、家畜の伝染病発生を予防するため、必要があるときは、家畜の所有者に対し、家畜について家畜防疫員の検査・注射、薬浴又は投薬を受けるべき旨を命ずることができる。」旨規定しており、違反者は処罰される(六五条二項)ところ、五八条一項は、「国は次に掲げる動物又は物品の所有者に対し、それぞれ当該各号に定める額を手当金として交付する。」との規定を置き、四号で「第六条第一項の規定による検査・注射を行ったため死亡した動物にあっては、当該検査、注射時における当該動物の評価額全額」として、予防接種により家畜が死亡したときは全額を補償すべきことを定めているのである。また、植物防疫法は、植物に有害な動植物を駆除し及びまん延を防止することを目的としているが、同法一八条一項一号、三号によれば、農林水産大臣は、有害動物又は有害植物が付着したり、又は付着しているおそれのある植物の栽培を制限禁止したり、そのようなおそれのある植物を所有する者に対し、当該植物の消毒、除去、廃棄等の措置を命ずることができる旨規定しており、違反に対しては罰則の制裁がある(三九条四号)が、二〇条一項は、「国は第一八条の処分により損失を受けた者に対し、その処分により通常生ずべき損失を補償しなければならない。」と定めているのである。このように、国が家畜に対する予防接種又は植物に対する防疫のために家畜や植物に被害を与えたときは、その所有者に対し社会共同の利益の維持に必要な伝染病の予防・防疫のために特別な犠牲を与えたことになるから、その所有者に国が全額の損失補償をするというのが我が国の実定法制度の構造なのである。しかるに、国民が国の法律に従って予防接種を受け、そのため死亡し、又は重篤な後遺障害を受けたときは、国家はその損失の補償をしない、あるいは一方的裁量によりその損失の何分の一、何十分の一しか補償しないとすることができるというのであれば、国家は国民を牛馬や草木にも劣った扱いをすることになる。このような主張は、国民に対して健康で文化的な最低限度の生活を保障することを定めた憲法を頂点とし、家畜や植物の予防接種・防疫の被害についてまでその全額を補償する法制度をとる我が国法秩序と根本的に背馳し、憲法解釈論として到底採りえないものである。
(2) 次に、予防接種禍が意図的、目的的侵害行為でないことを理由に憲法二九条三項が類推適用されないとすることは、同条項の「公共のために用ひる」は財産権の意図的侵害に限定されるわけではないから、失当である。「公共のために用ひる」という意味は、我が国最高裁の累次の判決(昭和四三年一一月二七日大法廷判決、昭和五〇年三月一三日第一小法廷判決、昭和五〇年四月一一日第二小法廷判決)が判示するとおり、「公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度を超え、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合」、すなわち特別犠牲を指すものであって、収用に限らず法令による制限や強制などもこれに該当するものであり、非意図的な侵害もこれに含まれることはドイツの判例が明らかにしているところである。
もとより生命・健康は意図的な侵害である収用の対象とはならないが、一般的な法令によって強制を加えた結果非意図的な被害を被ることはあり得るのであって、「収用的侵害」の対象とはなり得る。この場合においても、右の被害者は平等原則に反し、受忍限度を超える特別の犠牲を公共のために強いられたものであることに変わりはなく、意図的な侵害による特別犠牲と非意図的な侵害による特別犠牲とを補償の面で区別すべき合理性はない。
(3) 憲法が生命・健康に対する収用とこれに対する補償を定めなかったのは、生命・健康の収用が認められるべきものではないからであり、このことから直ちに公共の目的のために設けられた制度の執行上、生命・健康の侵害が起こった場合、事後的にもこれを正当に補償することなく放置しておいてよいとする趣旨でないことは明らかである。
また、いったん発生した被害に対し事後的に正当な補償をすることが意図的な生命・健康の収用を認めることにならないのは論理上も当然である。
(二) 予防接種禍に対する憲法二九条三項の類推適用
(1) 控訴人は、形式的基準からみても、予防接種は特定人を対象としたものではなく、広く一般国民を対象としており、重篤な副反応の可能性(予防接種の危険性)は、国民一般が等しく負うものであるから、侵害行為の態様において何ら特別性がなく、また、実質的基準からみても、予防接種は本来の性質上当然に生命・健康に対して重大な損傷を与えるというような強度なものではなく、重篤な副反応の発生は意図的・目的的なものではないから、そこに特別性はみられないというべきで、予防接種禍は特別の犠牲ということはできないとするが、本件で問題となっている侵害行為は、予防接種行為そのものではなく、接種が起こす重篤な副反応である(予防接種に重篤な副反応が全く生じないものであるならば、侵害行為が問題となることもなく、また、被控訴人らが損失補償を請求する必要もないのである。)。脳炎・脳症といった重篤な副反応による被害がその発生割合、症状の重さから形式的基準、実質的基準の双方を満たす特別の犠牲であることは疑いをいれないところである。控訴人の主張は、予防接種における接種行為とその結果たる被害を殊更に切り離して論じているが、法的判断において侵害とその結果とを峻別することはできないのであって、その論旨は基本的において誤りである。
なお、最高裁昭和四三年一一月二七日の判決は、河川地附近制限令四条三項の定める制限は公共の福祉のためにする一般的制限であり、原則的には何人もこれを受忍すべきものであるが、これにより特定の個人が特別の犠牲を課されたとみられる場合には損失補償の規定がない場合でも直接請求の余地ありとしたものであり、侵害行為又は制限が広く一般的であることは、特定の人について起こる砂利採取事業を営み得なくなるという結果の特別犠牲性を否定するものではないのである。問題は、結果がどの範囲にどの程度深刻なものとして発生したかである。
(2) また、予防接種における侵害の意図ないし目的について検討すると、国は、予防接種にはまれにではあるが不可避的に重篤な副反応が伴うことを知悉した上であえて一定年齢に達したすべての幼児に接種を義務付けているのであるから、何人かの犠牲者が出ることを欲してはいないとしても、不可避的にそのような結果が生ずることについて認識と認容があったことは否定できないというべきである。したがって、被害者が出ることは法が積極的に意図するところでも目的とするところでもないとはいい得ても、予防接種を行えば被害者が発生するという事実を認識した上であえてこれを強制する立法を制定したのであるから、被害者が出ることを消極的に許容したということができる。このように予防接種の結果特定少数者に不可避的に重大な被害を生ずるという認識と許容がある以上、意図も目的もなかったということは困難であって、そのことを理由に被害者を特別犠牲に当たらないということはできない。
(3) なお、控訴人は、一定の確率をもって発生する予防接種事故をもって学校事故と同様であるとし、学校事故によって他の児童の健全な発育が達成されたということができないのと同じく、重篤な副反応の発生によって社会防衛が達成されたということができないから、特別犠牲に当たらないと主張するが、右主張は学校事故と予防接種事故との本質を見誤るものである。すなわち、両者を統計的数値によってのみみれば、一定の確率をもって発生しているようにみえるが、学校事故は、学校教育に不可避的に発生するものではなく、その間には学校の施設の不備、学校当局者による監視・指導の誤り、保護者、児童の過失があって発生しているのであって、関係者が注意すれば防ぐことのできる結果回避可能性がある。しかるに、予防接種事故は、ごくまれではあるが接種に不可避的に伴うものであって、人為的ミスもないわけではないが、原因不明のまま不可避的に発生するものであるから、結果回避可能性が存在しない。このようにある制度と事故との間を完全に遮断する方法が現実に存在しない以上、両者は不可分の関係に立たざるを得ないのであって、伝染病まん延防止という社会防衛のため、あえて予防接種制度を採用する以上は、その不可避的事故による被害者は、正に社会防衛のための特別の犠牲者に当たるのである。
(三) 「特別犠牲」、「正当補償」の観念の多義性と裁判規範としての適応性
控訴人は、憲法二九条三項の特別犠牲の観念は極めて抽象的、多義的、相対的であり、それに伴う正当補償の範囲の決定も同様であって、司法の場で一義的に決定できないと主張する。
しかしながら、控訴人の主張は、殊更に憲法二九条三項の解釈の中に判例・学説を認めていない政策的要素なるものを混入させるなどして、必要以上に同法条を抽象的、多義的、相対的に解釈しようとしている。特別犠牲に該当するかどうかの判断は、政策的制約なる概念によって左右されるものではない。政策的制約なるものが財産権の収用や侵害を必要とする国の政策を意味するならば、それがどのように強度のものであれ、財産権を無償ないし低額で強制的に用いてよいということにはならない。憲法二九条三項は正にそのような場合における国民の財産権の保障なのである。まして、本件で侵害の対象となっているのは、国民の生命・健康である。国民の生命・健康に対する権利は、少なくとも政策的制約を受けるものではなく、政府の政治的裁量によって左右されるものではない。それ故、特別の犠牲の要件を考えるに当たって政策的な配慮や裁量を考慮すべき余地は存在せず、また、正当補償の範囲を決定する上においても全く同様である。正当補償の範囲を決定するに当たって、権利の内在的制約を考えることはあり得ても、それ以外の政策的、経済的配慮によって変化することはあり得ない。
控訴人は、「予防接種の目的たる公共の必要性の程度、それを必要とした社会的事情、接種行為の態様、侵害の具体的意図性の欠如等の諸要素を考慮すると、予防接種禍による損失補償額は国家賠償責任が問われる場合の賠償額を相当下回る」と述べるが、控訴人の挙げるような諸要素を正当補償の観念の中に入れることは、憲法二九条三項を空文化するものである。現に財産権の収用の場合において、補償額が賠償額を下回るなどということは行われていないのである。そもそも損失補償の範囲は、侵害行為の目的や態様によって決まるのではなく、被害の度合によって決まるのである。控訴人の主張は、この両者を混淆する誤りを侵している。
正当補償とは、「収用の前後を通じて被収用者の財産的価値を等しくならしめるような補償」であって、本件予防接種禍についていえば、「予防接種による副反応発生の前後を通じて被接種者の状態を等しくならしめるような補償」である。このような基本観念に立つ限り、生命・健康被害の損失額と賠償額の算定方法が異なったり、その額に著しい差が生ずるということはあり得ない。生命・健康被害についての正当補償の算定に当たっては、同種被害について不法行為の領域で確立した算定方式を用いるのが道理というものである。
(四) 勧奨接種と特別の犠牲
勧奨接種についても、予防接種を受ける国民にとっては強制接種同様これを受けることを社会的、心理的に強制されていたと認められるから、勧奨接種に特別犠牲の観念があり得ないとする控訴人の主張は誤りである。
すなわち、インフルエンザ、ポリオ、日本脳炎の勧奨接種はいずれも国が伝染病の発生及びまん延を防止するという行政目的のために、都道府県知事及び指定都市市長あてに、特定の年齢群、集団等に対して予防接種を受けることを勧奨するよう行政指導したものである。この行政指導は、二重の意味で法に定める強制接種と同様の効果を有するものであった。まず、行政指導の直接の相手方であるすべての都道府県知事等や通達等で実施主体となるように定められた地方公共団体は、行政指導に従って予防接種を実施するか否かの選択の自由を有するものと意識することはなく、行政指導で定められたとおりに勧奨接種を実施してきた。国も、地方公共団体が国の行政指導に従うことを当然のこととして、毎年、行政指導を繰り返してきた。また、勧奨を受ける国民も、実施主体となる地方公共団体等からの回報、個別通知その他の広報による勧奨を受けて、強制接種と勧奨接種との区別を意識することもなく、国民の義務として子供に接種を受けさせなければならないと考え、あわせて勧奨された接種を受けさせることは安全であり、子供を伝染病から守ることになると信じて接種に応じたのである。勧奨は一方的に接種をすることだけを求めたのであり、しかも、国民は、予防接種によって重篤な副反応が生ずる危険のあることについて殆ど知らされておらず、禁忌の意味についても十分理解していなかったのであるから、そこに被接種者の自由意思による選択があったとするのは、事実とかけはなれたフィクションにすぎない。正に勧奨接種は、社会的心理的に強制された状況下での接種であるというべきであるから、勧奨接種による被害者に対しても、強制接種の場合と同様に、控訴人国の防疫行政の一環としての予防接種によって特別の犠牲を被ったものとして、控訴人国が損失補償義務を負うべきである。
なお、控訴人国は、日本脳炎の予防接種については、個人防衛の面で存在意義を有すると主張するが、本件被害児にかかわる昭和四三年四月一六日付け衛発第二七六号各都道府県知事あて「昭和四三年度における日本脳炎予防特別対策について」と題する厚生省公衆衛生局長通知には、「(日本脳炎の)疾病の流行が社会各般に及ぼす影響は著しいものがあり、今後もなお一層強力な予防行政を推進する必要がある」と述べられており、特別対策実施要領の予防接種の目的欄には、「日本脳炎は毎年多数の患者が発生し、かつ他の伝染病に比して致命率が高く多くの死亡者を生ぜしめ、またその後遺症は重篤であり国民の不安が著しい疾病である。したがって、……予防接種を勧奨し、日本脳炎の流行を未然に防止を図るものとする。」と掲げられていたのであり、これらによれば、日本脳炎の勧奨接種は、日本脳炎の流行により社会の不安が引き起こされるのを防止することを目的として実施されたものであり、個人防衛に主眼をおいて実施されたものでないことが明らかである。また、昭和五一年改正後の法も、その目的を「伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために、予防接種を行い、公衆衛生の向上及び増進に寄与する」という社会防衛に置きつつ(一条)、同法の定めるところによって予防接種を行う疾病に日本脳炎も加えているのである(二条二項九号)。したがって、同法も、予防接種を単に感染源対策や感染経路対策として考えているのではなく、社会に伝染病が発生すること自体を防止する手段としても考えていることが明らかである。伝染病の発生を防止すること自体が公衆衛生の向上及び増進にも寄与するし、あわせて社会の安定にも繋がるとの理解に基づくのである。以上のとおり、日本脳炎の勧奨接種は、社会から伝染病を防止するという国の公衆衛生行政の一環としてされたものであり、この点では、他のワクチンの勧奨接種や強制接種と何ら変わるところはないものである。
なお、ドイツの判例も勧奨接種による被害者が損失補償請求権を有することを認めている。
(五) 生命・健康被害の補償と慰謝料・弁護士費用
(1) 慰謝料
土地などの財産権の収用に際しては、それに伴う精神的損失に対し補償は必要でないとの見解が有力であった。この説の実質的根拠は、①財産的損失に対する補償が十分与えられれば、精神的損失はこれによって当然回復されるとみなされること、②物的損失について正当な補償が得られれば、それ以外に精神的損失を伴っても、それは社会構成員としての受忍義務の範囲内であること、③目に見えない精神的損失を客観的に評価して金銭に換算することは甚だ困難であり、かえって不公平になりかねず、補償の性質に馴染まない、ことにある。
しかしながら、人の生命・健康に対する公的侵害について憲法二九条三項が類推適用される場合には、①生命・健康に対する侵害は、労働能力の毀損による損害のほか、本人はもとより両親や近親者の重大な精神的苦痛を必然的に伴うものであり、被害としては、むしろその方が一般的であり、かつ重大である。労働能力喪失についてさえ補償すれば、精神的苦痛の部分は受忍すべきであるというような社会常識は存在しない。むしろ、親や子の死や重大な健康被害が大きな精神的苦痛を伴うことは極めて一般的であり、他の何にもまして慰藉の対象となるとするのが、少なくとも我が国の一般的社会通念である。
そうであるとすると、労働能力喪失や介護費に対して補償すれば、侵害の精神的苦痛はこれによって当然回復されるとか、受忍義務があるとかいうことはできない。
また、精神的苦痛に対する評価方法は難しいが、不法行為による生命、健康の被害の場合には、裁判所はこれを算定している。本人や近親者の死あるいは重大な健康被害が生じた場合の苦痛は、一般的にかつ社会構成員に共通に生ずる事象であるから、これを定型的に捉えて金銭的に評価することは可能というべきである。
なお、ドイツの場合は、精神的被害に対する慰謝料は、加害者に対する制裁的、懲罰的な作用を重要な目的としているから、適法行為による損失の場合はこれを除外するというのは論理一貫性があるが、我が国の場合は、慰謝料の根拠として制裁的、懲罰的目的は殆どなく、被害者のトータルな被害填補に対する補完作用が主たる目的とされているのであるから、これを適法行為による損失補填の場合に除外すべき実質的理由はないものである。
(2) 弁護士費用
不法行為に基づく損害賠償請求権を有する者が義務者たる相手方から容易にその履行を受け得ないため、自己の権利擁護上、訴えを提起することを余儀なくされた場合に、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなし得ないと認められるときには、弁護士に訴訟遂行を委任したことによって負担することとなるいわゆる弁護士費用は、当該不法行為と相当因果関係に立つ損害と認められることは、確立した判例であるところ、権利者が自己の権利を擁護するために訴えの提起を余儀なくされ、弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をなし得ない場合が多々あることは、何も不法行為に基づく訴訟に限られない。損失補償請求権の履行を求める訴訟に要した弁護士費用についても、不法行為に基づく損害賠償請求訴訟と別個に考えなければならない理由は全くない。弁護士費用は、権利者がその権利擁護上必要に迫られて支弁するもので、これを権利者の負担に帰属させるのは、権利者に犠牲を強いるもので、衡平の観点からみても不合理である。
特に本件のごとき生命・身体の特別犠牲による損失は、収用などの場合と異なり、損失が初めから意図されたものでなく、結果的に違法と同じ状態が生じたにすぎないから、犠牲者の損失は、国家賠償法による損害と実質的に同一であるといえるのである。このような観点からも、本件における損失の類型及び算定を国家賠償における損害の類型及び算定と別個に考える実益と合理性は存在しない。
本件で被控訴人らの主張する生命・身体に対する特別犠牲について、損失補償を認容した判例は存在せず、被控訴人らが弁護士に依頼せずに本人訴訟によって本件訴訟活動を展開することは殆ど不可能であった。そこで、被控訴人らは、中平健吉ら六名の弁護士にその訴訟の遂行を依頼したのである。
(六) 本件救済制度との関係
(1) 控訴人は、法一六条以下の規定に基づく法律上の救済制度の下においては、直接憲法二九条三項に基づき、右救済制度とは別個に、又はこれを上回る損失補償請求をすることは、法理論上許されないと主張する。
しかしながら、本件において被控訴人らが主張している補償とは、損害・損失発生の原因が国にあり、したがって国が法的義務として損失を填補する場合をいうのである。ところが、これに対して国が社会政策・産業政策など様々な政策的見地から個人の損失を補填する場合もしばしば補償と呼ばれる。本件救済制度は正にこれに該当するのである。このように現行救済制度は、憲法二九条三項を前提とし、それを具体化するために設けられたものではなく、国が社会政策的見地から設けた救済措置である。この点は、控訴人自身も主張しているところであり、厚生省公衆衛生局長の国会における答弁等からも明らかである。この救済制度により給付された金員が損益相殺の限度において憲法二九条三項の補償の額に影響を与えることはあっても、それ以上に同項による補償を限定したり制限したりする性格のものでは本来ないものである。
形式的にみても、本件救済制度を定める法一六条ないし一九条の規定は、一定の給付を行う旨を定めるのみであって、憲法を根拠とする正当補償であるとの趣旨はうかがわれないばかりか、給付の内容は著しく低額であって、増額請求を認める規定も存在していない。要するに、個人の生命・健康被害全体を評価し、その損失を憲法二九条三項に基づいて補償する仕組みになっていないのである。
したがって、本件救済制度自体が、本件救済制度としての給付の上限を画していることはそのとおりであるが、それはあくまでも同制度に基づく給付額についてそのようにいえるにすぎず、被控訴人らが主張している損失補償とは無関係であり、損失補償の上限を画するものではない。
もっとも、本件救済制度による給付が憲法に基づく正当補償を定めた制度でないとしても、給付内容及び給付額が正当補償と同一内容になっていれば、損失がもはや存在しないとして、これと別途にする請求が認められない場合があるかもしれないが、本件救済制度による給付額が憲法二九条三項の観点から客観的妥当性を有しないと認められる以上、損失全体について補償請求が可能とされなければならない。
(2) なお、控訴人は、予防接種被害についての損失補償請求は、専ら抗告訴訟において争うべきであると主張するが、本件救済制度による給付の支給決定が行政処分であるとしても、それはあくまで本件救済制度の給付に関してそのようにいえるだけであって、本件において被控訴人らが主張する憲法上の請求権については、当てはまらない。被控訴人らは、本件救済制度における給付額を争っているのでなく、憲法に基づく特別犠牲に対する正当な補償を求めているのであり、本件救済制度に基づく給付を受けるにつき支給決定にいわゆる公定力が認められるとしても、それは被控訴人らの請求には無縁である。
(七) 本件救済制度による給付の相当性
(1) 法による救済制度による給付内容は、その金額からみても極めて不十分なものであり、予防接種による被害の損失を填補するものでは全くない。
平成二年四月改定の障害年金、養育年金を基にAランク被害者、Bランク被害者、Cランク被害者のうちから一名づつにつき生涯給付額を算定し、最新の平均賃金及び介護料の金額を用いて損失額を算定すると、別紙「国の給付と損失額との比較表」(1)ないし(3)記載のとおりとなり、国の給付額の損失額に対する割合は、極めて低率となっている。
死亡被害者については、その後の給付の追加支給はないので、最新の平均賃金で損失額を計算した場合、救済制度による給付額と損失額との格差は、なお一層拡大している。
また、救済制度では、後遺障害を受けた被害者が平均余命を待たずに死亡したときは年金は打切りとなり、わずかな死亡一時金のみが支給されるにすぎないことになってしまう(平成二年現在の死亡一時金は、一九二〇万円であるが、障害年金の支給を受けた期間に応じて減額される。たとえば、支給期間が一一年以上のときは、三三パーセントが支給されるにすぎない。)。
(2) 控訴人の主張は、将来給付が予想される障害年金を単純に加算して、将来給付額が高額であるかのごとき印象を与えようとしているが、中間利息を控除せず単純加算により比較することが不当であることはいうまでもない。
法による障害年金の将来給付の相当性を検討する場合は、これを接種時現価で示さなければならないところ、控訴人の主張する別紙「予防接種法の救済制度に基づく将来給付一覧表」記載の金額を接種時現価でみると、一級で一億六七〇八万二一〇〇円ないし一億一〇四四万一一〇〇円とあるのは、一七三五万一三三四円ないし七四八万七四七円にすぎず、二級で一億一八三四万二四〇〇円ないし八六九〇万七七〇〇円とあるのは、一五三八万八九四九円ないし一一八六万七三三八円にすぎず、三級で七九一六万一六〇〇円ないし七二二一万七六〇〇円とあるのは、七六六万八五三六円ないし五八九万二九五六円にすぎない。
なお、控訴人は、予防接種法施行令が定める年金額に給付予想年数を乗じているが、予防接種法による給付は、障害児養育年金については特別児童扶養手当等の支給に関する法律による特別児童扶養手当、障害児福祉手当が全額控除され(予防接種法施行令六条)、障害年金についても国民年金法による障害基礎年金の四割及び同法等の一部を改正する法律による福祉手当が控除される(予防接種法施行令七条)ので、予防接種被害に対する年間の給付額は、実際には、施行令が定める金額を相当額下回るものである。
3 損失補償請求と消滅時効・除斥期間
(一) 時機に遅れた主張
控訴人は、控訴審における最終準備書面において、初めて本件損失補償請求権につき、消滅時効及び除斥期間の経過を抗弁として主張するに至った。
しかし、被控訴人らが本件訴訟において損失補償請求権を主張したのは、原審に係属中の昭和五三年九月二九日のことである。ところが、控訴人は、損失補償請求権の発生を争っただけで、その時効による消滅ないし除斥期間の経過については何ら主張することがないまま、弁論を重ねてきたものである。原審において被控訴人らが損失補償請求権の主張をした以降、控訴人が、右請求権について時効による消滅ないし除斥期間の経過を主張するについては、何らこれを妨げるべき事情はなかったものであり、控訴審の最終準備書面において右主張を行うのは、明らかに「故意又は重大な過失により時機に遅れて提出した」ものといわなければならない。また、右主張の提出により、時効の中断の再抗弁の主張の提出のため、及び時効期間の経過、中断事由の存否等についての証拠調べのため、訴訟が遅延することも明らかである。
したがって、右主張は、却下されるべきである。
(二) 会計法三〇条の五年の時効期間について
(1) 会計法三〇条の時効の規定が適用されるのは、国の権利義務を早期に決済する必要があるなどの行政上の便宜を特に考慮する必要があるものだけに限定される(最高裁昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決、民集二九巻二号一四三頁)ところ、予防接種禍による損失補償請求権は、予防接種によって不可避的に発生することのある被害に対する補償請求権ではあるが、右被害は、予防接種によって通常発生するものではなく、法律や行政の意図に反して極めて例外的に発生するものである。すなわち、右請求権は、法律の規定やこれに基づく行政庁の権限行使により、法律や行政の意図するところに従い通常発生する債権、あるいは大量かつ画一的に発生する債権ではない。したがって、予防接種禍による損失補償請求権は、行政上の便宜のために特に早期に消滅を確定させる必要があるものではなく、これについて会計法三〇条は適用されないと解すべきである。
(2) また、仮に損失補償請求権について会計法三〇条が適用されるとしても、同条の消滅時効の起算点については民法一六六条が準用されるところ、本件被害児の両親らが本件被害が予防接種により発生したことを知ったのは、予防接種被害に対する行政救済措置において予防接種によるものであるとの認定を受け、これに基づいて支給の通知を受けたときからであるが、当時予防接種被害について損失補償請求ができるとの法的見解は全く知られておらず、本件被害児の両親らが、本件被害について国に損失補償請求ができることを知ったのは、本件訴訟において損失補償請求の主張を追加する直前のころであった。
したがって、消滅時効は完成していない。
(三) 民法七二四条前段の類推適用による三年の消滅時効期間について
(1) 予防接種による人身被害が発生した場合に、国の公権力の行使に当たる公務員に故意又は過失がある場合は国家賠償責任が発生し、右損害賠償請求権の消滅時効については民法七二四条が適用されるが、予防接種禍についての損失補償責任は、「公務員の故意又は過失」の要件を不要とするものの、同じ被害についての填補を求めるものであり、請求権の消滅についても異別に取り扱うべき理由は認められないので、損失補償請求権についても民法七二四条が類推適用されるべきである。
(2) 控訴人は、右の時効の起算点は予防接種による被害であることを知ったときであるとし、本件ではそれは本件事故発生を被害者の法定代理人が知ったときであり、仮にそうでないとしても、予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書作成の日であると主張する。
しかしながら、本件被害児の両親らは、事故発生当時、事故が予防接種に起因するものであることを知らされることなく、むしろ、医師その他の者から予防接種でこのような被害が発生するはずはなく、事故は被害児の体質に起因するものであるとの説明を受けていたのである。また、被害児の両親らは、行政救済措置による給付申請書を作成して提出したが、右の時点では予防接種によるという可能性は認識したとしても、予防接種と被害との因果関係の認定を厚生大臣ないし予防接種事故審査会の判断に委ねたものにすぎず、高度な専門的知識によらなければ判定し得ない因果関係について被害児の両親らが認識したとはいえない。
また、本件被害児の両親らが本件被害が予防接種によるものであることを知ったのは、右給付申請に対し予防接種による被害児であるとの認定がされ、これを告知されたとき、すなわち給付の通知を受けた時であるが、前記のとおり、少なくとも本件被害児の両親らが本件訴訟において損失補償の主張を追加する当時まで、予防接種被害について国に対して損失補償請求ができるとの法的見解は知られていなかったのであるから、「加害者を知りたる時」は、右主張追加の直前であった。
本件被害児の両親らは、「加害者を知りたる時」の直後に本件訴訟において損失補償請求の主張を追加し、時効は中断されている。
(四) 民法一六七条一項による一〇年の時効期間について
控訴人は、損失補償請求権については、一般債権として一〇年の消滅時効が適用されるとの説もあるとするが、予防接種禍による損失補償請求権については、民法七二四条が準用されるべきであり、民法一六七条は適用されないというべきである。
また、その適用があるとしても、時効の起算点は、「権利を行使し得る時」であり、右時点は、本件については本件訴訟において損失補償請求の主張を追加する直前であるから、時効は中断している。
(五) 二〇年の除斥期間の主張について
控訴人は、予防接種による損失補償請求権については、民法七二四条後段が類推適用されると主張し、また、後段の二〇年は除斥期間と解すべきであると主張する。
しかし、民法七二四条後段は、文言上時効期間を定めたものであることが明白であり、また、除斥期間は画一的基準により法律関係の速やかな確定を図ることを目的とするが、二〇年という期間の長さは、法律関係の速やかな確定を図る期間としては長すぎるのであって、これらの点からすると、同条後段も、前段同様、被害者保護の見地から、起算点を被害者の主観にかかわりなく規定する代わりに長期の時効期間を定めたものと解するのが合理的な解釈というべきである。
(六) 権利濫用
控訴人の損失補償請求権の時効消滅及び除斥期間の経過の主張は、権利濫用であり、許されない。
すなわち、本件被害児の両親は、控訴人国の制定した法又は勧奨に従い、国民の義務として本件被害児に予防接種を受けさせたものである。
控訴人国は、予防接種に不可避的に伴う重大な危険性を自らは十分知りながら、これを本件被害児の両親らに告知せず、被害児の両親は予防接種を回避すべき立場になかった。本件被害児の両親らは、控訴人国の制定した法とその実施の安全性を信じてこれに従ったのである。予防接種についてのすべての情報は控訴人国が独占していたのであって、本件被害児の両親らは被害児の被った重大な被害についてその原因すら知らされていなかった。
国家はその制定した法に忠実に従った国民を保護する道義的責任がある。それなくして近代法治国家は支配の正当性の根拠を持ちえない。兵役法のように、それに服すること自体が危険をもたらすものであって、また、危険がやむを得ないものであることが法によって承認されている場合と異なって、予防接種法は、伝染性の疾病及びまん延を防止するために制定されたもので、予防接種によって被接種者に死又は重篤な後遺障害をもたらすことを法が予定し、許容しているわけではない。何ら過失がないにもかかわらず、法を遵守したことのみによって致命的な打撃を受けた善良な国民を保護することは、法治主義の上に立つ国家の最大の義務である。
しかるに、このような弱い立場に立つ犠牲者、しかも自ら被った被害の原因や請求の根拠となるべき諸事実について知識を有し得ない被害者に対して、控訴人国が時効の援用ないし除斥期間の経過の主張をして自らの法的責任を免れようとすることは、法治国家の最大の存在理由を放棄したものというべきであり、到底許されない。
被控訴人らのうちに訴訟提起が遅れた者がいるとしても、それは本件の請求原因となる予防接種の危険性につき高度の医学的、疫学的、法律的知識と専門的調査が必要とされるからである。その知識と情報を持つ控訴人国は、被害者を放置した上何ら情報を提供しなかったのであるから、そのために訴訟に必要な調査や法律専門家への委任が遅れたのは誠にやむを得ないところであって、これを権利の上に眠る者ということができない。訴えの提起が遅れたのは、被害者に対し保護義務を有する控訴人国が必要な何らの行為もしなかったからであり、控訴人国は、被控訴人らの訴訟の提起の遅延に責任を有する。また、予防接種被害について損失補償請求をなし得るかについては、従来定説がなく、控訴人国も強くこれを否定する立場で行政を行ってきたのであるから、被控訴人らが本訴によって損失補償請求をするまで、その主張をしなかったとしてもやむを得ない事情があるというべきである。
このような本件の特殊性にかんがみると、訴え提起の遅延の原因を作った控訴人国が消滅時効を援用し、除斥期間の経過を主張することは、正義に反し、権利の濫用というほかはない。
なお、民法七二四条後段が当事者の援用を要しない除斥期間の定めであるとしても、裁判所が除斥期間の経過を認め、権利の救済の道を閉ざすことそれ自体が正義と公平に著しく反する結果をもたらし、法秩序に反することになるのであるから、裁判所は、除斥期間の経過を認定するべきではなく、また、認定しないことができるというべきである。
第六 損益相殺について
(被控訴人ら)
控訴人国が損益相殺の対象として主張するものの中には、昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づく行政上の救済措置及び法一六条以下の規定に基づく法律上の救済制度に基づくものにとどまらず、「地方自治体単独給付分」及び「他制度」と表示された「特別児童扶養手当」、「障害児福祉手当」、「特別障害者手当」、「福祉手当」、「障害基礎年金」に基づく給付金額も記載されている。
しかしながら、右「障害基礎年金」及び「地方自治体単独給付分」、さらには、現行救済制度に基づく「医療費」、「医療手当」、「葬祭料」を被控訴人らの損害額から控除することは、損害填補の基本理念である公平の原則に反し、許されない。
控訴人の主張は、各種制度に基づく様々な性格を有する各給付の趣旨、目的を個別に検討することなく、そのすべてを一律に控除することを主張する点で誤りである。
以下、個別に検討する。
一 障害基礎年金について
1 障害基礎年金は、国民年金法に基づく老齢、障害、遺族の各基礎年金の一つであり(同法一五条)、「憲法二五条二項に規定する理念に基づき、老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的」として給付される年金である。
右目的に従い、「国民年金事業に要する費用に充てるため」被保険者は保険料を拠出しており(八七条)、一定の国庫負担も予定されているものの(八五条)、国民年金事業における障害基礎年金の給付に要する費用は、基本的に被保険者等の拠出金によって賄われている。すなわち、障害基礎年金の性格は、国庫の負担による救済事業ではなく、「国民の共同連帯」の理念に立脚し、各人の保険料の拠出によってその給付に要する費用を支弁する保険制度であり、本件における障害基礎年金である国民年金法三〇条の四に基づく年金も同様である。
したがって、障害基礎年金の給付は、拠出している保険料を還元しているという性格を有している点において、法による障害年金と異なっていることはもちろんのこと、単純な社会保障的給付とも性質を異にしており、障害保険等の給付金の場合と同様に、保険料の対価としての性質を有しているものであるから、損益相殺として控除されるべき利益には当たらないというべきである。
2 仮に、障害基礎年金について控除する余地があり得るとしても、それは年金給付額の四割相当額に限られるというべきである。
なぜなら、右年金給付額のうち国庫負担の割合は四割であり、その余の六割は、被保険者等の拠出金によって賄われているからである(同法八五条一項三号)。
ところで、現行の予防接種法施行令七条によれば、予防接種による障害に関して国民年金法上の障害基礎年金を受ける場合は、同年金給付額の一〇〇分の四〇に相当する額を法に基づく障害年金から控除して支給するとされている。すなわち、法による障害年金を受けている者については、障害基礎年金は、実質的にはその六割相当額しか給付されていないのである。
このように、併給の調整を行うこととされており、かつ、その範囲を右障害基礎年金の四割相当額に限定しているのは、国民年金法三〇条の四の規定による右障害基礎年金が、その給付に要する費用の一〇〇分の四〇に相当する額を国庫負担によって賄っている(同法八五条一項三号)ことを根拠としていると考えられる。つまり、国民年金法三〇条の四の規定による障害基礎年金の給付に要する費用のうち六割相当額の部分は、被保険者等が拠出する保険料によって賄われているのであるから、法に基づく障害年金とは併給の調整を行わないことにしているのである。
右障害基礎年金は、国民年金法等の一部を改正する法律(昭和六〇年法律第三四号)附則二五条に基づいて、昭和六一年四月から、それまでの障害福祉年金が切り替えられたものである。予防接種法施行令旧七条三項は、障害福祉年金の支給全額を法の障害年金から控除する旨を定めていたのであるが、障害福祉年金の障害基礎年金への切替えに伴い、その四割相当額を控除することに変更されたものであり(現行施行令七条三項)、これは、六割相当額が被保険者等の拠出した保険料の対価としての性質を有していることを反映したものということができる。このことは、特別児童扶養手当等の支給に関する法律の規定による特別児童扶養手当、障害児福祉手当、特別障害者手当及び国民年金法等の一部を改正する法律(昭和六〇年法律第三四号)附則九七条一項の規定による福祉年金が支給されるときは、その全額が法の障害基礎年金の給付額から控除されることと対比することによっても裏付けられる(予防接種法施行令七条三項)。
損益相殺においても、併給の調整の場合と同様に、国庫負担部分についてはこれを控除する余地があるとしても、被保険者が自ら拠出した部分については年金の給付を受けたからといって、これを損害額から控除すべき理由はない。
したがって、本件における障害基礎年金について損益相殺を行う余地があるとしても、同年金給付額の四割相当額に限られるべきである。
3 国民年金法二二条は、「障害若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合において」、「給付をしたとき」に、政府が「第三者に対する損害賠償請求権」を代位し(一項)、また、「第三者から同一の事由について損害賠償を受けたとき」に、政府は給付を免責される(二項)旨を定めているが、この規定によって被控訴人らに対する障害基礎年金の給付額を控除することはできない。
すなわち、前記のとおり、障害基礎年金は被保険者等が拠出している保険料を還元している保険制度であるから、同年金に基づく給付額を被控訴人らの損害額から控除するということは、加害者である控訴人が負うべき損害賠償責任の一部分を、被害者の拠出によって賄うことを意味するのである。
しかしながら、このようなことが損害の公平な負担を目的とする損害填補の基本理念に反することは明らかであり、国民年金法二二条の存在を根拠に控除を認めることはできない。
二 第三者からの見舞金について
地方自治体が被控訴人らに給付した見舞金等は、被控訴人らの被害の窮状に対し、当面の生活上の援助に資するため、あるいは弔慰を示すために給付された金員である。このような金員は、地方自治体独自の住民福祉の立場から給付されたものであって、いわば第三者からの任意の見舞金とでもいうべきものであるから、損害填補の性質を有しておらず、その性質上、損益相殺が許されるべきものではない。
また、仮に右金員が損害填補の性質を有する場合があったとしても、当該地方自治体は、損害が填補されたことを理由として、被控訴人らを代位して控訴人に対し損害賠償請求権を行使し得るものではないのであるから、この点においても、控訴人において右金員を控除すべき理由はない。
三 「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
1 控訴人は、前記閣議了解に基づく「医療費」及び現行予防接種法に基づく「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」をも控除すべきであると主張しているが、これは損害額の公平な負担という観点からも許されない。
すなわち、「医療費」は、「予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者」の医療費の実費であり(施行令四条)、「医療手当」は、「通院に要する交通費、入院に伴う諸雑費等に充てるためのもの」とされている。また、「葬祭料」は、いうまでもなく葬儀費用である。このように、これらはいずれも実費である積極損害の補填を目的とした給付であり、被控訴人らは、本件請求において、右給付に対応する医療費及び治療、入通院に伴う諸雑費、葬祭料等の積極損害を請求していない。
これは、被控訴人らの本件各被害が後遺症を有する者の場合、極めて長期にわたるものであり、控訴人国が初めて公式に予防接種事故の存在を認めた昭和四五年以前の費用については、現時点においてそれを積算することが事実上困難であり、また、昭和四五年以降の右諸費用については、右各制度に基づく給付によって一応充当がされていると考えられることから、あえて請求しなかったことによるのである。
被控訴人らが本件において請求している逸失利益、介護費、慰謝料、弁護士費用等の消極損害は、右各制度に基づく給付とは全く性質を異にしており、費目としてもこれと対応するところがないことは明らかである。
そもそもこのような医療費及び医療手当等の実費は、控訴人国が負担すべき費用であることは明らかであって、被控訴人らが右費用を請求していない以上、これを被控訴人らの損害額から控除すべき理由はない。
2 最高裁昭和六二年七月一〇日第二小法廷判決(民集四一巻五号一二〇二頁)は、民法上の損害賠償の場合において、損害の填補がされたものとして控除することのできる給付とは、当該「保険給付の趣旨目的と民事上の損害賠償のそれとが一致すること、すなわち、保険給付の対象となる損害と民事上の損害賠償の対象となる損害とが同性質であり、保険給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうと解すべきであって、単に同一の事故から生じた損害であることをいうものではない。」ことを明らかにしている。
前記のとおり、被控訴人らは、本件請求において、医療費、治療、入通院に伴う諸雑費、葬祭料等の積極損害を請求していない。すなわち、被控訴人らの請求している損害の費目には、控訴人が控除を主張している「医療費」、「医療手当」、「葬祭料」に対応する「同性質であり、相互補完性を有する」損害の費目は存在していないから、右判決の判示に従うと、右費目についてこれを被控訴人らの損害額から控除すべき理由はない。
第三節 証拠関係<省略>
別紙仮執行に基づく支払額一覧表(1)ないし(8)<省略>
別紙
請求金額一覧表
(注)番号欄の*は当審において請求元本につき請求を拡張したことを示す。
番号
被控訴人の氏名
請求金額(円)
遅延損害金起算日
(昭和年月日)
一の一
吉原充
一億三六三三万三八六〇
三九・一一・九
一の二
吉原賢二
五五〇万
三九・一一・九
一の三
吉原くに子
五五〇万
三九・一一・九
二の二
白井哲之
二三七〇万五五八一
四五・三・一一
二の三
白井扶美子
二三七〇万五五八一
四五・三・一一
三の一
山元寛子
一億三六九一万二四二一
四二・三・七
三の二
山元忠雄
五五〇万
四二・三・七
三の三
山元としえ
五五〇万
四二・三・七
四の一
阪口一美
一億三四九二万一一七三
三九・四・二四
四の二
阪口照夫
五五〇万
三九・四・二四
四の三
阪口邦子
五五〇万
三九・四・二四
五の一
澤柳一政
一億三五三六万七六八二
三八・六・一六
五の三
澤柳富喜子
八二五万
三八・六・一六
五の四
澤柳尚子
九一万六六六六
三八・六・一六
五の五
澤柳英行
九一万六六六六
三八・六・一六
* 六の二
尾田稔
四二五六万三二三三
三五・一二・一九
* 六の三
尾田節子
四二五六万三二三三
三五・一二・一九
七の一
葛野あかね
一億三四九二万一一七三
三八・一一・一四
七の三
森山チエ子
五五〇万
三八・一一・一四
八の二
布川正
三二三九万七〇五三
三八・九・一〇
八の三
布川則子
三二三九万七〇五三
三八・九・一〇
九の一
服部和子
一億三四九二万一一七三
四〇・四・七
九の二
服部勝一郎
五五〇万
四〇・四・七
九の三
服部眞澄
五五〇万
四〇・四・七
一〇の一
依田隆幸
一億三四四五万一〇一六
四〇・一一・二九
一〇の二
依田泰三
五五〇万
四〇・一一・二九
一〇の三
依田時子
五五〇万
四〇・一一・二九
*一一の二
伊藤定男
四八七三万九九三二
四二・一〇・一三
*一一の三
伊藤孝子
四八七三万九九三二
四二・一〇・一三
一二の一
田部敦子
一億三四九二万一一七三
四一・九・一三
一二の二
田部芳聖
五五〇万
四一・九・一三
一二の三
田部チエ子
五五〇万
四一・九・一三
一三の一
田中耕一
五五七三万〇四四四
四二・一〇・二三
一三の二
田中隆博
三三〇万
四二・一〇・二三
一三の三
田中靖子
三三〇万
四二・一〇・二三
一四の二
千葉秀三
二四二〇万三三九四
四五・三・二
一四の三
千葉節子
二四二〇万三三九四
四五・三・二
*一五の二
梶山健一
四〇三八万〇六七九
四〇・九・八
*一五の三
梶山喜代子
四〇三八万〇六七九
四〇・九・八
一六の二
佐藤茂昭
二五二七万四八四四
三五・四・六
一六の三
佐藤千鶴
二五二七万四八四四
三五・四・六
*一七の二
渡邊孝雄
四一四九万八六五六
三三・一〇・六
*一七の三
渡邊豊子
四一四九万八六五六
三三・一〇・六
一八の一
髙光恵子
八四三五万七二八四
四一・四・二三
一八の二
徳永保春
四四〇万
四一・四・二三
一八の三
徳永和枝
四四〇万
四一・四・二三
一九の二
鈴木浅治郎
二三七〇万五五八一
三一・一二・一
一九の三
鈴木節
二三七〇万五五八一
三一・一二・一
二〇の二
越智聰
二四二〇万三三九四
四一・一一・八
二〇の三
越智静子
二四二〇万三三九四
四一・一一・八
二一の一
小林浩子
一億三四九二万一一七三
三三・五・八
二一の二
小林安夫
五五〇万
三三・五・八
二一の三
小林こう
五五〇万
三三・五・八
二二の二
上野忠志
二三七〇万五五八一
四三・二・二一
二二の三
上野厚子
二三七〇万五五八一
四三・二・二一
二三の二
山本孝仁
二五八五万〇九八七
四一・一二・一三
二三の三
山本京子
二五八五万〇九八七
四一・一二・一三
二四の一
井上明子
一億三四九二万一一七三
四三・五・二七
二四の二
井上忠明
五五〇万
四三・五・二七
二四の三
井上たつ
五五〇万
四三・五・二七
二五の二
平野賢二
二三七〇万五五八一
三六・三・二七
二五の三
平野節子
二三七〇万五五八一
三六・三・二七
二六の一
卜部広明
一億三四四五万一〇一六
四〇・七・二
二六の二
卜部廣太郎
五五〇万
四〇・七・二
二六の三
卜部せつ子
五五〇万
四〇・七・二
二七の一
鈴木浅樹
一億三六三三万三八六〇
四四・九・二二
二七の二
鈴木勲雄
五五〇万
四四・九・二二
二七の三
鈴木百合子
五五〇万
四四・九・二二
二八の一
小林正樹
一億三四四五万一〇一六
三九・五・一三
二八の二
小林春男
五五〇万
三九・五・一三
二八の三
小林いく子
五五〇万
三九・五・一三
二九の一
渡邉敦子
八四三五万七二八四
三六・一・一六
二九の二
中川正直
四四〇万
三六・一・一六
二九の三
中川きみ
四四〇万
三六・一・一六
三〇の二
田渕英嗣
二三七〇万五五八一
四八・六・二二
三〇の三
田渕美也子
二三七〇万五五八一
四八・六・二二
三一の一
吉川雅美
一億三四九二万一一七三
四四・一二・二
三一の二
吉川禎二
五五〇万
四四・一二・二
三一の三
吉川富美子
五五〇万
四四・一二・二
三二の二
荒井清
三三八九万五〇四九
四二・一一・二一
三二の三
荒井ミツイ
三三八九万五〇四九
四二・一一・二一
三三の一
清水一弘
一億三四四五万一〇一六
四〇・六・七
三三の二
清水一男
五五〇万
四〇・六・七
三三の三
清水弘子
五五〇万
四〇・六・七
三四の二
河又弘壽
三四三九万二八六一
四六・一〇・二一
三四の三
河又正子
三四三九万二八六一
四六・一〇・二一
三五の二
大沼満
二三七〇万五五八一
三九・一二・一五
三五の三
大沼勝世
二三七〇万五五八一
三九・一二・一五
三六の一
加藤則行
一億三四四五万一〇一六
三九・二・二八
三六の二
加藤久雄
五五〇万
三九・二・二八
三六の三
加藤かつ子
五五〇万
三九・二・二八
三七の一
藤本美智子
八四三五万七二八四
三六・七・二五
三七の二
竹沢潔
四四〇万
三六・七・二五
三七の三
竹沢昌子
四四〇万
三六・七・二五
三八の一
中村眞弥
一億三四四五万一〇一六
四五・一〇・一五
三八の二
中村巖
五五〇万
四五・一〇・一五
三八の三
中村眞知子
五五〇万
四五・一〇・一五
*三九の二
矢野悟
四〇八七万八四九二
三三・一〇・一四
*三九の三
矢野ルリ子
四〇八七万八四九二
三三・一〇・一四
四〇の一
高田正明
一億三六三三万三八六〇
三七・一二・八
四〇の二
高田清作
五五〇万
三七・一二・八
四〇の三
高田敏子
五五〇万
三七・一二・八
四一の一
福島一公
一億三四四五万一〇一六
四五・五・一八
四一の二
福島喜久雄
五五〇万
四五・五・一八
四一の三
本田豊子
五五〇万
四五・五・一八
四二の一
池本智彦
五五七三万〇四四四
四三・五・二二
四二の二
池本和能
三三〇万
四三・五・二二
四二の三
池本愛子
三三〇万
四三・五・二二
*四三の二
猪原正和
五〇一三万〇三〇四
三五・三・三〇
*四三の三
猪原松枝
五〇一三万〇三〇四
三五・三・三〇
四四の一
室崎誠子
一億三六九一万二四二一
三四・一一・一〇
四四の二
室崎誠
五五〇万
三四・一一・一〇
四四の三
室崎富恵
五五〇万
三四・一一・一〇
*四五の二
大川勝三郎
三六五六万八三八六
四三・五・三〇
*四五の三
大川たつえ
三六五六万八三八六
四三・五・三〇
四六の二
高橋恒夫
二三七〇万五五八一
四七・六・三〇
四六の三
高橋ちづ子
二三七〇万五五八一
四七・六・三〇
四七の二
塩入恒男
二三七〇万五五八一
四三・四・五
四七の三
塩入万佐子
二三七〇万五五八一
四三・四・五
四八の二
小久保皓司
二三七〇万五五八一
三八・六・一〇
四八の三
小久保笑子
二三七〇万五五八一
三八・六・一〇
五〇の一
藤井玲子
一億三四九二万一一七三
三七・一二・四
五〇の二
藤井俊介
五五〇万
三七・一二・四
五〇の三
藤井孝子
五五〇万
三七・一二・四
五一の二
大平正
二三七〇万五五八一
三八・三・二二
五一の三
大平康子
二三七〇万五五八一
三八・三・二二
五二の二
杉山末男
二三七〇万五五八一
四八・六・一九
五二の三
杉山きみ子
二三七〇万五五八一
四八・六・一九
五三の一
渡邊明人
一億三四四五万一〇一六
三七・四・九
五三の二
渡邊眞美
五五〇万
三七・四・九
五三の三
渡邊美都子
五五〇万
三七・四・九
五四の二
末次芳雄
二三七〇万五五八一
三二・一〇・三
五四の三
末次貞子
二三七〇万五五八一
三二・一〇・三
*五五の二
高橋邦夫
六三六〇万四〇六六
四四・一一・一三
*五五の三
高橋昭子
六三六〇万四〇六六
四四・一一・一三
五六の一
古川博史
一億三四四五万一〇一六
二七・一〇・二〇
五六の二
古川治雄
五五〇万
二七・一〇・二〇
五六の三
古川イツエ
五五〇万
二七・一〇・二〇
五七の三
阿部クニ
三五五五万八三七一
四四・四・一〇
五七の四
阿部恭子
五九二万六三九五
四四・四・一〇
五七の五
阿部光敏
五九二万六三九五
四四・四・一〇
五八の一
高橋純子
一億三四九二万一一七三
四一・三・三
五八の二
高橋正夫
五五〇万
四一・三・三
五八の三
高橋幸子
五五〇万
四一・三・三
五九の一
藁科正治
一億三六三三万三八六〇
四八・一一・一三
五九の二
藁科勝治
五五〇万
四八・一一・一三
五九の三
藁科雅子
五五〇万
四八・一一・一三
六〇の一
秋田恒希
一億三四四五万一〇一六
四九・四・一二
六〇の二
秋田恒延
五五〇万
四九・四・一二
六〇の三
秋田令子
五五〇万
四九・四・一二
六一の一
中井哲也
一億三四四五万一〇一六
三七・一一・二〇
六一の二
中井浩
五五〇万
三七・一一・二〇
六一の三
中井郁子
五五〇万
三七・一一・二〇
六二の一
野口恭子
一億三八九一万七七一八
三八・一一・一八
六二の二
野口正行
五五〇万
三八・一一・一八
六二の三
野口賀壽代
五五〇万
三八・一一・一八
六三の一
藤木のぞみ
八五九五万〇二八三
四九・九・一八
六三の二
藤木秀
四四〇万
四九・九・一八
六三の三
藤木トモコ
四四〇万
四九・九・一八
合計
六三億三二六七万一五三五
別紙死亡被害者の請求損害損失額一覧表 (1)<抄>
別紙
死亡被害者両親の請求損害損失額一覧表 (1)<抄>
番号
両親氏名
慰謝料
弁護士費用
合計額
2の2
白井哲之
1,250万円
125万円
1,375万円
2の3
白井扶美子
1,250万円
125万円
1,375万円
6の2
尾田稔
1,250万円
125万円
1,375万円
6の3
尾田節子
1,250万円
125万円
1,375万円
8の2
布川正
1,250万円
125万円
1,375万円
8の3
布川則子
1,250万円
125万円
1,375万円
別紙
Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表 (1)<抄>
番号
被害者
氏名
性別
生年月日
(昭和)
接種年月日
(昭和)
接種時年齢
要介護期間
得べかりし利益
介護費
慰謝料
弁護士費用
合計額
1の1
吉原充
男
38.9.21
39.11.9
1歳1か月
73年
4,795,300×7.9270
=38,012,343
3,650,000×19.4322
=70,927,530
15,000,000
(38,012,343+70,927,530
+15,000,000)×0.1
=12,393,987
136,333,860円
3の1
山元寛子
女
41.2.5
42.3.7
1歳1か月
79年
4,795,300×7.9270
=38,012,343
3,650,000×19.5763
=71,453,495
15,000,000
(38,012,343+71,453,495
+15,000,000)×0.1
=12,446,583
136,912,421円
4の1
阪口一美
女
38.7.27
39.4.24
8か月
79年
4,795,300×7.5495
=36,202,117
3,650,000×19.5763
=71,453,495
15,000,000
(36,202,117+71,453,495
+15,000,000)×0.1
=12,265,561
134,921,173円
別紙
Aランク生存被害者両親の請求損害損失額一覧表
(1)<抄>
番号
両親氏名
慰謝料
弁護士費用
合計額
1の2
吉原賢二
500万円
50万円
550万円
1の3
吉原くに子
500万円
50万円
550万円
3の2
山元忠雄
500万円
50万円
550万円
3の3
山元としえ
500万円
50万円
550万円
4の2
阪口照夫
500万円
50万円
550万円
4の3
阪口邦子
500万円
50万円
550万円
別紙接種及び予診の状況
一 被害者 吉原充
充は、昭和三九年一一月九日茨城県東海村が同村立母子センターで実施したインフルエンザワクチンの勧奨接種を受けたが、同接種においては、あらかじめ禁忌についての説明や体温測定は行われず、また、問診票は用いられなかった。
右接種当日は、医師が一名であったにもかかわらず、午後一時三〇分から四時三〇分までの三時間に七二六名が接種を受けており、そもそも予診ができる状況ではなかった。本件接種は、問診その他一切の予診が行われないまま、接種担当者(看護婦)によって機械的に接種された。
二 被害者 白井裕子
裕子は、昭和四五年三月一一日大阪府吹田市山手地区公民館において、国の機関である吹田市長が実施した種痘の定期接種を受けた。
右接種に際し、あらかじめ禁忌についての説明もなく、問診票が使用されることもなく、接種当日、担当医師は母扶美子から「二月末にかぜをひいたが大丈夫でしょうか。」と質問を受けたのに対し、「今何ともなければかまわない。」と答えたのみで、他に何らの問診その他の予診も行わないまま、接種を行った。
三 被害者 山元寛子
寛子は、昭和四二年三月七日国の機関である静岡県磐田市長が同市立東部小学校で実施した種痘第一期の定期接種を受けたが、同接種においては、あらかじめ禁忌についての説明や体温測定はなく、また、問診票の使用はなかった。
接種担当者は、被控訴人としえに「熱がありませんね」と質問しただけで、通院治療中であった寛子の体調についてそれ以上の問診その他の予診を一切行うことなく本件接種を実施した。
四ないし六三<省略>
理由
第一請求原因一(当事者)と同二(事故の発生)等について
一請求の原因第一項(当事者)の事実(ただし、右のうち当事者間に争いのある「実施主体」の点及び被害児高光(旧姓徳永)恵子(一八)の「接種の性質」の点は除く。)が認められることについては、原判決理由第二の一記載のとおりであるから、これを引用する。
二請求の原因第二項(事故の発生)の事実が認められることは、原判決理由第二の二記載のとおりであるから、これを引用する。
三なお、事実認定に供した書証等の成立(写しが証拠であるものについては原本の存在及びその成立を含み、写真については各当事者が主張するとおりの写真であること。以下同じ。)について、原審提出の書証は原判決理由第一記載のとおりであるから、これを引用し(なお、書証の表示の仕方についても、原判決の表示に倣うこととする。)、当審提出の書証については、別紙「当審提出の書証成立関係一覧表」記載のとおりである(右一覧表に記載のない書証等で、事実認定の用に供したものの成立については、いずれも当事者間に争いがない。)。
第二因果関係について
本件各事故が本件各接種に起因するものであることについては、原判決理由第二の三記載のとおりであるから、これを引用する。すなわち、当裁判所も、ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が発生すること及びインフルエンザワクチン接種によりアレルギー生脳炎が発生すること、並びに被害児尾田眞由美(六の一)、同布川賢治(八の一)、同依田隆幸(一〇の一)、同伊藤純子(一一の一)、同梶山桂子(一五の一)、同井上明子(二四の一)に関する本件各事故が本件各接種に起因するものであるとの事実についての控訴人の自白の撤回が、自白の内容が真実に反するものとは認められず、許されないこと、被害児荒井豪彦(三二の一)、同清水一弘(三三の一)、同大沼千香(三五の一)、同中村真弥(三八の一)、同大川勝生(四五の一)、同小久保隆司(四八の一)、同大平茂(五一の一)、同高橋尚以(五五の一)、同中井哲也(六一の一)に関する本件各事故は本件各接種に起因するものであると認める。ただし、当事者双方の当審における主張に対応して以下のとおり付加することとする。
1 因果関係を認めるための要件
訴訟上の因果関係とは一点の疑義も許さない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであると解される(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号、同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)ところ、この観点に照らすと、原判決の定立した、因果関係を認めるための四要件は、充分合理性がある。
控訴人は、原判決挙示の四要件のうち、空間的密接性は科学的概念で構成されたものではないと主張するが、これは、疾病の生ずる部位(脳の各部位、脊髄、末梢神経等)により予防接種後当該症状発生までの時間が変化する事情にあることに着目して立てた条件であり(このことは、被控訴人らの主張及び<書証番号略>並びに原審における証人白木博次の証言によって明らかである。)、時間的密接性の要件と相俟って因果関係の認定が適切に行われることに資するものといわなければならない。控訴人の主張は採用することができない。
また、控訴人は、「ワクチン接種のほかに原因となるべきものの考えられないこと」という要件は実質上立証責任の転換を図るもので不当であると主張する。
しかしながら、予防接種による事故発生のメカニズムが既存の科学的知見と整合し、それらによって合理的に説明されることを前提とした上、ワクチン接種と疾病が時間的、空間的に密接しており、副反応の程度が他の原因不明のものよりも質量的に非常に強いという要件が充足されている場合、当該疾病がワクチン接種により生じたことの蓋然性は相当高度であるというべきであるから、他に明らかな原因が考えられない以上、当該疾病をワクチン接種と因果関係あるものと認定することは、経験則上合理性があるものというべきであり、これを立証責任の転換を図るものというのは当を得ない。予防接種後の神経系疾患の臨床症状や所見は予防接種以外の原因による疾患のそれと異ならないため、具体的に発生した疾患が予防接種によるものか、他に原因があるかを的確に判定することは困難であり、特に、脳炎・脳症においては、原因不明のものが六〇ないし七〇パーセントを占めるから、その判定はより困難であるとしても、その理は異ならない。なお、控訴人は、この要件の代わりに、「少なくとも他の原因による疾病と考えるよりはワクチン接種によるものと考える方が妥当性があること」を要件とすべきであるとするが、その妥当性をどのようにして判定するかが正に問題なのであって、意味のある基準とはいえない。
また、「副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと」という要件についても、他の原因による事故である可能性を薄めるための要件であるから、この要件を置くことが特に不合理とはいえない。
以上のとおりであって、厳密な病理学的な因果関係が不明で、かつ、ワクチン接種後の疾病発生状況についての疫学的観点からの正確な調査も行われていない本件においては、原判決採用の四要件は特段不合理なものとはいえず、控訴人の主張は採用することができない。
2 ポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係について
控訴人は、ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が生ずることは極めてまれであり、仮に生ずるとしてもポリオ様の手足の弛緩性麻痺を伴うと主張し、白木博次の説は妥当性を欠くと主張する。そして、当審提出の乙第二四九号証及び当審における証人平山宗宏の証言はこれに沿うものである。
しかしながら、右平山証人の説は、ポリオ生ワクチンには、弱毒化したポリオの生ウイルスの毒性以外毒性物質は何も含まれておらず、アレルゲンになるものが存在しないため、白木説がいうところの遅延アレルギー型の脳炎が生じる余地がなく、また、赤痢菌の場合のようにヒスタミン様物質が腸管内で産生することはないこと、仮にポリオのような生ワクチンによって脳炎・脳症が引き起こされるとするならば、それは生きたウイルスそのものによって引き起こされる(白木説にいうウイルス血症型)以外にないことを前提とする。しかしながら、<書証番号略>、原審における証人白木博次の証言によれば、動物の腎細胞内で繁殖させるポリオの生ワクチンの場合、その過程において様々な要因が働く可能性があり、弱毒化したポリオ生ウイルスの毒性以外毒性物質が存在しないとは断定できず、動物の神経組織と同じ成分を持った物質が生成されている可能性があること(国立予防衛生研究所を中心とした多数の専門家により執筆された「日本のワクチン」《書証番号略》も、「基準に規定された製造法に従って製造され、また、各種の試験法に合格した製品が、どの程度に、重大な障害の起こる危険線から離れているのか、また、動物を使う試験法の、免れ得ない試験結果のばらつきを、十分カバーするだけの隔たりがあるのか、といった点でも、これまでの経験上たいした事故がなかったという程度の答えしかできないことが少なくないのである。」《四〇六頁》とか、「無菌試験や不活化試験で、菌やウイルスが検出されなかったことは、その検体にいかなる生きた微生物も全く存在しないことを意味するものではない。規定された方法、使われた方法では検出できなかっただけにすぎない。無毒化試験や各種物質否定試験でも、同様に、その方法で検出できる濃度以下の含有まで否定しているわけではない。」《四〇七頁》などと述べているところである。)が認められるのである。そうすると、白木説を批判する説の前提である、ポリオ生ワクチンには弱毒化したポリオウイルス以外含まれていないということ自体に疑問があることになる。
さらに、前掲各証拠によれば、ポリオ生ワクチンによって腸内に増殖するポリオウイルスとそれに関連する物質は赤痢菌と同様の毒素を産生しないとする平山証人の説自体も、科学的に実証がされているわけではないのであるから、ポリオ生ワクチンの投与によって腸内に増殖するポリオウイルスが、赤痢菌の場合と同様、ヒスタミン様物質を産生するという理論は、なお一つの科学的仮説として意味を持つことを否定できないと認められる。また、平山証人は、ヒスタミン様物質が脳という臓器に特異的に作用するということはいえず、それは全身の血管について血管の拡張を起こすはずであるから、ヒスタミン様物質が作用するとした場合、いわゆるショックといわれる循環障害の重い反応が出るはずであると述べるが、白木説も、脳以外の組織でヒスタミンないしその類似物質が過剰に生産され、血流によって脳に到達すれば、急性脳症、脳浮腫を来し、それにショック症状も合併する以上、それは全身性の血行障害の存在を意味するものであり、ヒスタミン様物質は何ら脳特異性のものではないと主張している(<書証番号略>参照)のであるから、右の点は白木説の科学的仮説としての合理性を直ちに否定するものではないと考えられる。
そして、実際にも、ポリオ生ワクチン接種の副反応として遅延アレルギー型の脳脊髄白質炎が生じたとみる余地のある症例がドイツのクリュッケ教授によって紹介されているところである(<書証番号略>)。右で紹介されている六つの症例はいずれもポリオ生ワクチン投与後に生じた脳脊髄白質炎であり、そこでは厳密な意味で生ワクチン接種との因果関係が論じられているわけではないが、白木説にいう遅延アレルギー反応型の脳炎の実例として充分説明ができるものである(なお、右証拠によれば、クリュッケ教授自身も、これらの症例につき、現在の知見ではその因果関係を否定し得る根拠はないとしていることが認められる。)。また、埼玉大学の皆川教授の一剖検例報告(<書証番号略>)も、ポリオ生ワクチン投与後に生じた急性脳症の事例に関するもので、それ自体ではワクチン投与との因果関係を実証するものではないが、白木説の一つの傍証となり得る。また、ポリオ生ワクチンの投与により即時型アレルギーの症状を示したとの報告(<書証番号略>)も存在するところであって、これも白木説の裏付けとなるものである。
さらに、<書証番号略>によると、厳密な意味で統計的に有意な差があるとまではいえないにせよ、ポリオ生ワクチン接種後生じた脳炎・脳症には接種後一週間前後を中心とした統計的なある程度の集積性がみられる。また、ポリオ生ワクチン接種と脳炎・脳症との因果関係を必ずしも否定しない学者が他にも存在する(福見秀雄・<書証番号略>)。そして、何よりも、権威ある学者等を結集したと推認される国の予防接種調査会自体が、本件被害児に対する予防接種法(以下「法」という。)に基づく給付の審査に際し、手足の弛緩性麻痺を伴わないものも含めてポリオ生ワクチンと脳炎・脳症との因果関係を肯定し、これを受けて厚生大臣は、疾病が予防接種によるものであることを認定しているのである(この事実は当事者間に争いがない。)。そして、法一六条は、「当該疾病、障害、死亡が当該予防接種を受けたことによるものであると認定したときは」と明確に規定しているのであるから、行政上の救済措置であるから因果関係の判断はあいまいなままで認定したということはできず、控訴人国も、その時点でポリオ生ワクチンから脳炎・脳症が発症することがあるということを事実上認めたものといわざるを得ない(なお、本件全証拠によるも、特に右認定時点以後に医学上の新たな知見が加わり、従来と異なる判断がされるのもやむを得ないというような事情が存在することを認める証拠はない。)。
このようなことを総合すると、ポリオ生ワクチン接種から脳炎・脳症が発症することがあるものというべきである。
第三損失補償請求について
一損失補償請求の訴えの適法性の有無
1 控訴人は、東京地方裁判所昭和五六年(ワ)第一五三〇八号事件以外のその余の事件については、民事訴訟法に基づいて審理されるべき訴え(以下「民事訴訟」という。)である国家賠償請求の訴えに行政事件訴訟法に基づいて審理されるべき訴え(以下「行政訴訟」という。)である損失補償請求の訴えを追加的に併合提起したものと解されるものであるが、行政事件訴訟法上、民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することは許されないから、裁判所は、損失補償請求への訴えの追加的変更を不許する旨の裁判をするべきであり、また、右一五三〇八号事件については、併合要件を欠く損失補償請求に係る訴えを同一の訴状をもって、選択的併合の趣旨で提起したものであるから、右の訴えは不適法な訴えとして却下すべきであると主張する。
2 確かに、控訴人主張のように、本件は、当初国家賠償法一条に基づく損害賠償請求事件として提訴(東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第四七九三号)され、その後同じ国家賠償法一条に基づく損害賠償請求として追加提訴された事件(東京地方裁判所昭和四八年(ワ)第一〇六六六号、昭和四九年(ワ)第一〇二六一号、昭和五〇年(ワ)第七九九七号及び第八九八二号《ただし、右第八九八二号事件は、その後取り下げられた。》)が順次併合されて審理が進められていたところ、昭和五三年九月二九日付けの準備書面(一六)において原告から初めて憲法に基づく損失補償の請求がされるに至ったこと、その後、更に国家賠償法一条を根拠に損害賠償を請求する東京地方裁判所昭和四七年(ワ)第二二七〇号及び国家賠償法一条に基づく損害賠償と憲法に基づく損失補償を請求する昭和五六年(ワ)第一五三〇八号が併合されたことは、記録上明らかである。
そして、憲法を根拠として国に対して損失補償を請求する訴えと国家賠償法に基づき損害賠償を請求する訴えとは訴訟物の異なる別個の訴えであり、前者の訴えは行政事件訴訟法四条にいう「公法上の法律関係に関する訴訟」に当たり、後者の訴えは民事訴訟法に基づいて審理される民事訴訟に当たると解されることも、控訴人の主張のとおりである。したがって、両者の訴えを併合することの可否が問題となる。
3 まず、右一五三〇八号事件については、訴状において既に損失補償請求権に基づく請求と国家賠償法に基づく請求の両者が記載されていることに照らすと、行政事件訴訟法四一条二項、一六条を根拠に、右二つの訴えは当初から併合して提起されたものと認められる。しかも、両者の訴えは、同一の予防接種の副反応事故を巡る損失補償請求と国家賠償請求であるから、行政事件訴訟法一三条六号の関連請求に当たることは明らかであり、また、原審の東京地方裁判所が国を被告とする本件損失補償請求訴訟の管轄権を有することも疑いないところである(民事訴訟法四条二項参照)から、右事件は、損失補償請求に関連請求に係る訴えである国家賠償請求を併合して提起したものと認められる。したがって、右併合提起は、行政事件訴訟法一六条の要件を具備しており、適法というべきである。
4 次に、右一五三〇八号事件以外の事件について検討する。
この点については、仮に控訴人の主張するように民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することが許されないという立場を採ったとしても、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法一三二条は、行政訴訟と民事訴訟との弁論の併合を許容していると解されないかを検討する必要がある。
そして、右については、以下の理由により、行政訴訟と民事訴訟との弁論を併合することは許されると解すべきである。すなわち、民事訴訟法二二七条は、訴えの客観的併合につき、「同種ノ訴訟手続ニヨル場合ニ限リ」という文言を置いて、異種の訴訟手続によるものは併合を認めないことを明らかにしているが、同法一三二条においては文言上そのような限定が付されていないところ、弁論の併合は裁判所の訴訟指揮によりされるものであって、当事者のイニシアティブによりされる民事訴訟法二二七条の訴えの客観的併合の場合より広く認めることには根拠がないとはいえないこと、行政事件訴訟法一三条の規定は、移送された関連請求に係る訴え(その中には民事訴訟も含まれる。)と行政訴訟との弁論の併合をすることを当然予定している規定であることが、その理由である。
そうすると、本件では、前記のように、損失補償請求の訴えについても原審の東京地方裁判所に管轄があるから、いったん損失補償請求の訴えを別個独立に東京地方裁判所に提起した上で、裁判所が職権でこれと損害賠償請求の訴えとの弁論の併合をすることができることになる。
また、行政訴訟を民事訴訟に追加的に併合することが許されないとしたときでも、右行政訴訟は、原則として、これを民事訴訟から分離して、独立の訴えとして取り扱うべきである(なお、最高裁昭和五五年(行ツ)第一四一号、同五九年三月二九日第一小法廷判決参照)。
ところで、本件の審理経過をみるに、右二つの訴えは、原審において、特段釈明等もされないまま、そのまま併合して審理され、判決されたこと、控訴人(被告)からも、当審の平成三年八月八日の第二五回口頭弁論期日までは、併合審理することにつき特に異議は出されていなかった事実が認められる。
このような審理経過からすると、本件は、本来ならば明示的に、いったん国家賠償請求の訴えから損失補償請求の訴えを分離する旨の決定がされ、その後再び両者の弁論を併合する旨の決定がされるべきであったはずのところ、その過程が黙示的にされたと認めるのが相当である。
なお、両者の訴えについては、昭和五五年一〇月一三日の第四四回口頭弁論期日において原告ら(被控訴人ら)により選択的併合の関係にある旨が明らかにされている。これは、弁論の併合をした当初段階では単純併合の関係にあったものを、選択的併合に併合の態様を変更する意味を持つと解される(すなわち、両請求について並列的に審判を求めるというものから、どちらかの請求が認容されれば、他の請求については審判を求めないというものに変更するものである《実質的にみると、これは条件付きの訴え取下げの意味を持つと考えられる。》。)。このような併合の態様の変更も一種の訴えの変更と解される。そして、本件のように、二つの訴えが、一方の請求権が満足されれば他方の請求権は実体的には消滅を来すというような関係にある場合は、このような変更を認めても被告(控訴人)が特段不利益を受けるとは考えられないから、特にこのような変更は許されないとする根拠は見い出し難い。のみならず、控訴人は右変更に特に異議を述べず、実体上の争点について反論してきたのであるから、右変更はいずれにしても適法であるというべきである。
5 そうすると、控訴人の主張のように、民事訴訟に行政訴訟を追加的に併合することが許されないとしても、本件では、損失補償請求と国家賠償請求とは適法に(選択的に)併合されていると解されるから、控訴人の主張は採用し難い。
二損失補償請求権の存否
そこで、次に、予防接種による重篤な副反応により生命や健康を著しく損なったことに対して、憲法二九条等を根拠として損失補償請求権が発生するか否かについて判断する。
被控訴人らは、本件予防接種被害は、伝染病の予防という公共目的実現のための行為たる予防接種により当然受忍すべき不利益の限度を著しく逸脱した特別の犠牲と評価できるところ、財産権に課せられた特別の犠牲による損失に対しては憲法二九条三項により正当な補償が義務付けられるのであるから、個人の尊重をうたう憲法一三条、法の下の平等を定める一四条一項、健康で文化的な生活を営む権利を定める二五条の趣旨からして、生命・健康にかかる特別犠牲による損失に対しても、憲法二九条三項を類推適用して、当然補償請求ができると解されると主張する。
確かに、昭和二三年に制定された法は、予防接種を法律上の義務として広汎に実施することにより伝染病の予防を図ろうとするものであって、国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば、伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して、主として社会防衛の見地から国民に対して接種を義務付けているものである。法一条において、「伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために、予防接種を行い、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする。」とあるのは、この趣旨である。また、後記第四の二2(一)(2)ないし(六)認定のように、ポリオ生ワクチン、インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては、ある時期法律の根拠によらず、行政指導の形で国民に接種を勧奨し、任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが、それも同じく社会防衛、集団防衛の目的を有していたものである(右事実は当事者間に争いがない。)。他方、後記第四の二2(二)認定のように、予防接種は異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、脳炎、脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現することも絶無ではないことが、経験的に知られている。しかしながら、このような事故に対して損失補償請求権が当然生ずるか否かについては、公権力の行使によって国民の利益が侵害された場合につき、憲法が全体としてどのような定めを置いているかを検討しなければならない。
この点について、憲法一七条は、まず公務員の違法行為によって生じた損害につき、「法律の定めるところにより、その損害の賠償を求めることができる。」として、どのような場合に賠償を請求できるかの具体的要件の定め方は法律にゆだねた。そして、これを受けて国家賠償法が制定され、その一条において「公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、…これを賠償する責に任ずる。」と定め、国の公権力を行使する公務員の違法な行為については、故意又は過失という主観的帰責事由がないときは、国は損害賠償の責任を負わないこととされた。そして、このような国家賠償法の定め方は、一般に違憲とは解されていない。すなわち、憲法は、国家の違法な公権力の行使により生じた損害をすべて補填することを当然には要求していないと解されるのである。なお、このような国家賠償制度も、国民の納める税によって運用されるのであるから、国民全体による損害の分担という意味を持つのであり、公権力の行使の過程で特定の個人に生じた損失を国民全体で補填する実質を有するのであって、正義実現のための公平原則ないし平等原則に結び付くものである。
他方、憲法二九条三項は、国が、私有財産を公共のために用いるときは、補償を求めることができるとする。この補償は、公共目的遂行のために特定の国民に生じた損失を国民全体で負担するというものであるから、右国家賠償の場合同様、公平原則に実質的根拠の一つを負うものと理解される。そして、同条項が対象としているのは、二九条全体の文言ないし構造及びその沿革からして、財産権の侵害の場合に限られ、かつ、財産権を法に基づいて適法かつ意図的に侵害する場合である。このように、同条が対象とするのは財産権を適法に侵害する場合であるから、前記の違法な行為を対象とする国家賠償ではまかなえない分野の損害填補を規定しているものということができる。
さらに、憲法四〇条に刑事手続による生命・身体の自由の侵害に対する損失補償の規定(四〇条。抑留又は拘禁が違法であったか適法であったかを問わず補償を認めるものである。)が置かれている。これは、憲法上刑事手続による場合は、公権力による生命・身体の自由に対する侵害が許容されていること(なお、個人の尊厳の確立を基本原理とする憲法秩序の下では、生命・健康といった非財産的利益に対する適法な侵害という事態は、刑事手続による場合を除いて考え難いというべきである。)から、その場合の損失補償につき規定を置いたものと理解される。
これらの規定を総合すると、憲法は、公権力の違法な行使によって生じた損害(財産的損害であると非財産的損害であるとを問わない。)については憲法一七条に規定を置き、それではまかなえない財産権に対する公権力による適法な侵害に対しては憲法二九条三項で損失補償を定め、また、身体の自由や生命という非財産的利益に対する適法な侵害が憲法上許容されている刑事手続の場合について憲法四〇条に損失補償の規定を置き、全体として公権力の行使による個々の国民の利益侵害に対する損害填補について一つの体系を形作っているものと認められる。そして、憲法は、公務員の違法な行為により特定の国民が被った損害のすべてを国家で負担することまでは要求していないと解されるのである。
ところで、予防接種による重篤な副反応事故の場合を考えると、ここでいう副反応事故とは生命を失ったり、それに比するような重大な健康被害を指すのであるから、法が予防接種を強制する結果として特定の個人にそのような重大な被害が生ずることを容認しているとは到底解することができない。個人の尊厳の確立を基本原理としている憲法秩序上、特定個人に対し生命ないしそれに比するような重大な健康被害を受忍させることはできないものである。予防接種によりまれではあるがそのような被害が生ずることが知られているとしても、そのことから直ちに、法が特定個人に対するそのような侵害を許容している(特定個人にそのような被害を受忍することを義務付けている)と結論付けることは到底できないものといわなければならない(なお、このようにいうことから、逆に法が予防接種を国民一般に義務付けること自体が直ちに違憲であるなどということにはならない。当該予防接種制度の公益性、公共性を考えると、法秩序上是認できない損失がまれに生ずるとしても、制度全体としては、これを適法かつ合憲と評価すべきものである。)。講学上の人的公用負担においても、このような生命ないし健康に対する重大な侵害までを負担内容として認めることはできないものである。
このように、法は予防接種を義務付けているが、予防接種の結果として重篤な副反応事故が生ずることを容認してはいないのであるから、客観的にみると(現在の医学でその結果を事前に具体的に予見できるかどうかは別として)、ある特定個人に対し予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生ずるという関係にある場合には(予見できないためその判断が事前にはできないとしても)、当該個人に対して予防接種を強制することは本来許されないものであるといわなければならない。その場合は、予防接種の強制の事前差止めを求める余地さえ生ずる可能性があるということができる。それ故、法一二条は、「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定を置き、また、法一五条を受けて、厚生省令等の形式で、禁忌や予診についての規定を設けて、重篤な副反応事故が起こる蓋然性の高い者を予防接種の対象から除外する措置を採っているのである。このように、予防接種により重篤な副反応が生じた場合には、本来当該個人には予防接種を強制すべきでなかったという意味で、予防接種の強制は違法であったということができる。また、予防接種を受けるかどうかを形式的には国民の任意に委ねている勧奨接種の場合も、その実態が、後記認定(第四の二2(一)(2))のように、強制接種と変わらないものであるとするならば、右の議論がそのまま妥当する。したがって、以下においては、この勧奨接種の場合も当然含めたものとして論ずることとする。
このような違法な強制の結果被害を受けた個人が国に対して責任を問えるか否かは、前記のような現行憲法の体系の下では、本来、憲法一七条の国家賠償の問題であるというべきである。そして、予防接種による重篤な副反応の発生の過程で公権力を行使した(国の)公務員に故意又は過失があった場合を想定すると、その場合の接種は違法であって、国家賠償法一条により責任を問うことができることは明白である。これに対し、公務員に主観的要件がないという場合を想定すると、憲法一七条を受けて制定された国家賠償法が無過失責任を採用しなかった結果として、国家賠償法上の責任は問えないということになるにすぎない。そして、そのような結果は、憲法自体が、前記のように、公権力行使による特定個人の損失と国民全体の負担の調整の結果として、容認しているところといわなければならない。
もっとも、被控訴人は、本件予防接種被害は、適法な公権力の行使(予防接種)による意図せざる侵害である、あるいは違法な公権力の行使による意図せざる侵害であるとしても、憲法二九条三項は、財産権に対する侵害が特別の犠牲に当たるかどうかだけを補償の要件としており、国家の財産権侵害行為が適法か違法か、意図的侵害か非意図的侵害かといった点は問わないものであるところ、本件の予防接種被害が、公共目的の遂行により特定少数の者に生じた生命・健康に対する著しい侵害であって特別の犠牲に当たることは明らかであり、しかもここで特別の犠牲の対象とされた人間の生命・健康は、憲法上、財産権よりもより高い価値を与えられているから、その侵害に対しては、当然、憲法二九条三項が類推され、損失補償請求権が生ずると主張する。
しかしながら、前記のように、本件予防接種被害を適法行為による侵害であるとみることはできないものであり(なお、憲法二九条三項は、適法行為による意図せざる侵害までも対象としているということができないと解すべきであるが、その点はしばらくおく。)、また、憲法二九条三項を違法な侵害行為にまで拡張して解釈することは、前記の体系の下で右条項は法に基づく適法な侵害に関する規定であることが明らかであるから、憲法解釈の枠を超えるものというべきである。
控訴人は、右のような主張の根拠としてドイツの判例等を引用するが、ドイツにおいては、現行のボン基本法よりはるか以前のプロイセン一般国法七四条、七五条に定式化された犠牲補償請求権の法理が長い歴史の積み重ねを経て、慣習法ないし法の一般原理として妥当しているのであり、予防接種被害に対する救済を認めたドイツの裁判例自体もこの犠牲補償請求権に依拠しているのである。これに対して、我が国では、そのような伝統が全くなく(明治憲法の下では、国の責任は極めて限定された範囲でしか認められていなかった。)、現行憲法において初めて国家賠償や損失補償に関する規定が置かれたのであるから、ドイツとは事情が異なり、ドイツの判例が依拠する犠牲補償請求権の法理等は根拠とはなし難いものというべきである。
むしろ、従来、我が国では、控訴人が主張する、「特別犠牲」の観点からすると損失補償の問題として捉えられる事柄についても、一貫して国家賠償の問題として捉え、処理されてきたのである。仮に、被控訴人らのいうように、特別の犠牲という要件を充足さえすれば、損失補償請求権が生ずるとすると、一般に公権力の行使はすべて公共目的のため行使されるものであるから、その適用範囲は極めて広くなるおそれがあり、その外延は不明確となり、憲法の体系が崩されて国家賠償と多くの場面で競合し、国家賠償法が故意・過失という主観的要件を要求していることの意味を失わせ、実質上違法無過失責任を認めることに繋がりかねないのである。
のみならず、もともと、生命身体に特別の犠牲を課すとすれば、それは違憲違法な行為であって、許されないものであるというべきであり、生命身体はいかに補償を伴ってもこれを公共のために用いることはできないものであるから、許すべからざる生命身体に対する侵害が生じたことによる補償は、本来、憲法二九条三項とは全く無関係のものであるといわなければならない。したがって、このように全く無関係なものについて、生命身体は財産以上に貴重なものであるといった論理により類推解釈ないしもちろん解釈をすることは当を得ないものというべきである。
以上のとおりであるから、憲法二九条三項を、公権力の行使が適法か違法かを問わず、特別の犠牲が結果として生ずれば損失補償を命じた規定と解した上、予防接種被害も同様に特別の犠牲と観念し得るが故に、損失補償請求ができると解釈することはできないものといわなければならない。
なお、憲法一三条、一四条一項、二五条等から、生命・健康に対する特別の犠牲に対しては補償請求権が実体法上の権利として生ずるとする考え方もあるが、この考え方も採用することができない。確かに、憲法一三条、一四条、二五条の趣旨等にかんがみると、公共目的遂行の過程で生じた人身事故については、何らかの救済をすることが望ましいということがいえなくもないが、他方、前記のように、現行憲法は、一七条、二九条三項、四〇条において体系的に国家の公権力の行使の過程で特定の国民に生じた損失填補の要件を定めた上、違法行為に対する損害填補を定めた憲法一七条においては、特定個人に対する損失と国家(国民全体)の負担の調整の結果として、違法であっても主観的責任のない行為については、それにより生じた損害がいかに重大なものであろうと、損害填補を必ずしも要求していないのであるから、憲法の前記各条項から当然に損失補償が義務付けられるとは到底いうことができない。
また、右の点はしばらくおくとしても、憲法一三条は、個人主義を基調とする自由権的基本権ないし基本的人権を一般的、抽象的、包括的に宣言しているものであって、同条から国民が国に対して何らかの実体法上の請求権を取得することは考えられない。憲法一四条も、平等主義の原則を一般的に宣言したものであり、裁判規範としては、差別を内容とする行為(法律ないし行政行為)を違法・無効とする(なお、それにより生じた損害に対して国家賠償法により損害賠償が命じられることもあるにすぎない。)にとどまるものであって、国家に対して実質的平等を実現するよう要求する権利まで含むものではない。また、憲法二五条は、福祉国家の理念に基づきすべての国民が健康で文化的な生活を営み得るよう国政を運営すべきことを国の責務として宣言したのであって、国家行為による生命・身体への侵害に対する保護に関する規定ではないから、同条から補償請求権を直接根拠付けることも困難である。そして、このような性質を有する規定を幾ら総合しても、そこから実体法上の請求権が生ずることはないといわなければならないから、この点からしても、右各条項から損失補償請求権を根拠付けることはできない。
以上のとおりであるから、本件予防接種被害につき、憲法上損失補償請求権が当然存在するということはできないものといわなければならない。
第四禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について
一禁忌該当者であることの推定について
1 予防接種によって重篤な後遺障害が発生した場合には、昭和四五年厚生省令第四四号による改正前の予防接種実施規則(昭和三三年厚生省令第二七号。なお、以下では昭和五一年厚生省令第四三号による改正に至る前の予防接種実施規則を「旧実施規則」と総称する。)四条所定の禁忌者を識別するために必要とされる予診が尽くされたが禁忌者に該当する事由を発見することはできなかったこと、被接種者が右後遺障害を発生しやすい個人的素因を有していたこと等の特段の事情が認められない限り、被接種者は禁忌者に該当していたものと推定される(最高裁昭和六一年(オ)第一四九三号、平成三年四月一九日第二小法廷判決・民集四五巻四号三六七頁参照)。なお、右判決は、直接的には、痘そうの予防接種についてのものであり、また、昭和四五年改正前の旧実施規則四条所定の禁忌者について判示したものであるが、右の理は、種痘以外の予防接種についても、また、昭和三九年改正前の旧実施規則、昭和四五年改正後の旧実施規則(後記二2(三)(6)参照)及び旧実施規則制定前の各予防接種施行心得(後記二2(三)(2)参照)所定の禁忌者についても同様に当てはまるというべきである。
2 もっとも、控訴人は、以下の四名については、接種担当の医師において予診を尽くしたが、禁忌者に該当すると認められる事由を発見できなかったという特段の事情が存在すると主張するので、この点を検討する。
(一) 被害児田渕豊英(三〇)
控訴人は、同児は、昭和四八年六月に東京都世田谷区玉川医師会館において種痘の接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、医師会で接種を担当した医師は同児の普段からの掛かりつけの医師であって、同人は、当然同児の健康状態を熟知していたはずであるから、そのような医師が提出された問診票の内容を検討し、かつ、当日被接種者を少なくとも視診している以上、後記最高裁昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決が判示した程度に予診が尽くされたというべきであると主張する。
確かに、原審において被控訴人田渕英嗣は、被害児の接種を担当し、かつ、問診をしたのは同児の掛かりつけの医師であったこと、同人は被害児の健康状況をよく知っていた旨供述するが、<書証番号略>(問診票)及び右被控訴人本人尋問の結果によると、被害児の掛かりつけの医師と接種に際し提出された問診票に予診担当医師として記載されている医師とは別人であることが認められるところ、被害児を接種会場に連れていったのは母親であって、右被控訴人は、直接現認したわけではなく、被害児の母親からの伝聞を述べているにすぎないものであること、本件接種の昭和四八年という時期からみると、後記二2(八)(4)認定のような渋谷区予防接種センターの方式を踏襲して、予診担当医師と接種担当医師とが別人であったのに、不馴れな母親が、接種そのものを担当した顔馴染みの医師のことのみを記憶していて、予診担当医師の存在を明確に認識しなかったという可能性もあること等を総合すると、右被控訴人の供述のみではなお、本件被害児の予診を担当した医師が同児の掛かりつけの医師であったと認めるに足りず、むしろ、予診担当医師は、問診票記載のとおり、掛かりつけの医師とは別人であったものと認めるのが相当である。そうすると、控訴人の主張はその前提を欠くというべきである。
そして、他に同児につき予診を尽くしたが禁忌者に該当すると認められる事由を発見できなかったと認めるに足る証拠はない。
(二) 被害児池本智彦(四二)
控訴人は、本件被害児は、昭和四三年五月二二日、幼稚園においてポリオ生ワクチンの予防接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、右接種においては、問診票が利用されたところ、右問診票には異常を示す記載はなかったのであり、接種担当医師は、当然、右問診票をチェックし、被接種者の視診を行った上異常がないと認めて接種を行ったものと推認されるから、本件は、禁忌を識別するために必要とされる予診を尽くしたのに禁忌に該当する事由を発見できなかったというべきであると主張する。
確かに<書証番号略>によれば、本件接種においては問診票が利用されており、提出された問診票にはすべて異常がない方に丸が付されていたことが認められるが、原審における被控訴人池本愛子本人尋問の結果によれば、接種担当の医師は、問診票を受け取っただけで、直ちに接種を実施したことが認められるのであって、被接種者を充分視診したものとは認めることができない。しかも、本件で使用された問診票の内容が仮に充分なものであったとしても、後記二2(七)認定のように、専門家でない者が記入した問診票である以上、禁忌を識別するためには、接種担当医師はなお問診等をする必要があったのであるから、本件では到底予診を尽くしたということはできない上に、本件で使用された問診票は、例えば熱の有無を尋ねる項をみると、熱の有無をあるかないか抽象的に尋ねているだけで、体温測定を現実にさせた上でその結果を記入させるようにはなっていないが、しかしながら、後記二2(七)認定のように、乳幼児の場合、保護者が熱がないと思っていても現実には熱があったということが往々見られるのであり、熱があるかないかだけを問う本件の問診票は、問診票としてはそれ自体不充分なものであった。このような問診票の記載に依拠してそれ以上は予診を行わなかったという点からも、禁忌を識別するに足りる予診が尽くされたと認めることはできないものといわなければならない。
(三) 被害児高橋真一(四六)
控訴人は、本件被害児は、昭和四七年六月三〇日、太田小児科医院において三種混合ワクチンの個別予防接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、同医師は同児の掛かりつけの医師として同児の接種前の健康状態を熟知しており、しかも、接種の際問診はもちろん、視診、聴打診、検温等必要な限りの予診を尽くしたが、同児が禁忌者に該当するとする事由を見い出せなかったと主張する。
確かに、<書証番号略>及び原審における被控訴人高橋ちづ子本人尋問の結果によれば、接種をした高橋医師は被害児の掛かりつけの医師であったこと、接種前、検温をし、かなりていねいに問診や聴打診等を実施した上、接種を行ったことが認められる。しかし、右被控訴人尋問の結果によると、当時同人の居住していた地域では、三種混合ワクチンにより重篤な副作用が生ずるという事実は殆ど知られておらず、接種後本件被害児に高い発熱が続いた際にも、診察した右高橋医師らからは、三種混合ワクチンによる重篤な副反応の可能性があるといった話は全く出なかったこと、後記二2(一〇)、(二)認定のように、昭和四七年ころは、いまだ一般に、接種を担当する医師や国民に予防接種の副反応や禁忌の内容について周知が充分尽くされていなかった状況にあったことに照らすと、右被控訴人の供述のみでは、接種を担当した医師が、後記二2(七)認定の、禁忌を識別するのに必要な事項全部に亘って問診等の予診を尽くしたとは直ちに断定できないというべきであり、他に本件で禁忌を識別するに足る予診が尽くされたと認める証拠はない。
(四) 被害児秋田恒希(六〇)
控訴人は、本件被害児は、昭和四九年四月一二日、町立母子センターにおいて種痘の接種を受けたものである(この事実は当事者間に争いがない。)が、右接種においては問診票が用いられており、そこには何ら異常を示す記載はされていないのであり、接種担当者は、このような問診票をチェックし、被接種者を視診した上で接種を実施したものと思われるから、禁忌者を識別するに足る予診を尽くしたが、禁忌者に該当する事由を発見できなかったというべきであると主張する。
確かに、<書証番号略>及び原審における被控訴人秋田令子本人尋問の結果によると、問診票には異常がない方にすべて丸が付けられていたことが認められるが、他方、右証拠によれば、接種に際しては、問診票を役場の職員に出し、役場の職員がそれをチェックしただけで、それ以上接種を担当する医師や保健婦が直接問診したり、充分視診したりすることなく接種が実施されたことが認められる。したがって、本件でも、禁忌者を識別するに足る予診が尽くされたということはできない(問診票に異常を示す記載がないということだけで、それ以上医師が問診等をしなくとも予診を尽くしたということができないことは、前記のとおりである。)。
(五) 結論
以上のとおりであるから、本件被害児六二名は、いずれも接種当時施行されていた各予防接種施行心得ないし旧実施規則にいう禁忌者に該当していたものと推定される。
二厚生大臣が禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失について
1 前記のように、昭和二三年に制定された法は、国家又は地域社会において一定割合以上の住民が予防接種を受けておけば、伝染病の発生及びまん延の予防上大きな効果があることに着目して、主として社会防衛の見地から国民に対し接種を義務付けるものである。また、後記2(一)(2)認定のように、ポリオ生ワクチン、インフルエンザワクチン及び日本脳炎ワクチンについては、ある時期法律の根拠によらず、行政指導の形で国民に接種を勧奨し、任意に接種を受けてもらういわゆる勧奨接種が実施されたが、それも同じく社会防衛、集団防衛の目的を有していたものである。
ところで、後記2(二)認定のように、予防接種は、異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、軽度の発熱、発赤、発疹等の副作用が相当程度生ずることが知られている。さらに、脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応が発現することも絶無ではないことが、経験的に知られている。特に、種痘の副反応として種痘後脳炎が発症する事実は、古く戦前から認識されていたところである。
法は、社会防衛の見地から国民に予防接種を義務付けているが、そのことが同時に、接種を受ける個々の国民に、軽度の発熱、発赤、発疹といったそれほど症状の重くない副反応はともかくとして、その程度を越えた、生命にもかかわるような重篤な副反応が生ずるのを受忍することまで義務付けているものでないことは当然である。そして、このように予防接種によって生命にもかかわる重篤な副反応事故が生ずる危険性がある以上、予防接種を強制する国としては、予防接種を受ける個々の国民との関係で、可能な限り、予防接種によってこのような事故が生じないよう努める法的義務があるというべきである。
法(昭和五一年法律第六九号による改正前の法を指す。以下同じ。)自体も、特に戦前から症状の激しい副反応が生ずることが知られていた腸チフス・パラチフスにつき、一二条に、「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定を置いて、その趣旨を表しているが、この趣旨は、単に腸チフス・パラチフスの予防接種のみに止まるものではなく、すべての予防接種について妥当するものであるといわなければならない。すなわち、法三条は、その一項において、「何人もこの法律に定める予防接種を受けなければならない。」と規定しているが、前記のとおり、法が制定された昭和二三年当時既に、予防接種によってまれではあるが脳炎・脳症といった重篤な副反応が生じることが知られていたのであるから、法三条一項の規定を文字どおりすべての人に予防接種を受ける義務を課したものと解釈することはできない。けだし、客観的にみて、予防接種をすれば必ず重篤な副反応が生じる者がいる場合に、その者に対しても予防接種を受ける義務を課したものと解することはできないからである。したがって、「予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」という前記腸チフス・パラチフスの予防接種に関する規定は、すべての予防接種について妥当するものというべきである。そして、法一五条は、「この法律で定めるものの外、予防接種の実施方法に関して必要な事項は、省令で定める。」と省令への委任を規定しているが、この省令で定めるべき予防接種の実施方法に関して必要な事項の中には、あらかじめする禁忌徴候の有無についての健康診断(いわゆる予診)に関する事項、その前提となる禁忌の設定に関する事項、あるいはこれらの周知徹底に関する事項等、予防接種による事故の発生を防止するために必要な事項が含まれているというべきであり、省令を定め、それを施行する直接の責任者は、その省の義務を統括する大臣であって、伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進の業務全般を所掌している行政官庁は厚生省である(厚生省設置法参照)から、厚生省の業務を統括する厚生大臣は、予防接種による事故の発生を防止するために必要な措置をとるべき法的義務を負っているものといわなければならない。換言すれば、法は、厚生大臣に、予防接種の実施の細目を定めあるいは予防接種を国の施策として実施する際に、予防接種を受ける個々の国民に予防接種による重大な事故が生じないよう結果の発生を回避する義務を課しているものというべきである。
また、法に直接の根拠を置かず、国が地方自治体を介し、行政指導の形で国民に予防接種を勧奨し、国民をして任意に接種を受けさせるいわゆる勧奨接種についても、後記2(一)(2)認定のように、国が広い意味でその施策として遂行するものであって、強制接種と同様に国がその実施の具体的内容を詳細に定めて地方自治体に流し、地方自治体の実施方を管理指導するものであり、この場合の国と地方自治体との関係は、地方自治法二四五条の助言・勧告ないし直接的な法的根拠を持たない行政指導の関係と解されるものであるが、地方自治体としては選択の余地なく、国の指導に従って勧奨接種を実施してきたものであり、勧奨を受けた国民の側も、勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく、勧奨接種も強制接種同様当然受けなければならないものと考えてこれを受けていたものであるから、厚生省の業務を統括する厚生大臣には、条理上、勧奨に応じて接種を受ける個々の国民に重大な事故が生じないよう結果の発生を回避する法的義務があるというべきである。
なお、この点について、控訴人は、国が予防接種によって事故が生じないよう努める義務は、一般的、抽象的な政治的行政的責任であって、法的義務ではないと主張するが、予防接種事故が生じないように努める義務は、国民全体に対する関係においては、あるいは一般的、抽象的な政治的行政的義務であるということができようが、予防接種を受ける個々の国民は、国が施策として行う予防接種の直接の対象者なのであるから、このような地位にある予防接種を受ける個々の国民に対する関係においては、予防接種事故が生じないよう努める義務は、単なる一般的抽象的な政治的行政的義務ではなく、正に法的義務そのものであるといわなければならない。
2 そこで、以下、厚生大臣においてこの観点から注意義務を尽くしたということができるかどうかについて検討する。
<書証番号略>並びに原審における証人福見秀雄、同青山英康、同佐分利輝彦、同木村三生夫、同米島正一、当審における証人鴨下重彦、同平山宗宏並びに原審及び当審における証人白井徳満の各証言、原審における分離前被告石山五郎本人尋問の結果、原審における被控訴人吉原くに子、同阪口邦子、同小林いく子、同大沼満、同加藤かつ子、同服部真澄、同依田時子、同梶山喜代子、同卜部せつ子、同清水弘子、同田部チエ子、同徳永和枝、同越智静子、同山本京子、同高橋幸子、同伊藤孝子、同田中靖子、同荒井ミツイ、同上野忠志、同池本愛子、同大川勝三郎、同塩入万佐子、同鈴木百合子、同鈴木勲雄、同吉川富美子、同阿部クニ、同白井哲之、同千葉節子、同中村真知子、同福島豊子、同河又正子、同高橋ちづ子、同田渕英嗣、同杉山末男、同藁科雅子、同秋田令子、同藤木トモコ、同古川イツエ、同鈴木節、同末次貞子、同渡辺孝雄、同小林こう、同矢野ルリ子、同室崎富恵、同尾田節子、同佐藤千鶴、同猪原松枝、同平野賢二、同中川きみ、同竹沢昌子、同高田敏子、同藤井孝子、同渡辺美都子、同中井郁子、同澤柳富喜子、同森山チエ子、同布川則子、同小久保笑子、同大平正、同大平康子、同野口正行(第一回)、同野口賀寿代の各本人尋問の結果並びに原審及び当審における被控訴人山元としえ、同井上たつ各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 予防接種実施の法的形態等
(1) 法によれば、予防接種は定期予防接種と臨時予防接種とに分けられるが、このうち、本件事故に関係する定期予防接種は、市町村長が保健所長の指示を受けて行うものである(五条)。この市町村長の行う予防接種事務は国のいわゆる機関委任事務であって、市町村長は主務大臣(厚生大臣)の指揮監督の下で事務を遂行するものである(地方自治法一五〇条参照)。そして、現実にも、厚生省当局は、予防接種行政の統一的推進の観点から、国の省令、通達・通知等によって、後記のように、事務のやり方等につき細かく市町村長を指揮・監督してきた。
なお、昭和二六年法律第一二〇号による改正後は、定期に予防接種を受ける義務を負う者がその定期内に自発的に一般の医師等に申し出て予防接種を受けた場合も、法上の定期の予防接種を受けたものとみなされることになった(六条の二)。
また、疾病その他やむを得ない事故のため定期内に予防接種を受けることができなかった者は、その事故消滅後一月以内に予防接種を受けなければならない(九条)とされていた。
(2) 他方、法に基づく強制接種としてではなく、特別の法的根拠に基づかない行政指導として、一定のワクチン接種を国民に勧奨し、これを希望する者に対して自治体が主催して接種を実施するいわゆる勧奨接種も実施された。この勧奨接種は、国が広い意味でその施策として遂行するものであって、厚生省当局において実施の具体的内容等を詳細に定めて、それを通知等の形で地方自治体に流して地方自治体の実施方を管理指導し、それを受けて地方自治体が住民に勧奨してその実施する接種を受けさせるというものである。この場合の国と地方自治体との関係は、地方自治法二四五条の助言・勧告ないし直接的な法的根拠を持たない行政指導の関係と解されるものであるが、地方自治体としては選択の余地なく、国の指導に従って勧奨接種を実施してきたものであり、また、勧奨を受けた国民の側も、勧奨接種と強制接種の違いについて特段意識することなく(国や地方自治体も、勧奨に当たり、この点を特に区別して説明していないのが普通であった。)、勧奨された予防接種は、法に基づく強制接種と同様、当然受けなければならないものと考え、接種を受けるという実情にあった。
(二) 予防接種の副作用の危険性について
(1) 予防接種は、異物であるワクチンを人間の体内に注入するものであって、それなりの危険を伴い、発熱、発赤、発疹等の副作用が相当程度生ずることが知られており、この副作用として、脳炎・脳症といった生命にもかかわるような重篤な副反応(合併症)が発現することも絶無ではないことが、経験的に知られている。特に、種痘の副反応として種痘後脳炎が発症することは、古く戦前から認識され、相当数の症例が報告されていたところである。
(2) 昭和二三年に法を制定し、痘そう以外の伝染病についても広く予防接種を義務付けるに至った当時から、厚生省当局は右事実を充分承知していた。昭和四九年ころ厚生省公衆衛生局長の地位にあった証人佐分利輝彦も、この事実を法廷で認めている。
(三) 禁忌の意味と禁忌についての規定の変遷
(1) このような副反応事故の発生を防止することを目的として、従来から、重篤な副反応(合併症)の発生する蓋然性が高いと経験的に考えられる特定の身体的状態を禁忌として、それに該当する者を予防接種の対象から除外するという措置が採られてきた。それを法的に根拠付けたのが、種痘法(明治四二年法律第三五号)の下では種痘施術心得(明治四二年一二月二一日内務省告示第一七九号)一一条であった。
(2) 法の施行に伴い、各種の伝染病につき予防接種を罰則の強制の下で国民に義務付ける一方で、禁忌者を予防接種の対象から除外するための法的措置として、まず、腸チフス・パラチフスについては、法一二条二項において、「腸チフス又はパラチフスの予防接種を行うときは、あらかじめその予防接種に対する禁忌徴候の有無について健康診断を行わなければならない。禁忌徴候があると診断したときは、その者に対して予防接種を行ってはならない。」旨の規定が置かれた。さらに、厚生省告示の形で、昭和二三年一一月一一日、予防接種施行心得(厚生省告示第九五号)が制定され、前記種痘施術心得が廃止されるとともに、「種痘施行心得」、「ジフテリア予防接種施行心得」、「腸チフス、パラチフス予防接種施行心得」、「発しんチフス予防接種施行心得」及び「コレラ予防接種施行心得」が定められた。
右各心得においては、予防接種の禁忌が以下のように定められた。
① 種痘施行心得八項
「左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。但し、痘そう感染の虞が大きいと思われるときにはこの限りでない。
(一) 著しく栄養障害に陥っている者
(二) まん延性の皮膚炎にかかっている者で、種痘により障害を来す虞のある者
(三) 重症患者又は熱性病患者」
② ジフテリア予防接種施行心得八項
「脚気、心臓又は腎臓の疾患で相当な疾病がある者及び胸腺淋巴体質の疑がある者等に対しては予防接種を行ってはならない。」
③ 腸チフス、パラチフス予防接種施行心得八項
「有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内蔵に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑がある者、妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)等に対しては接種を行ってはならない。」
④ 発しんチフス予防接種施行心得七項
「鶏卵に対し特異体質を有する者、有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内蔵に異常のある者、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑がある者、妊産婦(妊娠第六箇月までの妊婦を除く。)、五歳以下の者等に対しては、接種を行ってはならない。」
⑤ コレラ予防接種施行心得七項
「有熱患者、心臓並びに血管系、腎臓その他内蔵に異常のある者、結核、糖尿病、脚気、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑のある者、妊産婦(妊娠六箇月までの妊婦を除く。)、乳児等に対しては接種を行ってはならない。」
(3) 昭和二五年二月一五日、「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第三八号)が制定され、右八項において、「高度の先天性心臓疾患患者等接種によって症状の憎悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」と定められた。
(4) 昭和二八年五月九日、「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第一六五号)が制定され、右心得七項において、次の事項が予防接種に対する禁忌事項とされた。
「左の各号の一に該当するものに対しては、接種を行ってはならない。
(一) 鶏卵に対し特異体質を有するもの(鶏卵を食べると発熱、発しん、ぜん息、下り、おう吐等を来す者)
(二) 熱性病患者、心臓、血管系、腎臓その他内蔵に異常のある者、糖尿病患者、脚気患者、病後衰弱者、胸せんりんぱ体質の疑のある者、妊産婦(妊娠第六月までの妊婦を除く。)その他の者であって、医師が接種を不適当と認める者」
(5) 昭和三三年九月一七日、前記各「施行心得」を統合・改善した旧実施規則(厚生省令第二七号)が制定施行された。
右規則四条においては、以下のとおり禁忌事項が定められた。
「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合には、この限りでない。
一 有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者
二 病後衰弱者又は著しい栄養障害者
三 アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者
四 妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)
五 種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」
(6) 旧実施規則は、昭和三九年の改正(厚生省令第一七号)により、五号に「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」が加えられ、新たに、六号として、「六 急性灰白髄炎の予防接種については、第一号から第四号までに掲げる者のほか下痢患者又は種痘を受けた後二週間を経過していない者」が付加された。さらに、昭和四五年の改正(厚生省令第四四号)により、四号の「(妊娠六月までの者を除く。)」の部分が削除され、五号の「急性灰白髄炎の予防接種を受けた後二週間を経過していない者」及び六号の「種痘を受けた後二週間を経過していない者」の部分に、それぞれ麻しんの予防接種を受けた者が加えられ、間隔も二週間から一箇月に延長された。
(7) その後、昭和五一年の法の改正に伴い、旧実施規則は、同年九月一四日、厚生省令第四三号により改正され、禁忌を定める四条も以下のように改められた(以下右改正後の予防接種実施規則を「新実施規則」という。)。
「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。
1 発熱している者又は著しい栄養障害者
2 心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは憎悪期又は活動期にあるもの
3 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者
4 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者
5 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者
6 妊娠していることが明らかな者
7 痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者
8 急性灰白髄炎の予防接種については、第1号から第6号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘、若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者」
(四) 禁忌規定遵守の効果について
このように定められた禁忌を注意深く守ることによって、脳炎・脳症といった重篤な副反応を含め、副反応全体の出現する割合は著しく減少するものと認められる。この点について、予診をいくら厳重にしても、脳炎・脳症といった重篤な副反応の減少には繋がらないと悲観的な意見を述べる学者(原審における木村三生夫証人等)もいるが、①アメリカの学者(右木村証人自身が論文で引用するネフ)を初め多くの学者がこの点を肯定していること(ネフは、「種痘の禁忌を更に良く守ることによって、《合併症》の罹病率、死亡率は著しく低減し得るであろう。」と述べている<書証番号略>。)、また、②昭和四五年に種痘禍が新聞等に報道され、社会問題化して、医師や国民の関心を引くにいたり、また、厚生省当局も禁忌の識別のため問診票を導入するよう指示するなど一定の対策をとるに至った時期以後(特に昭和四八年ころから)、都立豊島病院へ予防接種後の異状を主訴として入院する児童の数が顕著に減少した事実があること、③後記のように、予診を専門にする医師と接種を担当する医師とを分け、予防接種の適否につきダブルチェックをする体制をとるなど禁忌識別のための予診を厳格に行っている渋谷区の予防接種センターでは、約九〇万件の予防接種を実施しながら重篤な副反応事故が一例も発生していないという事実があること、④国立予防衛生研究所長であった福見秀雄がした、非常に細かい問診をした場合と集団接種で普通する程度に問診をとどめた場合とでは細かい問診をした群の方が副作用の出る率が少なかったという実験が存在すること、さらに、⑤厚生省公衆衛生局長(佐分利輝彦)も、法廷で、人口動態統計における種痘による死亡者の数が昭和四五年を境に相当減少している一番大きな要因としては予診を厳しくやるようになったことが挙げられると述べていることなどに照らし、予診を厳格に実施し禁忌を注意深く守ることにより、脳炎・脳症といった重篤な副反応を含めた副反応の全体が著しく減少すると認めるのが相当である。
なお、前記のように、禁忌は予防接種による副反応防止のため定められたものであるが、ポリオ生ワクチン接種において下痢を禁忌としている理由につき、生ワクチンウイルスの増殖が妨げられる、すなわちワクチン接種の効果が生じないことを懸念したもので、ワクチン接種による副反応防止とは関係がないとの説に立つ学者(平山宗宏等)もいるところである。しかしながら、乳幼児の下痢の場合を考えると、下痢は、水分も失われ食欲もなくなるなどの全身的症状を意味し、下痢が重篤な副反応に結び付く可能性を否定できないものと認められるから、副反応の防止と無関係とはいえないと解するのが相当である。前記説に立つ学者(平山)も、他方では「下痢は、発病したばかりのときなどは、どのように悪化するか分からないので、予防接種は延期する方がよい。」と論じているところである(同人著「予防接種」<書証番号略>参照)。
(五) 予診等の体制
このような禁忌該当者を識別し、これを予防接種の対象から除外するためには、専門家である医師による予診が必要であるが、予診及び接種の体制等については、以下のように定められていた。
(1) 昭和二三年一一月一一日制定の「予防接種施行心得」においては、各施行心得の六項ないし七項において、「予診」と題して、「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない。」との定めが置かれ、また、四項又は五項において、「実施者の一般的注意」と題して、「常に丁寧な態度で実施に当たり、いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも、医師一人について一時間に接種する人数はおよそ一五〇人(種痘は八〇人)とする。」との定めが置かれた。
(2) 昭和二五年二月一五日制定の「百日咳予防接種施行心得」においても、七項に「予診」と題して前項と同様の規定を置き、また、五項において「実施者の一般的な注意」と題して、「常に丁寧な態度で実施に当たり、いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも医師一人について一時間に接種する人数は、およそ一〇〇人とする。」との規定が置かれた。
また、昭和二八年五月九日制定の「インフルエンザ予防接種施行心得」においても、六項に「予診」と題して前項と同様の規定が置かれ、また、四項に「実施者の一般的注意」と題して、「常に丁寧な態度で実施に当たり、いやしくも被接種者の取扱が粗雑に流れないよう注意しなければならない。急いで実施する場合でも医師一人について一時間に接種する人数は、およそ一五〇人とする。」との規定が置かれた。
(3) なお、予防接種に際し結核を感染せしめた事故等を契機として、昭和二八年二月二四日「予防接種事故防止の徹底について(衛発第一一九号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」が発せられ、そこにおいて、「接種に従事する班の長は、…該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておくこと」が指示された。また、赤痢ワクチンによる発熱の事故等が生じたことを契機として、昭和三〇年六月一〇日、「予防接種の普及及び事故防止について(衛発第三五八号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通達)」が発せられ、「予防接種法による予防接種の実施は、当然予防接種施行心得によって行われるべきであるが、そのうち特に予診及び禁忌の項については厳重な注意を払うこと」が指示された。
(4) 従来の施行心得を統合した昭和三三年の旧実施規則四条においては、「接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」との規定が置かれた。
(5) 昭和三四年一月二一日「予防接種の実施方法について(衛発第三二号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、予防接種の実施に当たっては、右通知で定めた実施要領(以下「旧実施要領」という。)に従って接種を実施するよう指示された。
右実施要領(第一の六以下)においては、予防接種の実施方法、予診及び禁忌等について以下のように定めた。
「六 実施計画の作成
予防接種実施計画の作成に当たっては、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われ得るような人員の配置に考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて、医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること。
七 予防接種の実施に従事する者
1 接種を行う者は、医師に限ること。多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師一人を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと。
2 都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たっては、あらかじめ予防接種の実施に従事する者特に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること。
(中略)
九 予診及び禁忌
1 接種前には、必ず予診を行うこと。
2 予診は、まず問診及び視診を行い、その結果異常が認められた場合には、体温測定、聴打診等を行うこと。ただし、腸チフス、パラチフス混合ワクチン又は百日せきジフテリア混合ワクチンを用いて行う予防接種の場合には、できる限り体温測定を全員に対して行うこと。
3 予診の結果、異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は予防接種を行わず、必要がある場合は精密検診を受けるよう指示すること。
4 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事又は市町村長において一般的な処理方針を決めておくこと。
5 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること(たとえば、インフルエンザ、発しんチフス等の予防接種については、鶏卵に対するアレルギーに特別の注意を払う必要があること。)。
6 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること。
(中略)
十三 事故発生時の措置
1 予防接種を行う前には、当該予防接種の副反応について周知徹底を図り、被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること。
(中略)
3 予防接種を行う場所には、救急の処置に必要な設備、備品等を用意しておくこと。」
(6) 昭和三六年五月二二日「予防接種実施要領の一部改正について(衛発第四四四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ、予診に当たり、被接種者の健康状態把握の資料とするため、保護者に対し、予防接種の際に母子手帳を持参するよう指導することが指示された。
(7) 昭和四五年になると、痘そうの予防接種による副反応の問題が新聞等のマスコミにおいて大きく取り上げられるなどして、一種の社会問題となった。それを背景として、
①昭和四五年六月一八日「種痘の実施について(衛発第四三五号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ、応急の措置として、以下のとおり指示がされた。
「第一 予診の実施方法
予診の実施にあたっては特に次の事項に留意すること。
1 過去における種痘接種の有無
2 過去一ヵ月以内における急性灰白髄炎、ましんワクチンの接種の有無
3 発熱の有無
4 湿疹等皮膚疾患の有無
5 既往症等
(1) 現在又は最近医療を受けていることの有無
(2) けいれん(ひきつけ)の既往の有無
(3) 発育の明らかなおくれの有無
(4) 妊娠の有無
これらの事項について、あらかじめ一定の様式による質問票等を準備しておき、被接種者又は保護者に記入させ、これを医師が確認するなどの方法を考慮すること。
第二(中略)
第三 禁忌について
1 実施者は、予防接種実施規則第四条各号に掲げる禁忌例のほか、
(1) 急性灰白髄炎又はましんの予防接種を受けた後一ヵ月を経過していない者
(2) 現に医療を受けている者
(3) 妊娠していることが明らかな者
についても種痘を行わないよう指導すること。
2 接種前に健康状態を調べ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、当日は種痘を行わないこと。
この場合、必要があれば精密検診を受けるよう指示すること。
第四 被接種者及び保護者への周知の徹底
種痘による重篤な副反応の発生は、極めてまれであるが、軽度の発熱、発赤、発疹等は、従来からかなりの頻度において見られるものであり、被接種者並びに保護者がいたずらに不安をおこさないよう、接種にあたってはよく周知せしめることが必要である。なお周知にあたっては、次の点に特に留意すること。
1 接種対象者に対して通知等を行う際には、…被接種者が乳幼児の場合には、保護者に対し、被接種者の体温測定等を事前に行うよう勧奨するとともに、保護者が同行するよう指導すること。
(以下略)」
②続いて、昭和四五年六月二九日「種痘の実施について(衛発第四六一号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、「種痘の実施に当たっては、市町村長と地域の医師会と協議し、できる限り被接種者の掛かりつけの医師によって種痘を受けられるよう指導すること。乳幼児の保護者に対して通知を行う際には、予め、別紙様式の質問表(略)を配布し、各項目について、保護者が母子健康手帳等を参照して記載し、これを接種する際に持参するよう指導すること。」が指示された。
③さらに、昭和四五年八月五日「種痘の実施について(衛発第五六四号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」をもって、種痘の定期にある者、その保護者等に対して種痘の必要性、特に満二歳程度までに初回接種を受ける必要性や、種痘に当たって注意しなければならない事項について周知徹底を図ることや、種痘の接種時期を生後六月から二四月の間とし、この間の健康状態が良好な時期に受けるよう指導することが適当である旨の指示がされるとともに、種痘実施の手引きが添付された。
右手引きにおいては、種痘実施の必要性を説くほか、「第三 接種前の注意」として、
「1 被接種者及び保護者への周知徹底
種痘をはじめ、各種予防接種による副反応として、軽度の発熱、発赤、発しん等は、通常みられるものであり、被接種者及び保護者が、いたずらに不安をおこさないよう接種にあたってよく周知せしめることが必要である。
なお、接種対象者に対して通知等を行う際には、(中略)
(1) 別紙様式による質問票を予め配布しておき、各項目について記載の上、これを接種の際に必ず持参させること。
(2) 現に医療を受けている者、あるいは、けいれん(ひきつけ)の既往症のある者は、必ずその旨を申出させること。
(3) 被接種者が乳幼児の場合は、必ず保護者が同行すること。
等について特に留意すること。
(中略)
3 予診の実施について
接種前の健康状態の調査にあたっては、特に次の事項に留意するとともに、その実施の際には別紙質問票を参考とすること。
(1) 過去における種痘の有無
(2) 過去一ヵ月以内における急性灰白髄炎、ましん、BCG等の接種の有無
(3) 体温測定すること。
(4) 湿疹等皮膚疾患の有無
(5) 現在又は最近医療を受けたことの有無
(6) けいれん(ひきつけ)の既往症の有無
(7) 発育の明らかなおくれの有無
(8) 家族内の過去一ヵ月以内におけるましん等のり患者の有無」
が指示され、
また、「第四 禁忌について」において、
「1 予防接種実施規則第四条に掲げる禁忌例のほか、
(1) 現に医療を受けている者
(2) けいれん(ひきつけ)の既往症のある者
(3) 発育が明らかにおくれている者
等についても接種を行わないよう指導すること。
2 禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、当日は接種を行わないこと。この場合、必要があれば精密検診を受けるよう指示すること。」
等の指示がされた。
④昭和四五年一一月三〇日「予防接種問診票の活用等について」(衛発第八五〇号都道府県知事等あて厚生省公衆衛生局長・児童家庭局長通知)をもって、種痘以外にも問診票の活用を図るべく、問診票の様式例を設定し、これをあらかじめ配布しておき、各項目について記載の上、これを接種の際必ず持参させることが指示されるとともに、「健康審査の活用等について」と題して、以下のとおり指示がされた。
「(1) 予防接種を実施するに当たって、予診により被接種者の現症を把握することはもちろんであるが、被接種者の既往症、先天性潜在疾患等についても把握することが必要であるので、事前に健康診断等が励行されていることが望まれる。このような趣旨に沿って、今後はできるだけこれら健康診断等の推進を図ることとし、保護者に対し、健康診断の励行については指導徹底を図ることとされたい。(中略)
(2) 母子健康手帳は、予防接種欄によって、従来より予防接種にも活用が図られてきたが、(中略)予防接種の際、その者の健康状態を把握する資料として活用する見地から、当面別紙四の例による『予防接種参照カード』を問診票とあわせて作成し、母子健康手帳の予備欄に貼付する等の方法により一層有効な活用を図られるよう配意されたい。
(3) 予防接種の実施に当たっては、保護者の十分な理解と協力を得ることが望まれるので、母親学級等を通じ、問診票の趣旨、内容を徹底する等、予防接種に関する知識の普及を図るはもちろん、予防接種の実施に当たっては、医師の行う健康状態の把握のみならず、母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう配意されたい。」
(8) その後、昭和五一年の法改正に伴って改正された新実施規則四条に、「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」旨の規定が置かれた。
(9) 右規則改正を受け、昭和五一年九月一四日「予防接種の実施について(衛発第七二六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知)」が発せられ、旧実施要領を廃止し、新たに新実施要領が制定され、予防接種の実施方法、予診及び禁忌等について以下のように定めた。
「6 実施計画の作成
予防接種の実施計画の作成に当たっては、地域の医師会と十分協議するものとし、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置を考慮すること。医師に関しては、予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員が種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度となることを目安として配置することが望ましいこと。
なお、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な場合の一般的処理方針等についてもあらかじめ決定しておくことが望ましいこと。
(中略)
9 予診及び禁忌
(1) 接種前に必ず予診を行うものとし、問診については、あらかじめ問診票を配布し、各項目について記載の上、これを接種の際に持参するよう指導すること。
(2) 体温はできるだけ自宅において測定し、問診票に記載するよう指導すること。
(3) 予診の結果異常が認められ、かつ、禁忌に該当するかどうかの判定が困難な者に対しては、原則として、当日は接種を行わず、必要がある場合は精密検診をうけるよう指示すること。
(4) 禁忌については、予防接種の種類により多少の差異のあることに注意すること。
例えば、インフルエンザHAワクチンについては、鶏卵成分に対しアレルギー反応を呈したことのある者に特に注意し、また、百日せきワクチンを含むワクチンについては、けいれんの症状を呈したことのある者に特に注意する必要があること。
(5) 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所において禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物を配布して、接種対象者から健康状態、既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易にすること」
などの規定が置かれた。
(六) 勧奨接種の体制について
前記のように、予防接種の中には、法に基づき国民の義務として実施されているもののほか、特別の法的根拠に基づかない行政指導として一般国民に接種を受けることを勧奨し、これを希望する者に対して接種するものがあった(インフルエンザ、日本脳炎、急性灰白髄炎)。具体的には、国が地方自治体に年ごとに通知を発して一定の予防接種を勧奨するよう行政指導し、地方自治体がそれに基づき住民に予防接種を勧奨し、地方自治体の実施する接種を受けさせるというものである。
これらについても、その各時点における予防接種施行心得、予防接種実施規則ないし予防接種実施要領に準じて実施することの指示がされていた(例えば、インフルエンザの勧奨接種については、昭和三二年九月四日付け「今秋冬におけるインフルエンザ防疫対策について」《衛発第七六八号各都道府県知事・指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知》記二の「予防接種の方法は、『インフルエンザ予防接種施行心得』に定められている方法を厳守すること」参照<書証番号略>。また、昭和三八年四月三〇日付け「昭和三八年度におけるインフルエンザ予防特別対策について」《衛発第三四〇号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》添付の「昭和三八年度におけるインフルエンザ予防特別対策実施要領5の「おって、接種の禁忌については昭和三四年一月二一日衛発第三二号通知『予防接種の実施方法』によること」参照<書証番号略>。また、日本脳炎については、昭和三二年七月一八日付け「日本脳炎の予防対策について」《衛発第五九二号各都道府県知事・政令指定都市市長あて厚生省公衆衛生局長通知》の記三の「なお、本ワクチンの副反応は、他ワクチンに比し軽微であるが、皆無とはいえないので、発熱者その他禁忌者の除去に務め、又各種予防接種施行心得に準じて慎重に実施されたい。」旨の部分参照<書証番号略>。また、昭和四三年四月一六日付け「昭和四三年度における日本脳炎予防特別対策について」《衛発第二七六号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》添付の昭和四三年度における日本脳炎予防特別対策実施要領6の「禁忌」の項の「予防接種実施規則四条及び昭和三四年一月二一日衛発第三二号通知『予防接種の実施方法について』に準ずること」参照<書証番号略>。また、ポリオ生ワクチンについては、例えば、昭和三九年一月二八日付け「昭和三八年度下半期急性灰白髄炎特別対策における経口ポリオ生ワクチン投与の要領について」《衛発第四八号各都道府県知事あて厚生省公衆衛生局長通知》の「8 予診及び禁忌」の項において、以下のように定められていた<書証番号略>。すなわち、「(1)予診 投与前には必ず医師による予診を行うこと。最初に問診及び視診を行い、必要に応じて体温測定さらに打聴診等必要な検査を行うこと。(2)禁忌 予診の結果、投与対象者が次のいずれかに該当し又はその疑いがあると認められる場合には、投与を行わないこと。ア 発熱もしくは下痢等を伴う急性疾患にかかっている者。イ 重症な結核、代償不全を来した心臓血管系疾患にかかっている者。ウ 病後衰弱者。エ 著しい栄養障害者。オ その他医師が投与を行うことが不適当と認める者か、種痘後二週間を経過していない者。」)。
(七) 禁忌識別のための予診の対象事項とその特質
ところで、禁忌を識別するために必要な予診の対象たる事項は後記のように多岐に亘るものであって、予診はある程度時間をかけて慎重に実施することが必要である。このことは、予防接種禍が社会問題となった昭和四五年以前からも説かれていたところで、例えば、昭和二四年発行の細菌製剤協会編「予防接種講本」においては、腸チフス・パラチフスの予防接種について論じている中で、「事前の診察、既往症及びかってのワクチンに敏感なりしや否やの陳述等を充分参考にして、以て用量等に深甚の配慮を加えられん事を、担当医に期待する。」と述べているし、昭和四二年七月発行の国立予防衛生研究所学友会編の「日本のワクチン」(初版)においても、「被接種者の禁忌をもれなく発見するためには、接種前の予診はできるだけ念入りにおこなわなければならない。」と説かれている。
最高裁判決も、昭和四五年改正前の旧実施規則四条に関してであるが、「インフルエンザ予防接種は、接種対象者の健康状態、罹患している疾病、その他身体的条件又は体質的素因により、死亡、脳炎等重大な結果をもたらす異常な副反応を起こすこともあり得るから、これを実施する医師は、右のような危険を回避するため、慎重に予診を行い、かつ、当該接種対象者につき接種が必要か否かを慎重に判断し、実施規則四条所定の禁忌者を的確に識別すべき義務がある。……問診は、医学的な専門知識を欠く一般人に対してされるもので、質問の趣旨が正解されなかったり、的確な応答がされなかったり、素人的な誤った判断が介入して不充分な対応がされたりする危険性をももっているものであるから、予防接種を実施する医師としては、問診するにあたって、接種対象者又はその保護者に対し、単に概括的、抽象的に接種対象者の接種直前における身体の健康状態についてその異常の有無を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因の有無及びそれらを外部的に徴表する諸事由の有無を具体的に、かつ被質問者に的確な応答を可能ならしめるような適切な質問をする義務がある。」と判示しているところである(最高裁昭和五〇年(オ)第一四〇号、同昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁参照)。
そして、予防接種の禁忌を識別するための予診に際して医師が考慮すべき事項は、以下のような多岐に亘るものである(木村・平山「予防接種の手引き」(改訂増補版)、「日本のワクチン」(改訂第二版)参照)。
(1) 職業・年齢
(2) 現在の疾病の有無
(3) 既往歴
ア 出生時の状態
イ 神経系疾患
(4) アレルギー
ア 特異的アレルギー
イ 一般的アレルギー
ウ 湿疹
(5) 予防接種歴及びその際の副反応
(6) 家族歴
ア 特にアレルギー性家系、遺伝性神経疾患
イ 家族内の湿疹患者の有無
(7) 妊娠の有無
(8) その他予防接種を行うことが不適当な状態にあるもの
ア 心身の発達の遅れのある小児
イ 免疫不全
(なお、禁忌を識別するための予診の対象事項は、禁忌の定め方いかんにより多少変わることも考えられるが、基本的部分は共通であり、また、旧実施規則制定以後は、右に掲げた事項がそのまま妥当するものと解される。)
また、予防接種における予診は、①病気の診察を受けに来る場合とは異なり、接種対象者ないしその保護者は特段問題意識を持たずに来所することが多く、健康状態等について自発的な申出を期待しにくいこと、②従来予防接種は恒常的に受けられるような体制にはなっておらず、接種の機会が限られているところが殆どであったため、被接種者の側では、多少調子が悪い場合でもそれを自分の方から積極的に申し出ず、無理をしてでも予防接種を受けようという姿勢で臨むことが多かったこと、③乳幼児が対象の場合、本人は何も申し出ることができないから、母親等の保護者の認識に頼ることになるが、小児科の臨床においては、母親が発熱していないと答えても、現実には発熱している例も多く、問診に対する保護者の答えは必ずしも信頼できないといった特徴がある。また、予診に問診票を利用する場合でも、問診票は予診の導入部であって、その記載をみればそれで終わりというものではなく、それを手掛かりに医師が問診・視診等をして判断することが必要であって(後記認定の渋谷区の予防接種センターの所長を長く務めた村瀬敏郎医師は、これを問診票を立体的に読むことが必要であると表現している。)、問診票を利用したとしても的確な予診を行うには、それなりに時間がかかるものである。そして、医師であれば、常識として予防接種の副反応や禁忌について充分承知しているというものでは必ずしもなく、予防接種の副反応は免疫学の知識等も関係する分野であって、一年に一回か二回しか接種を担当しない一般の医師が、その方面の知識を事前に自分で勉強して充分に持っているとは限らず、それ故、後に予防接種禍が社会問題化した際には、後記のように、医師等を対象とした予防接種の手引書作成の要望が強かったのである。
(八) 我が国における予防接種の実施体制と運用の実際
予防接種の副反応事故をできるだけなくすため、前記のように、法制定当時から禁忌や予診についての定めが置かれていたのであるが、このような予診を実施するために、予防接種実施に当たってどのような体制がとられ、それが実際どのように運用されてきたかを、以下において検討する。
(1) 個別接種と集団接種
予防接種の実施形態としては、個人個人が掛かりつけの医師のところで予防接種を受けるという個別接種の方法もあり、外国特に先進諸国ではそれが主流になっているところが多いが、我が国では、戦後一貫して、学校又は保健所等の一定の場所に接種対象者を多数集め、実施主体が開業医を臨時に雇用し、あるいは地域の医師会に一括委託して医師会が会員の中から接種を担当する医師を選定して接種を実施するいわゆる集団接種の方法が中心をなしてきた。これは、接種率を上げるには、個人の自発的意思に負う部分の多い個別接種より、一定の会場に地域の接種対象者を集めて接種を実施する方が都合のよいことや、接種を担当する医師等の人数の少なさや地域的偏在の問題、接種コストの問題、あるいは我が国ではいわゆるホーム・ドクターがいるとは限らないといった事情からきたものである。
ただし、前記のように、昭和二六年法律第一二〇号による改正後は、定期の予防接種につき、市町村長の行うもののみならず、一般の医師について自発的に受けたものも、この法律によるものとして認めることとされ、その限りでは、個人が自発的に掛かりつけの医師等から接種を受ける道が開かれていた。
現に、本件被害児六二名の接種の時期は、昭和二七年から昭和四九年までに広く分布しているが、掛かりつけの医師等から個別接種の形で予防接種を受けた者は、昭和三三年接種の矢野由美子(三九)、昭和三七年接種の藤井玲子(五〇)、昭和三八年接種の澤柳一政(五)、葛野あかね(七)、野口恭子(六二)、昭和四〇年接種の服部和子(九)、卜部広明(二六)、昭和四二年接種の荒井豪彦(三二)、昭和四三年接種の塩入信吾(四七)、昭和四七年接種の高橋真一(四六)にすぎない(うち、葛野、野口、卜部は、法六条の二の接種であり、それ以外は、地方自治体の機関等が予防接種を個々の開業医等に委嘱した結果、もよりの開業医等から個別接種の形で接種を受けたものである。)。
(2) 集団接種の運用体制
厚生省の行政施策も集団接種が予防接種の中心であるということを前提として立てられてきた。前記のように、昭和三四年の旧実施要領制定前の各予防接種施行心得には、急いでする場合でも医師一人が一時間に接種する人数はおよそ一五〇人とする(ただし、種痘は八〇人、百日せきは一〇〇人)との定めが置かれていたし、また、予防接種会場については、「十分に広くて清潔な場所を選び、換気、室温等に注意しなければならない。」との規定が設けられていた。また、昭和三四年制定の旧実施要領においても、集団接種を前提に、予防接種実施計画の作成に当たっては、特に個々の予防接種がゆとりをもって行えるような人員の配置に考慮すること、医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外では一〇〇人程度とすることといった定めや、接種場所につき、採光、換気等に十分な窓の広さ、照明設備等を有する清潔な場所であり、冬期に十分な暖房設備を備えていることといった物的設備についての定めが設けられていた。
(3) 集団接種の運用の実態
しかしながら、集団接種の運用の実態をみると、以下のように、旧実施要領等の定めは殆ど遵守されず、これから乖離した運用がされていた。
ア 昭和二〇年代から昭和三三年の旧実施規則制定ころまで
昭和二〇年代は、戦後の混乱期で、特にその前半はコレラ、痘そう等の外来伝染病や発疹チフス等が大流行した時代であり、厚生省当局は、伝染病対策として予防接種の実施を急ぎ、特に接種率の向上に防疫対策の重点を置いた。
そして、前記のように、当時の各予防接種施行心得においても一応接種前に予診をすることがうたわれてはいたが、他方では、厚生省当局から、「急いでするときは」という条件が付されてはいたものの、種痘・百日せき以外の予防接種では一時間に一人の医師がおよそ一五〇人(種痘は八〇人)を対象に接種する(すなわち予診をして接種をするのに一人わずか二四秒《種痘では四五秒》しかあてられない。)のを標準として許容するかのごとき基準が示され、むしろそれが常態化した状況の下で、現実には医師による予診は殆どされないまま接種が実施されていた。しかも、冬でも暖房設備のない学校等に大勢の乳幼児等を集めるなど、接種のための物的施設等の整備も充分されていなかったのである(なお、昭和三四年八月八日発行の日本医事新報<書証番号略>参照)。
本件被害児の関係でも、昭和二七年に種痘の定期接種を受けた古川(五六)は、接種に際し問診その他一切の予診を受けなかった。また、昭和三一年に種痘の接種を受けた鈴木(一九)、昭和三二年に接種を受けた末次(五四)に対しても何ら予診は実施されなかった。
なお、昭和二六年ころになると、コレラや痘そう、発疹チフス等の伝染病は殆ど姿を消し、昭和二〇年代後半ころからは、日本社会は一時の異常な状態から脱して次第に落ち着きを取り戻し、防疫対策の中心も流行を繰り返す赤痢、日本脳炎、インフルエンザ、急性灰白髄炎等に移るようになったが、右のような予防接種体制に大きな変化はみられなかった。
イ 昭和三三年の旧実施規則制定ころから昭和四五年ころまで
昭和三四年になり、前記のように集団接種体制の整備を内容とする通知が発せられ、一人の医師が担当する接種の人員の上限に歯止めをかける等の指示が出された。しかし、厚生省当局の姿勢は、依然として接種率の向上の方に重点が置かれていた。このことは、以下のことからも窺うことができる。すなわち、旧実施規則の施行にあたり、日本医師会は、昭和三四年一月三〇日付けで、厚生省公衆衛生局長に対し、「従来、予診は比較的簡便にされていたが今後はどうするのか。」という趣旨の問合わせを発した(この問い自体からも当時は予防接種に際し予診がかなり簡略にされていたという実情が窺われる。)ところ、厚生省公衆衛生局長は、「予防接種実施規則四条の規定は、健康診断を行う際の診断方法の水準を示したものであって被接種者一人一人に対して同条に示されたすべての方法による診察を行う趣旨でないことは、従前のとおりであります。」と回答し、従前の予診のやり方を今後も踏襲すれば足りるかのごとき回答をしているのである。
また、実施主体である市町村レベルでは、人的・物的双方の側面から右のような指示を守ることは難しいという声が強かったし、そもそも予防接種が危険なものであるという認識にも乏しかったため、予診のために充分時間を割ける態勢を組もうという意欲に乏しく、現実には、旧実施要領の接種人員の上限の定め等を努力目標として接種を実施しているところが多かった。そして、依然として旧実施要領の定める上限を上回る多人数を一人の医師が担当して接種が実施されることも少なくなかったのである。その実態については、例えば昭和四五年一〇月一七日発行の日本医事新報に登載された、船橋市の医師の「当市では、二時間の間に二人の医師が約一〇〇〇人内外の人に接種をしなければならず、一五秒に一人あて行わなければならない。」という内容の記事からも窺うことができる。本件被害児の関係をみると、自治体等による調査結果の形で実態が明確にされたものだけに限定しても、昭和三五年接種(腸パラワクチン)の佐藤(一六)の場合は医師一名・保健婦二名で二時間に二八八名(一時間一四四名の割合)の接種が実施されているし、昭和三九年接種(インフルエンザワクチン)の吉原(一)の場合は医師一名につき三時間で七二六名(一時間当たり二四二名の割合)の接種がされ、昭和四五年接種(種痘)の千葉(一四)の場合は、医師一名で約一時間一〇分の間に一六九名の接種が実施されているのである。
なお、仮に厚生省当局の定める旧実施要領の上限の人数を守ったとしても、接種担当医師が一人に割ける時間は、接種に要する時間を含め、種痘の場合でわずか四五秒、それ以外の予防接種では三六秒程度しかなく、接種を実施する外に一人一人に必要な予診を行う時間的余裕はなかったものである。
以上のような態勢にあったため、集団接種は、事務職員等による受付、看護婦ないし保健婦等による消毒、医師(ときには保健婦)による接種と流れ作業のように進められ、予診といっても、受付の係員や看護婦等が熱の有無をチェックする程度であって、医師による直接の問診等は殆どの場合省略されていた実情にあり、このような予診の実情は、本件被害児の予防接種の際の状況からみても明らかである。
すなわち、本件被害児のうち昭和三三年から昭和四五年までの間に集団接種の形で接種を受けた者の予診の状況をみると、医師から一切問診等の予診を受けていないことが証拠上明らかな者だけでも、昭和三三年に接種を受けた渡邊(一七)(接種自体も保健婦が行った。)、同小林(二一)、同矢野(三九)、昭和三四年の室崎(四四)、昭和三五年の尾田(六)、同佐藤(一六)、同猪原(四三)、昭和三六年の平野(二五)、同渡邉(二九)、昭和三七年の高田(四〇)、同渡邊(五三)、同中井(六一)、昭和三八年の布川(八)、同小久保(四八)、同大平(五一)、昭和三九年に接種を受けた吉原(一)、同阪口(四)、同小林(二八)(保健婦から熱はないか、かぜをひいていないかとの質問を受けただけである。)、同大沼(三五)、同加藤(三六)(保護者からの質問に対し、保健婦から熱さえなければよいとの答えが返ってきただけである。)、昭和四〇年の依田(一〇)(保護者の方から鼻水が出ているが接種を受けてもよいかと尋ねたところ、熱がなければよいとの返事があったのみである。)、同梶山(一五)、同清水(三三)、昭和四一年の田部(一二)、同高光(旧姓徳永)(一八)、同越智(二〇)、同山本(二三)(保護者からの被害児は体が弱くて予防接種を医師に止められているが大丈夫でしょうかとの質問に対し、保健婦から、「今は異常ないのでしょう。熱はないのでしょう。」との答えがされただけである。)、同高橋(五八)、昭和四二年の伊藤(一一)、昭和四三年の上野(二二)、同井上(二四)、同池本(四二)、昭和四四年の吉川(三一)、同高橋(五五)、昭和四五年の白井(二)(保護者の方から最近かぜを引いたが接種を受けてよいかと尋ねたところ、今なんともなければかまわないとの答えがあっただけで、それ以上特に問診等はされなかった。)、同千葉(一四)、同福島(四一)(保護者からのかぜをひいて鼻水が出ているとの申出に対し、熱がなければ大丈夫との答えがされただけである。)の多数に上る。さらに、保護者の方から会場で熱を計ることを申し出て、熱を計ったところ三七度二分あったが、特に健康状態について問診等を受けることなく接種を受けたケースとして昭和三六年の藤本(三七)の例がある。また、医師から熱の有無のみ質問されたケースとして昭和四二年の山元(三)の例がある。そのほか、医師から異常はありませんかとだけ尋ねられたケースとして昭和四二年の田中(一三)の例、医師から熱の有無及び下痢の有無のみ尋ねられたケースとして昭和四四年の鈴木(二七)の例がある。さらにまた、医師が聴診を行い、熱の有無やかぜをひいていないかどうかは尋ねられたが、それ以外の禁忌症状については問診等を受けなかったケースとして、昭和四五年の中村(三八)の例がある。
右の時期に開業医等から個別に接種を受けた例をみても、昭和三七年の藤井(五〇)及び昭和三八年の葛野(七)は何ら予診をされずに接種が実施されているし、昭和四〇年の服部(九)は、看護婦から熱はないかと尋ねられたのみで接種が実施された。また、昭和四〇年の卜部(二六)の場合は、接種当日を含め直前三日間かぜ気味で熱も若干あり、医師にみてもらっていたところ、当該医師から、種痘を受ける子供が他にもいるが同時にやると便利だから来いといわれ、その日も若干熱があったにもかかわらず、接種に際して特段の診察もなしに無造作に接種がされたというのである。昭和四二年接種の荒井(三二)も、問診や体温測定等もされずに接種が実施されているし、昭和四三年の塩入(四七)も、保護者がかぜを引いていると告げたにもかかわらず、医師は聴診をしただけで、それ以上、問診も体温測定もせず、接種を行っている。また、昭和三八年の野口(六二)は、過去一年以内にたびたびけいれんの発作を起こし、掛かりつけの医師(接種をした医師)の診察を受けていて、接種をした医師はけいれんの発作について熟知していたにもかかわらず、特に禁忌に注意することなく種痘の接種が行われた。このように、予診の時間が充分とれるはずの個別接種の事例でも、多くは、本来なされるべき予診が尽くされていないという状況にあった。
ウ 昭和四五年ころ以降
さらに、昭和四五年に種痘禍が社会問題になり、厚生省から次々と通知が出され、問診票の活用等が指示された後(ただし、一人の医師が接種し得る人数の上限の定めについては特に変更が加えられていない。)の本件被害児の予診の実情をみても、昭和四六年の河又(三四)は、問診票への記入を求められ、また、事前に体温測定は行ったものの、それ以上医師から直接問診等はされないまま(過去に湿疹等が出たことがあり、問診して検討すべきケースであった。)、接種が実施されているし、また、昭和四八年の藁科(五九)の場合も、保健婦が入り口で問診票をチェックしただけで、接種担当の医師の問診等はされないまま接種がされ、昭和四九年の秋田(六〇)の場合も、問診票を役場の職員がチェックしただけで、担当の医師の問診等はされないまま接種が実施されている。また、同じく昭和四九年に接種を受けた藤木(六三)の場合も、保健婦が問診票をチェックした際に、保護者から、未熟児で生まれたこと、帝王切開で出産したこと、過去一箇月以内にかぜで医者の治療を受けたことの申出がされたが、保健婦限りで接種に問題なしと判断され、医師の問診は全くされず接種が実施された。このように、昭和四五年以降も、問診票は広く利用されるようにはなったものの、なお医師による直接の問診、視診等の予診の重要性についての認識は、現場の接種担当医師等にまで充分浸透していなかった実情にある。
エ 以上のような予防接種の運用の実情は、昭和三四年八月八日発行の日本医事新報の「集団予防接種は、これでよいのか」と題する記事(<書証番号略>参照)等で紹介されているなど、いわば公知の事実だったのであり、厚生省当局も充分承知していたものと推認される。
(4) 渋谷区予防接種センターの運用について
予診等を充分実施できるような体制をとって予防接種を実施してきた模範的な例とされる、渋谷区医師会が運用する渋谷区予防接種センターのやり方をみると、以下のような体制で運用されている。
すなわち、東京都から予防接種業務の委託を受けた渋谷区の医師会は、昭和四四年に予防接種の業務を集中管理し、かつ、予防接種を恒常的に受けられるようにするための常設会場として渋谷区予防接種センターを開設した。そこでは、予診室と接種室を物理的に分け、予診を専門に担当する医師と接種を担当する医師を別々に配置し、まず、予診を担当する医師が問診票を見ながら問診等の予診を行い(問診票のチェックだけで済ますということはない。)、そこで接種可と判断された被接種者につき、接種室で再度接種担当医師がチェックした上接種するというシステムを採用している。また、予診室の入口のところに予防接種を受けるに当たっての注意等を記載した注意書を目につきやすいように掲示し、事前に必ず体温の測定をしてもらった上(家庭でしてこなかった人にはその場で体温計を貸して計らせる。)、問診票の記載をしてもらっている。医師二人が一組となって、一時間当たり通常、四〇人ないし六〇人程度を処理している。また、予防接種に関する諸問題につき、医師会内部の予防接種センター運営委員会において常時研究会を組織して研究を行い、予診のレベルアップ等に努力している。また、渋谷区予防接種センターが主催して外部の会場で集団接種を行う場合も、必ず、予診と接種を担当する医師を分け、接種をしてもよいかどうかにつき二重チェックができる態勢をとっている。しかも、予診担当対接種担当を二対一の割合で配置し、かつ、予診担当には予防接種センター運営委員を務めるようなベテランの医師を配置するという予診重視の態勢をとっている。なお、外部での集団接種の場合は、一五〇人程度を三人一組の医師が担当し、一時間半程度で処理するようにしている。そして、このように、外部での集団接種の場合は、一人に当てられる時間がやや短いという問題等もあるので、接種について問題のあるケースはやや広めに振るい落とすようにし、そういう人は予防接種センターの方に回ってもらって慎重に判断するというシステムをとっている。
このようなやり方で予防接種を実施してきた結果、渋谷区予防接種センターは、昭和五二年までで約九〇万件の予防接種を実施したが、重篤な副反応事故は全く生じていない。
(九) 予防接種の副反応事故を巡る厚生省の姿勢
昭和四五年に予防接種禍が社会問題となるまでも、厚生省当局は、予防接種による副反応事故の発生状況については、予防接種の実施主体からの個別的な報告や人口動態統計等によってある程度把握していた。しかし、昭和四五年に種痘の副反応事故が新聞等に報道され、社会問題化するまでは、国として積極的な実態調査をしたことはなかった。そして、厚生省当局は、昭和四〇年代になるまで長らく、自己が把握した予防接種の副反応事故例については、これを外部には公表しないという対応をとっていた(昭和二八、二九年ころ厚生省防疫課に勤務していた蟻田功は、昭和四七年七月に行われた講演会の中で、「当時は、事故例を集計しても、防疫課長の机の引出しにしまって絶対に公表しないという態度であった。」と述べている。また、昭和四二年ころ厚生省防疫課長を務めた春日斉も、同じ講演会において、「五年前(すなわち昭和四二年ころ)に公衆衛生院の疫学研究会のときに初めて種痘の副作用というものを防疫課長として一応オープンにした。そのとき、当時予研の痘そうワクチンの責任者から、そんなことをしていいのかというお叱りがあった。」と述べている。)。このような厚生省当局の態度・姿勢は、厚生省当局が予防接種の普及、接種率の向上の方に主として関心がいき、予防接種事故の存在を公開することは、その妨げになるという認識を持っていたことから生じたものと推認される。昭和四五年に開かれた日本公衆衛生学会のシンポジウムにおいても、従来、関係者は、予防接種を普及し、広めていくことがすなわち国民の健康を守ることだという信念の下に、事故や副反応という小の虫には目をつむっていくという姿勢で予防接種の業務を推進してきた旨シンポジウムの司会者が発言している。
(一〇) 接種を担当する医師等の状況と厚生省の施策
(1) 現実に接種を担当する一般の開業医等は、このような厚生省当局の姿勢の下、予防接種の副反応や禁忌の重要性等について認識を深める機会がなかった。
すなわち、前記のように、予防接種にあたり適切な予診をし、禁忌を識別するためには、それなりの知識が必要なのであって、医師であれば何人でも常識でできるというものではないところ、医学教育の場でも、昭和三〇年代ころまでは、予防接種に伴う副反応や禁忌の問題を学生に体系的に教えるということはなく、一般の医師が体系的に予防接種の副反応や禁忌の問題を勉強する場はなかったのである。
そして、前記のように、予防接種による副反応の実態については長く公表されず、予防接種の必要性のみが強調されていたため、年間数回臨時に駆り出される程度の開業医(その中には、小児科や内科が専門でない医師も混じっていた。)は、予防接種の副反応や禁忌の問題に対する関心が薄かった。予防接種を担当する医師といえども、予防接種実施規則や予防接種実施要領等の存在を充分には知らず、これをあらかじめ読んで接種に臨む者は少ないという実情にあった(昭和四五年七月一八日発行の日本医事新報<書証番号略>参照)。医師会でも、この問題について特段指導をしていなかった(このことは、昭和三八年ころ葛飾区医師会の会長を勤め、また、昭和四〇年ころから予防接種担当の東京都医師会の理事を勤めた米島正一医師が法廷における証言の中で明確に認めているところである。)。
そのため、昭和四五年に予防接種禍が新聞等のマスコミに報道され、社会問題化するまでは、一部の専門家を除き、一般国民はもとより、一般の医師の間でも、予防接種により重篤な副反応が生ずることがあるという事実についての認識に乏しかった。また、医師達の間に予防接種による副反応を防止するために禁忌が設定され、禁忌を識別するためには、予診が重要であるという認識も充分浸透していなかった。
(2) このような状況にあるにもかかわらず、昭和四五年ころまでに、厚生省当局が一般の医師を対象に、予防接種の副反応事故及びそれを避けるための禁忌の重要性等について周知を図るために具体的な措置をとった形跡はない。厚生省当局がとった措置は、日本医事新報に予防接種実施規則や予防接種実施要領の全文を登載した程度であった。前記米島医師は、昭和四五年以前には、厚生省や東京都から医師会に対し、会員に対して予防接種実施規則等について周知を計るようにという指導を受けたことは殆どないと述べている。
なお、本来ならば昭和三三年の旧実施規則の制定がそれまでのルーズな予診の実情を改善する良い機会であったが、厚生省当局は、前記のように、昭和三四年の医師会からの問合せに対し、昭和三三年以前の予診のやり方を昭和三三年の改正でも否定しないかのごとき回答をし、従前からの予診のやり方を改善するよう積極的に指導しなかったのである。
そして、厚生省当局も関与して予防接種の副反応や禁忌についての文献や論文が次々と刊行され出したのは、昭和四五年以降であり、しかも、一般の医師等の目につくような形で刊行され出したのは、多くは昭和四〇年代も末ころになってからである。たとえば、予防接種副反応研究班という公的な名前で、予防接種を担当する医師向けに、予防接種の副反応や禁忌の内容につき詳細に解説した手引きの案が作成されたのは、昭和四九年四月になってからであり、それが正式に手引書として刊行されたのは、ようやく昭和五〇年七月になってからであった(なお、右手引きの前書には、「予防接種が社会問題化してから、多くの解説書が出されてきたが、接種を行う医師や予防接種担当者向けの手引きのようなものは殆どなく、それに対する要望もかなり強いものであった。」と記載されている。昭和四七年二月五日発行の日本医事新報<書証番号略>には、秋田の医師からの、「ただ一回じんましんの既往があってもだめか。三歳児でただ一回熱性けいれんのあと二年以上経過していても不可か。」という禁忌の具体的内容を問う質問とそれに対する回答が載せられているが、この質問の内容からも、その当時の一般の医師の禁忌についての認識の程度が窺え、右「前書」の記述を裏付けるものとなっている。)。
(3) そのため本件被害児の接種を担当した医師の多くは、予防接種の副反応の危険を充分認識せず、伝染病予防上必要であるという意識の下、禁忌についての充分な知識もなしに、接種を実施した。その典型的例が野口(六二)のケースであり、前記のように、同女は、過去一年以内に何回かけいれんの発作を起こしており、明らかに当時定められていた禁忌に該当したのに、けいれん発作のことを熟知していた掛かりつけの医師によって、種痘の接種がされている。同医師は、予防接種実施規則の存在は全く知らず、製薬会社の注意書(そこでは、禁忌事項として「けいれん」に触れられていない。)のみ了知していたのである。また、昭和四二年接種の山元(三)の場合も、接種の五日前位から下痢と発熱があり、しかも一時高熱によるひきつけまで起こし、前日もだるそうに一日寝ているという状況であった(最終的に右症状が医師により完治と診断されたのは、予防接種の三日後であった。)のに、被害児を前日診察した掛かりつけの医師は、熱さえなければ予防接種(集団接種)を受けてよいと助言し、それに従って被害児は予防接種を受けている。さらに、昭和四〇年接種の卜部(二六)の場合も、接種当日までの三日間風邪で若干熱があり、当該医師の診察を三日続けて受けていたのに、無造作に接種が実施されているのである。また、本件各被害児に予防接種の副反応が現出した後も、開業医の段階でそれが予防接種による副反応である疑いがあると診断された例は極めて少ない。多くの医師は予防接種の副反応の可能性を頭から否定していた。
(4) そして、昭和四五年に予防接種禍が社会問題となった以降も、なお昭和四八、九年ころまでは、禁忌の内容や禁忌識別に当たっての予診の重要性等について一般の開業医の段階まで充分周知徹底されていなかったため、昭和四五年以降接種を受けた本件被害児の接種の状況にみられるように、禁忌識別のための予診が不充分なまま接種が実施された例が少なくなかった。
(5) 確かに、控訴人が主張するように、昭和四五年以前にも、昭和二四年には社団法人細菌製剤協会編で「予防接種講本」が出され、また、昭和二八年には厚生省防疫課編で「防疫必携」、昭和三九年には厚生省防疫課監修で「防疫シリーズ・痘そう」がそれぞれ刊行されているが、このような書籍は防疫の専門家以外の、接種を現実に担当した一般の開業医等の目にまで広く触れるものではなく、また、そこでの副反応事故についての分析も、例えば、「防疫シリーズ・痘そう」では、日本では種痘後脳炎の発生はきわめてまれで心配はいらないと断定しているなど、予防接種を推進する方向での記述が目立つものであった。
(6) 以上のような状況にあったため、本件被害児の多くは、前記のように、予診を殆ど受けずに接種を実施されたものである。また、問診等予診を受けた者にしても、予診において考慮すべき事項は、前記のとおり相当多岐にわたるものであるのに、そのような点にまで充分配慮を巡らした予診を受けた者は皆無であったと推認される(なお、昭和四七年に掛かりつけの医師から個別接種の形で接種を受けた高橋(四六)の場合も、前記一2(三)認定のように医師からかなり丁寧な予診を受けたことは認められるが、右(4)認定の当時の時点における一般の医師層への禁忌についての周知の状況及び前記一2(三)認定の副反応現出後の右掛かりつけの医師の言動等に照らすと、なお禁忌を識別するに足るすべての事項を網羅した予診はされていないと推認される。)。
(一一) 一般国民に対する周知の態勢について
(1) 予防接種の禁忌は、前記のように、被接種者の現在及び過去の健康状態や、発育状況、家族のアレルギーの有無等の情報を知ることによって判断されるものであるから、被接種者の側が禁忌の重要性について充分認識を持ち、積極的に接種担当医師に自分の知っていることを申し出ることが必要である。そのためには、接種の対象となる国民(乳幼児の場合は保護者)が、予防接種の副反応と禁忌についてある程度知識を持ち、医師が禁忌を判断するのに必要な情報を提供するよう動機付けがされていることが必要である。
(2) この点については、前記のように、旧実施要領において、一応、「多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等の申出をさせる等の措置をとり禁忌の発見を容易ならしめること」、「予防接種を行う前には、当該予防接種の副反応について周知徹底を図り、被接種者に不必要な恐怖心を起こさせないようにすること」が定められていた。
(3) しかし、現実には、実施主体である地方自治体の機関の側には禁忌の重要性等についての認識が乏しく、その点を積極的に周知させようという姿勢に乏しかったため、学校等で集団接種が行われるような場合でも、全く禁忌についての掲示がされないか(本件被害児の関係では、自治体の調査結果としてその点が明確になっているものだけを挙げても、昭和三五年接種の佐藤(一六)や昭和四五年接種の千葉(一四)の場合がそうである。)、たとえ掲示されたとしても、注意事項を紙に書き教室の黒板に張っておくといった、被接種者側の注意を殆ど引かない、形式的な周知方法がとられることが多かった。また、被接種者に対し予防接種の実施を知らせる通知等の中でも、禁忌については全く触れていないものが多かった(例えば、被害児阪口(四)の関係で昭和三九年に奈良市が発行した「定期種痘通知書」<書証番号略>参照。)。また、自治体関係者の禁忌の内容の理解が正確でないことも多かったため、たとえ禁忌について触れている場合でも、禁忌のすべてを網羅しない不完全なものも多かった(例えば、中野保健所が昭和四〇年九月に発行した「秋の定期予防接種のお知らせ」の中には一応禁忌についての注意が記載されているが、なぜか当時の旧実施規則に定められていた「アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者」の項や、種痘についての「まん延性の皮膚病にかかっている者」の項等の記載が落ちているのである<書証番号略>。また、港区役所から昭和四三年四月一〇日に発行された「区のお知らせ」の中では、予防接種の注意事項として、「小児まひワクチン服用の前後二週間以内は種痘はできません。また、生ワクチン服用と種痘の前後一ヵ月以内は『はしか』ワクチンの接種はできません。」とだけ記載されている<書証番号略>。また、追町長名義で昭和四五年二月二六日に発行された「種痘の実施について」の中では、「ア ハシカの予防接種を受けて一ヵ月を経過しないもの。イ 現在ひふ病にかかっているもの ウ 医師に不適当と認められるもの」のみが禁忌として記載されている<書証番号略>。)。
さらに、自治体が交付する母子手帳(母子健康手帳)の記載内容をみると、昭和四〇年代の初め頃までに使用されている母子手帳では、予防接種は法律上の義務であり、必ず予防接種を受けるようにという記載のみがされ、禁忌については何ら触れられていない。また、昭和四〇年代半ばころになると、昭和四四年九月出生の白井(二)の母子健康手帳には、禁忌の記載があるが、種痘の禁忌としては、「まん延性の皮膚病にかかっている人」と「小児マヒ生ワクチン服用後、二週間以内の人」のみが掲げられ、また、小児マヒ生ワクチンの禁忌としては、「下痢をしている人」と「種痘後二週間以内の人」のみが掲げられており、正確を欠く内容になっていた(<書証番号略>)。また、昭和四四年七月に出生した吉川(三一)の母子健康手帳に付いている各予防接種の個人票の注意事項欄をみると、ジフテリア・百日せき予防接種個人票及び腸チフス・パラチフス予防接種個人票には、「熱があったり『からだ』の具合が良くない時は、必ず医師に相談してください。」との記載が、種痘予防接種個人票には「熱があったり『からだ』の具合の悪い人、又は生ポリオワクチンを飲んで二週間たっていない人はうけないでください。」との記載が、急性灰白髄炎予防接種個人票には「熱があったり下痢をしている人、又は『種痘』をうけてから二週間たっていない人はうけないで下さい。」との記載が、それぞれされていただけであり、禁忌の記載としてはやはり極めて不完全なものでしかなかった(<書証番号略>)。
(4) 厚生省当局は、このような実情を充分承知していたものと推認されるが、特に具体的には改善を指導しないままこれを放置した。
(5) 確かに、控訴人が主張するように、昭和二三年の予防接種法制定に際しては、昭和二三年九月二四日付けで「予防接種法施行に関する件(厚生省発予第七四号各都道府県知事あて厚生省事務次官通知)」を発して、「この法律の目的を達成するため最も必要なことは国民の公衆衛生知識の向上であるから、講演、ラジオ、新聞、雑誌等あらゆる機会を利用して、予防接種に関する衛生思想普及に努められたい。」旨通知し、また、昭和二三年一二月一〇日付けで「予防接種法講習会開催並びに補助について(予発第一六九一号各都道府県知事あて厚生省予防局長通知)」を発して、保健所員、市町村吏員及び一般医療関係者を対象に予防接種法令等について講習会を開催すること及び被接種者、保護者等に対して充分納得が得られるよう周知方を指示しているが、右「予防接種法施行に関する件」の通知が同時に「予防接種を広汎且つ強力に行うことにより伝染病予防の完璧を期す」ことを「法律の目的」としてうたっていることからも明らかなように、ここでの国民に対する啓発の狙いは、専ら国民が伝染病予防に対する予防接種の効果を認識して自発的に予防接種を受けるようにすることに向けられていたのであって、予防接種の副反応及び禁忌についての周知がその内容に含まれていたとは到底解されないものである。
(6) その後、昭和四五年の種痘禍の報道等により予防接種の副反応の問題が社会問題化したことにより、厚生省当局は、前記のように、矢継ぎ早やに通知を発し、問診票を活用すること等を指示するとともに、被接種者及び保護者への周知の徹底についても指示したが、その内容は、なお、軽度の副反応は従来から見られるもので、被接種者及び保護者がいたずらに不安を起こさないよう、また、予防接種に関する知識を普及させて予防接種に理解と協力を求めよという点に重点を置くものであった。
ただ、昭和四五年一一月三〇日の「予防接種問診票の活用について」と題する通知においては、予防接種の実施に当たっては、母親による被接種者の平常の健康状態についての積極的申出等が必要とされるものであることを徹底するよう指示し、問診票には質問事項のほか、「予防接種(種痘)には思いがけない事故がおこることがありますから、次の点によく注意してください。1 健康診断 予防接種(種痘)を受ける際には、必ず健康診断をうけてください。保護者は子供の健康状態を詳しく医師に話して下さい。2 問診票は責任をもって記入して下さい。それには母子手帳などを参考にして下さい。(略)」などと記載するよう書式を示して指示している。
(7) また、昭和四五年以降次第に、予防接種の副反応や禁忌について触れた一般人向けの啓蒙書も刊行されるようになったが、その多くは昭和四〇年代末以降刊行された(厚生省公衆衛生局保健情報課指導「予防接種の知恵」昭和四九年刊行、厚生省公衆衛生局保健情報課編「ママのための予防接種読本」昭和四九年刊行、福見秀雄他編「じょうずに予防接種をうけるために」昭和五三年刊行、厚生省公衆衛生局保健情報課監修「予防接種ハンドブック」昭和五三年刊行等)。なお、昭和四五年以前に出された厚生省防疫課監修の「防疫シリーズ・痘そう」(昭和三九年刊行)においては、種痘の副作用として種痘後脳炎の存在について触れているが、前記のように、そのような種痘の副作用は、「日本での発生はきわめてまれですから、決して種痘をおそれる必要はないのです。」で結んでいる。また、同書は、禁忌についてはごく簡単にしか触れていない(しかも、なぜか当時既に廃止されていた種痘施行心得の文言をそのまま記載しているのである。)。
3 以上の認定事実を総合すると、以下のように結論付けられる。すなわち、
(一) 予防接種は時に重篤な副反応が生ずるおそれがあるもので、危険を伴うものであり、その危険をなくすためには事前に医師が予診を充分にして、禁忌者を的確に識別・除外する体制を作る必要がある。そのためには、①集団接種の場合は、医師が予診に充分時間が割けるように、接種対象人員の数を調節し、あるいは接種する医師と予診を専門にする医師を分けるなどの体制作りが必要であり、また、②臨時に駆り出される、しかも、予防接種の副反応や禁忌について充分教育を受けていない開業医を念頭に、予防接種による副反応と禁忌の重要性等について周知を図り、予診等のレベルの向上を図る必要があり、さらに、③接種を受ける国民に対しても、重篤な副反応の発生するおそれのあることや禁忌の意味内容等についてわかりやすく説明し、必要な情報を進んで医師に提供するよう動機付けをする必要があるというべきである。
(二) そして、伝染病の伝播及び発生の防止その他公衆衛生の向上及び増進を任務とする厚生省の長として同省の事務を統括する厚生大臣としては、右の趣旨に沿った具体的な施策を立案し、それに沿って法一五条に基づく省令等を制定し、かつ、予防接種業務の実施主体である市町村長を指揮監督し(地方自治法一五〇条。法に基づく接種の場合)、あるいは地方自治法二四五条等に基づき(勧奨接種の場合)地方自治体に助言・勧告する、さらには、接種を実際に担当する医師や接種を受ける国民を対象に予防接種の副反応や禁忌について周知を図るなどの措置をとる義務があったものというべきである。なお、法に基づく予防接種は国の事務であって、主務大臣である厚生大臣は事務の実施につき市町村長を全面的に指揮・監督する立場にあったものであり、また、勧奨接種の場合は、法的には地方自治体が国の指導に従うか否かは任意であるといえるが、実際は自治体側には選択の余地がなく国の指導に従って接種を実施するという関係にあったのであるから、予防接種の実施に地方自治体の機関ないし地方自治体が介在しているからといって、厚生大臣に右で述べた義務がないということはできない。法六条の二の個別接種についても、これは、国の強制予防接種制度の一環として組み込まれているものであって、法による予防接種としての効果を持つものであるから、予防接種を国の施策として全体として遂行する立場にある厚生大臣としては、予防接種の副反応、禁忌事項及び予診の重要性等について、この個別接種を実施する一般の医師及びこれを受ける国民にも周知徹底させ、予防接種事故の発生を未然に防ぐ義務があったものというべきである。
そして、厚生大臣は、法制定の当時から、予防接種による副反応事故を発生させないためには、禁忌を定めた上、医師が予診をして禁忌に該当した者を接種対象から除外する措置をとることが必要であることを充分認識していたものである。
(三) ところが、厚生大臣は、長く、伝染病の予防のため、予防接種の接種率を上げることに施策の重点を置き、予防接種の副反応の問題にそれほど注意を払わなかったため、以下のとおり、前記の義務を果たすことを怠った。すなわち、
(1) 昭和三三年以前をみると、各予防接種施行心得に「予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない。」旨の定めが置かれていたものの、急いで実施する場合の医師一人当たりの一時間当たりの接種対象の人数をおよそ一五〇人(これでは予診と接種の時間を合わせて一人わずか二四秒しか当てられないことになる。ただし、種痘は八〇人、百日せきは一〇〇人)とするなど、適切な予診を行うにはほど遠い体制で予防接種を実施することを許容し、しかも現場で予診が殆どされていない実情を知りながら、それを放置した(なお、禁忌について周知を図るようにという通知を出したことはあるが、それが実現できるような具体的施策は特にとらなかった。)。
(2) 昭和三三年の旧実施規則では、予診について比較的詳しい定めを置き、また、昭和三四年に制定された旧実施要領においては、医師一人当たりの一時間当たりの接種人員を最大限種痘で八〇人、種痘以外では一〇〇人と定め、一応歯止めはかけたものの、なお適切な予診をするには不充分な体制(右の上限の人数の場合、被接種者一人に当てられる時間は、種痘で四五秒、種痘以外では三六秒にすぎない。)を継続することを許容し、しかも、現実には、右実施要領さえ充分守られない実情にあることを知りながら、それを積極的に改めるよう指示することなく放置した(医師会からの問い合わせに対し、昭和三三年以前の極めて不充分な予診のやり方を昭和三三年以降も踏襲して構わないかのごとき回答をしている。)。
(3) 昭和四五年以降は、問診票を導入するよう指示するなど予診の問題にもそれなりに注意を払うようにはなったが、なお、集団接種における一時間当たりの接種人員の上限を引き下げるなどの措置はとられなかった。
(4) また、昭和四五年以前は、国民に対して予防接種事故の実態を公表しないのみならず、接種を担当する医師に対しても予防接種事故についての情報を充分には提供せず、禁忌について積極的に周知を図るような措置をとらなかった。
(5) 昭和四五年以降も、一般の医師向けに厚生省当局が関与して予防接種の禁忌を解説した手引書を作ったのは昭和四〇年代の末ころであり、それまでは、予防接種の禁忌等についての周知は充分なものでなかった。接種を受ける側の国民に対しても、いたずらに不安が生じないようにすることに重点が置かれていた。そして、一般国民向けに予防接種の副反応や禁忌に関して分かりやすい解説書等が刊行され出したのは昭和四〇年代の末頃であった。
(四) そのため、昭和四五年以前は、禁忌の重要性について一般の医師も国民も充分認識を持たず、したがって、適切な予診がされずに予防接種が実施された。また、昭和四五年以降は、問診票が活用されるなどその点についてある程度改善がみられたが、集団接種において医師が充分予診のできるような体制までは整備されなかった。そして、昭和四〇年代末頃までは、予防接種の副反応や禁忌の重要性等につき医師に対する情報提供や国民に対する周知が不充分であったため、医師による予診の重要性の認識が充分浸透せず、依然として予診不充分なまま接種が実施される状況にあった。
また、個別接種等で予診をする時間が充分あった場合においても、禁忌の重要性や内容について充分な情報提供がなかったため、医師は、予診をせず接種を実施したり、予診をした場合でも、禁忌にかかわるすべての事項を網羅した予診を尽くすことなく接種を実施した例が多かった。
(五) そして、前記のように、本件被害児六二名は、いずれも接種当時施行されていた各予防接種施行心得ないし旧実施規則所定の禁忌者に該当していたものと推定されるところ、昭和二七年から昭和四九年の間に発生した本件被害児らの副反応事故は、結局、右(三)、(四)で述べたことが原因となって、現場の接種担当者(医師)が禁忌の識別を誤り、本件被害児らが禁忌者に該当するのにこれに接種をしたため生じたものと推認される。
(六) なお、副反応事故について周知を図るような措置をとると、接種率が下がり、法が目的とする社会防衛が果たせないというおそれがあるから、厚生大臣がそのような措置を充分とらなかったとしてもやむを得ないとする考え方もあり得ないではない。しかしながら、予防接種の副反応には、発生する率はごくわずかとはいえ、死亡にもつながる重大なものが含まれるのであり、国が、社会防衛の目的で、国民を強制ないし勧奨して接種を受けるよう仕向けた以上、国としては被害を避けるための措置を可能な限り尽くすべきであったというべきである。国が、その国民の健康に関する施策を遂行する場合において、その施策の遂行によって国民の生命身体に被害が生じないよう充分配慮して万全の措置をとり、国民の生命身体に被害が生じる結果の発生を回避すべき義務があることは、当然であるといわなければならないからである。
そうすると、社会が混乱状態にあって外来の伝染病が流行し危機的状況にあった昭和二〇年代はさておくとしても(なお、昭和二〇年代に予防接種を受けた被害児古川(五六)及びその両親の損害賠償請求は、後記のとおり、いずれにせよ除斥期間が経過しており、認めることはできないものである。)、少なくとも右古川を除くその余の被害児に対して接種がされた昭和三〇年代以降は、伝染病の流行は相当程度落ちつきを見せ、日本社会はそのような危機的状況から脱していたのであるから、副反応や禁忌について周知を図ったためある程度接種率が下がったとしてもやむを得ないというべきであるのみならず、いたずらに恐怖心をあおらず、正しい知識を与えるように務め、集団接種で禁忌に該当するかどうか判断できないものは個別接種に回すなどの体制を適切に整えれば、それほど接種率が下がらなかった可能性もあり、要は工夫次第であったということができるものであるから、厚生大臣が禁忌等について周知を図る等の措置をとれば接種率が下がりすぎて法の目的である社会防衛が果たされなくなってしまうことは直ちに断定できず、この点を根拠に厚生大臣が国民や医師等に予防接種の副反応や禁忌について周知を怠ったことを正当化することはできないものといわざるを得ない。
また、このように副反応事故をなくすため予診を重視する態勢をとると、個別接種による割合が増大し、接種を担当する医師等の人手がより多く必要になり、接種のコストも増えるなどの問題も生じようが、生命・健康の侵害という重大な法益侵害との対比からすると、コストや人手の問題を理由に、厚生大臣のとってきた行動が正当化されるということはできない。
(七) そして、厚生大臣は、以上のような、禁忌を識別するための充分な措置をとらなかったことの結果として、現場の接種担当者が禁忌識別を誤り禁忌該当者であるのにこれに接種して、本件各事故のような重大な副反応事故が発生することを予見することができたものというべきである。また、前記のとおり、本件被害児らはすべて禁忌該当者と推定されるものであるから、厚生大臣が禁忌を識別するための充分な措置をとり、その結果、接種担当者が禁忌識別を誤らず、禁忌該当者をすべて接種対象者から除外していたとすれば、本件副反応事故の発生を回避することができたものというべきであり、したがって、本件副反応事故という結果の回避可能性もあったものということができる。
4 以上のとおりであって、厚生大臣には、禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠った過失があるものといわざるを得ず、国は、古川(五六)を除くその余の被害児らに重篤な副反応事故が生じたことに対して、国家賠償法上責任を免れないものというべきである。
第五被害児古川(五六)を除くその余の被害児及びその両親の被った損害について
一被害児古川(五六)を除くその余の本件被害児及びその両親が本件接種により被った被害の原判決口頭弁論終結時までの状況は、被害児については原判決理由第二の二認定のとおりであり、被害児の両親については原判決理由第二の五1認定のとおりであるから、それぞれこれを引用する。また、最近の状況は、別紙「現在の状況一覧表」の「右認定に供した証拠」欄記載の証拠によれば、右表の「現在の状況」欄記載のとおりであると認められる。
二1 以上認定の原判決事実摘示添付の原告ら主張一覧表の「接種後の状況」、「現在の症状」及び「両親の被害状況」の各欄並びに別紙「現在の状況一覧表」の「現在の状況」欄記載の事実に基づき、被害児古川(五六)を除くその余の被害児及び両親が被った損害を以下の算定方法により個別に算定するものとする。
2 被害児を本件各事故によって死亡した被害児と生存している被害児とに分け、さらに、後者の生存している被害児については、症状の軽重により、ア 日常生活に全面的に介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Aランク生存被害児」という。)、イ 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(これを「Bランク生存被害児」という。)、ウ 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各被害児(以下これを「Cランク生存被害児」という。)とにそれぞれランク分けをして、各被害児及び両親等の損害を算定することとする。
(一) 死亡した各被害児の損害について
(1) 得べかりし利益の喪失
死亡した各被害児が、本件各接種によって本件各事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労できたはずである。
そして、それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までについては、毎年、それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、生活費控除を男子五割、女子三割とし、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
また、右時点以降満六七歳時までは、平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、生活費控除を男子五割、女子三割とし、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介護費
死亡した各被害児のうち、発症後死亡するに至るまで一年以上生存し、日常生活に全面的に介護を必要とした者については、右介護に費やされた労務を金銭に換算すると、介護開始時点以降死亡時点に至るまでの物価の推移(公知の事実である。)等を考慮し、要介護期間中、平均して、昭和四〇年代に死亡した者(五名)は年に三六万円(月三万円・一日一〇〇〇円の割合)を要し、昭和五〇年代に死亡した者(三名)は年に七二万円(月六万円・一日二〇〇〇円の割合)を要し、昭和六〇年代以降に死亡した者(二名)は年に一二〇万円(月一〇万円・一日約三三〇〇円の割合)を要したとそれぞれ認定するのが相当である。なお、後記のとおり、予防接種事故発生時から遅延損害金の請求を認容することにかんがみ、ライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除するものとする。
(3) 慰謝料
被害児伊藤純子(一一の一)及び同高橋尚以(五五の一)の両名が被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、後記認定のAランク生存被害児と同額の金一〇〇〇万円をもって相当とする(なお、死亡被害児の固有の慰謝料につき、被控訴人らは、当審係属後死亡した右両名に係わる分以外は請求していない。)。
(4) 結論
以上の算定根拠により死亡した各被害児の損害を個別に算定する(円未満は切捨てる。以下同じ。)と、別紙各「死亡被害児損害額計算票」記載のとおりとなる。
(二) 死亡した各被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
死亡した各被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は、各両親一人につき各金八〇〇万円をもって相当とする。
ただし、被害児伊藤(一一)及び同高橋(五五)の両親については、前記のように、右両名についてのみ被害児自身に対する慰謝料を認めたこと等を考慮して、各金三〇〇万円をもって相当とする。
(2) 結論
以上の算定根拠により死亡した各被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」記載のとおりとなる。
(三) 日常生活に全面的介護を必要とする後遺障害を有する各被害児(Aランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
前記認定によれば、Aランク生存被害児としては、事実摘示添付の別紙「Aランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが、Aランク生存被害児の状況に照らすと、同人らの労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当であり、Aランク生存被害児が、本件各接種によって本件各事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労できたものと認められる。
そして、それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までは、毎年、それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
また、右時点以降六七歳時までは、平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、これを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により後記遅延損害金の起算日である本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介護費
Aランク生存被害児の介護の状況に照らすと、発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に全面的に介護を要するものと認められる。そして、右要介護期間としては、Aランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和六三年簡易生命表によることとし、一歳未満は切り捨てる。)に一致すると認めるのが相当である。そして、右介護に費やされる労務を金銭に換算すると、介護の開始時点から本件口頭弁論終結時である平成四年の満年齢時までは、介護開始時点以降口頭弁論終結時点までの物価の推移等を考慮し、これを平均して、昭和三〇年代に介護が開始された被害児については年に九六万円(月八万円・一日約二七〇〇円の割合)の介護費用を、昭和四〇年以降に介護が開始された被害児については、年に一二〇万円(月一〇万円・一日約三三〇〇円の割合)の介護費用を、それぞれ要したと認めるのが相当である。また、それ以後の期間については、年に一八〇万円(月一五万円・一日五〇〇〇円の割合)を要すると認める。これらの金額を基礎として、ライプニッツ式計算法によりそれぞれ接種時までの年五分の割合による中間利息を控除して右要介護期間の介護費相当額の本件各接種当時における現価を求めることとする。
(3) 慰謝料
Aランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、金一〇〇〇万円をもって相当とする。
(4) 結論
以上の算定根拠によりAランク生存被害児の損害額を個別に算定すると、別紙各「生存被害児(Aランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。
(四) Aランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
Aランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は、各両親一人につき各金三〇〇万円をもって相当とする。
(2) 結論
以上の算定根拠により、Aランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙「生存被害児(Aランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。
(五) 日常生活に介助を必要とする後遺障害を有する各被害児(Bランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
前記認定によれば、Bランク生存被害児としては、事実摘示添付の別紙「Bランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが、右Bランク生存被害児の状況に照らすと、Bランク生存被害児の労働能力喪失率は七〇パーセントと認めるのが相当であり、Bランク生存被害児が本件各接種によって本件各事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労することができたものと認められる。そして、それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までは、毎年、それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、その七〇パーセントを喪失したものと推認する。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
また、右時点以降六七歳時までは、平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、その七〇パーセントを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介助費
Bランク生存被害児の介助の状況に照らすと、発症後死亡するに至るまでその生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものと推認され、右要介助期間は、Bランク生存被害児の本件各接種時の年齢と同年齢の者の平均余命期間(当裁判所に顕著な昭和六三年簡易生命表によることとし、一年未満は切り捨てる。)に一致するものと認める。右介助に要する労務を金額に換算すると、Aランク生存被害児の同時期における介護費用の五〇パーセントとみるのが相当である。すなわち、介助開始時点から本件口頭弁論終結時である平成四年の満年齢時までは、昭和三〇年代に介助が開始された被害児については年に四八万円(月四万円)の介助費用を、昭和四〇年以降に介助が開始された被害児については年に六〇万円(月五万円)の介助費用を、それぞれ要すると認めるのが相当である。また、それ以後の期間につていは、年に九〇万円(月七万五〇〇〇円)を要すると認める。これらの金額を基礎として、ライプニッツ式計算法によりそれぞれ年五分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種時における現価を求める。
(3) 慰謝料
Bランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、金八〇〇万円をもって相当とする。
(4) 結論
以上によりBランク生存被害児の損害を個別に算定すると、別紙各「生存被害児(Bランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。
(六) Bランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
Bランク生存被害児の両親の精神的苦痛に対する慰謝料は、各両親一人につき各金二〇〇万円をもって相当とする。
(2) 結論
以上の算定根拠によりBランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙「生存被害児(Bランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。
(七) 一応他人の介助なしに日常生活を維持することの可能な後遺障害を有する各生存被害児(Cランク生存被害児)の損害の算定根拠
(1) 得べかりし利益の喪失
前記認定によれば、Cランク生存被害児としては、事実摘示添付の別紙「Cランク生存被害者の請求損害損失額一覧表」記載の者がこれに該当すると認められるが、右Cランク生存被害児の状況に照らすと、Cランク生存被害児の労働能力喪失率は四〇パーセントと認めるのが相当であり、Cランク生存被害児が本件各接種によって本件各事故にあわなければ、一八歳から六七歳までの四九年間就労して、それぞれ一八歳時から本件口頭弁論終結時である平成四年における満年齢時までは、毎年、それぞれの一八歳時の年の賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金と平成二年賃金センサスの第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金とを平均した額程度の収入を取得することができたにもかかわらず、その四〇パーセントを喪失したものと推認する。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
また、右時点以降六七歳時までは、平成二年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の男女別全年齢労働者平均賃金程度の収入を取得できたにもかかわらず、その四〇パーセントを喪失したものと推認し、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により本件各接種時点までの年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の得べかりし利益の喪失額の現価を求めることとする。
(2) 介助費
Cランク生存被害児は、発症後一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能となるに至るまで(前記認定事実に照らすと、田中耕一《一三》については六年間、池本智彦《四二》については一〇年間と認める。)、両親等の介助を必要としたものと認められる。要した介助の程度や当時の物価水準等を考慮し、右介助に要した労務を金銭に換算すると、右要介助期間を通じ、これを平均して、田中耕一(一三)については年に一八万円(月一万五〇〇〇円・一日五〇〇円の割合)、池本智彦(四二)については年に三六万円(月三万円・一日一〇〇〇円の割合)をもって介助費と認めるのが相当である。そこで、右額を基礎として、ライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右要介助期間の介助費相当額の本件各接種当時における現価を求める。
(3) 慰謝料
Cランク生存被害児の精神的苦痛の慰謝料は、金五〇〇万円をもって相当と判断する。
(4) 結論
以上の算定根拠によりCランク生存被害児の損失を個別に算定すると、別紙各「生存被害児(Cランク)損害額計算票」記載のとおりとなる。
(八) Cランク生存被害児の両親の損害の算定根拠
(1) 慰謝料
Cランク生存被害児の両親の精神的苦痛の慰謝料は、各両親一人につき各金一〇〇万円をもって相当とする。
(2) 結論
以上の算定根拠によりCランク生存被害児の両親の損害を個別に算定すると、別紙「生存被害児(Cランク)両親損害額一覧表」記載のとおりとなる。
第六控訴人の抗弁について
一違法性阻却事由について
控訴人は、本件各接種の実施は法令及び法令に準ずる通達に基づく正当行為であり、かつ社会的に相当な行為であるから、行為の違法性が阻却されると主張する。確かに本件各接種の実施自体は法令及び法令に準ずる通達等に基づくものではあるが、前記のように、厚生大臣は、右接種を実施させるに当たり、禁忌該当者に予防接種を実施させないための充分な措置をとることを怠ったものであるから、その責任を免れることはできない。控訴人の主張は採用できない。
二損害賠償請求権の時効及び除斥期間について
1 三年の消滅時効(民法七二四条前段)
(一) 控訴人は、原判決事実摘示第三の二1(一)記載の表に掲げられた各被害児及びその両親については、同表記載の日ころに本件各接種による本件各事故発生を知り、そのころに損害及び加害者を知ったというべきであり、損害賠償請求権は消滅時効により消滅していると主張する。
確かに右各被害児及びその両親は、右表記載のころ本件各事故発生を知った事実は当事者間に争いがないが、民法七二四条の加害者を知りたる時とは、単に損害発生の事実を知ったのみでは足りず、加害行為が不法行為であることを知った時と解すべきであるところ、右争いのない事実のみから本件各事故が前記のような厚生大臣の過失行為に基づく違法なものであることを知ったと推認することは到底できない。
(二) また、控訴人は、原判決事実摘示第三の二1(二)記載の表に掲げられた各被害児及びその両親については、同表記載の日に予防接種事故に対する行政措置に基づく給付申請書を作成してこれを当該市町村長に提出したから、同人らは遅くも右申請書作成の日までには、損害及び加害者を知ったと主張する。
しかしながら、右救済措置は予防接種が違法であることを前提としないものであって(この事実は当事者間に争いがない。)、右のため申請書を提出したことをもって直ちに同人らが本件各事故が厚生大臣の過失行為に基づく違法なものであることを知っていたことにはならない。
(三) 他に同人らが損害及び加害者を知った時から本訴提起までに三年以上の期間が経過したことを認めるに足りる証拠はないから、本件各損害賠償請求権が民法七二四条前段の規定による消滅時効により消滅したとする控訴人の主張は理由がない。
2 除斥期間(民法七二四条後段)
前記認定のように、被害児古川(五六)は、昭和二七年一〇月二〇日に本件接種を受け、接種の約一週間後の同年一〇月二七日にけいれん等の重篤な副反応が発症した。ところが、被害児古川及びその両親からの訴え提起は昭和四九年一二月五日にされ(右事実は、記録上明らかである。)、不法行為の時から二〇年を経過した後にされたことは明らかである。したがって、被害児古川及びその両親の各損害賠償請求権は、既に本訴提起前の右二〇年の期間が経過した時点で法律上当然に消滅したものといわなければならない。
なお、民法七二四条後段の規定は損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であるから、当事者から本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても、右期間の経過により本件請求権が消滅したものと当然判断すべきであり、被控訴人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は、主張自体失当であって、採用の限りでない(最高裁昭和五九年(オ)第一四七七号、平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二〇九頁参照)。
また、被控訴人らは、民法七二四条後段が除斥期間を定めたものであるとしても、本件では、訴え提起が遅れたことにやむを得ない事情があって、裁判所が除斥期間の経過を認めることは、正義と公平に著しく反する結果をもたらし、法秩序に反すると主張するが、一定の時の経過によって法律関係を確定させるため、被害者側の事情等は特に顧慮することなく、請求権の存続期間を画一的に定めるという除斥期間の趣旨からすると、本件で訴え提起が遅れたことにつき被害者側にやむを得ない事情があったとしても、それは何ら除斥期間の経過を認めることの妨げにならないというべきであり、その制度の趣旨からして、本件で除斥期間の経過を認定することが、正義と公平に著しく反する結果をもたらすということは到底できない。
よって、被害児古川博史(五六の一)、父治雄(五六の二)及び母イツエ(五六の三)の各損害賠償請求権につき、除斥期間の経過を主張する控訴人の抗弁は理由がある。
三損益相殺等について
1 抗弁第三項について
予防接種による健康被害に対する救済制度が存在するからといって、それとは別に違法な公権力の行使を理由として国家賠償法に基づき損害賠償請求ができないとする理由はない。現行の法がそのような趣旨を含むものとは到底解されない。控訴人の抗弁第三項は採用できない。
2 抗弁第四項1について
次に抗弁第四項1の主張について判断する。
本件各被害児及びその両親が事実摘示添付の別紙「給付一覧表」記載のとおりの各費目の各支払を受けた事実は、当事者間に争いがない。
被控訴人らは、このうち「障害基礎年金」、「地方自治体単独給付分」、「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」を被控訴人らの損害額から控除することは、公平の原則に反し許されないと主張するので、この点をまず検討する。
(一) 障害基礎年金について
障害基礎年金は、国民年金法に基づく老齢、障害、遺族の各基礎年金の一つであり(同法一五条)、「老齢、障害又は死亡によって国民生活の安定がそこなわれることを国民の共同連帯によって防止し、もって健全な国民生活の維持及び向上に寄与することを目的」(一条、二条)として給付される年金である。疾病にかかり、又は負傷し、一定の障害の状態になったときに、支給される(三〇条)。
ところで、同法は、被控訴人ら主張のとおり、国民の相互連帯の思想に基づき、国民から保険料を徴収し、それを原資の一部として給付を実施する仕組みを採用しており、その意味で障害基礎年金の給付はこのような保険料支払の対価としての性質がないとはいえない。
しかし他方、同法は、「政府は、障害若しくは死亡又はこれらの直接の原因となった事故が第三者の行為によって生じた場合において、給付をしたときは、その給付の価額の限度で、受給権者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。」(二二条一項)、「前項の場合において、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で、給付を行う責めを免れる。」(二二条二項)旨の定めを置いている。このように第三者の行為により障害基礎年金給付の発生事由である障害が生じた場合は、障害基礎年金を支給した限度で国が損害賠償請求権を取得し、その結果その限度で被害者は損害賠償請求権を失うことになる。また、加害者から「同一の事由について」損害賠償の支払がされたときは、その限度で国は障害基礎年金の支払を免れることになる。すなわち、法は、国民年金法の障害基礎年金の給付も損害賠償もともにその障害の状態から生じた損害を補填する実質を有することに着目し、第三者の加害行為により障害の状態が生じた場合には、国民年金法による給付の保険料の対価としての性質は特に顧慮せず、同一の事由による損害の二重填補を排除しているのである。この法の考え方は、障害の状態を引き起こした加害者がたまたま国である場合にも妥当するというべきである。少なくとも国が先に同一の事由について損害賠償を支払ったときは、右二項を類推適用し、支払った限度で、国が障害基礎年金の支払を免れることについては、異論がないところであろう(障害基礎年金の対価的性格を云々しても、そのことは第三者加害の場合にも同様に当てはまることであるから、有効な反論にはなり得ない。)。そして、障害基礎年金給付が先にされた場合にも、二重に損害填補を認めない法の趣旨に照らし、その限度で、国は損害賠償の責めを免れるというべきである(観念的には、国は障害基礎年金を支払った限度で損害賠償請求権を取得することになるが、右請求権は債権者と債務者の混同により消滅するにすぎないともいえよう。)。確かに、そのように解すると、国民の負担する保険料によって相当部分がまかなわれている国民年金法に基づく給付の故に国が損害賠償債務をその分免れる結果になるが、保険料によってまかなうというのは、結局保険料を支払っている国民全体の負担になることを意味し、国が負担を免れるというのも、帰するところ、結局納税者である国民全体が負担を免れることを意味するから、そのような結論をとることが不合理であるとはいえない。
そうすると、既に本件各被害児に支給済である障害基礎年金については、これを全額損害賠償額から控除すべきことになる。
(二) 地方自治体単独給付分について
地方自治体等が独自に別紙「給付一覧表」の「地方自治体単独給付分」記載のとおりの額を本件各被害児ないしその両親に給付したこと、その給付の趣旨は原判決事実摘示の抗弁末尾添付の別紙二の「備考」欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。右事実に弁論の全趣旨を併せると、地方自治体等が被控訴人らに給付した金員は、地方自治体等が独自に、主として住民福祉の観点から、一部は補装具購入の補助金、医療費、交通費等の実費補填の名目で、大部分は見舞金、弔慰金の名目で支給したものであって、予防接種事故を機縁として第三者から贈られた任意の見舞金、弔慰金に類する性質のものであり、損害填補の実質を有していないと認められる。
そうすると、これらの金員については、損益相殺の対象とするべきではない。
(三) 「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」について
法一九条は、一項において、「市町村長は、給付を受けるべき者が同一の事由について損害賠償を受けたときは、その価額の限度において、給付を行わないことができる。」と定めており、この「同一の事由」が認められるときは、法に基づく給付と損害賠償とは相互補完の関係に立つことになるから、法に基づく給付がされたときは、その限りで、損益相殺の対象とするのが相当である。
ところで、ここでいう「同一の事由」とは、法の給付の趣旨目的と損害賠償の趣旨目的とが一致することをいい、単に同一の災害から生じた損害であることを指すものではなく、法上の給付の対象となった損害と損害賠償の対象となる損害とが同性質で、法上の給付と損害賠償とが相互補完性を有する関係にある場合をいうと解される(最高裁昭和五八年(オ)第一二八号、同六二年七月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻五号一二〇二頁参照)。
ところで、法ないし行政上の救済制度における「医療費」とは、「予防接種を受けたことによる疾病について医療を受ける者」の医療費の実費であり(施行令四条)、「医療手当」とは、「通院に要する交通費、入院に伴う諸雑費等に充てるためのもの」である。また、「葬祭料」はいわゆる葬儀費用を意味する。このような給付の内容・性質にかんがみると、これらが本件請求に係る逸失利益、介護費用、慰謝料、弁護士費用という損害の費目と「同一の事由」の関係にあるとは認められない。
したがって、これらの「医療費」、「医療手当」及び「葬祭料」については損益相殺の対象とはしない。
(四) その他
弁論の全趣旨によれば、その他の後遺症一時金、後遺症特別給付金、障害児養育年金、障害年金、特別児童扶養手当、障害児福祉手当、特別障害者手当、福祉手当は、いずれも本件請求に係る逸失利益ないし介護費(介助費)と同一の性質を有し、相互補完の関係にあるものと認められる。
したがって、その額を各被害児の逸失利益ないし介護費(介助費)の額から控除する。
また、弔慰金、再弔慰金、死亡一時金は、いずれも慰謝料的性質を有すると認められるから、その二分の一の額を各被害児の両親の慰謝料額の中からそれぞれ控除する(ただし、被害児伊藤純子(一一の一)の関係では、同児の固有の慰謝料請求を認めたことに伴い、支払われた死亡一時金を同児と両親に認めた各慰謝料額の割合で按分した上、これをそれぞれの慰謝料額の中から控除することとする。)。
3 抗弁第四項2及び第五項について
抗弁第四項2及び第五項の主張が理由がないことは、原判決理由第二の五4(二)及び5記載のとおりであるから、これを引用する。
第七結論
一各人の認容総額について
1 損益相殺後の損害額について
以上により各被害児及びその両親の各損害額から現実に給付がされた額を控除すると、各被害児については別紙各「死亡被害児損害額計算票」ないし「生存被害児損害額計算票」の「差引計算」欄記載のとおりとなり、被害児の両親については別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」の「差引計算」欄記載のとおりとなる。
2 弁護士費用
本件訴訟の経緯、立証の難易、後記のように事故時から遅延損害金を付することとの関係で中間利息を不当に利得することのないようにする必要があること等一切の事情を考慮すると、前記控除額を差し引いた認容額の五パーセントに当たる金額をもって、本件各事故と相当因果関係ある損害と認めるのが相当である。
右算定方法により個別に算定すると、各被害児については別紙各「死亡被害児損害額計算票」ないし「生存被害児損害額計算票」の、死亡被害児の両親については別紙各「死亡被害児両親損害額計算票」の、生存被害児の両親については別紙各「生存被害児両親損害額一覧表」の、各「弁護士費用」欄記載のとおりとなる。
3 相続関係について
そして、請求の原因第六項の事実中、死亡した各被害児の両親が、各二分の一の割合で各被害児の国に対する損害賠償請求権を相続した事実は、当事者間に争いがない。
また、死亡した被害児阿部佳訓(五七の一)父玄造(五七の二)が昭和五六年一〇月八日に死亡し、同人の妻クニ(五七の三)が二分の一、子の古賀恭子(五七の四)、阿部光敏(五七の五)が各四分の一の割合により玄造(五七の二)の損害賠償請求権を相続したこと、被害児澤柳一政(五の一)の父清(五の二)が昭和六一年五月一六日死亡し、同人の妻富喜子(五の三)が二分の一、子である被害児一政(五の一)、尚子(五の四)及び英行(五の五)がそれぞれ六分の一の割合により清(五の二)の損害賠償請求権を相続した事実は、当事者間に争いがない。
4 結論
右事実に基づき、被控訴人らが控訴人国に対して有する損害賠償請求権を算定すると、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」(円未満は切り捨てる。)記載のとおりとなる。
二結論
1 以上のとおり、当審において拡張された請求を含む被控訴人らの本訴請求は、被控訴人古川博史(五六の一)、同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)を除くその余の被控訴人らが、国家賠償法一条に基づく損害賠償として、「被控訴人ら債権額一覧表」の右各被控訴人らに対応する「合計額」欄記載の各金員及びこれに対する不法行為時である本件各予防接種の日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
よって、控訴人の被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)に対する控訴をいずれも棄却するとともに、原判決主文第二項中、右被控訴人らの国家賠償法に基づく各請求のうち、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」記載の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金額から原判決主文引用の別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金額を差し引いた各残額部分の支払請求及びこれに対する右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分(本判決主文引用の別紙「取消一覧表」参照)をいずれも取り消し、控訴人に対し右取消しに係る各金員及び右「合計額」欄記載の各金員に対する本件各接種の日(被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)については昭和四〇年九月八日、被控訴人河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)については昭和四六年一〇月二一日)から右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日の前日までの年五分の割合による遅延損害金(本判決主文引用の別紙「認容金額一覧表(一)」参照)の支払を命じ、同人らの当審において拡張した請求のうちその余の部分及びその余の附帯控訴をいずれも棄却することとする。
また、原判決主文第一項中被控訴人古川博史(五六の一)、同古川治雄(五六の二)及び同古川イツエ(五六の三)の各勝訴部分をいずれも取り消し、同人らの各請求(当審における請求拡張部分を含む。)及び附帯控訴をいずれも棄却することとする。
さらに、右七名を除くその余の被控訴人ら(以下「本件被控訴人ら」という。)につき、損失補償請求を認容した原判決主文第一項をいずれも取り消すとともに、原判決主文第二項中、本件被控訴人らのうち本判決主文引用の「取消一覧表」記載の者らの国家賠償法に基づく各請求のうち、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」記載の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金額から原判決主文引用の別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「認容金額」欄記載の各金額を差し引いた各残額部分の支払請求及びこれに対する右別紙「認容金額一覧表」の同人らに対応する「遅延損害金起算日」欄記載の各日から各支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分(本判決主文引用の別紙「取消一覧表」参照)をいずれも取り消し、改めて国家賠償法一条に基づく損害賠償として、控訴人が本件被控訴人らに対し、別紙「被控訴人ら債権額一覧表」の同人らに対応する「合計額」欄記載の各金員及びこれに対する本件各接種の日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金(本判決主文引用の別紙「認容金額一覧表(二)」参照)を支払うことを命じるとともに、本件被控訴人らの当審において拡張した請求のうちその余の部分及びその余の附帯控訴並びに控訴人のその余の控訴はいずれも棄却することとする。なお、損失補償請求と損害賠償請求とは選択的併合の関係にあるから、このように損害賠償請求を一部認容する結果、原判決主文第一項中本件被控訴人らにつき損失補償請求権に基づき金員の支払を命じた部分は右認容した損害賠償額の範囲内で当然失効するものであるが、なおここに確認的意味でこれを取り消すものである。
2 ところで、控訴人の民訴法一九八条二項の裁判を求める申立てについて判断すると、控訴人が右申立ての理由として主張する事実関係は、被控訴人らが争わないところである。そして、被控訴人梶山健一(一五の二)、同梶山喜代子(一五の三)、同河又弘壽(三四の二)及び同河又正子(三四の三)を除くその余の被控訴人らに対する関係では、前記のように原判決が変更されることになるから、原判決に付された仮執行宣言もその限度で効力を失う。
そうすると、右被控訴人らの関係では、右仮執行宣言に基づき給付した各金員の返還及びこれに対する給付の翌日(昭和五九年五月一九日)から各返還済みまで年五分の割合による損害金の支払を求める控訴人の申立ては理由があることになる。
3 なお、仮執行宣言については、当審において新たに被控訴人らの請求を認容する部分及び被控訴人らに対し民訴法一九八条二項に基づき原状回復等を命ずる部分のいずれについても、その必要がないものと認め、これを付さないこととする。
4 よって、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官大坪丘 裁判官福島節男)
別紙当事者目録
控訴人(附帯被控訴人) 国
右代表者法務大臣 後藤田正晴
右訴訟代理人弁護士 宮﨑富哉
右指定代理人 佐村浩之
外七名
一の一 被控訴人(附帯控訴人) 吉原充
右法定代理人後見人 吉原賢二
一の二 被控訴人(附帯控訴人) 吉原賢二
一の三 被控訴人(附帯控訴人) 吉原くに子
二の二 被控訴人(附帯控訴人) 白井哲之
二の三 被控訴人(附帯控訴人) 白井扶美子
三の一 被控訴人(附帯控訴人) 山元寛子
三の二 被控訴人(附帯控訴人) 山元忠雄
三の三 被控訴人(附帯控訴人) 山元としえ
四の一 被控訴人(附帯控訴人) 阪口一美
右法定代理人後見人 阪口照夫
四の二 被控訴人(附帯控訴人) 阪口照夫
四の三 被控訴人(附帯控訴人) 阪口邦子
五の一 被控訴人(附帯控訴人・亡澤柳清訴訟承継人) 澤柳一政
右法定代理人後見人 澤柳富喜子
五の三 被控訴人(附帯控訴人・亡澤柳清訴訟承継人) 澤柳富喜子
五の四 被控訴人(附帯控訴人・亡澤柳清訴訟承継人) 澤柳尚子
五の五 被控訴人(附帯控訴人・亡澤柳清訴訟承継人) 澤柳英行
六の二 被控訴人(附帯控訴人・亡尾田眞由美訴訟承継人) 尾田稔
六の三 被控訴人(附帯控訴人・亡尾田眞由美訴訟承継人) 尾田節子
七の一 被控訴人(附帯控訴人) 葛野あかね
右法定代理人後見人 葛野友太郎
七の三 被控訴人(附帯控訴人) 森山チエ子
八の二 被控訴人(附帯控訴人) 布川正
八の三 被控訴人(附帯控訴人) 布川則子
九の一 被控訴人(附帯控訴人) 服部和子
右法定代理人後見人 服部勝一郎
九の二 被控訴人(附帯控訴人) 服部勝一郎
九の三 被控訴人(附帯控訴人) 服部眞澄
一〇の一 被控訴人(附帯控訴人) 依田隆幸
右法定代理人後見人 依田泰三
一〇の二 被控訴人(附帯控訴人) 依田泰三
一〇の三 被控訴人(附帯控訴人) 依田時子
一一の二 被控訴人(附帯控訴人・亡伊藤純子訴訟継承人) 伊藤定男
一一の三 被控訴人(附帯控訴人・亡伊藤純子訴訟継承人) 伊藤孝子
一二の一 被控訴人(附帯控訴人) 田部敦子
右法定代理人後見人 田部チエ子
一二の二 被控訴人(附帯控訴人) 田部芳聖
一二の三 被控訴人(附帯控訴人) 田部チエ子
一三の一 被控訴人(附帯控訴人) 田中耕一
一三の二 被控訴人(附帯控訴人) 田中隆博
一三の三 被控訴人(附帯控訴人) 田中靖子
一四の二 被控訴人(附帯控訴人) 千葉秀三
一四の三 被控訴人(附帯控訴人) 千葉節子
一五の二 被控訴人(附帯控訴人・亡梶山桂子訴訟継承人) 梶山健一
一五の三 被控訴人(附帯控訴人・亡梶山桂子訴訟継承人) 梶山喜代子
一六の二 被控訴人(附帯控訴人) 佐藤茂昭
一六の三 被控訴人(附帯控訴人) 佐藤千鶴
一七の二 被控訴人(附帯控訴人) 渡邊孝雄
一七の三 被控訴人(附帯控訴人) 渡邊豊子
一八の一 被控訴人(附帯控訴人) 高光恵子(旧姓徳永)
一八の二 被控訴人(附帯控訴人) 徳永保春
一八の三 被控訴人(附帯控訴人) 徳永和枝
一九の二 被控訴人(附帯控訴人) 鈴木浅治郎
一九の三 被控訴人(附帯控訴人) 鈴木節
二〇の二 被控訴人(附帯控訴人) 越智聰
二〇の三 被控訴人(附帯控訴人) 越智静子
二一の一 被控訴人(附帯控訴人) 小林浩子
二一の二 被控訴人(附帯控訴人) 小林安夫
二一の三 被控訴人(附帯控訴人) 小林こう
二二の二 被控訴人(附帯控訴人) 上野忠志
二二の三 被控訴人(附帯控訴人) 上野厚子
二三の二 被控訴人(附帯控訴人) 山本孝仁
二三の三 被控訴人(附帯控訴人) 山本京子
二四の一 被控訴人(附帯控訴人) 井上明子
二四の二 被控訴人(附帯控訴人) 井上忠明
二四の三 被控訴人(附帯控訴人) 井上たつ
二五の二 被控訴人(附帯控訴人) 平野賢二
二五の三 被控訴人(附帯控訴人) 平野節子
二六の一 被控訴人(附帯控訴人) 卜部広明
右法定代理人後見人 卜部せつ子
二六の二 被控訴人(附帯控訴人) 卜部廣太郎
二六の三 被控訴人(附帯控訴人) 卜部せつ子
二七の一 被控訴人(附帯控訴人) 鈴木浅樹
二七の二 被控訴人(附帯控訴人) 鈴木勲雄
二七の三 被控訴人(附帯控訴人) 鈴木百合子
二八の一 被控訴人(附帯控訴人) 小林正樹
右法定代理人後見人 小林春男
二八の二 被控訴人(附帯控訴人) 小林春男
二八の三 被控訴人(附帯控訴人) 小林いく子
二九の一 被控訴人(附帯控訴人) 渡邉敦子(旧姓中川)
二九の二 被控訴人(附帯控訴人) 中川正直
二九の三 被控訴人(附帯控訴人) 中川きみ
三〇の二 被控訴人(附帯控訴人) 田渕英嗣
三〇の三 被控訴人(附帯控訴人) 田渕美也子
三一の一 被控訴人(附帯控訴人) 吉川雅美
三一の二 被控訴人(附帯控訴人) 吉川禎二
三一の三 被控訴人(附帯控訴人) 吉川富美子
三二の二 被控訴人(附帯控訴人) 荒井清
三二の三 被控訴人(附帯控訴人) 荒井ミツイ
三三の一 被控訴人(附帯控訴人) 清水一弘
右法定代理人後見人 清水一男
三三の二 被控訴人(附帯控訴人) 清水一男
三三の三 被控訴人(附帯控訴人) 清水弘子
三四の二 被控訴人(附帯控訴人・亡河又典子訴訟承継人) 河又弘壽
三四の三 被控訴人(附帯控訴人・亡河又典子訴訟承継人) 河又正子
三五の二 被控訴人(附帯控訴人) 大沼満
三五の三 被控訴人(附帯控訴人) 大沼勝世
三六の一 被控訴人(附帯控訴人) 加藤則行
三六の二 被控訴人(附帯控訴人) 加藤久雄
三六の三 被控訴人(附帯控訴人) 加藤かつ子
三七の一 被控訴人(附帯控訴人) 藤本美智子
三七の二 被控訴人(附帯控訴人) 竹沢潔
三七の三 被控訴人(附帯控訴人) 竹沢昌子
三八の一 被控訴人(附帯控訴人) 中村眞弥
三八の二 被控訴人(附帯控訴人) 中村巖
三八の三 被控訴人(附帯控訴人) 中村眞知子
三九の二 被控訴人(附帯控訴人) 矢野悟
三九の三 被控訴人(附帯控訴人) 矢野ルリ子
四〇の一 被控訴人(附帯控訴人) 高田正明
右法定代理人後見人 高田清作
四〇の二 被控訴人(附帯控訴人) 高田清作
四〇の三 被控訴人(附帯控訴人) 高田敏子
四一の一 被控訴人(附帯控訴人) 福島一公
四一の二 被控訴人(附帯控訴人) 福島喜久雄
四一の三 被控訴人(附帯控訴人) 本田豊子(旧姓福島)
四二の一 被控訴人(附帯控訴人) 池本智彦
四二の二 被控訴人(附帯控訴人) 池本和能
四二の三 被控訴人(附帯控訴人) 池本愛子
四三の二 被控訴人(附帯控訴人・亡猪原泉訴訟継承人) 猪原正和
四三の三 被控訴人(附帯控訴人・亡猪原泉訴訟継承人) 猪原松枝
四四の一 被控訴人(附帯控訴人) 室崎誠子
右法定代理人後見人 室崎富惠
四四の二 被控訴人(附帯控訴人) 室崎誠
四四の三 被控訴人(附帯控訴人) 室崎富惠
四五の二 被控訴人(附帯控訴人) 大川勝三郎
四五の三 被控訴人(附帯控訴人) 大川たつえ
四六の二 被控訴人(附帯控訴人) 高橋恒夫
四六の三 被控訴人(附帯控訴人) 高橋ちづ子
四七の二 被控訴人(附帯控訴人) 塩入恒男
四七の三 被控訴人(附帯控訴人) 塩入万佐子
四八の二 被控訴人(附帯控訴人) 小久保皓司
四八の三 被控訴人(附帯控訴人) 小久保笑子
五〇の一 被控訴人(附帯控訴人) 藤井玲子
右法定代理人後見人 藤井俊介
五〇の二 被控訴人(附帯控訴人) 藤井俊介
五〇の三 被控訴人(附帯控訴人) 藤井孝子
五一の二 被控訴人(附帯控訴人) 大平正
五一の三 被控訴人(附帯控訴人) 大平康子
五二の二 被控訴人(附帯控訴人) 杉山末男
五二の三 被控訴人(附帯控訴人) 杉山きみ子
五三の一 被控訴人(附帯控訴人) 渡邊明人
右法定代理人後見人 渡邊眞美
五三の二 被控訴人(附帯控訴人) 渡邊眞美
五三の三 被控訴人(附帯控訴人) 渡邊美都子
五四の二 被控訴人(附帯控訴人) 末次芳雄
五四の三 被控訴人(附帯控訴人) 末次貞子
五五の二 被控訴人(附帯控訴人・亡高橋尚以訴訟継承人) 高橋邦夫
五五の三 被控訴人(附帯控訴人・亡高橋尚以訴訟継承人) 高橋昭子
五六の一 被控訴人(附帯控訴人) 古川博史
右法定代理人後見人 古川治雄
五六の二 被控訴人(附帯控訴人) 古川治雄
五六の三 被控訴人(附帯控訴人) 古川イツエ
五七の三 被控訴人(附帯控訴人・亡阿部玄造訴訟継承人) 阿部クニ
五七の四 被控訴人(附帯控訴人・亡阿部玄造訴訟継承人) 古賀恭子(旧姓阿部)
五七の五 被控訴人(附帯控訴人・亡阿部玄造訴訟継承人) 阿部光敏
五八の一 被控訴人(附帯控訴人) 髙橋純子
右法定代理人後見人 髙橋正夫
五八の二 被控訴人(附帯控訴人) 髙橋正夫
五八の三 被控訴人(附帯控訴人) 髙橋幸子
五九の一 被控訴人(附帯控訴人) 藁科正治
五九の二 被控訴人(附帯控訴人) 藁科勝治
五九の三 被控訴人(附帯控訴人) 藁科雅子
六〇の一 被控訴人(附帯控訴人) 秋田恒希
右法定代理人親権者父 秋田恒延
右同母 秋田令子
六〇の二 被控訴人(附帯控訴人) 秋田恒延
六〇の三 被控訴人(附帯控訴人) 秋田令子
六一の一 被控訴人(附帯控訴人) 中井哲也
右法定代理人後見人 中井浩
六一の二 被控訴人(附帯控訴人) 中井浩
六一の三 被控訴人(附帯控訴人) 中井郁子
六二の一 被控訴人(附帯控訴人) 野口恭子
右法定代理人後見人 野口正行
六二の二 被控訴人(附帯控訴人) 野口正行
六二の三 被控訴人(附帯控訴人) 野口賀壽代
六三の一 被控訴人(附帯控訴人) 藤木のぞみ
右法定代理人親権者父 藤木秀
右同母 藤木トモコ
六三の二 被控訴人(附帯控訴人) 藤木秀
六三の三 被控訴人(附帯控訴人) 藤木トモコ
右一五九名訴訟代理人弁護士 中平健吉
同 大野正男
同 廣田富男
同 山川洋一郎
同 秋山幹男
同 河野敬
別紙死亡被害児一覧表
二の一
白井裕子
六の一
尾田眞由美
八の一
布川賢治
一一の一
伊藤純子
一四の一
千葉幹子
一五の一
梶山桂子
一六の一
佐藤幸一郎
一七の一
渡邊和彦
一九の一
鈴木増己
二〇の一
越智久樹
二二の一
上野一樹
二三の一
山本勉
二五の一
平野直子
三〇の一
田渕豊英
三二の一
荒井豪彦
三四の一
河又典子
三五の一
大沼千香
三九の一
矢野由美子
四三の一
猪原泉
四五の一
大川勝生
四六の一
高橋真一
四七の一
塩入信吾
四八の一
小久保隆司
五一の一
大平茂
五二の一
杉山健二
五四の一
末次展敏
五五の一
高橋尚以
五七の一
阿部佳訓
取消一覧表
番号
被控訴人氏名
金額
二の二
白井哲之
二二二万六二二八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二の三
白井扶美子
二二二万六二二八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三の一
山元寛子
五五万一四〇八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
一四の二
千葉秀三
一八九万四六六八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
一四の三
千葉節子
一八九万四六六八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
一五の二
梶山健一
二万三六二一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
一五の三
梶山喜代子
二万三六二一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
一六の二
佐藤茂昭
二六万六三九〇円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
一六の三
佐藤千鶴
二六万六三九〇円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二〇の二
越智聡
一六七万八〇五一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二〇の三
越智静子
一六七万八〇五一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二二の二
上野忠志
一七六万一七三五円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二二の三
上野厚子
一七六万一七三五円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二三の二
山本孝仁
一五五万七〇〇八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二三の三
山本京子
一五五万七〇〇八円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二五の二
平野賢二
七九万一三一一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
二五の三
平野節子
七九万一三一一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三〇の二
田渕英嗣
二九八万九四七八円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三〇の三
田渕美也子
二九八万九四七八円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三二の二
荒井清
四〇万九六九七円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三二の三
荒井ミツイ
四〇万九六九七円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三四の二
河又弘壽
一五二万六二九〇円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三四の三
河又正子
一五二万六二九〇円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三五の二
大沼満
一二二万七〇六六円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三五の三
大沼勝世
一二二万七〇六六円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
三八の一
中村眞弥
四七九万八八六六円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四一の一
福島一公
二五八万〇二二一円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四六の二
高橋恒夫
一九八万六三八七円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四六の三
高橋ちづ子
一九八万六三八七円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四七の二
塩入恒男
一七六万一七三五円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四七の三
塩入万佐子
一七六万一七三五円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四八の二
小久保皓司
一三九万四三一九円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
四八の三
小久保笑子
一三九万四三一九円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五一の二
大平正
一七四万二一六三円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五一の三
大平康子
一七四万二一六三円及びこれに対する昭和四九年一月二七日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五二の二
杉山末男
二九八万九四七八円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五二の三
杉山きみ子
二九八万九四七八円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五四の二
末次芳雄
三九万三二二六円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五四の三
末次貞子
三九万三二二六円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五七の三
阿部クニ
二七四万一〇八六円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五七の四
古賀恭子
四五万六八四八円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五七の五
阿部光敏
四五万六八四八円及びこれに対する昭和四九年一二月一三日
から支払済みまで年五分の割合による金員
五九の一
藁科正治
四三六万九〇二五円及びこれに対する昭和五〇年一〇月四日
から支払済みまで年五分の割合による金員
六〇の一
秋田恒希
四九四万三四九九円及びこれに対する昭和五〇年一〇月四日
から支払済みまで年五分の割合による金員
別紙認容金額一覧表(一)
番号
被控訴人氏名
認容金額
一五の二
梶山健一
(1) 二万三六二一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員
(2) 一六五二万九〇一五円に対する昭和四〇年九月八日から昭和四八年六月二八日まで年五分の割合による金員
一五の三
梶山喜代子
(1) 二万三六二一円及びこれに対する昭和四八年六月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員
(2) 一六五二万九〇一五円に対する昭和四〇年九月八日から昭和四八年六月二八日まで年五分の割合による金員
三四の二
河又弘壽
(1) 一五二万六二九〇円及びこれに対する昭和四九年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員
(2) 一五七〇万四二三一円に対する昭和四六年一〇月二一日から昭和四九年一月二六日まで年五分の割合による金員
三四の三
河又正子
(1) 一五二万六二九〇円及びこれに対する昭和四九年一月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員
(2) 一五七〇万四二三一円に対する昭和四六年一〇月二一日から昭和四九年一月二六日まで年五分の割合による金員
別紙認容金額一覧表(二)
番号
被控訴人氏名
認容金額
遅延損害金起算日
一の一
吉原充
四二四四万七四八一円
昭和三九年一一月九日
一の二
吉原賢二
三一五万円
昭和三九年一一月九日
一の三
吉原くに子
三一五万円
昭和三九年一一月九日
二の二
白井哲之
一三五九万四九九四円
昭和四五年三月一一日
二の三
白井扶美子
一三五九万四九九四円
昭和四五年三月一一日
三の一
山元寛子
四七三四万二九〇四円
昭和四二年三月七日
三の二
山元忠雄
三一五万円
昭和四二年三月七日
三の三
山元としえ
三一五万円
昭和四二年三月七日
四の一
阪口一美
二五七五万九九五四円
昭和三九年四月二四日
四の二
阪口照夫
三一五万円
昭和三九年四月二四日
四の三
阪口邦子
三一五万円
昭和三九年四月二四日
五の一
澤柳一政
四一二一万三八九七円
昭和三八年六月一六日
五の三
澤柳富喜子
四七二万五〇〇〇円
昭和三八年六月一六日
五の四
澤柳尚子
五二万五〇〇〇円
昭和三八年六月一六日
五の五
澤柳英行
五二万五〇〇〇円
昭和三八年六月一六日
六の二
尾田稔
一四四九万八四四九円
昭和三五年一二月一九日
六の三
尾田節子
一四四九万八四四九円
昭和三五年一二月一九日
七の一
葛野あかね
二三五八万一六五一円
昭和三八年一一月一四日
七の三
森山チエ子
三一五万円
昭和三八年一一月一四日
八の二
布川正
一六一四万五二六三円
昭和三八年九月一〇日
八の三
布川則子
一六一四万五二六三円
昭和三八年九月一〇日
九の一
服部和子
三二五六万一八八〇円
昭和四〇年四月七日
九の二
服部勝一郎
三一五万円
昭和四〇年四月七日
九の三
服部眞澄
三一五万円
昭和四〇年四月七日
一〇の一
依田隆幸
五三四六万六〇八一円
昭和四〇年一一月二九日
一〇の二
依田泰三
三一五万円
昭和四〇年一一月二九日
一〇の三
依田時子
三一五万円
昭和四〇年一一月二九日
一一の二
伊藤定男
一一七一万二五三四円
昭和四二年一〇月一三日
一一の三
伊藤孝子
一一七一万二五三四円
昭和四二年一〇月一三日
一二の一
田部敦子
四二五二万五五四六円
昭和四一年九月一三日
一二の二
田部芳聖
三一五万円
昭和四一年九月一三日
一二の三
田部チエ子
三一五万円
昭和四一年九月一三日
一三の一
田中耕一
九四六万二九九五円
昭和四二年一〇月二三日
一三の二
田中隆博
一〇五万円
昭和四二年一〇月二三日
一三の三
田中靖子
一〇五万円
昭和四二年一〇月二三日
一四の二
千葉秀三
一三九七万八一四一円
昭和四五年三月一二日
一四の三
千葉節子
一三九七万八一四一円
昭和四五年三月一二日
一六の二
佐藤茂昭
一五八五万五二九〇円
昭和三五年四月六日
一六の三
佐藤千鶴
一五八五万五二九〇円
昭和三五年四月六日
一七の二
渡邊孝雄
一七二一万七二四四円
昭和三三年一〇月六日
一七の三
渡邊豊子
一七二一万七二四四円
昭和三三年一〇月六日
一八の一
髙光恵子
一九七二万四〇二二円
昭和四一年四月二三日
一八の二
徳永保春
二一〇万円
昭和四一年四月二三日
一八の三
徳永和枝
二一〇万円
昭和四一年四月二三日
一九の二
鈴木浅治郎
一四二三万一九六八円
昭和三一年一二月一一日
一九の三
鈴木節
一四二三万一九六八円
昭和三一年一二月一一日
二〇の二
越智聰
一六〇一万三二七三円
昭和四一年一一月八日
二〇の三
越智静子
一六〇一万三二七三円
昭和四一年一一月八日
二一の一
小林浩子
二六四三万九七九五円
昭和三三年五月八日
二一の二
小林安夫
三一五万円
昭和三三年五月八日
二一の三
小林こう
三一五万円
昭和三三年五月八日
二二の二
上野忠志
一五七一万一九二二円
昭和四三年二月二一日
二二の三
上野厚子
一五七一万一九二二円
昭和四三年二月二一日
二三の二
山本孝仁
一七一六万六五六八円
昭和四一年一二月一三日
二三の三
山本京子
一七一六万六五六八円
昭和四一年一二月一三日
二四の一
井上明子
三五一九万八一三〇円
昭和四三年五月二七日
二四の二
井上忠明
三一五万円
昭和四三年五月二七日
二四の三
井上たつ
三一五万円
昭和四三年五月二七日
二五の二
平野賢二
一三一八万五〇七七円
昭和三六年三月二七日
二五の三
平野節子
一三一八万五〇七七円
昭和三六年三月二七日
二六の一
卜部広明
五六三一万七二三一円
昭和四〇年七月二日
二六の二
卜部廣太郎
三一五万円
昭和四〇年七月二日
二六の三
卜部せつ子
三一五万円
昭和四〇年七月二日
二七の一
鈴木浅樹
六〇〇一万四三三六円
昭和四四年九月二二日
二七の二
鈴木勲雄
三一五万円
昭和四四年九月二二日
二七の三
鈴木百合子
三一五万円
昭和四四年九月二二日
二八の一
小林正樹
四三三八万〇九一八円
昭和三九年五月一三日
二八の二
小林春男
三一五万円
昭和三九年五月一三日
二八の三
小林いく子
三一五万円
昭和三九年五月一三日
二九の一
渡邉敦子
九〇八万三六六七円
昭和三六年一月一六日
二九の二
中川正直
二一〇万円
昭和三六年一月一六日
二九の三
中川きみ
二一〇万円
昭和三六年一月一六日
三〇の二
田渕英嗣
一五一八万九六六五円
昭和四八年六月二二日
三〇の三
田渕美也子
一五一八万九六六五円
昭和四八年六月二二日
三一の一
吉川雅美
三七七三万七〇七七円
昭和四四年一二月二日
三一の二
吉川禎二
三一五万円
昭和四四年一二月二日
三一の三
吉川富美子
三一五万円
昭和四四年一二月二日
三二の二
荒井清
一五八八万三七一一円
昭和四二年一一月二一日
三二の三
荒井ミツイ
一五八八万三七一一円
昭和四二年一一月二一日
三三の一
清水一弘
五五九三万八六二六円
昭和四〇年六月七日
三三の二
清水一男
三一五万円
昭和四〇年六月七日
三三の三
清水弘子
三一五万円
昭和四〇年六月七日
三五の二
大沼満
一三六二万〇八三二円
昭和三九年一二月一五日
三五の三
大沼勝世
一三六二万〇八三二円
昭和三九年一二月一五日
三六の一
加藤則行
四一三三万七四〇五円
昭和三九年二月二八日
三六の二
加藤久雄
三一五万円
昭和三九年二月二八日
三六の三
加藤かつ子
三一五万円
昭和三九年二月二八日
三七の一
藤本美智子
一四八九万七二三九円
昭和三六年七月二五日
三七の二
竹沢潔
二一〇万円
昭和三六年七月二五日
三七の三
竹沢昌子
二一〇万円
昭和三六年七月二五日
三八の一
中村眞弥
六二二六万一六九五円
昭和四五年一〇月一五日
三八の二
中村巖
三一五万円
昭和四五年一〇月一五日
三八の三
中村眞知子
三一五万円
昭和四五年一〇月一五日
三九の二
矢野悟
一四三五万〇六七一円
昭和三三年一〇月一四日
三九の三
矢野ルリ子
一四三五万〇六七一円
昭和三三年一〇月一四日
四〇の一
高田正明
四〇四一万八六二七円
昭和三七年一二月八日
四〇の二
高田清作
三一五万円
昭和三七年一二月八日
四〇の三
高田敏子
三一五万円
昭和三七年一二月八日
四一の一
福島一公
六二〇六万〇一四〇円
昭和四五年五月一八日
四一の二
福島喜久雄
三一五万円
昭和四五年五月一八日
四一の三
本田豊子
三一五万円
昭和四五年五月一八日
四二の一
池本智彦
一一二三万〇二七一円
昭和四三年五月二二日
四二の二
池本和能
一〇五万円
昭和四三年五月二二日
四二の三
池本愛子
一〇五万円
昭和四三年五月二二日
四三の二
猪原正和
一〇二九万六二八二円
昭和三五年三月三〇日
四三の三
猪原松枝
一〇二九万六二八二円
昭和三五年三月三〇日
四四の一
室崎誠子
一六三三万八七八一円
昭和三四年一一月一〇日
四四の二
室崎誠
三一五万円
昭和三四年一一月一〇日
四四の三
室崎富恵
三一五万円
昭和三四年一一月一〇日
四五の二
大川勝三郎
二三九八万六八〇五円
昭和四三年五月三〇日
四五の三
大川たつえ
二三九八万六八〇五円
昭和四三年五月三〇日
四六の二
高橋恒夫
一五九三万六五七四円
昭和四七年六月三〇日
四六の三
高橋ちづ子
一五九三万六五七四円
昭和四七年六月三〇日
四七の二
塩入恒男
一五七一万一九二二円
昭和四三年四月五日
四七の三
塩入万佐子
一五七一万一九二二円
昭和四三年四月五日
四八の二
小久保皓司
一五六九万四五〇六円
昭和三八年六月一〇日
四八の三
小久保笑子
一五六九万四五〇六円
昭和三八年六月一〇日
五〇の一
藤井玲子
三四一〇万一五二〇円
昭和三七年一二月四日
五〇の二
藤井俊介
三一五万円
昭和三七年一二月四日
五〇の三
藤井孝子
三一五万円
昭和三七年一二月四日
五一の二
大平正
一五五四万二三五〇円
昭和三八年三月二二日
五一の三
大平康子
一五五四万二三五〇円
昭和三八年三月二二日
五二の二
杉山末男
一五一八万九六六五円
昭和四八年六月一九日
五二の三
杉山きみ子
一五一八万九六六五円
昭和四八年六月一九日
五三の一
渡邊明人
四二〇一万三四五五円
昭和三七年四月九日
五三の二
渡邊眞美
三一五万円
昭和三七年四月九日
五三の三
渡邊美都子
三一五万円
昭和三七年四月九日
五四の二
末次芳雄
一四八四万三四一三円
昭和三二年一〇月三日
五四の三
末次貞子
一四八四万三四一三円
昭和三二年一〇月三日
五五の二
高橋邦夫
二六三六万四四〇四円
昭和四四年一一月一三日
五五の三
高橋昭子
二六三六万四四〇四円
昭和四四年一一月一三日
五七の三
阿部クニ
二三六六万六三六七円
昭和四四年四月一〇日
五七の四
古賀恭子
三九四万四三九四円
昭和四四年四月一〇日
五七の五
阿部光敏
三九四万四三九四円
昭和四四年四月一〇日
五八の一
髙橋純子
三二三三万五三二四円
昭和四一年三月三日
五八の二
髙橋正夫
三一五万円
昭和四一年三月三日
五八の三
髙橋幸子
三一五万円
昭和四一年三月三日
五九の一
藁科正治
五八三〇万五〇五三円
昭和四八年一一月一三日
五九の二
藁科勝治
三一五万円
昭和四八年一一月一三日
五九の三
藁科雅子
三一五万円
昭和四八年一一月一三日
六〇の一
秋田恒希
六四五六万〇六六〇円
昭和四九年四月一二日
六〇の二
秋田恒延
三一五万円
昭和四九年四月一二日
六〇の三
秋田令子
三一五万円
昭和四九年四月一二日
六一の一
中井哲也
五〇四三万六九八六円
昭和三七年一一月二〇日
六一の二
中井浩
三一五万円
昭和三七年一一月二〇日
六一の三
中井郁子
三一五万円
昭和三七年一一月二〇日
六二の一
野口恭子
二二八五万八二八〇円
昭和三八年一一月一八日
六二の二
野口正行
三一五万円
昭和三八年一一月一八日
六二の三
野口賀壽代
三一五万円
昭和三八年一一月一八日
六三の一
藤木のぞみ
二六五七万四五八四円
昭和四九年九月一八日
六三の二
藤木秀
二一〇万円
昭和四九年九月一八日
六三の三
藤木トモコ
二一〇万円
昭和四九年九月一八日
別紙仮執行に基づく給付の返還額一覧表
番号
被控訴人氏名
返還額
一の一
吉原充
二九九〇万四八六三円
一の二
吉原賢二
一六六万〇三〇三円
一の三
吉原くに子
一六六万〇三〇三円
二の二
白井哲之
五八五万二九〇〇円
二の三
白井扶美子
五八五万二九〇〇円
三の一
山元寛子
二四〇八万九三三〇円
三の二
山元忠雄
一六六万〇三〇三円
三の三
山元としえ
一六六万〇三〇三円
四の一
阪口一美
二二四〇万三七六九円
四の二
阪口照夫
一六六万〇三〇三円
四の三
阪口邦子
一六六万〇三〇三円
五の一
澤柳一政
二九九六万〇六五六円
五の三
澤柳富喜子
二四九万〇四五四円
五の四
澤柳尚子
二七万六七一七円
五の五
澤柳英行
二七万六七一七円
六の二
尾田稔
九二七万〇七四三円
六の三
尾田節子
九二七万〇七四三円
七の一
葛野あかね
二一五一万〇八〇五円
七の三
森山チエ子
一六六万〇三〇三円
八の二
布川正
八六一万九五三二円
八の三
布川則子
八六一万九五三二円
九の一
服部和子
二四四六万四〇九五円
九の二
服部勝一郎
一六六万〇三〇三円
九の三
服部眞澄
一六六万〇三〇三円
一〇の一
依田隆幸
三一九一万五四四二円
一〇の二
依田泰三
一六六万〇三〇三円
一〇の三
依田時子
一六六万〇三〇三円
一一の二
伊藤定男
一三三九万二四二八円
一一の三
伊藤孝子
一三三九万二四二八円
一二の一
田部敦子
二二九七万〇二八五円
一二の二
田部芳聖
一六六万〇三〇三円
一二の三
田部チエ了
一六六万〇三〇三円
一三の一
田中耕一
七九〇万五八三八円
一三の二
田中隆博
五五万三四三四円
一三の三
田中靖子
五五万三四三四円
一四の二
千葉秀三
六二二万〇八四七円
一四の三
千葉節子
六二二万〇八四七円
一六の二
佐藤茂昭
八〇二万五五二一円
一六の三
佐藤千鶴
八〇二万五五二一円
一七の二
渡邊孝雄
九七七万七五二三円
一七の三
渡邊豊子
九七七万七五二三円
一八の一
髙光恵子
一三八八万九九六九円
一八の二
徳永保春
一一〇万六八六九円
一八の三
徳永和枝
一一〇万六八六九円
一九の二
鈴木浅治郎
七四三万九二八六円
一九の三
鈴木節
七四三万九二八六円
二〇の二
越智聰
七三八万〇〇九九円
二〇の三
越智静子
七三八万〇〇九九円
二一の一
小林浩子
二二一二万二六二九円
二一の二
小林安夫
一六六万〇三〇三円
二一の三
小林こう
一六六万〇三〇三円
二二の二
上野忠志
七一八万一八七四円
二二の三
上野厚子
七一八万一八七四円
二三の二
山本孝仁
八〇三万六一五八円
二三の三
山本京子
八〇三万六一五八円
二四の一
井上明子
二二七〇万〇〇五五円
二四の二
井上忠明
一六六万〇三〇三円
二四の三
井上たつ
一六六万〇三〇三円
二五の二
平野賢二
六三八万〇五九三円
二五の三
平野節子
六三八万〇五九三円
二六の一
卜部広明
二九一九万三五三二円
二六の二
卜部廣太郎
一六六万〇三〇三円
二六の三
卜部せつ子
一六六万〇三〇三円
二七の一
鈴木浅樹
三〇四五万四〇九四円
二七の二
鈴木勲雄
一六二万九〇八四円
二七の三
鈴木百合子
一六二万九〇八四円
二八の一
小林正樹
二九〇二万三〇八〇円
二八の二
小林春男
一六二万九〇八四円
二八の三
小林いく子
一六二万九〇八四円
二九の一
渡邉敦子
一二四二万四七三四円
二九の二
中川正直
一〇八万六〇五六円
二九の三
中川きみ
一〇八万六〇五六円
三〇の二
田渕英嗣
六一六万二八三二円
三〇の三
田渕美也子
六一六万二八三二円
三一の一
吉川雅美
二二五一万五二三二円
三一の二
吉川禎二
一六二万九〇八四円
三一の三
吉川富美子
一六二万九〇八四円
三二の二
荒井清
七八一万六五八一円
三二の三
荒井ミツイ
七八一万六五八一円
三三の一
清水一弘
三〇六〇万七七四五円
三三の二
清水一男
一六二万九〇八四円
三三の三
清水弘子
一六二万九〇八四円
三五の二
大沼満
六二六万〇六一七円
三五の三
大沼勝世
六二六万〇六一七円
三六の一
加藤則行
二九四七万八四三二円
三六の二
加藤久雄
一六二万九〇八四円
三六の三
加藤かつ子
一六二万九〇八四円
三七の一
藤本美智子
一三〇九万三八九七円
三七の二
竹沢潔
一〇八万六〇五六円
三七の三
竹沢昌子
一〇八万六〇五六円
三八の一
中村眞弥
二九〇二万六九一五円
三八の二
中村巖
一六二万九〇八四円
三八の三
中村眞知子
一六二万九〇八四円
三九の二
矢野悟
八九三万六五二六円
三九の三
矢野ルリ子
八九三万六五二六円
四〇の一
高田正明
二八八三万〇〇一一円
四〇の二
高田清作
一六二万九〇八四円
四〇の三
高田敏子
一六二万九〇八四円
四一の一
福島一公
三〇〇四万五八三三円
四一の二
福島喜久雄
一六二万九〇八四円
四一の三
本田豊子
一六二万九〇八四円
四二の一
池本智彦
一〇三一万六九二六円
四二の二
池本和能
五四万三〇二八円
四二の三
池本愛子
五四万三〇二八円
四三の二
猪原正和
六二四万二一八九円
四三の三
猪原松枝
六二四万二一八九円
四四の一
室崎誠子
一九九七万二七五一円
四四の二
室崎誠
一六二万九〇八四円
四四の三
室崎富恵
一六二万九〇八四円
四五の二
大川勝三郎
一二五七万七五三一円
四五の三
大川たつえ
一二五七万七五三一円
四六の二
高橋恒夫
七〇四万六八三一円
四六の三
高橋ちづ子
七〇四万六八三一円
四七の二
塩入恒男
七〇四万六八三一円
四七の三
塩入万佐子
七〇四万六八三一円
四八の二
小久保皓司
七二二万三六三一円
四八の三
小久保笑子
七二二万三六三一円
五〇の一
藤井玲子
二一四〇万二五九六円
五〇の二
藤井俊介
一六二万九〇八四円
五〇の三
藤井孝子
一六二万九〇八四円
五一の二
大平正
六九七万一〇六〇円
五一の三
大平康子
六九七万一〇六〇円
五二の二
杉山末男
五九八万四五六五円
五二の三
杉山きみ子
五九八万四五六五円
五三の一
渡邊明人
二七一九万八六三九円
五三の二
渡邊眞美
一五八万一九六一円
五三の三
渡邊美都子
一五八万一九六一円
五四の二
末次芳雄
七〇八万八二五八円
五四の三
末次貞子
七〇八万八二五八円
五五の二
高橋邦夫
二〇三六万七八九六円
五五の三
高橋昭子
二〇三六万七八九六円
五六の一
古川博史
二六八三万四三三〇円
五六の二
古川治雄
一五八万一九六一円
五六の三
古川イツエ
一五八万一九六一円
五七の三
阿部クニ
一〇二六万四四九〇円
五七の四
古賀恭子
一七一万〇七四八円
五七の五
阿部光敏
一七一万〇七四八円
五八の一
髙橋純子
二二四三万六一三一円
五八の二
髙橋正夫
一五八万一九六一円
五八の三
髙橋幸子
一五八万一九六一円
五九の一
藁科正治
二五七三万〇七三六円
五九の二
藁科勝治
一五三万八五一九円
五九の三
藁科雅子
一五三万八五一九円
六〇の一
秋田恒希
二八四四万〇九七九円
六〇の二
秋田恒延
一五三万八五一九円
六〇の三
秋田令子
一五三万八五一九円
六一の一
中井哲也
二七三一万一〇三九円
六一の二
中井浩
一五三万八五一九円
六一の三
中井郁子
一五三万八五一九円
六二の一
野口恭子
二一九一万七三二六円
六二の二
野口正行
一七二万一一七四円
六二の三
野口賀壽代
一七二万一一七四円
六三の一
藤木のぞみ
九八九万二〇四三円
六三の二
藤木秀
七九万九二九一円
六三の三
藤木トモコ
七九万九二九一円
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別紙死亡被害児損害額計算表<省略>
別紙生存被害児損害額計算表<省略>
別紙被控訴人ら債権額一覧表(1)ないし(9)<省略>